RAINBOW RAINBOW

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RAINBOW RAINBOW
TM NETWORKスタジオ・アルバム
リリース
録音 1983年10月1日 -
1984年2月4日
CBSソニー六本木スタジオ
スタジオジャックス
ジャンル エレクトロ・ポップ
ポップス
ロック
テクノポップ
ダンス・ポップ
AOR
ラテン[1]
時間
レーベル EPIC・ソニー
プロデュース 小室哲哉
チャート最高順位
TM NETWORK アルバム 年表
 RAINBOW RAINBOW
1984年
CHILDHOOD'S END
1985年
EANコード
『RAINBOW RAINBOW』収録のシングル
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RAINBOW RAINBOW』(レインボー・レインボー)は、日本の音楽ユニットであるTM NETWORKのファースト・アルバム。

1984年4月21日EPIC・ソニーからリリースされ、作詞は麻生香太郎西門加里小室哲哉、作曲は小室、木根尚登、プロデューサーは小室が担当している。音楽性はエレクトロ・ポップを基調としながらもラップAORなど様々な要素を導入している。

レコーディングは1983年10月1日から1984年2月4日までCBSソニー六本木スタジオおよびスタジオジャックスにて行われた。アルバムタイトルの由来は、の7色では収まりきらないバラエティー豊かなアルバムにしたいということから名付けられた。

先行シングルはなく、同時リリースされたシングル「金曜日のライオン (Take it to the Lucky)」、後にシングルカットされた「1974 (16光年の訪問者)」を収録している。

オリコンチャートでは最高位71位となった。

背景[編集]

宇都宮隆木根尚登が在籍していたロックバンドであるSPEEDWAYは、1979年9月5日にシングル「夢まで翔んで」でメジャーデビューを果たす[2]。音楽性はアメリカン・ロックを志向しており、カーズスーパートランプなどに影響を受けていた[2]1980年にリリースしたシングル「Rockin' On the 月光仮面」よりキーボード担当として新たに小室哲哉が加入し、後に2枚のアルバムをリリースするも、1981年に小室が脱退する[2]

1983年に小室は新たなグループの結成を検討し、宇都宮と木根を勧誘し5月にTM NETWORKを結成する[2]。同年8月には東京放送TBSラジオ)および日本コカ・コーラの主催で開かれていたアマチュア歌手・バンドのコンテストであるフレッシュサウンズコンテストに出場し、「1974」を演奏してグランプリを受賞[2]。1984年にエピック・ソニーからメジャーデビューする事が決定した[2]

録音[編集]

利用したレコーディングスタジオは、オタリオープンリール式の16トラックか24トラックのマルチトラック・レコーダー・小さなミキシング・コンソールKorg Polysixが各1台だけあり、専属のエンジニアが1人もおらず、当時活動していたフォークソングシンガー達からも「使えない」と見限られていた場所だった。小室は「小さなボーカルブースに何度も出入りして、殆どミキシング・コンソールを通さずにテープレコーダーに直接録音する」、「リズムスネアドラムを借りて録る」、「一人のを4回重ねる」、「環境の悪さが原因でノイズが入ったら、逆相で打ち消そうとその声域のノイズを入れる」、「スケジュールの都合でそのスタジオしか使えない場合はピアノが弾けないから、歌メロのデモは3人の声で録音する」等様々な工夫を凝らした。その経験から、小室は「『そのスタジオにある機材で何が出来るか』という実験性・遊び心を身に着けた」と回想している[3]。そのスタジオ内での試行錯誤にスタジオ内での作業期間の3分の1を費やした[4]

シンセサイザーはRoland MC-8PPG Wave 2.2YAMAHA - DX7を主力とし、その他にもmoogOberheim Electronics等の海外の当時の高級なシンセサイザーを多数使用した[5]。揃えられたシンセサイザーは全てマニピュレーター小泉洋の私物であり、プログラミングの複雑な作業は全て小泉が担当した[6]。最初はYAMAHA - DX1をメインにする予定だったが、発売日が遅れたためPPG Waveをメインにした[7]

小室の意向により、「カリビアーナ・ハイ」のように打ち込みでなくバンドスタイルでレコーディングしたいという意図があった曲では、何人かのミュージシャンが参加している。クレジットには明記されていないが、北島健二をはじめその後のTM NETWORKに欠かせないサポートメンバーが参加している。但し、小室は「本来は終始テクノポップで押し通し、生のドラム・生のピアノ・生のギターを使わないトレヴァー・ホーンの手法に近づきたかった」と回想している[4]

アルバム収録の際にボツとなった「OPEN YOUR HEART」は、小室のソロアルバム『Digitalian is eating breakfast』(1989年)収録の「OPERA NIGHT」としてメロディーを付け足し、歌詞アレンジを変えて発表されている。お蔵入りしていたTMバージョンについてもベストアルバム『TMN RED』(1994年)に収録され日の目を見ることになった。それ以外にも「QUATTRO」、「17 to 19」、「HAPPY BIRTHDAY YOUR POINT」、「LOVIN’YOU」、「悲しき16才」などボツとなった曲があり、最終的には9曲に絞られた。

コンセプトは「お堅い事を抜きにして、夏のはじけ方をとにかく楽しんでもらう」「とりあえず気持ち良い音を出して、その時のテンションを最後まで押し通す」ことを目指した[8]

音楽性[編集]

全体を通して小室はエレクトロ・ポップを目指していたが、1曲目「カリビアーナ・ハイ」に関しては「1曲目からピコピコした音だけだったら、ポップなメロディとはいえ、あまりにも前衛的に聴こえてしまう」との理由で生演奏の曲となった[9]。また、同曲は歌謡曲ではなくワム!を意識していたという[9]。2曲目「クロコダイル・ラップ (Get Away)」ではRun-D.M.C.ビースティ・ボーイズを意識してラップを導入しており、サウンドに関してはニューロマンティック調の音となった[9]。3曲目の「1/2の助走 (Just For You And Me Now)」はAORの曲となっており、ジャクソン・ブラウンなどのウエストコート・サウンドに影響されている[9]。また「今までにないような新しい音楽を生み出したかった」との言の通り、イギリスに傾倒しすぎた場合はアメリカに、ロックに傾倒しすぎた場合はAORやポップスに寄る等意図的にバランスを取っていたという[9]。また、前年にイエロー・マジック・オーケストラが散開しテクノポップブームが過ぎ去っていたため、その類の音はご法度にしていたという[9]。7曲目の「金曜日のライオン (Take it to the Lucky)」に関しては、本来はアース・ウィンド・アンド・ファイアーをイメージした壮大なものであったがすべてシンセサイザーの音に集約される結果となった[9]。また、歌詞に関しては当初別人に依頼していたものの、曲に詞を乗せる事が難しいとの理由で断られたため、小室自身が作詞した[9]。詞の一部ではセルジオ・メンデスの影響を受けている[9]。8曲目の「RAINBOW RAINBOW (陽気なアインシュタインと80年代モナリザの一夜) 」に関しては、ヒッピームーブメントの影響を受けたサイケデリックなカルチャーや、ウッドストック・フェスティバルなどの総決算のような世界観を目指した[9]。9曲目の「パノラマジック(アストロノーツの悲劇)」では、トレヴァー・ホーンブライアン・イーノが製作するような音を目指し、エレクトリック・ライト・オーケストラのテイストが含まれている[9]。また、全体を通してボーカルに関しては全く加工されておらず、「宇都宮くんは大変だったと思います」と小室はコメントしている[9]

音楽誌『別冊宝島1532 音楽誌が書かないJポップ批評53 TMN&小室哲哉[ポップス神話創世]』にてライターのともえりょうのすけは、本作の音楽性や歌詞に対して「幻想的なシンセサウンドと物語性のある歌詞が特徴[2]」と表現した他、音楽解説者の榊ひろとは後のTM NETWORKの音楽性よりもバンドサウンドに近い事を指摘した他、「曲調的にもラテン・フュージョンがかったちょっとハードなシティ・ポップスという風情」と述べ、80年代初頭の風俗やトレンドを反映した楽曲群であると位置付けた[10]

リリース[編集]

1984年4月21日EPIC・ソニーより、LPCTCDの3形態でリリースされた。

その後1987年7月1日にCDのみ再リリースされた。その後も1991年9月5日1996年6月17日2000年3月23日と再リリースされ、2004年3月31日には完全限定生産盤のCD-BOXWORLD HERITAGE DOUBLE-DECADE COMPLETE BOX』に紙ジャケット、24bitデジタルリマスタリング仕様で収録された。

2007年3月21日には単独で紙ジャケット、デジタルリマスタリング仕様でリリースされ[11]2013年2月20日にはデジタルリマスタリング仕様でBlu-spec CD2にてリリースされた。

アートワーク[編集]

当時はシングルアルバムの同時リリースでデビューする事自体が破格の扱いだったのもさる事ながら、ワニのお面を被った少女のジャケットが印象的であり、アーティスト自身が登場していないジャケットデザインは業界でも異例の事だったという。ちなみに、その少女は後に1993年宇都宮隆のソロツアーにコーラスとして参加したYURIAの妹である。ジャケット撮影を浜松の海岸で行う際に、駅で5時間も待たされ寒い思いをしたため、「モデルの仕事を辞める」と言ってやめてしまったことが、宇都宮の単行本に収録されているYURIAのインタビューに書かれている。

ツアー[編集]

本作リリース後の6月18日に渋谷Live Inn、7月17日に梅田バナナホール、7月31日に渋谷Live Innにて「DEBUT CONCERT」と銘打ったライブが開催された。また同年12月5日に渋谷PARCO part3、12月27日に札幌教育文化会館にて公式では初となるライブ「ELECTRIC PROPHET」が開催された。

批評[編集]

専門評論家によるレビュー
レビュー・スコア
出典評価
CDジャーナル肯定的[12][13]
音楽誌が書かないJポップ批評53 TMN&小室哲哉[ポップス神話創世]肯定的[10]
  • 音楽情報サイト『CDジャーナル』では、「リーダーの小室哲也を中心に、極めて音楽性の高い作品を提供している。音作りのプロセスも面白そう。いいバンドの出現に拍手![12]」、「ニューロマンティックの影響が色濃くみられ、すでに音楽センスの高さが垣間見える作品となっている[13]」と音楽性や楽曲作りに関して肯定的な評価を下している。
  • 音楽誌『音楽誌が書かないJポップ批評53 TMN&小室哲哉[ポップス神話創世]』において音楽解説者の榊ひろとは、「クロコダイル・ラップ (Get Away)」に関して「TKサウンドの萌芽ともいうべきコード進行やメロディが聴かれる」とした他、「1/2の助走 (Just For You And Me Now)」を珠玉のバラードと表現、「1974 (16光年の訪問者)」や「RAINBOW RAINBOW (陽気なアインシュタインと80年代モナリザの一夜)」は「作詞の西門加里との相性の良さを示すことにもなった」など肯定的に評価しているが、反面これら以外の曲の印象が薄いとも指摘、さらに麻生香太郎の詞にはプレバブル期の空疎なオシャレ感が感じられるとした上で「全体的にいまひとつ焦点が絞りきれていない面は否めない」と指摘した[10]。しかし全体的な完成度はファーストアルバムとしては高いと評価し、宇都宮のボーカルが安定している事や木根が4曲の作曲に携わっている事が特筆すべき点であると主張した[10]

チャート成績[編集]

オリコンチャートではリリース当初はランキング外であった。1987年の再リリース版において最高位71位、登場回数6回、売り上げ枚数0.8万枚となった。

収録曲[編集]

A面
全編曲: 小室哲哉
#タイトル作詞作曲時間
1.カリビアーナ・ハイ(CARIBBEANA-HI)麻生香太郎小室哲哉
2.クロコダイル・ラップ (Get Away)(GET AWAY)小室哲哉小室哲哉
3.1/2の助走 (Just For You And Me Now)(JUST FOR YOU AND ME NOW)西門加里木根尚登
4.1974 (16光年の訪問者)(1974)西門加里小室哲哉
5.クリストファー(CHRISTOPHER)麻生香太郎木根尚登
合計時間:
B面
#タイトル作詞作曲時間
6.イパネマ'84(IPANEMA'84)西門加里小室哲哉、木根尚登
7.金曜日のライオン (Take it to the Lucky)(TAKE IT TO THE LUCKY)小室哲哉小室哲哉
8.RAINBOW RAINBOW (陽気なアインシュタインと80年代モナリザの一夜)(RAINBOW RAINBOW)西門加里小室哲哉
9.パノラマジック(アストロノーツの悲劇)(PANORAMAGIC)麻生香太郎木根尚登
合計時間:

曲解説[編集]

  1. カリビアーナ・ハイ - CARIBBEANA-HI
    本作で一番最後にレコーディングされた曲[9]。アルバムの入り口として分かりやすい曲を目指して制作された[9]
    その場にいた3人とスタジオミュージシャンの1発録りで、木根はピアノを担当した[14]
  2. クロコダイル・ラップ (Get Away) - GET AWAY
    1stシングル『金曜日のライオン (Take it to the Lucky)』のカップリング曲。
    8ビートの楽曲しか歌ってこなかった宇都宮にとって、16ビートの楽曲を歌うのはこの曲が初めての挑戦であり、大変な思いで録った[14]
  3. 1/2の助走 (Just For You And Me Now) - JUST FOR YOU AND ME NOW
    本作で唯一のバラード曲。有名なサックスプレイヤーが参加していたが、間奏のわずか8小節部分だけであったにも関わらず、リハの際、自分が納得いくまでフレーズを吹きなおしていた為、なかなか録音に入れず、ブース外にいた小室が木根に「ねぇ、もう(このフレーズで)いいよね?」と呟いたという。
  4. 1974 (16光年の訪問者) - 1974
    冒頭に英語での会話が挿入されているが、後に2ndシングルとしてシングルカットされた際にはカットされている。
  5. クリストファー - CHRISTOPHER
    タイトルはSF小説から取られている[9]
  6. イパネマ'84 - IPANEMA'84
    反戦歌をイメージして制作した[15]
    宇都宮が機械的な音程に馴染んでいなかったため、歌いだしのメロディーは木根が担当した[9]
    デモテープの段階ではロック調のアレンジだった。その構成はライブで度々披露された[14]
  7. 金曜日のライオン (Take it to the Lucky) - TAKE IT TO THE LUCKY
    本作と同時発売の1stシングル。表記は特に無いがシングル版と異なり、イントロ、リフレインがシングル版では「2サビ→1サビ→フェードアウト」に対し、「3サビ→2サビ→1サビ→フェードアウト」と全体的に長くなっているなど、アルバムバージョンとなっている。
  8. RAINBOW RAINBOW (陽気なアインシュタインと80年代モナリザの一夜) - RAINBOW RAINBOW
    アルバムタイトルとなった曲。本来、キーボードとピアノは小室が演奏する予定だったが小室が高熱を発症し、代わりに木根が演奏した。レコーディング前日にフレーズのイメージを確認するために木根は小室家に訪問した際、小室は高熱でフラフラしながら現れたという。
    佐野元春が「10年に1度出るか出ないかのポップなイントロだ」と褒めた[14]
    小室は2014年に「BPMが速くて、出来上がった時にも『変な曲で受け入れてもらえないだろう』と痛感していたが、同時に『この構成は逆説的な意味で21世紀でも使える』と思った」と振り返っている[16]
  9. パノラマジック(アストロノーツの悲劇) - PANORAMAGIC
    後に2ndシングル『1974 (16光年の訪問者)』のカップリング曲としてシングルカットされた。

スタッフ・クレジット[編集]

TM NETWORK[編集]

参加ミュージシャン[編集]

スタッフ[編集]

リリース履歴[編集]

No. 日付 レーベル 規格 規格品番 最高順位 備考
1 1984年4月21日 EPIC・ソニー LP
CT
CD
28・3H-117
28・6H-100
35・8H-11
-
2 1987年7月1日 EPIC・ソニー CD 32・8H-126 71位
3 1991年9月5日 EPIC・ソニー CD ESCB-1208 -
4 1996年6月17日 EPIC・ソニー CD ESCB-1751 -
5 2000年3月23日 エピックレコード CD ESCB-2113 -
6 2004年3月31日 エピックレコード CD ESCL-2521 - CD-BOXWORLD HERITAGE DOUBLE-DECADE COMPLETE BOX』(完全生産限定盤)収録
紙ジャケット、24bitデジタルリマスタリング仕様
7 2007年3月21日 ソニー・ミュージックダイレクト CD MHCL-1034 - 紙ジャケット、デジタルリマスタリング仕様(完全生産限定盤)
8 2013年2月20日 ソニー・ミュージックダイレクト Blu-spec CD2 MHCL-30007 215位 デジタルリマスタリング仕様

脚注[編集]

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  1. ^ 日経BP刊『日経エンタテインメント!』1999年12月号49Pより。
  2. ^ a b c d e f g ともえりょうのすけ「PART 2 TM NETWORK/TMN ヒストリー&レビュー CHAPTER 1 タイムマシン、始動(1984年-1987年)」『音楽誌が書かないJポップ批評53 TMN&小室哲哉[ポップス神話創世]』別冊宝島 1532号、宝島社、2008年6月19日、 42 - 43頁、 ISBN 9784796662697
  3. ^ リットーミュージック刊『サウンド&レコーディング・マガジン』2007年1月号 97Pより。
  4. ^ a b 角川書店刊『月刊カドカワ』1991年10月号32P-33Pより。
  5. ^ リットーミュージック刊 『キーボード・マガジン』 2010年SUMMER号 18Pより。
  6. ^ プレイヤー・コーポレーション刊「Player」1984年1月号243Pより。
  7. ^ プレイヤー・コーポレーション刊「Player」1984年3月号199Pより。
  8. ^ ダイヤモンド社刊『FM STATION』1989年8月6日号26Pより。
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 「TM NETWORK'S WORKS HISTORY 小室哲哉によるアルバム全曲解説!」『ぴあMOOK TM NETWORK 30th Anniversary Special Issue 小室哲哉ぴあ TM編』ぴあ、2014年5月30日、32 - 59頁。ISBN 9784835623269
  10. ^ a b c d 榊ひろと「PART 2 TM NETWORK/TMN ヒストリー&レビュー TM NETWORK / TMN オリジナルアルバム "WILD" レビュー #1」『音楽誌が書かないJポップ批評53 TMN&小室哲哉[ポップス神話創世]』別冊宝島 1532号、宝島社、2008年6月19日、 44頁、 ISBN 9784796662697
  11. ^ TM NETWORK、80年代の8タイトルをリマスター&紙ジャケで再発”. CDジャーナル. 音楽出版 (2007年1月9日). 2019年8月13日閲覧。
  12. ^ a b TMN / レインボウ・レインボウ [再発]”. CDジャーナル. 音楽出版. 2019年5月4日閲覧。
  13. ^ a b TM NETWORK / RAINBOW RAINBOW [Blu-spec CD2]”. CDジャーナル. 音楽出版. 2019年5月4日閲覧。
  14. ^ a b c d ソニー・マガジンズ刊『WHAT's IN?』1992年3月号52P-55Pより。
  15. ^ 自由国民社刊「シンプジャーナル」1987年1月号73P-74Pより。
  16. ^ エムオン・エンタテインメント刊『WHAT's IN?』2014年6月号75Pより。

外部リンク[編集]