バックバンド
バックバンドは、主にソロ歌手や、小編成のユニットの後ろで生演奏をする音楽バンドのこと。バッキング・バンド、サイド・メン、サポート・ミュージシャンとも呼ばれる。
歴史
[編集]ソロ歌手以外でもボーカルのみのグループ、小編成のユニットやグループの場合、バンドとして足りない、或いは広がりを持たせるための楽器パートやコーラスパートを補う、サポートメンバーまたはサポート・ミュージシャンと呼ばれるミュージシャンを揃え、バックバンドとする事がある。そういった演奏家をスタジオ・ミュージシャンに対してツアー・ミュージシャンと呼ぶ事もあるが、多くはスタジオ・ミュージシャンと兼任している。バック・バンドは、古くはボブ・ウィリスのテキサス・プレイボーイズなどが存在した。[1]1960年代以降は、ザ・バンド、トム・ペティのザ・ハートブレイカーズ、リンダ・ロンシュタットのバック・バンド時代のイーグルスらがあげられる。[2]
ジャズバンド草創期には、歌手も他の楽器奏者同様にバンドの一員という位置づけであり、歌手の名前がクレジットされることはあまり無かった(例:「グレン・ミラー楽団」等[3][4][5] )。したがってバックバンドという概念も普及していなかった。時代が進むと「○○楽団とビング・クロスビー」[6]といったように歌手名がクレジットされるようになり、さらには「フランク・シナトラと○○楽団」といったように歌手と楽団の関係が逆転し、最終的には「エルヴィス・プレスリー」[7]というように歌手のみの表記となり、バックバンドという概念が確立した。
バンド形態でメジャー・デビューしている一般的な「バンド」とは異なり、多くはバンドとしての名前もなく、「○○のバックバンド」と呼ばれるのが普通であり、あまり注目される存在ではない。しかし、バックバンドの実力がコンサートの質を左右するといっても過言ではなく、実力のある演奏家たちは、他アーティストのバックバンドを下積み経験の場として経て、自らのバンドを結成、メジャー・デビューすることもある。或いは自らのバンドの解散・脱退後、フリーのツアー・ミュージシャンとして活躍しているものも多い。また有名アーティストになると、本人だけでなくバック・バンドに対してもファンの注目が集まることもあり、バック・バンドを脱退してメジャー・デビューを目指し者もいる。
世界の主なバックバンド
[編集]- ブッカー・T&ザ・MG's[8]
- バーケイズ - オーティス・レディング、アイザック・ヘイズのバックバンド
- ファンク・ブラザーズ - モータウン
- MFSB - フィラデルフィア・インターナショナル
- ハイ・リズム - アル・グリーンなど
- マッスル・ショールズ・サウンド - パーシー・スレッジなど
- フェイム・ギャング
- Bluesbreakers (John Mayall)
- クレイジー・ホース (ニール・ヤング)
- Double Trouble(Stevie Ray Vaughan)
- イーグルス - リンダ・ロンシュタット
- ハート・ブレイカーズ (トム・ペティ)
- Parliament Funkadelic (ジョージ・クリントン)
- Patti Smith Group (パティ・スミス)
- ミンク・デヴィル(実はウィリー・デヴィルのバックバンドの名称である)
日本の主なバックバンド
[編集]重要なバックバンドとしては、以下が挙げられる。
- 鹿内孝[9]、尾藤イサオのバックバンドであったジャッキー吉川とブルー・コメッツ。
- 寺内タケシのバックバンドであったブルー・ジーンズとバニーズ。
- 萩原健一のバックバンドであったドンジュアンR&Rバンドとアンドレ・マルロー・バンド。
- 沢田研二のバックバンドであった井上堯之バンド、エキゾティクス、CO-CóLO、JAZZ MASTER。
- 大橋純子のバックバンドであった美乃家セントラル・ステーション
- 井上陽水のバックバンドであった安全地帯。
- hideとそのサポートメンバーによるhide with Spread Beaver。
その他のバックバンドや、バンドに有名アーティストが参加している(あるいは過去に参加していた)例は、下記の通り。
- 淡谷のり子 - かまやつひろし[10]の父としても知られ、「日本ジャズの父」とも言われているティーブ・釜萢がバックバンドにいた事がある。
- ジミー時田とマウンテン・プレイボーイズ - ジャイアント吉田、いかりや長介、寺内タケシ、東理夫、尾崎紀世彦[11]らがメンバーとして参加。
- 山平和彦 - 「東京」のヒットで知られるマイ・ペースがデビュー前、バックバンドだった。
- ジョー山中 - 石間秀機 がギターを担当したフラワー・トラベリン・バンド 。
- ミカ - サディスティック・ミカ・バンド 。
- 柳ジョージ - パワー・ハウス、レイニー・ウッド。
- 宇崎竜童 - ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
- 岡林信康、高田渡、遠藤賢司、加川良、小坂忠 - バックバンドがはっぴいえんど(大瀧詠一、細野晴臣、鈴木茂、松本隆)だった。
- りりィ - バックバンドの「バイバイセッションバンド」に坂本龍一、佐野元春(初期)やウルフルズのプロデューサーとして知られる伊藤銀次が参加していた。
- 西城秀樹 - 1975年ごろには、芳野藤丸がギターのバック・バンドが演奏をつとめた。
- 相川七瀬 - X JAPANのギタリスト:PATA、元メガデスのギタリスト:マーティ・フリードマン、DEAD ENDのベーシスト:CRAZY COOL-JOE、LUNA SEAのドラマー:真矢、元Spread beaverのキーボーディスト:D.I.E.の5人がバックバンドとして帯同している。
- ももいろクローバーZ - バックバンドの「DOWNTOWN MOMOCLO BAND」に、元JUDY AND MARYのTAKUYA他、有名アーティストが多数参加(ももいろクローバーZ#主なサポートメンバーを参照)。
- あのねのね - デビュー前の河島英五や小室哲哉が参加。
- 水樹奈々 - バックバンドにギターでFENCE OF DEFENSEの北島健二、ベースで元ハックルバックの田中章弘が参加している。
- 國府田マリ子 - ライブでのバックバンド「マリ子BAND」に作曲家、スタジオ・ミュージシャンである宮島律子が参加。
- DREAMS COME TRUE - 浦嶋りんこや馬渡松子・村上秀一らが参加しているほか、一時はバックダンサーとしてZOOが参加した。
- 浜崎あゆみ - ギターに野村義男、ベースにENRIQUE(元BARBEE BOYS)が参加している。
関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ Bob Billis Official HP 8 January 2026
- ^ How Glenn Frey Billboard 8 January 2026
- ^ Glenn Miller 2026年1月9日閲覧
- ^ “Mystery of Glenn Miller's death is finally solved 73 years after his disappearance”. 2026年1月9日閲覧。
- ^ “Glenn Miller”. 2026年1月9日閲覧。
- ^ 「ホワイト・ハウス」がロング・セラーになった「アメリカの声」とも称されたクルーナー歌手。戦前から活躍し、映画にも出演した
- ^ 「ラブ・ミー・テンダー」「ハートブレイク・ホテル」など、数多くのヒット曲を持つ、アメリカのロック歌手。1977年に40代の若さで死去した
- ^ MGs 2026年1月8日閲覧
- ^ 1972年に「本牧メルヘン」をヒットさせた
- ^ GSのスパイダースのメンバーとして活躍。ソロとしても1975年に「我が良き友よ」のヒットをはなった
- ^ 「また逢う日まで」「さよならをもう一度」などのヒットで知られる。日本レコード大賞受賞者