TM NETWORK

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TM NETWORK
別名 TMN
出身地 日本の旗 日本 東京都多摩地域
ジャンル エレクトロニカ
ニューロマンティック
シンセポップ
テクノポップ
J-POP
プログレッシブ・ロック
ハードロック (1990年)
ビッグ・ビート
トランス(2004年)
フュージョン
EDM
FANKS
etc...
活動期間 TM NETWORK
1983年 - 1990年1999年 -)
TMN
1990年 - 1994年
レーベル Epic/Sony Records
1984年 - 1994年
TRUE KiSS DiSC
1999年
Rojam Entertainment
2000年
gaball screen (YOSHIMOTO R and C Co., Ltd.)
2001年 - 2008年
avex trax
2012年 - )
共同作業者 小室みつ子作詞
公式サイト TM NETWORK Official
メンバー 小室哲哉シンセサイザーキーボード
宇都宮隆ボーカル
木根尚登ギター・キーボード)
YMO[1]

TM NETWORK(ティーエム・ネットワーク)は、小室哲哉シンセサイザーキーボード宇都宮隆ボーカル木根尚登ギター・キーボード)の3人で構成される日本音楽ユニットエレクトロニカバンドである。略称はTM[2]TMNだが、TMN名義で活動していた時期はTMとは略されず、そのままTMNと呼称される事が多かった[3]

概要[編集]

1984年4月21日にデビュー。1990年、名義を「TMN(ティーエムエヌ)」にリニューアル。その後、デビュー10周年となる1994年4月21日に「プロジェクト終了」宣言、同年5月18、19日のその最後のライブ『TMN 4001 DAYS GROOVE』をもって“終了”。1999年には再びTM NETWORKとして再始動。2012年よりavex trax所属。現時点でのシングル、アルバムの売上げ総数は公称1,600万枚を突破している(LP、カセット含む)。

デビュー30周年を迎えた2014年は、新曲発表・2度の全国ツアー・7年ぶりのオリジナルアルバム・アリーナ公演・大型フェス出演など、精力的に活動した。

また、2012〜2015年に行われたライブ(30周年関連)では、シアトリカル(演劇的)なライブ演出を強めた為、80年代同様にMCやアンコールはほぼ行わなかった。

メンバー[編集]

1984年のデビュー以降、正規メンバーの変更は一切行われていない。

名前 生年月日 出身地 血液型 身長 担当 役割
小室哲哉
(こむろ てつや)
(1958-11-27) 1958年11月27日(58歳) 東京都 O型 167cm シンセサイザーキーボードピアノハモンドオルガンDAWシンクラヴィアコーラス
エレクトリックギターアコースティックギタードラムスシンセベースベースDJ
作詞作曲編曲リーダープロデュース
宇都宮隆
(うつのみや たかし)
(1957-10-25) 1957年10月25日(60歳) 熊本県 O型 178cm ボーカル、アコースティックギター、コーラス、ベース 作曲
木根尚登
(きね なおと)
(1957-09-26) 1957年9月26日(60歳) 東京都 B型 174cm エレクトリックギター、アコースティックギター、ピアノ、キーボード、
ハーモニカ、ベース、コーラス
作詞、作曲、編曲

略歴[編集]

TM NETWORKは小室をリーダーとする3人組の音楽ユニットエレクトロニカバンド作曲編曲は全て小室や木根が担当している。前身はSPEEDWAY[4]

作詞シンガーソングライター小説家小室みつ子[5](アルバム『GORILLA』までは「西門加里」のペンネーム)によるものが多い。初期には松井五郎三浦徳子川村真澄などといった作詞家の他、TMNリニューアル期は脚本家の坂元裕二も詞を提供している。

1980年代末より楽曲制作にシンクラヴィア(Synclavier 6400)を導入し、ハードディスクレコーディングを取り入れている。

デビューアルバム『RAINBOW RAINBOW』は、デビュー前にEPIC・ソニーに持ち込んだデモテープからの曲がほとんどで、1985年の2ndアルバム『CHILDHOOD'S END』、ミニアルバム『TWINKLE NIGHT』までは当時洋楽の主流とされたニューロマンティックの影響が色濃くみられた。
1986年の3rdアルバム『GORILLA』で、FUNK(ファンク)、PUNK(パンク・ロック)、FANS(ファン)の要素を組み合わせた「FANKS」という造語を全面に打ち出し、楽曲スタイルに変化を出したが、ヒットには繋がらなかった。
1987年の4thアルバム『Self Control』の頃には全国ネットの音楽番組に出演するようにもなったがヒットと呼べるには遠く、そうした危機感の中で誕生したのが同年のシングル「Get Wild」だった。この曲のヒットによりTM NETWORKの方向性が定まって、自信を得た中で5thアルバム『humansystem』を発表した。
1988年の6thアルバム『CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』ではブリティッシュロック色を全面に打ち出したコンセプチュアルアルバムとして小説やアニメなどのメディア展開もされ、アコースティック志向なアルバムとなった。年末には「COME ON EVERYBODY」で『第39回NHK紅白歌合戦』に出演。
1989年のリプロダクションアルバム『DRESS』では当時海外で活躍していたナイル・ロジャースたちをサウンドプロデューサーに迎え、ユーロビート、ファンクなどのダンスミュージックをリミックス(小室は「リプロダクション」という造語でこの作品のコンセプトを定義した)という形で発表した。

1990年、「TMN」とリニューアル。7thアルバム『RHYTHM RED』ではプログレッシブ・ロックの流れを汲んだハードロック路線を全面に打ち出した。
1991年の8thアルバム『EXPO』ではテーマを「月とピアノ」と題して、ハウスミュージックを主体としつつもフォークソングハードロックなど様々な音楽性を取り入れたものとなった。TMN名義としては最後のオリジナルアルバムとなる。
1994年、TMNを「プロジェクト終了」とし、活動を終了する。再始動まで、小室、宇都宮、木根のそれぞれのソロ活動が中心となる。小室はプロデュース活動が本格的に始動。
1999年、TM NETWORKとして再活動。
2000年にインディーズよりリリースした9thアルバム『Major Turn-Round』は1970年代プログレを意識したハードロックとなっており、アナログシンセを中心とした音構成となっている。
2004年の10thアルバム『NETWORKTM -Easy Listening-』では一転、トランス要素が非常に強く、収録曲は過去のリメイク曲が多数を占めている。

復活後(1999年)以降の活動に関しては、最初の活動終了時(1994年)以前の頃よりもメンバーそれぞれのソロや小室のglobeとしての活動や他のアーティストへのプロデュース活動も並行しているためにTMとしての活動周期の間隔が長く、オリジナルシングルやオリジナルアルバムも1度リリースすると次回作まで数年の周期がある。主に活動していた時期は1999年後半〜2000年、2002年、2004年、2007年後半〜2008年前半。それら以外では宇都宮や木根は自身のソロもしくは下記のトリビュートライブ、小室はglobeや他のアーティストへのプロデュース活動をしており、その片手間としてTMとしての活動を行っている。

2007年はシングル、続けて11thアルバム『SPEEDWAY』が発売された。

2008年11月4日に小室が詐欺容疑で逮捕2009年5月25日に懲役3年・執行猶予5年の有罪判決が確定)。宇都宮は「彼とともに音楽を作り、笑い、悩み、楽しんできた僕らの歴史は変わりません」[6]、木根は「僕は、彼がゼロから立ち直る力も持っていると思います。TM NETWORKの復活もあると信じています。」[7]とコメントしている。

2012年3月20日幕張メッセで行われた東日本大震災復興支援チャリティコンサート『All That LOVE -give & give-』に、プリンセス・プリンセス米米CLUBと共に声がかかり、約4年ぶりに3人で活動を再開した。小室は自身のラジオ番組『RADIO SESSIONS 小室哲哉 Digitalian』で、これをきっかけに単独でライブをやると思うとコメント。果たして4月24日・25日に日本武道館コンサートが行われ、最終日(4月25日)にシングル「I am」が発売された。

2013年7月20日・7月21日、ライブ『TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-』をさいたまスーパーアリーナで開催。

2014年4月21日、デビュー30周年を迎え、4月22日にはシングル「LOUD」、セルフリプロダクトアルバム『DRESS2』を同時リリース。

2014年10月29日、7年ぶりのオリジナルアルバム『QUIT30』をリリース。

2015年3月22日、2012年から続いたライブの締めくくりとなるアリーナ公演『TM NETWORK 30th FINAL』最終日をもって、充電期間に入る事が報道された[8]

2017年、1987年発表の代表曲『Get Wild』のリリースから30周年を記念して、同楽曲だけを収録したアルバムやアナログレコード等相次いで発売された。

来歴[編集]

1983年
  • 新たな音楽を模索していた小室哲哉が木根尚登にバンドではなくユニットという形で音楽活動をすることを打診。SPEEDWAYはそのまま休眠状態となる。元々はオーストラリアの外国人ボーカリストをボーカルに据える考えであったが、ビザの期限切れで国外退去となったため、別バンドで活動していた宇都宮隆を引き抜く形で結成。
  • 5月、ユニット名を「TM NETWORK」と命名する。
  • 8月、『フレッシュサウンズコンテスト』で「1974」を演奏し、満点の評価を得てグランプリに輝く。
  • 9月10日EPIC・ソニーと正式契約。
1984年
1985年
1986年
1987年
1988年
1989年
  • 4月2日4月3日、『SF Rock Station FINAL EVENT 「Thank You TM NETWORK」』を合歓の郷で開催。
  • 5月12日、リプロダクトアルバム『DRESS』リリース。
  • 8月25日、ライブツアー『TM NETWORK CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS!! '89』スタート(8月30日まで、2都市4公演)。
  • 8月30日、『クローズド・サーキット・コンサート』開催。ライブ『TM NETWORK CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS!! '89』の最終公演を全国10箇所で衛星生中継した。
  • 9月1日、TM NETWORKとしての活動を一旦休止。各々ソロ活動を開始する。
  • 12月29日、ファンイベント『FANKS THE PARTY』を東京ベイNKホールで開催。
1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1996年
1997年
1999年
2000年
2002年
  • この年以降、R and Cに移籍し、前年より発足し、GABALLが在籍していたレーベル「gaball screen」に所属する。
  • 10月1日、『LAUGH & PEACE PREMIUM NIGHT』開催。
  • 10月30日、35thシングル「CASTLE IN THE CLOUDS」リリース。
2003年
2004年
2005年
2007年
2008年
2009年
2012年
2013年
2014年
2015年
  • 1月17日、コンサートムービー『TM NETWORK THE MOVIE 1984〜 30th ANNIVERSARY』が全国映画館で公開(期間限定)。
  • 2月7日8日、アリーナ公演『TM NETWORK 30th 1984〜 QUIT30 HUGE DATA』がさいたまスーパーアリーナで開催。
  • 2月14日15日、アリーナ公演『TM NETWORK 30th 1984〜 QUIT30 HUGE DATA』が神戸ワールド記念ホールで開催。
  • 3月21日22日、アリーナ公演『TM NETWORK 30th FINAL』が横浜アリーナで開催。
2017年
  • 4月5日、GET WILDの発売30周年を記念した企画コンピレーション・アルバム『GET WILD SONG MAFIA』を発売[14]。週間CDアルバムランキング(2017年4月17日付)では4位を獲得し、TM NETWORK(TMN名義含む)のアルバムTOP5入りは、1996年12/23付で記録した『TIME CAPSULE~All The singles~』(最高3位)以来20年4ヶ月ぶりとなった。なお、20年以上のインターバルを経てアルバムTOP5入りを果たしたグループは、キャロル(27年8ヶ月)、レッド・ツェッペリン(23年9ヶ月)クイーン(23年6ヶ月)、ABBA(20年10ヶ月)に次ぎ、史上5組目。

歴代サポートメンバー[編集]

(※は「SPIN OFF from TM」のメンバーとしても参加)

ギター
北島健二FENCE OF DEFENSE、1984年 - )
1stアルバム『RAINBOW RAINBOW』のレコーディングセッションより参加。ライブへのサポート参加は1994年の『TMN 4001 DAYS GROOVE』が最初であるが、以降は頻繁に参加している。
松本孝弘B'z、1985年 - 1989年)
北島の紹介を受けて『DRAGON THE FESTIVAL TOUR featuring TM NETWORK』より参加。B'z結成直後の『TM NETWORK CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS!! '89』まで、レコーディング・ライブ共に参加をし続けた。
葛城哲哉 (1990年 - )※
7thアルバム『RHYTHM RED』のレコーディングセッションより参加。リニューアル期から現在までの長きに渡って参加を続けている。
木村建
2000年の『TM NETWORK Log-on to 21st Century』に参加。
鈴木俊彦Purple Days
2012年の『TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-』にのみ参加。
松尾和博 (ザ・トロフィーズ、2013年 - )
『TM NETWORK FINAL MISSION - START investigation -』より参加。以降レコーディングにも頻繁に参加している。小室のプロデュース作品には90年代から現在に至るまで数多く参加。また木根のソロ作品にも参加している。
ベース
住吉中
1984年の『DEBUT CONCERT』に参加。
西村麻聡 (FENCE OF DEFENSE、1985年 - 1986年)
『DRAGON THE FESTIVAL TOUR featuring TM NETWORK』より参加。FENCE OF DEFENSE結成に伴ってサポートを離れたが、それ以降もライブにゲストとして参加することが多い。
日詰昭一郎 (1987年 - 1988年)
『TM NETWORK TOUR '87 FANKS! BANG THE GONG』より参加。サポート参加の他にも、メンバー3人と共にユニット「ハンバーグ&カニクリームコロッケ」を結成している(後述)。
春山信吾
2001年の『TM NETWORK TOUR MAJOR TURN-ROUND』に参加。
吉田建
2007年の『TM NETWORK -REMASTER-』に参加。
ドラムス
山田亘 (FENCE OF DEFENSE、1985年 - 1988年)
『DRAGON THE FESTIVAL TOUR featuring TM NETWORK』より参加。
阿部薫 (1983年 - )※
メジャーデビューのきっかけとなった『フレッシュサウンズコンテスト』にドラマーとして参加するなど、サポートメンバー中では一番の古株である。ツアーへの参加は1988年の『TM NETWORK TOUR '88〜'89 CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜』が初。
そうる透 (2007年 - 2008年)
『TM NETWORK -REMASTER-』『TM NETWORK PLAY SPEEDWAY and TK HITS !!』に参加。
Ruy (Avaivartika、2012年 - )
『TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-』より参加。バンド活動の他にmiwaやKAT-TUNなど多くのアーティストのサポートドラマーとして活躍している。
キーボード
白田朗 (1985年 - 1986年)
『DRAGON THE FESTIVAL TOUR featuring TM NETWORK』より参加。
浅倉大介access、1987年 - 1992年、2004年)※
『Kiss Japan TM NETWORK Tour '87〜'88』からマニピュレーターとして参加し、『RHYTHM RED TMN TOUR』以降はサポートとしてシンセベースなどを担当。また2004年のTM NETWORK DOUBLE-DECADE TOUR FINAL “NETWORK” in NIPPON BUDOKANにもTMNパートに参加した。
吉村龍太
2000年の『TM NETWORK Log-on to 21st Century』に参加。
マニピュレーター
小泉洋 (1984年 - 1985年)
『ELECTRIC PROPHET』より参加。
久保こーじ (1985年 - 1994年)
2ndアルバム『CHILDHOOD'S END』のレコーディングセッションより参加。解散以降も小室の「右腕」として活動を共にしていた。

サポートメンバーとのコラボレーション[編集]

1988年にはラジオ『小室哲哉のSF Rock Station』(東海ラジオ放送)内の企画ユニットとして、TMの3人+日詰昭一郎の4人で「ハンバーグ&カニクリームコロッケ」を結成、インディーズでシングル「神社でB/恋のながら族」を限定リリースした(編成は、ボーカル:日詰、ギター:小室、ベース:木根、ドラムス:宇都宮。B面には松本孝弘も参加)。バンド名の由来は当時小室がお気に入りだったファミリーレストランのメニューから。レコードの価格は東海ラジオの周波数に合わせて1,332円だった。

また、2003年2005年2007年の3回に渡って、宇都宮と木根の2人、浅倉大介、阿部薫、葛城哲哉で「TM tribute LIVE」/「SPIN OFF from TM」ツアーが行なわれた。「TM NETWORKのライブではあまり演奏しない曲もセレクション」「オリジナルアレンジを基本に演奏する」がコンセプトで、小室公認で行われている。このツアーを始めるにあたり、小室は自分の代役として浅倉大介を指名している。

ユニット名[編集]

ユニット名の「TM」はメンバーが住んでいたと同時に、音楽活動を始めたホームタウンとも言える東京都多摩地域の「多摩」 (TaMa) がその由来である。小室がシカゴのように地域名を入れたいとこだわったためだったが、ユニット名の由来があまりパッとしないという理由でレコード会社・事務所からユニット名の再検討が行なわれ(2016年12月26日放送のTakanori Music Reovlution内にて小室哲哉が「TAMA NETWORKで行こうとしたが、(ソニーレコードの)坂西伊作氏により拒否された」と明かしている)、「メロー・イエロー」「ピーカーブー」「スロー・ダンサー」「ジェニファー・ジェニファー」などの案が出るなどした。最終的にユニット名は「TM NETWORK」に、「TM」は公式には「タイムマシン (Time Machine) の略」ということになり、数々のCM(カセットテープのCMなど)やアルバムの企画、楽曲がこの公式設定に則って制作された。この本当の由来は1993年まで公にされなかった(木根が1993年4月25日〜11月7日まで東京都多摩地域で放送していたイベント放送局TAMAらいふ21FM、愛称:Egg Station」に出演した際に初めて明らかにし、自著『電気じかけの予言者たち』で明記。その後2006年9月6日放送の『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』でも語った)。「NETWORK」の部分に関しては木根の考案で、メン・アット・ワークの語呂からヒントを得たという。
なお、2015年4月8日オンエアー「TM NETWORKのオールナイトニッポン」内で「本当に多摩だったの?」という質問に小室は「ドラムのTAMAっていうメーカーあるじゃない。ああいうのもあるんだからいいんじゃないのって。」と答えた。

ベスト・アルバム、企画アルバムの多さ[編集]

TM NETWORKのアルバムタイトルは、オリジナル・アルバム13枚(ミニ含む)に対して、それ以外のベスト・アルバム、リミックス盤、ライブ盤、そして未発表音源等を収録した、いわゆる「蔵出し」音源集などが25タイトルある。

これらのベスト・アルバムの発売時期はTM NETWORK(TMN)がメンバーそれぞれのソロ活動に入った時期である1989年と1992年以降に集中している。
TMN活動終了の1994年以降もソニー・ミュージック企画のSTAR BOXやTHE LEGENDシリーズ、ソニー・ミュージック系列の再発専門レーベルのソニー・ミュージックダイレクトによるシングルベストなどソニー・ミュージック系列から定期的に発売されている為、活動が停滞していた時期や現在もベスト・アルバムは着々と増えつつ有る。

逸話[編集]

  • デビュー当初は小室と宇都宮の二人のみの露出を、とEPIC・ソニー側から要請されていた。その戦略のため「1974」のジャケットには木根は写っていない[15]
  • デビュー直後から、ヤマハとの付き合いが始まっている。切っ掛けは当時のマネージャーが飛び込み同然で1stアルバムと1stシングルのMVを持ってヤマハを訪れて、ヤマハ側が認めたことによる[16]
  • ライブ後、すかいらーくを主とするファミリーレストランで打ち上げをする。これは小室の極端な偏食によるもので、いわゆる「居酒屋メニュー」を好まなかったため(魚介類が苦手、というのは、藤井徹貫の書籍などでも頻繁に語られている)。事前に貸し切り状態にしたり、地方などでは通常は貸し切り出来ないため、事前にイベンター、スタッフを全ての4人掛け席に1人ずつ前乗りさせ、2〜3時間近くコーヒーで粘って席を確保していた。ちなみに2001年の『TM NETWORK TOUR MAJOR TURN-ROUND』で小室が大阪、福岡、東京でのライブ後の打ち上げ計3回分の代金を支払った総額は、1人がファミレスなら10年間くらい食べ放題の金額であったという。
  • デビューしてまだブレイクする前、収入は少なかったがレコード会社から若干の衣装代が支給されていた。しかし常に高価な服を買い、かつ同じものを二度と着ないようにしていたことでお金が無くなり、以後人前に出るときの衣装は上下19800円(当時は破格)のものをディスカウントショップで購入していたこともあったという[17]
  • 小室はロンドンに渡る際、現地にて女性ボーカリストをスカウトし「TM international」という姉妹ユニットを結成・世界デビューさせる計画があったが、自分の無力さを痛感したこと・「キックハイハットがシンクロしていない。これでは踊れない」と現地のミュージシャンに忠告されたこと・スタジオワークの面白さを知ったことで白紙になった[17][18]
  • TMの作詞は代表曲の大部分を担当している小室みつ子は「主人公の資質はピュアだけど、ピュアになりきれない世界の中で生きる主人公」をテーマの主軸とし、小室は「純粋にファンタスティックで、SF・RPGゲームを思わせる世界観」を基本方針にしている[19]
  • 小室はTMNリニューアルの際、「本当は『TM-Internet-work』にしたかった」という。その時は「インターネットという言葉はまだこの時代には時期尚早すぎる」という自身の判断により没になった[20]が、後に『Major Turn-Round』プロジェクトのキーワードの一つとして使われることになった。
  • 再始動初のライブは香港にてT.M.Revolutionとのジョイントで行う予定だったが、諸事情で取りやめになり、代替公演として『TM NETWORK Log-on to 21st Century supported by ROJAM.COM』を横浜アリーナにて行った[21]
  • 小室は、TM network(TMN)がレギュラー出演していたTBSのラジオ番組内で、個人が主催するパーティにメンバー3人で出演する仕事を10万円で請け負うと述べたことがある。
  • TBSラジオで俳優の岸谷五朗がメインパーソナリティを務めていた生放送『岸谷五朗の東京RADIO CLUB』の直後の番組内で、突発的に小室が、『(小規模の)イベントをやりたい』、『そのMCに岸谷はどうか』という趣旨の発言をしたため、スタッフの配慮からか既に帰宅途中であった岸谷がTBS社屋(TMNの番組の生放送ブース)まで呼び戻されたことがある。
  • 岸谷は上記の番組、又は、その後発のラジオ番組(TBS)内にて『小室は夜中に急に中華料理が食べたくなり、ヘリコプターを手配して香港へ食べに行ったことがある』という趣旨の逸話を話しているが、これはフィクションである。(2014年にTM NETWORKが出演したアーティスト・プロデュース・スーパー・エディションで明らかになった。)
  • 木根はバラエティー番組「解禁、今だから言えるナイショ話」で、TM初期の代表曲「Get Wild」ではギターを弾かず、弾いているフリだけの「エアギターだった」と告白した。実際弾いていたのは、B'zデビュー前の松本孝弘であった。[22](原曲のエレキギターは窪田晴男が担当しており、松本はライブのみでの演奏である。)
  • 木根が2014年9月26日にニコニコ生放送に出演した際、上記の件について触れ、「実際はアンサンブルでオクターブ奏法を弾いているんです。」とコメントした。また、2014年放送のアーティスト・プロデュース・スーパー・エディション内において、エレキギターがエアギターであることは番組の盛り上がり上のネタであることも明かした。
  • 2015年2月20日放送の「中居正広のミになる図書館」にて木根が照れながらもサングラスを外した姿を公開。スタジオから可愛いと絶賛される。

ディスコグラフィ[編集]

TM NETWORKの作品を参照

参考文献[編集]

  • CAROL(木根尚登:著、単行本 1989年4月15日、ソニー・マガジンズ、文庫本 1991年4月10日、角川書店
  • 電気じかけの予言者たち -TM NETWORK HISTORY 1983(木根尚登:著、1994年5月14日、CBS・ソニー出版)ISBN 4-7897-0877-2
  • TMN FINAL 4001単行本 1994年9月9日、ソニー・マガジンズ、ISBN 4-7897-0888-8
  • 続・電気じかけの予言者たち』(木根尚登:著、限定版 2000年12月5日、通常版 2001年2月16日、メディアファクトリーISBN 4-8401-0204-X
  • 新・電気じかけの予言者たち -新世紀篇-(木根尚登:著、2004年5月14日、メディアファクトリー)ISBN 4-8401-1081-6
  • 真・電気じかけの予言者たち -眺望篇-(木根尚登:著、2004年12月3日、メディアファクトリー)ISBN 4-8401-1178-2
  • ファイブ・ソングス five songs for one night(小室みつ子:著、単行本 1988年2月5日、CBS・ソニー出版、文庫本 1991年4月10日、角川書店)ISBN 4-04-179301-7
  • ファイブ・ソングス(2)Five Songs in NEWYORK(小室みつ子:著、単行本 1989年3月、CBS・ソニー出版、文庫本 1991年9月10日、角川書店)
  • ファイブ・ソングス(3)Five Songs in LONDON(小室みつ子:著、単行本 1990年4月、CBS・ソニー出版、文庫本 1992年9月10日、角川書店)
  • TMN EXPO ストーリー(上)(藤井徹貫:著、単行本 1992年2月4日、文庫本 1993年9月22日)
  • TMN EXPO ストーリー(下)(藤井徹貫:著、単行本 1992年6月5日、文庫本 1993年9月22日、ソニー・マガジンズ)
  • TMN 最後の嘘(トリック)(藤井徹貫:著、1994年9月9日、ソニー・マガジンズ)
  • 別冊宝島 音楽誌が書かないJポップ批評53 TMN&小室哲哉 ポップス神話創世(2008年5月19日、宝島社ISBN 978-4-7966-6269-7
  • CAROLの意味(小室哲哉:著、2014年11月15日、エンターブレイン)

出演[編集]

レギュラーラジオ(ただし過去に出演したもの)[編集]

なお、SF Rock Stationでは1987年には小室が、1988年には木根がそれぞれパーソナリティをつとめていた。

CM[編集]

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1988年(昭和63年)/第39回 COME ON EVERYBODY '88 FINAL MEGAMIX 12/21 益田宏美
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

関連項目[編集]

SPEEDWAY
かつて在籍していたバンド
B'z
かつてサポートメンバーとして参加していた松本孝弘のユニット。
T.V.
かつてサポートメンバーとして参加していた葛城哲哉のバンド。
access
Iceman
かつてサポートメンバーとして参加していた浅倉大介のユニット。尚Icemanは2000年以降活動していない。
FENCE OF DEFENSE
メンバー全員がサポートとして参加し、現在も活動しているバンド。宇都宮隆はアーティストブック『Butterfly』の中で、「好きなアーティスト(邦楽)」の欄にFENCE OF DEFENSEの名を記している。
globe
リーダーである小室哲哉が参加している別のユニット。妻であるkcoが在籍。
TRF
こちらもリーダーである小室がプロデュースを担当している(1996年で一旦途切れたが、2010年代に入ってプロデュースを再開)ユニット。TMN終了の前年の1993年にメジャーデビューしている。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ iTunesでの紹介より。
  2. ^ さん付けし、TMさんなどと呼ぶファンもいた。
  3. ^ 尚、TM NETWORK名義の楽曲も一部のメディアやファンからはTMNと呼称される事もある。
  4. ^ 当時小室SPEEDと呼んだこともあった。
  5. ^ 同じ苗字だが、小室哲哉とは血縁関係はない
  6. ^ 「また音楽に帰ってきてくれると信じている」 TMNメンバーが復活へエール 中日スポーツ 2008年11月5日
  7. ^ TM木根が小室容疑者の立ち直りを期待 asahi.com(日刊スポーツ) 2008年11月5日
  8. ^ TM30周年の旅 きょう終了 充電期間へ chunichi.co.jp(中日スポーツ) 2015年3月22日
  9. ^ 木根尚登オフィシャルサイトより
  10. ^ MMWオフィシャルサイトより
  11. ^ 小室哲哉オフィシャルサイトより
  12. ^ チャリティーコンサート『All That LOVE -give & give-』配布パンフより。
  13. ^ 小室哲哉オフィシャルサイトより
  14. ^ DISCOGRAPHY|TM NETWORK”. avex (2017年2月10日). 2017年2月10日閲覧。
  15. ^ 2010年4月21日分の小室哲哉のTwitterの書きこみより。
  16. ^ メディアファクトリー刊『まっすぐ進む 夢へのヒント54』木根尚登著より。
  17. ^ a b 講談社刊『小室哲哉 深層の美意識』 神山典士著より。
  18. ^ NHK-FM放送 「ダブルDJショー 近田春夫 × 小室哲哉」(2007年1月6日放送)より。
  19. ^ 日経BP刊『日経エンタテインメント!』1999年7月号より。
  20. ^ MESSaGE」ジャケットより。
  21. ^ メディアファクトリー刊 『続・電気仕掛けの預言者たち』 木根尚登著より。
  22. ^ 「木根尚登はエレキギター弾けなかった…B’z松本が影武者だったと告白」より。 デイリースポーツ 2014年5月28日

外部リンク[編集]