ユーロビート

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

ユーロビート (EUROBEAT) とは、主に電子楽器を使用したダンス・ミュージックの一種である。Hi-ENG[1]をルーツとしているとされる。

概要[編集]

ユーロビートは、主にシンセサイザー等の電子楽器を多用した、4/4拍子で、BPMが120〜160前後の速いテンポ楽曲である。元は欧州ハイ・エナジー、イタリアで大量に生産された「イタロ・ディスコ」に端を発しており、1980年代後半に日本に持ち込まれて以来、日本のみで独自の発展を遂げているダンス・ミュージックである。

歴史[編集]

世界のユーロビート[編集]

ユーロ・ビートの前史として、70年代のユーロ・ディスコの隆盛があげられる。ドナ・サマー、シルバー・コンベンションらはヨーロッパだけでなく、アメリカ、日本などでもヒットを飛ばすことができた。ドナ・サマーのヒット曲の中で『アイ・フィール・ラヴ』(1977)[2]は、ユーロ・ビートのルーツになったとも言われている。80年代に入ってユーロビートは、ハイ・エナジーと呼ばれていたジャンル音楽からも発展した。この音楽が「ユーロビート」と呼ばれるようになったきっかけのひとつとして、1985年12月英国の音楽雑誌「レコード・ミラー」が、「ハイエナジー・チャート」の名称を「ユーロビート・チャート」に変更したことが挙げられる。この改名は、テンポが速く、ポップな作品が増加したため[3] といわれている。なお、「ユーロビート・チャート」は、1987年、再度「ハイエナジー・チャート」に名称を戻した。

ユーロビートは有名プロデューサーによって大量生産されていた。イギリスのプロダクションチームであるPWLのストック・エイトキン・ウォーターマン(Stock、Aitken、Waterman)のプロデュースによってカイリー・ミノーグリック・アストリーデッド・オア・アライヴメル&キムなどのアーティストが世界的なヒット曲を出している。また、イタリア出身のM.Farina、G.Crivellente、F.FadingerによるユニットF.C.F.なども多数のアーティスト、ヒット曲を輩出している。

しかしながら、ステレオタイプな楽曲が飽きられ[3]、日本以外では、次第にブームが収束していった。

日本のユーロビート[編集]

一方、日本では1980年代後半から1990年代前半にかけてザッツ・ユーロビートというコンピレーションCDがアルファレコードから発売され、ブームに火を点けるとともに、ユーロビートの名称が定着した。同シリーズはVol.44まで続き、今ではユーロビートの古典的存在となっている。また、同時期には、他社からも「ユーロビート・ファンタジー」(ポニーキャニオン)、「ベスト・ディスコ」(ビクター)というシリーズが発売され、ディスコ・ブームとともにユーロビートは日本で一世を風靡した。日本の歌謡曲にも影響を与え、特にアイドル歌謡にユーロビートアレンジを採用する例が多かった。

この時期、荻野目洋子(「ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)」)や、森川由加里「Show Me」、長山洋子(「ヴィーナス」)、BaBe(「Give Me Up」)、Wink(「愛が止まらない 〜Turn It Into Love〜」など、アイドルがカバー曲を発表し、ヒットさせた。また筒美京平作曲の森高千里「17才」もヒットした。特に、荻野目洋子ヴァージョンの(「ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)」)は、香港などでカヴァーされる際に、オリジナル曲ではなく、日本での編曲が使われた。アイドルがカヴァーしたことによってオリジナルに遡る現象が多々あった。

また、日本においてヒットした楽曲がワールドワイドに発売されていくこともあった(ポール・レカキスの「Boom Boom(Let's Go Back to My Room)」など)。韓国では「ザッツ・ユーロビート」のコピー盤が流通したり、90年代にはR.efやNRGといったアイドルグループがユーロビート調の楽曲を歌っていた事があった。

その後、エイベックスから「スーパーユーロビート」(1990年〜)、「ユーロビートフラッシュ」(1995年1999年)、「ユーロマッハ!」(1999年2002年)というコンピレーションCDシリーズが発売され始め、「スーパーユーロビート」は現在でも続いている長寿シリーズとなっている。エイベックスの経営者が直接イタリアのユーロビート・レーベルと契約し商業的な成功に導いたが、世界的にユーロビートの人気は落ち目で、これらのレーベルの作品は、現在ほとんど日本国内で消費されているのみである。日本国内でのみ人気のあるジャンルをイタリアのレーベルが長年に亘って制作しつづけるという珍しい現象が起きている[4]

現在では、いわゆる洋楽であるにもかかわらず、日本国内のみで発売されているコンピレーション盤がほとんどである。

同時に発表された(こちらは世界中でヒットを飛ばしていた)PWL作品(DEAD OR ALIVEカイリー・ミノーグ)などとフロアで流され、小室哲哉率いるTMNではプロデュースリミックスをPWLに委ねており、広く浸透していったことがわかる。日本国内でのBPMが底上げで早くなっていった。また、カイリー・ミノーグなどごく少数、スタイルを変えフロアに居続けるアーティストもいる。

各々がシングル単位で発表されていく中で、KING KONG & D'JUNGLE GIRLS(BOOM BOOM DOLLAR)や、マイケル・フォーテュナティー(GIVE ME UP)ポール・レカキス(Boom Boom (Let's Go Back to My Room)) などはアルバム単位でも売れており、快挙である。また、ロングセラーになる曲も多く、Melaの「Help Me」などが代表格である。日本人好みの「泣き」のメロディーが多い。

使用機材と曲構成[編集]

ユーロビートでは曲の構成よりも、使用機材の方が重視される場合が多い。使用される機材としては、Roland D-50(D-550)、Roland aJUNO、Roland DANCE M-DC1[5]などがある。ユーロビートの楽曲では、ギターボーカル以外は、すべて打ち込みで作られる。4/4拍子が多く、120〜160前後のテンポである。定型のあるブルースなどと違い、ユーロビートに定型的な曲構成はない。歌唱のない部分に8小節の「シンセリフ」と呼ばれるシンセサイザーによる印象的なフレーズが存在し、Aメロ、Bメロ、サビと同格に扱われ、曲中で繰り返し現れる。これが、ユーロビートの最大の特徴であり、その出来が曲の評価を決めるほどの重要な要素でもある。さらに、曲の構成(流れ)が次のように作られることが多く、曲によってほとんど差異がない。「イントロ(16〜24小節前後)→シンセリフ(8小節)→Aメロ(8小節)→Bメロ(8小節)→サビ(8または16小節)→シンセリフ(8小節)→Aメロ(8小節)→Bメロ(8小節)→サビ(8または16小節)→……」である。

曲がほぼBPMが同一であり繋げやすい事からも、BPMを保ちつつ、同じ振り付けで踊る事が他人と共有できる爽快感や高揚感・一体感がある。80年代初頭のたけのこ族→学校やフロア限定の振り付け→パラパラへと引き継がれている。またコード進行もよく似ており、大衆受けし易かったひとつである。日本では主に小室ファミリーの楽曲によって確立された。

80年代ユーロビートと90年代ユーロビートには多少の差異がみられる。前者は、BPM120〜135程度でサウンドもシンプルなのに対して、後者は、テンポがかなり速く(BPM150〜160程度)、シンセサイザーの高音が際立っている。

現代ではキーを変えずにBPMを変動させる事が可能であり(かつてはBPMを変えるには回転数を変えなければならず、制約が多かった)、印象を変えずにビートだけが早くなっている事が多い。また、オリジナルヴァージョンリミックスで、テンポが全く違う事も多い。

また、ジグソー"SKY HIGH(スカイ・ハイ)" などのように、リミックスによって曲調を変える手段を使い、新たに新曲としてフロアに上がってきた曲もある。

ジャンル、ディスコ、レーベル[編集]

ユーロビートは、他ジャンルとの混同が多いジャンルである。特に、四つ打ちのダンス・ミュージックで歌入りのものは、ユーロビートと混同されやすい。さらに、打ち込みで作られたダンス・ミュージック調の楽曲であれば、すべて同一視される傾向も見られる。

1980年代中期から全国展開したNOVA21グループのディスコマハラジャ[6]」「キング&クイーン」で主要ジャンルとしてヘビープレイされ、ユーロビート=ディスコの曲と認知され、注目されるようになった。その後、ディスコではパラパラと呼ばれるダンススタイルで使われる音楽として定着しているが、オール・ジャンルのイベントでも80's以外ではユーロビートはほとんどかからず、アンダーグラウンドな位置づけである。

ユーロビート制作レーベルは人の流動が激しく(日本のITベンチャー企業のようなもの)、新レーベルの設立や作家人によるレーベル間の移籍などが頻繁である。近年ではDELTA等が代表的な例である。

主なミュージシャンと代表曲[編集]

1980年代[編集]

1990年代以降[編集]

SUPER EUROBEATの項も参照のこと。

主な製作レーベル[編集]

1980年代[編集]

1990年代以降[編集]

J-EURO[編集]

概要[編集]

日本語のユーロビートのことである。もとは、「海外のユーロビートを日本人歌手が日本語カバーしたもの」を指していたが、後に出現した「J-POPのユーロビート・リミックス」や「日本人作家によるオリジナルの日本語ユーロビート」も、J-EUROと表現されるようになった。英語のユーロビートと同じく、コンピレーション盤も多く制作されている。また、デビュー直後のアイドル歌手の作品として使われることも多かった。

代表曲[編集]

カバー曲[編集]

日本人作曲のヒット曲[編集]

J-POPのユーロビート・リミックス[編集]

シングル
  • TRF
    • 「だぁ!だぁ!だぁ!」SEB プレゼンツ BOY MEETS GIRL with TRF
アルバム

日本人作家によるオリジナルのユーロビート[編集]

主な収録先[編集]

DJ向けにレコード盤が制作される場合もあるが、一般向けには、CDへの収録がほとんどである。1990年代初頭まで、またはブーム時にはアーティストごとのCDが発売されることもあるが、通常はコンピレーションCDに収録されることが多い。以下は、シリーズ化された主なコンピレーションCDである。

  • ALABIANCA DANCE
  • Best Disco
  • BEST OF EUROBEAT DISCO HITS
  • DANCE PANIC! presents EURO PANIC!
  • EURO
  • EUROBEAT BOX
  • EUROBEAT FANTASY
  • EUROBEAT FESTIVAL
  • EUROBEAT FLASH
  • LOVE PARA2
  • MAHARAJA NIGHT presents HI-NRG REVOLUTION
  • PARA PARA HI-BPM EUROBEAT
  • SUPER EUROBEAT
  • SUPER EUROBEAT presents EUROMACH
  • SUPER EURO SMASH
  • That's EUROBEAT
  • That's EUROBEAT NOW
  • TOHO EUROBEAT
  • TWINSTAR PARA PARA SUMMIT
  • VIP MEGA EUROSTAR
  • ユーロバカ一代

脚注・参考文献[編集]

  1. ^ http://cvnweb.bai.ne.jp/~night-d/EUROBEAT/m05.htm
  2. ^ http://pitchfork.com/.../song-from-the-future-the-story-of-do...
  3. ^ a b 小野田 雄「ユーロビート」北中正和監修『世界は音楽でできている ヨーロッパ・アジア・太平洋・ロシア&NIS編』音楽出版社,2007年,pp46〜47
  4. ^ 詳細は「SUPER EUROBEAT」を参照
  5. ^ http://eurobeatunion.blog.fc2.com/blog-entry-11.html
  6. ^ http://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2017/07/0702.html

関連項目[編集]