ポロネーズ

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一般的なポロネーズのリズム。最後は弱拍で終止する(女性終止)

ポロネーズ: polonaise: polonez: polacca)とは、フランス語で「ポーランド風」の意であり、マズルカと並んでポーランド起源のダンスまたはそのための曲の形式(舞曲)である。テンポがゆっくりな4分の3拍子で、もとはポーランドの民族舞踊であったが、1つの様式となってヨーロッパで流行した。特にショパン英雄ポロネーズ軍隊ポロネーズが有名。

典型的なポロネーズは荘重でゆったりした4分の3拍子で、第1拍が16分音符で細分されているのが特徴であるが、初期のものは必ずしもこれに従わず、2拍子のものもある。現在のリズムが定着したのは古典派の時代である。ダンスは三拍目の最後に挨拶をして締めくくられるため、三拍目の初めの拍(弱拍)で終結する(女性終止)のが特徴。

もとは民俗的なものでなく貴族の行進から始まったといわれ、16世紀後半にポーランド王国の宮廷で行われたという。スウェーデンの民族舞踊「ポルスカ "Polska"」(ポーランド語で「ポーランド」の意)にも似たものがあり、これはスウェーデン王シギスムンドがポーランド王を兼ねた時代に始まるともいう。

その後ヨーロッパ各国の宮廷に取り入れられ、フランス宮廷からポロネーズの名が広まった。また純器楽曲としても作曲され、初期のもので有名なのがJ.S.バッハの作品(ブランデンブルク協奏曲フランス組曲管弦楽組曲など)である。さらにフランツ・クサーヴァー・モーツァルトベートーヴェンウェーバーシューベルトらも作曲した。また、舞曲ではない「ポロネーズ風」(: alla polacca)という表記を付けた曲も多く存在する(ベートーヴェン「三重協奏曲」終楽章など)。

ポーランド本国ではユゼフ・コズウォフスキ(Jozef Kosłowski, 1757年 - 1831年)、ミハウ・クレオファス・オギンスキ(Michał Ogiński, 1765年 - 1833年)、カロル・クルピンスキ(Karol Kurpiński, 1785年 - 1857年)らが民族的なポロネーズを作曲し、これらはショパンに影響を与えた。ショパン以後も、ユリウシュ・ザレンプスキやアレクサンデル・ザジツキなどが規模の大きなポロネーズを作曲している。また、ポーランド以外でもリストチャイコフスキーなど多くの作曲家が作曲している。

1885年、大統領入場の際の音楽を大統領万歳英語版から変えたいアメリカ大統領チェスター・A・アーサージョン・フィリップ・スーザに新しい音楽の作曲を命じた。スーザは翌年大統領ポロネーズを完成したが、アーサー大統領は初演の前に亡くなった[1]

脚注[編集]

  1. ^ Sousa: Marching Along, p.85 Integrity Press, 1994