サウンズ・ウィズ・コーク

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サウンズ・ウィズ・コーク(Sounds with Coke)』は、コカ・コーラボトラーズ[注釈 1]一社提供による音楽番組である。

概要[編集]

同番組は日本コカ・コーラ協賛、ジャパン・ラジオ・ネットワーク(JRN)の地方基幹局HBCTBCTBSCBCABCRCCKBC=NRN単独加盟)が主催して行った「フレッシュサウンズコンテスト(フレコン)」の協賛番組として1977年の同コンクール初回から1991年3月まで週末に放送された(TBSラジオでの放送時間の変遷は後述)。

なお、1978年から1983年までエフエム大阪で日曜夕方に放送された『サウンズ・ウィズ・コーク COME ON IN MUSIC』(パーソナリティは杉田二郎ジーン長尾)と冠名とスポンサーは一緒だが内容に関連性はほとんどない。

TBSラジオではフレコン開始前の1975年4月7日より放送を開始[1][2]。番組開始当初は、『全国ポップス・ホット・テン』(後の『TBSラジオ 今週のポップス ベスト10』)で八木誠とともにDJを務めていた牧村真吾がパーソナリティを担当(八木も後に本番組を担当する)。

1976年10月からは放送時間を日曜昼に移し、パーソナリティは俳優の若山弦蔵に交代(アシスタントは佐々木紀子)[3]。1977年4月から音楽評論家の波田真がパーソナリティとなり、同時に1時間番組となる[4]

1979年4月より放送枠が番組終了まで続くことになる土曜夜に移動、パーソナリティも前述の八木誠に交代する(アシスタントは水越けいこ→宮本典子)。TBSでの放送時間が1時間だった1982年3月までは後述する全国ネットのパートはなく、パーソナリティ・番組内容が放送各局により異なる企画ネット番組だった。TBSラジオでのパーソナリティ・放送時間の詳細については「TBSラジオでのパーソナリティと放送時間」を参照のこと。

1982年4月以降は原則として、TBSラジオ制作・JRN共通ネットのパートと、各ネット局が個別に異なる内容を放送する企画ネットパートの2本立ての構成となった[5]。ただし、自社制作のパートを持たず、TBSラジオ制作の共通ネット部分のみを30分番組としてネット受けする局も多数あった。

番組のコンセプトとしては、「フレコン」の各地方・ブロックコンクール、全国コンクールに出場したアマチュアバンド・歌手の演奏・歌唱の披露が中心で、主に地方・ブロックコンクールの模様は企画ネットパートで、全国コンクールは全国ネットパートで放送されたほか、全国ネットパートでは著名な音楽家がパーソナリティーを務めて、特定の楽曲やアーチストの特集などを行っていた。フレコンの終了とともに1991年3月をもってこの番組も終了した。

このような日本コカ・コーラ1社協賛によるネット番組は、この番組終了後、『STUDIO C2 SQUARE』(1991年度 - 1993年度)でも踏襲されたが、この時は企画ネットパートのみで全国共通ネットのコーナーはなかった。その後1994年度の『清水圭のガッコーの人気者』では全国共通ネットのみとなり、1995年度から1998年度までは全国ラジオネットワーク(NRN)にスポンサー枠ごと移動し、『Coke Teens Club』として再び企画ネット番組に移行し、1998年度で終了している。

TBSラジオでのパーソナリティと放送時間[編集]

  • 1975年4月 - 1976年9月:牧村真吾 毎週月曜21:00 - 21:30 ※1975年10月より毎週土曜21:00 - 21:30[6]、1976年4月より毎週日曜22:00~22:30[7] 
  • 1976年10月 - 1977年3月:若山弦蔵・佐々木紀子 毎週日曜12:10 - 12:40
  • 1977年4月 - 1979年3月:波田真・佐々木紀子 毎週日曜12:10 - 13:10
  • 1979年4月 - 1981年3月:八木誠水越けいこ(→宮本典子) 毎週土曜23:30 - 24:30
  • 1981年4月 - 1982年3月:金田賢一河合奈保子 毎週土曜23:30 - 24:30 ※1981年10月より『NISSANミッドナイトステーション』放送時間繰り上がりに伴い毎週土曜23:00 - 24:00に放送時間変更
  • 1982年4月 - 1983年3月:山下達郎[8][5]・石橋和子 毎週土曜23:00 - 23:30 ※この年よりTBSでの放送時間が30分に短縮、TBSラジオ制作パートのネット局が増えはじめる
  • 1983年4月 - 1984年3月:山本コウタロー[注釈 2]・エイミー 毎週土曜23:00 - 23:30
  • 1984年4月 - 1986年3月:山本コウタロー 毎週土曜23:00 - 23:30 ※1984年10月より『古舘伊知郎の赤坂野郎90分』放送開始に伴い毎週土曜23:30 - 24:00に放送時間変更
  • 1986年4月 - 1987年3月:山本コウタロー・小林明子 毎週土曜23:00 - 23:30
  • 1987年4月 - 1989年3月:富田靖子(副題「富田靖子のおちゃめクラブ[9][10]) 毎週土曜22:00 - 22:30 ※1988年4月より『赤坂ライブ』放送開始に伴い毎週土曜22:30 - 23:00に放送時間変更
  • 1989年4月 - 1991年3月:TM NETWORK(1983年フレコン全国コンクールグランプリ受賞者 副題「TM NETWORKのCome on FANKS!」→「TMNのROCK'N UP」) 毎週土曜22:30 - 23:00

ネット局[編集]

  • 北海道放送 - 田中徳志郎・神田稔子→桜井宏・菊池玲子
  • 東北放送 - 橋本俊一
  • 新潟放送(TBSパートのみ)
  • 山梨放送 - 浅川初美
  • CBCラジオ - 小堀勝啓・白木章子
  • 朝日放送 - ジーン長尾BORO紳竜
  • 山陽放送 - 志賀隆之
  • 山陰放送 - 荒井由岐子
  • 山口放送 - 女屋博史
  • 九州朝日放送 - 松井伸一
  • 熊本放送 - 斉藤誠一
  • 琉球放送 - 小山康昭

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 厳密には、TBSラジオが全国統括本部である日本コカ・コーラ、その他の各ネット局はそれぞれの地区ごとのボトラー(フランチャイジー。HBCは北海道コカ・コーラ。TBCは仙台コカ・コーラ。CBCは中京コカ・コーラ。ABCは近畿コカ・コーラ三笠コカ・コーラ。RCCは山陽コカ・コーラ。KBCは北九州コカ・コーラ)の協賛だった。
  2. ^ 当時の名義は山本コータロー

出典[編集]

  1. ^ 『TBS50年史』資料編 P5
  2. ^ ラジオ東京スピリッツ TBSラジオ番組表1975年5月”. TBSラジオ&コミュニケーションズ. 2013年12月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月4日閲覧。
  3. ^ ラジオ東京スピリッツ TBSラジオ番組表1976年10月”. TBSラジオ&コミュニケーションズ. 2013年12月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月4日閲覧。
  4. ^ ラジオ東京スピリッツ TBSラジオ番組表1977年4月”. TBSラジオ&コミュニケーションズ. 2013年12月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月4日閲覧。
  5. ^ a b 松尾潔のメロウな日々・【短期集中企画:本ができました!】Part 35
  6. ^ ラジオ東京スピリッツ TBSラジオ番組表1975年11月”. TBSラジオ&コミュニケーションズ. 2013年12月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月4日閲覧。
  7. ^ ラジオ東京スピリッツ TBSラジオ番組表1976年5月”. TBSラジオ&コミュニケーションズ. 2013年12月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月4日閲覧。
  8. ^ 山下達郎オンエアデータベース・サウンズ・ウィズ・コーク1982年同1983年
  9. ^ ラジパラ目次データベース1987年(7月号の件に言及あり)
  10. ^ ラジオ東京スピリッツ TBSラジオ1987年4月番組表”. TBSラジオ&コミュニケーションズ. 2013年12月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月4日閲覧。
TBSラジオジャパン・ラジオ・ネットワーク基幹局 コカ・コーラボトラーズ1社協賛枠(1978年4月 - 1991年3月ごろ)
前番組 番組名 次番組
創設前
サウンズ・ウィズ・コーク
(基幹局共通ネット番組と企画ネット番組の混成編成)