ダンス・ミュージック
この記事には複数の問題があります。 |
ダンス・ミュージック(英: Dance music)とは、ダンスのBGMとして機能する音楽、または踊るための音楽を指す。単独の音楽ジャンルを指す概念ではなく、複数の音楽ジャンルを総合する概念と見なされている。
概要
[編集]
古くは、古代ギリシアの陶芸に音楽家とダンサーが描かれているものがあり、確認できる最も初期の西洋のダンスミュージックとして中世ヨーロッパのメディエヴァルが挙げられる。ヨーロッパのバロック時代では、フランス宮廷を発祥とするバロックダンス[1]が挙げられる。
歴史
[編集]クラシック音楽の古典派音楽では、メヌエットがしばしば第3楽章で踊られる。ロマン派音楽ではワルツが生まれ、バルカロール、マズルカ、ポロネーズなどのさまざまなフォークダンスが流行して19世紀後半に社交ダンスが発祥し、20世紀初頭には労働者階級の間で社交ダンスが人気を博してダンスホールに人が集まるようになる。1920年代にダンスミュージックは非常に盛え、1930年代にはベニー・グッドマン、デューク・エリントン、グレン・ミラーらによるスウィング・ジャズがダンスミュージックとして人気を集めた。[2]。その後のビバップは即興演奏(アドリブ)を強調し、黒人音楽に芸術を持ち込んだが、その分ダンス音楽からは離れていき、大衆的な人気音楽の主流からは、外れていった。
アメリカ合衆国やヨーロッパではダンス・ミュージックが日常的に楽しまれていた。1950年代にロックンロール、ロカビリー、1960年代後半にソウルミュージック、リズム・アンド・ブルースなどがダンスミュージックとして人気を集め、1970年代半ばから1970年代後半にかけてディスコが流行した。ディスコでは、フィリー・ソウルやサルソウル・サウンドを中心に、ストリングスなどオーケストラのサウンドが多く取り入れられた音楽も一部に存在したが、これはロックンロールの普及以後に失われていたサウンドであった。また、ディスクジョッキーがレコードをかけるだけでダンスミュージックが成立することはバンドを雇うよりも費用の面で安上がりだったことも、流行の要因にあげられる。1970年代後半にディスコは全盛期を迎えたが、ソウルやR&Bの衰退というマイナス面もあった。
1970年代後半にジョルジオ・モロダーやドナ・サマーらによるシンセサイザーを中心とした電子音楽が普及した。その後、1980年代にはポスト・ディスコ、Hi-NRG、ユーロビート、ユーロダンス、ハウス、テクノ、トランス、ドラムンベース、2ステップなど、さまざまな派生ジャンルが生まれていった。その間、ディスコはクラブへと移行した。EDMという混成型のジャンルも登場した。
日本のシーン
[編集]日本では、終戦直後から服部良一が手掛けた笠木シヅ子のブギウギが人気となった。1950年代末には、和製ロカビリーとツイスト、1960年代後半にはグループサウンズがブームとなり、ゴーゴーが人気のダンスとなった。1970年から1980年代には、西城秀樹,ピンク・レディー,風見慎吾(日本人として初めてブレイクダンスをテレビ番組で披露)ら、昭和歌謡の歌唱とともに大胆な振り付けを特徴とする歌手が人気を集めた。1990年代になるとディスコダンスを得意とするダンス&ボーカルグループのZOOがヒット曲を発売した。さらに小室哲哉のプロデュースによるTRFや安室奈美恵などが人気を獲得した後、エイベックスが仕掛人となってパラパラブームが人気を博し、ギャルの間でパラパラが楽しまれるようになった。同時にMAX、SPEED、モーニング娘。、DA PUMPなどのダンス&ボーカルグループも相次いで人気となったことで、ダンス・ミュージックは大きな市場となった。以前はダンス人口が少なかった日本のダンス人口は2000年代以降に急増し、2020年代にはダンス人口が約1000万人に到達し、米国やフランスに並ぶダンス大国と見做されるようになった[3]。日本では2021年1月以降、日本発かつ世界初のプロダンスリーグ「D.LEAGUE」も開催されている[4][5][6][7][8]。
2010年代以降はダブステップ[注 1]やエレクトロ・ハウスが流行したほか、三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBEによる、ダンスの世界では以前から知られていたダンス「ランニングマン」も日本で人気になった。2010年代には、ダブステップとは別の流れで、1980年代や1990年代の楽曲をサンプリングしてループしたりピッチを下げたりするヴェイパーウェイヴというムーヴメントが、インターネット上で生まれた[9]。ヴェイパーウェイヴからダンサブルな側面で派生したフューチャーファンクでは、日本以外では存在すら知られていなかった1980年代の日本のシティ・ポップが多数サンプリングされた。その結果として、日本のシティ・ポップ自体もレア・グルーヴとして世界中で脚光を浴びることになった[10]。また、さらに後に出現したサブジャンルのWaveは、ベース・ミュージックとして進化を遂げ、クラブ・ミュージックとしてロンドンを本拠地に持ちつつ、アメリカ合衆国やカナダにも伝播した[11]。日本では2018年にディーン・フジオカが「Echo」という楽曲でWaveをJ-POPに取り入れている[12]。
ギャラリー
[編集]- バロックダンスにおけるコスチューム・デザイン(1653年、リュリ作曲『王の夜のバレ』の最終アントレから)
- メヌエット
- ワルツ
- プラハのフォークダンス
- カッスル夫妻の社交ダンス(1912年)
- ロックンロールの象徴的人物エルビス・プレスリー(1957年)
- ソウルミュージックの象徴的人物ジェームス・ブラウン
- ディスコ
- ファットボーイ・スリム(2006年)
- スクリレックス(2012年)
ダンス・ミュージック
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ ダブステップではなくブロステップであるとする議論がある。
出典
[編集]- ↑ “What is Baroque Dance?”. BaroqueDance.info. 2020年9月23日閲覧。
- ↑ Swing allmusic 2026年6月8日閲覧
- ↑ “ダンス大国の日本、その魅力と将来は 「Dリーグ」神田勘太朗氏に聞く:時事ドットコム”. 時事ドットコム. 2026年1月16日閲覧。
- ↑ “日本発世界へ!プロダンスリーグ「D.LEAGUE」発足”. 2026年1月20日閲覧。
- ↑ “株式会社Dリーグ”. 株式会社Dリーグ. 2026年1月20日閲覧。
- ↑ “世界初ダンス・プロリーグを立ち上げた、Dリーグ神田勘太朗COOの勝算 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)”. forbesjapan.com. 2026年1月20日閲覧。
- ↑ “世界初プロダンスリーグのビジネス戦略 D.LEAGUE運営に聞く(THE PAGE)”. Yahoo!ニュース. 2026年1月20日閲覧。
- ↑ “日本発のプロダンスリーグ「D.LEAGUE」が公式ホームページを多言語化”. プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES (2022年2月1日). 2026年1月20日閲覧。
- ↑ 小川真吾. “Vaporwave特集――ネット世代が生んだアングラムーブメント”. TABI LABO. 2019年4月9日閲覧。
- ↑ “昭和歌謡やAORが再注目されるのはなぜ? 今、知っておきたい和モノレアグルーヴ事情 | block.fm”. block.fm. 2019年4月24日閲覧。
- ↑ “Dubstep以来の発明?今、UKで躍進する新ジャンル「Wave」とは? | block.fm”. block.fm. 2019年4月9日閲覧。
- ↑ “ディーン・フジオカが最新曲「Echo」で注目の音楽ジャンル「Wave」をJ-POP化。でも「Wave」ってどんな音楽なの? | block.fm”. block.fm. 2019年4月9日閲覧。