安全地帯 (ロックバンド)

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安全地帯
生誕 日本の旗 日本北海道旭川市
ジャンル ロック
AOR
ニューミュージック
フォークロック
J-POP
活動期間 1982年 - 1992年
2002年 - 2003年
2010年 -
レーベル Kitty Records
(1982年 - 1992年)
Sony Music Records
(2002年 - 2003年)
ユニバーサル ストラテジック マーケティング ジャパン
(2010年 - 2012年)
SALTMODERATE
(2012年 -)
共同作業者 星勝
金子章平
井上陽水
松井五郎
黒須チヒロ
公式サイト 公式サイト
メンバー 玉置浩二ボーカルギター
矢萩渉(ギター)
武沢豊(ギター)
六土開正ベースピアノキーボード
田中裕二ドラムス
旧メンバー 武沢俊也(ギター・キーボード)
玉置一芳(ドラムス)
宮下隆宏(ベース)
大平市治(ドラムス)

安全地帯(あんぜんちたい)は、日本のロックバンド

1973年にボーカルの玉置浩二およびギタリストの武沢豊を中心に北海道旭川市で結成された。バンド名は道路交通法による安全地帯から名付けられた。

北海道内でのアマチュア活動後、井上陽水のバックバンドとしての全国ツアーを経て1982年にシングル「萠黄色のスナップ」でメジャーデビュー。1983年にリリースしたシングル「ワインレッドの心」が71.4万枚を売り上げる大ヒットとなり、以後「恋の予感」「熱視線」「悲しみにさよなら」「碧い瞳のエリス」など多数のヒット曲をリリース。また1985年にリリースした4枚目のアルバム『安全地帯IV』はオリコンチャートにて週間、年間共に第1位を獲得し累計92.9万枚を売り上げる大ヒット作品となった。

1988年に活動休止となり、玉置はソロ活動や俳優業などに転じるも1990年に活動再開。しかし1993年のシングル「ひとりぼっちのエール」を最後に再び活動休止。さらに2002年にシングル「出逢い」にて活動再開するも2003年に3度目の活動休止となった。その後、2010年にシングル「蒼いバラ」にて活動再開し、以後は定期的に活動している。

メンバーと担当楽器[編集]

名前 生年月日 出身地 担当
玉置浩二
(たまき こうじ)
(1958-09-13) 1958年9月13日(62歳) 北海道旭川市出身 ボーカル
ギター
パーカッション
コーラス
矢萩渉
(やはぎ わたる)
(1957-06-27) 1957年6月27日(63歳) ギター
ベース
コーラス
武沢豊[注 1]
(たけざわ ゆたか)
(1958-05-16) 1958年5月16日(62歳) ギター
コーラス
田中裕二
(たなか ゆうじ)
(1957-05-29) 1957年5月29日(63歳) ドラムス
パーカッション
コーラス
六土開正
(ろくど はるよし)
(1955-10-01) 1955年10月1日(65歳) 北海道稚内市出身 ベース
ピアノ
キーボード
コーラス

来歴[編集]

アマチュア時代[編集]

1972年、北海道旭川市玉置浩二は、旭川市立神居中学校2年時のクラスに転入生だった武沢豊を迎える。中学進級時から自己流でギターを弾き始めていた玉置は、武沢の大きな掌に空手を稽古していると恐れを覚えるほどであったが、それがクラシックギターを習っているからだと知り、練習曲を上手く弾く武沢に惹かれ、バンド結成を誘う。

一方、1972年、同じ旭川で、中学3年の同級生とした矢萩渉がギター、田中裕二がドラムでバンドを結成していた。また、同じく旭川で六土開正は、1971年から1972年頃、年長者とバンドを組み活動していた。六土と矢萩/田中は中学同級生バンドとして知り合っていた。

1973年4月、玉置浩二(ボーカル)、武沢豊(ギター)、武沢俊也(武沢の兄、ギター・キーボード)の3人でバンド『インベーダー』を結成する。フォークグループとしてスタートし、演奏曲目はガロの「学生街の喫茶店」を得意とした。後にロックグループへの志向から『安全地帯』へ名称変更する。旭川市内に路線を持つ路面電車旭川電気軌道電停にある安全地帯の標識が、「Victory」の頭文字「V」に似ていたことで、初期のバンドメンバー・進藤による命名である。他案に『危険地帯』も候補に上ったが、「ロック=危険(な音楽)」というイメージを連想させることが平凡なため、採用しなかった。11月、玉置の兄、玉置一芳がドラムで、宮下隆宏がベースで参加した。レッド・ツェッペリンに憧れていた玉置一芳の影響でロックに傾倒し、ヤマハポピュラーソングコンテスト(ポプコン)第6回に初出場。第11回を除く第13回まで連続出場した。

一方、将来の他のメンバーたちは、1973年には、六土開正が自身がリーダーとなる『六土開正バンド』を新たに結成。ここに、矢萩渉、田中裕二が参加した。

1976年、ポプコン第12回では「昔にみたもの」で北海道代表となり、つま恋本選会に出場した。この年の暮れ、12月25日、札幌市内にてFMラジオ番組の生放送に出演し5曲演奏した。『安全地帯』としてのラジオ初出演であった。

1977年6月、玉置一芳が脱退し、ドラムに大平市治が加入する。12月、オールマン・ブラザーズ・バンドレイナード・スキナードなどのサザン・ロックを演奏していた『六土開正バンド』と合併する。これにより、六土開正(ベース、キーボード)、矢萩渉(ギター)、田中裕二(ドラム)が安全地帯に参加することとなった。

ボーカル玉置、武沢/矢萩のツインギター、六土はキーボードに回り、武沢/六土のツインキーボード、ベース宮下、ドラムは大平/田中のツインドラムという大編成8名バンドとなった。音楽性はハードロックから、ドゥービーブラザーズジャクソン・ブラウンを中心としたアメリカンロックへと幅が広がった。オリジナル曲の制作も増え、作詞は初期に玉置、後に武沢俊也が担当。作曲は玉置が行った。

1978年2月、旭川市郊外の永山地区にある廃農家を借り、居住空間を確保した音楽専用スタジオに改装する。『ミュージカル・ファーマーズ・プロダクション』(略称MFP、「音楽を耕す農夫集団」の意)と命名する。屋根と壁に囲われた空間に床を張り、防音材を四方の壁に詰めて水道を引き込んだ簡素な改装であったが、費用500万円は借金したためにメンバーはアルバイトに精を出すこととなった。一方、四周300mに一軒の隣家のないMFPでは、連日連夜、1日7〜8時間にわたって演奏練習、楽曲制作・録音に励むこととなった。なお、この音楽専用スタジオは後に脱退する宮下隆宏オーナーのフランス料理レストランに変貌し、MFPは安全地帯が設立した事務所名となる。7月、第1回ステージフライト[1]に出場し、グランプリを獲得する。11月、田中裕二、宮下隆宏が脱退する。そのため、六土開正はベース担当へ復帰。この頃、後に安全地帯のディレクター/エグゼクティブ・プロデューサーとなる金子章平が安全地帯の演奏デモテープを聴き、MFPを訪問した。パット・シモンズのような雰囲気を醸し出すバンドメンバーの、パンチのある、ストレートな、想像以上の、演奏を見て金子は安全地帯の将来性に確信を持った。長期にわたる合宿により実力をつけ、数々のコンテストで入賞を果たし、北海道で実力No.1のアマチュアバンドとなった。

1979年5月、当時のキティレコード(現ユニバーサルミュージック)からレコーディングのチャンスが巡ってきた。しかし、バンドサウンドは未完成との判断で保留となった。8月、カルメン・マキの旭川、札幌公演では前座として出演した。11月26日、武沢豊が飲酒運転の車に衝突され、肋骨全部の骨折という重傷で入院する。

1980年4月、今度は六土開正が病気のため入院することとなった。10月になりキティレコードから再びレコーディングの依頼があり、まだ回復していなかった六土が病院の特別許可を得てライブ参加。ライヴ当夜、キティレコードと仮契約が結ばれた。11月には六土が退院、12月に武沢豊が仮退院とバンド復帰に向けて活動を始めた。28日のライヴ終了後、元モップスのギタリストで井上陽水の編曲やバンドサポートで活躍していた星勝を交えてミーティングを行う。星は心身ともに優れず意気消沈しているこの時期の安全地帯の精神的支柱となっていた。

1981年1月になりやっとキティレコードから正式なレコーディング依頼を受けた。しかし、3月に武沢俊也が脱退する。7月になると井上陽水が星勝の紹介でMFPを訪問し共演する。陽水からはロック以外にも歌謡曲ポップスなどの幅広い音楽に目を向けるように促される。

その後、井上の招聘により安全地帯が上京する。東京での初ライヴを渋谷『屋根裏』で開催。伊豆ポリドールスタジオ(後のキティスタジオ)にて、「オン・マイ・ウェイ」のレコーディングを開始し、その合間に東京、大阪、神戸のライヴハウスに出演する。8月、『'81井上陽水ツアー』にバックバンドに起用され、同行が決定する。MFPに戻り、ツアーのための練習に励む。22日、第4回ステージフライトにゲスト出演する。井上のツアーの最終リハーサルとレコーディングのため再び上京し、東京での合宿生活が始まる。9月24日、井上陽水ツアーが熊本市民会館からスタートし、12月10日の東京・渋谷公会堂の最終回まで全国23カ所の公演に参加する。ツアー衣装は、当初無給のため、渋谷のジーンズメイトで購入したものを履き、鉢巻きというスタイル。ツアーの経験から、自信のあった練習量、実力のある多くの同等バンドの存在に気付き挫折感を味わうが、さらに練習に励む。11月、「オン・マイ・ウェイ」がブリヂストンスノータイヤのCMソングに起用され、北海道、東北地方にて放映される。

メジャーデビュー[編集]

1982年
1月24日、フジテレビ系音楽番組『夜のヒットスタジオ』に井上陽水のバックバンドとして初出演する。井上陽水の春・夏のコンサートのサポート・ミュージシャンとして参加し、秋から翌年1月までの全国ツアーのバックバンドを務めた。2月25日、1stシングル「萠黄色のスナップ」でデビュー。4月、キティレコードと正式契約。メンバーは東京に転居して合宿生活を開始するが、大平市治が脱退する。田中裕二が再加入することで、デビュー以後の安全地帯の5人のメンバーが確立した。5月、東京・渋谷『エッグマン』でライヴ。7月、井上陽水のバックバンドとして、東京・日比谷野外音楽堂大阪城野外音楽堂のコンサートをサポートする。8月上旬、札幌市郊外で開催されていた『北海道博覧会』特設会場に、FM北海道の招きで出演する。下旬、1stアルバム『安全地帯I Remember to Remember』のレコーディングを伊豆ポリドールスタジオで開始し、メンバーの合宿生活を終える。玉置は、東京・目黒の四畳半一間のアパートを借家。一人暮らしに馴染めず、売り上げの芳しくないレコード、コンサートが続くことも相まって、自暴自棄に陥りそうになる。苦しいなりにも自信は失っておらず、テレビコマーシャルか番組主題歌に起用される機会を窺っていた。10月25日、2ndシングル「オン・マイ・ウェイ」を発表。11月、井上陽水のツアーに翌年1月まで同行した。
1983年
1月25日、1stアルバム『安全地帯I Remember to Remember』を発表する。その後、サントリーから発売された「赤玉パンチ」のCMソングに起用された4thシングル「ワインレッドの心」が大ヒット。一躍全国にその名が知れ渡る。
1984年
2ndアルバム『安全地帯II』、7thシングル「恋の予感」、3rdアルバム『安全地帯III〜抱きしめたい』をリリースし、翌年1月には8thシングル「熱視線」をリリースし、立て続けにヒットさせる。
1985年
9thシングル「悲しみにさよなら」が大ヒット。TBSの『ザ・ベストテン』、日本テレビザ・トップテン』年間第1位に輝き、同年のNHK紅白歌合戦出場を果たした。また、FNS歌謡祭では史上初で唯一となる2年連続で最優秀歌唱賞を受賞した。
1986年
8月、神宮球場においては初となるコンサートを井上陽水と共に行う。9月、陽水とのコラボレーションした12thシングル「夏の終りのハーモニー」を発売。12月、アナログ盤にして3枚組となる5thアルバム『安全地帯V』を発売。また、「ワインレッドの心」「恋の予感」「Friend」などが香港でカバーされ、それぞれヒットした。
1987年
安全地帯の活動の合間を縫ってソロでの活動も進められ、夏に玉置自身初のソロでのシングルとアルバムをリリースする。
1988年
秋、香港コロシアムでのコンサートを最後に活動休止を宣言。その原因として、メンバー個々の活動が活発化し、6thアルバム『安全地帯VI〜月に濡れたふたり』以降の音楽性の追求方向のメンバー間の相違によるとされる。宣言後の5人は約2年間、個々の活動を行う。
12月、自身初のベストアルバム『I Love Youからはじめよう -安全地帯BEST-』をリリースする。
1990年
7月、約2年ぶりとなる7thアルバム『安全地帯VII〜夢の都』をリリースする。収録曲の「この道は何処へ」は1991年冬季ユニバーシアードテーマ曲。
1991年
12月、8thアルバム『安全地帯VIII〜太陽』をリリースする。
1992年
12月、アコースティックスタイルでのコンサートツアーの終了時点で、実質的に長期活動休止に入る(ただし解散ではない)。

2度の長期活動休止[編集]

1993年
2月10日、23rdシングル「ひとりぼっちのエール」がリリースされる。活動休止を境に玉置は、ソロと俳優業を中心とした活動に移行し、武沢豊はプロデュース業に専念、他のメンバーも個々の活動に入る。この時、安全地帯の所属会社がキティレコードからソニー・ミュージックエンタテインメントに移るが、安全地帯名義の活動は約10年間休止したままだった。
1994年
武沢が脱退を発表。メンバー4人は玉置浩二のソロプロジェクトで当分の間活動することになる。玉置一芳(ドラム)、宮下隆宏(ベース)が一時的に復帰。しかし、実質的には玉置ソロ活動のサポート・ミュージシャンが帯同して、4名の活動となった。
1998年
7月19日、旭川市の野外ライブ『旭川ライブジャム'98in北彩都』で約5年ぶりにメンバー5人全員が揃う。
2001年
この頃より安全地帯としての音楽製作を本格的に再開する。
2002年
7月10日、9年ぶりに24thシングル「出逢い」がリリースされる。発売前日、5人揃って記者会見が行われた。8月7日に9thアルバム『安全地帯IX』が発売され、9月からツアーが始まったが、武沢は怪我のため参加できなかった。
2003年
10月22日、10thアルバム『安全地帯X〜雨のち晴れ〜』がリリースされる。ツアーでは5人全員が揃い、80年代の活動の場であったライブハウス「Shibuya eggman」でもライブを行う。12月、ツアー全日程を終了。ツアー終了後約6年間、グループは再び長期休止状態となる(この時も解散扱いとはしていない)。

「完全復活」〜現在[編集]

2010年
1月8日、前年秋からメンバーによる楽曲製作の合宿を極秘裏に行っていたことが、フジテレビ系情報番組『とくダネ!』で放映され、27thシングル「蒼いバラ / ワインレッドの心(2010ヴァージョン)」のリリースと3月のイベント出演が公表された。所属レコード会社はユニバーサル ストラテジック マーケティング ジャパンに移籍(実質的には復帰)した。同日に「蒼いバラ」、2月3日にカップリング曲の「ワインレッドの心 (2010ヴァージョン)」の着うた配信がスタート。6月には、先の「ワインレッドの心」や、「悲しみにさよなら」等のヒット曲を新たにレコーディングし直したグループ初のセルフカバーアルバム『安全地帯 Hits』が発売された。7月からは7年ぶりとなる全国コンサートツアーを開催し、9月下旬から10月上旬にかけて台湾香港韓国の海外公演も決定した。なお、9月12日に行われた福岡市での公演は、玉置浩二が体調不良の状態でステージを敢行したものの、観客とのトラブルが生じたため、コンサートは中止扱いとされた[2]。全国ツアー最終の10月5日・6日は、18年ぶり24回目となる日本武道館で公演を行った。
2012年
7月1日、Ustream番組『ソルトモ!』にて、ソニーへの再移籍ならびにデビュー30周年を節目とした初のレーベル『SALTMODERATE』の発足を発表。8月22日にはセルフカバー曲を中心としたアルバム『The Ballad House〜Just Old Fashioned Love Songs〜』を発売した。9月にはいわみざわ公園野外音楽堂キタオン東京国際フォーラムでのライブを敢行。その模様が収録されたライブDVDは12月に発売された。12月17日から12月25日にかけて、グループとして初めてのクリスマスディナーショーを開催。
2013年
14thアルバム『安全地帯XIV〜The Saltmoderate Show〜』を発売。レーベル発足後初となる全国ツアー開催。ROCK IN JAPAN FESTIVALへ参加。その後韓国香港台湾でのアジアツアーを挙行。
2017年
5月31日、デビュー35周年を記念して初のオールタイム・ベストアルバム『ALL TIME BEST』をリリース。6月25日放送の『玉置浩二ショー』ではメンバー全員が出演した。さらに、11月22日にオリジナルアルバム全14タイトルを紙ジャケット仕様と高音質CDで再発売することが決まった。『ALL TIME BEST』の発売と同時に発表されていた11月23日・24日の2日連続での日本武道館公演では、超満員となる計2万5000人を動員。12月9日の香港公演をもってツアー日程を終了する予定。

作品[編集]

シングル[編集]

発売日 タイトル c/w 順位 Ref. 収録アルバム
Kitty Records
1st 1982年2月25日 萠黄色のスナップ 一度だけ 安全地帯ベスト2 〜ひとりぼっちのエール〜
2nd 1982年10月25日 オン・マイ・ウェイ FIRST LOVE TWICE 安全地帯I Remember to Remember
3rd 1983年4月1日 ラスベガス・タイフーン エイジ
4th 1983年11月25日 ワインレッドの心 We're alive 1位 安全地帯II
5th 1984年4月16日 真夜中すぎの恋 …ふたり… 20位
6th 1984年7月25日 マスカレード/置き手紙 置き手紙 59位
7th 1984年10月25日 恋の予感 Happiness 3位 安全地帯III〜抱きしめたい
8th 1985年1月25日 熱視線 一秒一夜 2位 I Love Youからはじめよう -安全地帯BEST-
9th 1985年6月25日 悲しみにさよなら ノーコメント 1位 安全地帯IV
10th 1985年10月1日 碧い瞳のエリス 彼女は何かを知っている 2位
11th 1986年7月1日 プルシアンブルーの肖像 チャイナドレスでおいで 2位 I Love Youからはじめよう -安全地帯BEST-
12th 1986年9月25日 夏の終りのハーモニー/俺はシャウト![注 2] 俺はシャウト! 6位 安全地帯V
13th 1986年10月21日 Friend 恋はDANCEではじめよう 7位
14th 1986年12月3日 好きさ 想い出につつまれて 4位
15th 1987年4月21日 じれったい ひとりぼっちの虹 2位 安全地帯VI〜月に濡れたふたり
16th 1987年12月2日 Juliet きっかけのWink 7位
17th 1988年3月10日 月に濡れたふたり 時計 13位
18th 1988年6月21日 I Love Youからはじめよう Too Late Too Late 14位
19th 1988年8月25日 微笑みに乾杯 ナンセンスだらけ 6位 I Love Youからはじめよう -安全地帯BEST-
20th 1990年11月7日 情熱 Seaside Go Go 31位 安全地帯VII〜夢の都
21st 1991年11月6日 いつも君のそばに 俺はどこか狂っているのかもしれない 16位 安全地帯VIII〜太陽
22nd 1992年12月2日 あの頃へ 地平線を見て育ちました。 23位 安全地帯ベスト2 〜ひとりぼっちのエール〜
23rd 1993年2月10日 ひとりぼっちのエール あの頃へ 〜'92日本武道館〜命〜「涙の祈り」 14位
Sony Music Records
24th 2002年7月10日 出逢い 野蛮人でいい 20位 安全地帯IX
25th 2002年12月4日 反省/あの頃へ 57位
26th 2003年9月18日 雨のち晴れ/ショコラ 40位 安全地帯X〜雨のち晴れ〜
ユニバーサル ストラテジック マーケティング ジャパン
27th 2010年3月3日 蒼いバラ/ワインレッドの心 9位 [3][4] 安全地帯XI ☆Starts☆「またね…。」
28th 2010年5月5日 オレンジ/恋の予感 17位 [5][6]
29th 2011年8月24日 結界/田園 59位 [7][8] 安全地帯XII
安全地帯XIII JUNK

スタジオ・アルバム[編集]

発売日 タイトル 順位 Ref.
Kitty Records
1st 1983年1月25日 安全地帯I Remember to Remember 22位
2nd 1984年5月1日 安全地帯II 2位
3rd 1984年12月1日 安全地帯III〜抱きしめたい 3位
4th 1985年11月24日 安全地帯IV 1位
5th 1986年12月14日 安全地帯V
6th 1988年4月10日 安全地帯VI〜月に濡れたふたり
7th 1990年7月25日 安全地帯VII〜夢の都 2位
8th 1991年12月11日 安全地帯VIII〜太陽 7位
Sony Music Records
9th 2002年8月7日 安全地帯IX 13位
10th 2003年10月22日 安全地帯X〜雨のち晴れ〜 20位
ユニバーサル ストラテジック マーケティング ジャパン
11th 2010年5月26日 安全地帯XI ☆Starts☆「またね…。」 3位[9] [10]
12th 2011年9月14日 安全地帯XII 10位 [11][12][13]
13th 2011年11月16日 安全地帯XIII JUNK 18位 [14][15]
SALTMODERATE
14th 2013年3月6日 安全地帯XIV〜The Saltmoderate Show〜 38位 [16]

ベスト・アルバム[編集]

発売日 タイトル 順位 Ref.
Kitty Records
1st 1988年12月10日 I Love Youからはじめよう -安全地帯BEST- 4位
2nd 1993年8月25日 安全地帯ベスト2 〜ひとりぼっちのエール〜 10位
3rd 1994年8月25日 安全地帯/玉置浩二 ベスト
ユニバーサルミュージック
4th 2001年6月21日 THE VERY BEST of 安全地帯
5th 2005年3月23日 安全地帯 COMPLETE BEST
6th 2006年7月5日 安全地帯 ゴールデン☆ベスト 156位
7th 2017年5月31日 ALL TIME BEST 9位 [17][18]

ライブ・アルバム[編集]

発売日 タイトル 順位 Ref.
Kitty Records
1st 1985年4月25日 ENDLESS
2nd 1986年11月5日 スターダスト・ランデヴー井上陽水・安全地帯LIVE AT 神宮[注 3]
3rd 1987年6月10日 安全地帯LIVE
4th 1998年8月19日 ONE NIGHT THEATER 1985
ユニバーサルミュージック
5th 2005年11月9日 安全地帯VI LIVE 〜月に濡れたふたり〜 99位
ユニバーサル ストラテジック マーケティング ジャパン
6th 2010年12月8日 安全地帯 “完全復活” コンサートツアー2010 Special at 日本武道館 〜Start & Hits〜「またね…。」 94位 [19]
日本コロムビア
7th 2020年8月19日 安全地帯 IN 甲子園球場「さよならゲーム」 21位

企画アルバム[編集]

発売日 タイトル
ポリドール
1st 1987年 Alive! Hiroshima 1987
2nd 1988年 ALIVE HIROSIMA '88
Kitty Records
3rd 1994年9月24日 安全地帯 アナザー・コレクション -アルバム未収録曲集-
4th 1995年8月25日 安全地帯 テーマソングス
5th 1999年6月30日 TREASURE COLLECTION
ユニバーサルミュージック
6th 2002年5月29日 Goro Matsui & Koji Tamaki Ballad Collection -Only You-

CD BOX[編集]

発売日 タイトル Ref.
Kitty Records
1st 1996年10月2日 安全地帯 メモリアル・コレクション
ユニバーサルミュージック
2nd 2010年6月23日 安全地帯BOX 1982-1993 [20][21]

サウンドトラック[編集]

発売日 タイトル
Kitty Records
1st 1986年8月10日 プルシアンブルーの肖像 オリジナル・サウンドトラック

セルフカバーアルバム[編集]

発売日 タイトル 順位 Ref.
ユニバーサル ストラテジック マーケティング ジャパン
1st 2010年6月30日 安全地帯 Hits 14位 [10][21]
SALTMODERATE
2nd 2012年8月22日 The Ballad House〜Just Old Fashioned Love Songs〜 27位 [22][23]

映像作品[編集]

発売日 タイトル 販売形態 品番 備考 Ref. 順位
キティレコード
1984年10月25日 安全地帯ライヴ'84サマーツアーより We're ALIVE VHS
β
LD
VHD
6533-10
6233-10
SM058-0021
KTYM197
WE'RE ALIVE-安全地帯ライブ '84サマーツアー 1984年8月13日 渋谷公会堂より。恋の予感PV収録。
2000年12月20日 DVD UMBK-1001
1985年12月21日 ONE NIGHT THEATER 横浜スタジアム・ライブ1985 VHS
β
V128M-4104
X128M-4104
1985年8月31日・9月1日 横浜スタジアムより
1986年1月25日 LD
VHD
5133-21
KTYM119
2000年12月20日 DVD UMBK-1002
1986年11月21日 STARDUST RENDEZ-VOUS スターダスト・ランデブー
井上陽水・安全地帯 LIVE at 神宮球場
VHS
β
LD
VHD
V98M-4110
X98M-4110
JK078-0010
KTYM132
1986年8月20日・21日 神宮球場での井上陽水とのジョイントライブより
2000年12月20日 DVD UMBK-1003
1987年6月21日 To me 安全地帯LIVE VHS
β
V98M-4111
X98M-4111
1987年4月21日・24日 日本武道館ライブより
1987年7月10日 LD
VHD
JK078-0014
KTYM135
2000年12月20日 DVD UMBK-1004
1989年3月1日 安全地帯ドキュメント
I LOVE YOUからはじめよう 日本武道館ライブ
VHS
LD
KTVV-1001
KTLV-1001
ライブ映像は1988年7月7日 日本武道館ライブが中心
2000年12月20日 DVD UMBK-1005
1993年8月25日 安全地帯アンプラグド・ライヴ! VHS
LD
KTVV-1025
KTLV-1025
安全地帯 10th ANNIVERSARY CONCERT TOUR ACOUSTIC SPECIAL NIGHT 最終日 1992年12月26日 神奈川県立県民大ホールより
2000年12月20日 DVD UMBK-1006
1994年8月25日 安全地帯ビデオ・ベスト VHS
LD
KTVV-1033
KTLV-1033
安全地帯のヒット曲のミュージッククリップ映像や当時の秘蔵映像を収めた映像集。DVD版では『安全地帯ベスト』と改題された。
2000年12月20日 DVD UMBK-1007
ユニバーサル ストラテジック マーケティング ジャパン
2010年12月22日 安全地帯 ”完全復活” コンサートツアー2010
Special at 日本武道館 ~Starts & Hits~「またね…。」
DVD UIBZ-5064/5 完全復活ツアーファイナルの 2010年10月5日・6日 日本武道館より

メイキング映像付き

[19][24]
2012年5月12日 Blu-ray UIXZ-5001/2
SALTMODERATE
2012年12月12日 30th Anniversary Concert
“The Ballad House"
DVD ZMBL-1/2 2012年9月6日 東京国際フォーラムでの30周年コンサートより

メイキング映像付き

[25]
2013年7月30日 ANZENCHITAI & KOJI TAMAKI
RARE ARCHIVE 2012
DVD ZMBL-3~10
2013年9月25日 30th Anniversary Concert Tour Encore
“The Saltmoderate Show"
Blu-ray ZMXL-1 2013年4月27日 渋谷公会堂での30周年アンコールライブより [26]
DVD ZMBL-11/12
2014年4月2日 安全地帯 ASIA TOUR 2013 DVD ZMBL-13 [27][28]
日本コロムビア
2019年11月13日 安全地帯 ALL TIME BEST「35」〜35th Anniversary Tour 2017〜LIVE IN 日本武道館 Blu-ray COXA-1185 2017年11月24日 35周年ツアーでの日本武道館より [29][30]
DVD COBA-7138/9
2020年7月29日 安全地帯 IN 甲子園球場「さよならゲーム」 Blu-ray COXA-1189 13位
DVD COBA-7161-2 16位

タイアップ一覧[編集]

曲名 タイアップ Ref.
1982年
オン・マイ・ウェイ ブリヂストン「アイスコンパウンド」CMソング(北海道東北地方のみ) [18]
1983年
ワインレッドの心 サントリー「赤玉パンチ」CMソング [18]
We're alive ブリヂストン「アイスコンパウンドII」CMソング(北海道・東北地方のみ)
1984年
恋の予感 JAL「ハワイツアー キャンペーン '84」CMソング [18]
熱視線 オートラマ「高感応レーザー」CMソング [18]
1985年
悲しみにさよなら キリンビール秋味」CMソング [18]
碧い瞳のエリス 大王製紙エリス」キングコング篇CMソング [18]
フジテレビ系アニメめぞん一刻』挿入歌(第19話)[31]
1986年
プルシアンブルーの肖像 東宝系「プルシアンブルーの肖像」主題歌 [18]
大王製紙「エリス」もうはなさない篇CMソング
夢のつづき 大阪ガスガスファンヒーターCMソング(関西地方のみ)
デリカシー TBS系ドラマ親にはナイショで…』主題歌 [32]
ガラスのささやき フジテレビ系ドラマ『女は男をどう変える』主題歌 [33]
1987年
Friend 大王製紙「エリス」ミステリアスフィットネス篇CMソング [18]
好きさ フジテレビ系アニメ『めぞん一刻』3代目オープニングテーマ [18]
想い出につつまれて 大阪ガスガスファンヒーターCMソング(関西地方のみ)
1988年
じれったい 太陽誘電「That's」CMソング [18]
Juliet テレビ朝日系CNNデイウォッチ』エンディングテーマ [18]
月に濡れたふたり JTSOMETIME MIASS」CMソング [18]
I Love Youからはじめよう 太陽誘電「That's」CMソング [18]
TBS系ドラマ『アイラブユーからはじめよう×××』挿入歌
Too Late Too Late 太陽誘電「That's」CMソング [要出典]
微笑みに乾杯 JT「SOMETIME MIASS」CMソング [18]
1990年
この道は何処へ 札幌ユニバーシアード冬季大会テーマソング
きみは眠る 東芝コードレスホン CMソング
情熱 テレビ朝日系ドラマ『火曜ミステリー劇場』エンディングテーマ [18]
1991年
いつも君のそばに トヨタカリーナ」CMソング [18]
朝の陽ざしに君がいて 味の素ほんだし CMソング
1992年
あの頃へ 月桂冠「花鳥風月」CMソング [34][18]
地平線を見て育ちました。 ホクレンイメージソング
1993年
ひとりぼっちのエール 読売テレビ日本テレビ系ドラマ『お茶の間』主題歌 [18][35]
2002年
出逢い 日本テレビ系ドラマ『火曜サスペンス劇場』主題歌 [18]
反省 ハウス食品「北海道シチュー & グラタン」CMソング [18]
あの頃へ (2003 New Version) テレビ東京系新春ワイド時代劇ドラマ『忠臣蔵〜決断の時』主題歌 [36]
2003年
ショコラ 江崎グリコ「アーモンドチョコレート」CMソング [18]
2010年
オレンジ テレビ朝日系ドラマ『おみやさん』主題歌 [5][6][37][18][38]
2011年
結界 BSフジドラマ『フォルティッシモ―また逢う日のために―』主題歌 [39][40][18][41]

ソングブック[編集]

  • 安全地帯ベスト曲集 Guitar songbook(2002年)
  • 安全地帯X -雨のち晴れ- ギターソングブック(2003年)

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1985年(昭和60年)/第36回 悲しみにさよなら 12/20 松田聖子
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 「武沢 佑昂」「武沢 侑昂」とも表記されることもある。
  2. ^ 井上陽水・安全地帯名義。
  3. ^ 井上陽水 & 安全地帯名義。

出典[編集]

  1. ^ ヤマハ イベントヒストリーアーカイブ「STAGE FLIGHT'78」
  2. ^ ろれつ回らぬ玉置浩二さん、客と口論・公演中止 読売新聞 2010年9月13日
  3. ^ 安全地帯が6年ぶりに復活し「ワインレッドの心」をリメイク”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2010年1月8日). 2020年4月5日閲覧。
  4. ^ 安全地帯、完全復活”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク (2010年1月8日). 2020年4月5日閲覧。
  5. ^ a b 安全地帯17年ぶり連ドラ主題歌&2010年版「恋の予感」”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2010年4月6日). 2020年4月5日閲覧。
  6. ^ a b 安全地帯、5月発表の復帰第2弾シングルで17年ぶり連ドラ主題歌”. オリコンニュース. オリコン (2010年4月6日). 2020年4月5日閲覧。
  7. ^ 安全地帯、「結界」PVは玉置浩二自ら監督を”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク (2011年7月17日). 2020年4月5日閲覧。
  8. ^ 安全地帯ニューシングル「結界/田園」で熱いメッセージ”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2011年7月21日). 2020年4月5日閲覧。
  9. ^ 安全地帯、『安全地帯XI ★STARTS★「またね…。」』が週間ランキング3位”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク (2010年6月1日). 2020年4月5日閲覧。
  10. ^ a b 安全地帯が6年半ぶりニューアルバム&再録音ベストを発表”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2010年5月13日). 2020年4月5日閲覧。
  11. ^ 玉置浩二が監督! 安全地帯のミュージック・ビデオ「清く正しく美しく」が公開”. CDジャーナル. 音楽出版 (2011年9月12日). 2020年4月5日閲覧。
  12. ^ 玉置浩二、9・11に新宿街頭ビジョンで反戦と平和のメッセージを発信”. OKMusic. ジャパンミュージックネットワーク (2011年9月12日). 2020年4月5日閲覧。
  13. ^ 安全地帯、「清く正しく美しく」で反戦と平和のメッセージ発信”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク (2011年9月13日). 2020年4月5日閲覧。
  14. ^ 早くも新作!安全地帯が玉置浩二ソロ曲のカバーアルバム”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2011年9月22日). 2020年4月5日閲覧。
  15. ^ 安全地帯、『安全地帯XII』の2ヶ月後に『安全地帯XIII』リリース”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク (2011年9月24日). 2020年4月5日閲覧。
  16. ^ 「SONGS」で安全地帯・玉置浩二が両親のもとへ”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2013年2月26日). 2020年4月5日閲覧。
  17. ^ 全シングル曲網羅!玉置浩二、ソロと安全地帯の「ALL TIME BEST」同時リリース”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2017年2月24日). 2020年4月5日閲覧。
  18. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 玉置浩二&安全地帯、オールタイム・ベストをリリース”. CDジャーナル. 音楽出版 (2017年2月28日). 2020年4月5日閲覧。
  19. ^ a b 安全地帯の“完全復活”武道館コンサートがCD&DVD化”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2010年12月2日). 2020年4月5日閲覧。
  20. ^ 完全復活を遂げた安全地帯の13枚組BOXがオンライン限定10%オフ”. TOWER RECORDS ONLINE. タワーレコード (2010年4月20日). 2020年4月5日閲覧。
  21. ^ a b 『安全地帯 Hits』より毎週着うた(R)が配信!”. CDジャーナル. 音楽出版 (2010年6月10日). 2020年4月5日閲覧。
  22. ^ 安全地帯&玉置浩二、塩分控えめ新レーベル発足でUst特番”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2012年6月27日). 2020年4月5日閲覧。
  23. ^ 安全地帯、30周年で3度目Sony Musicへ移籍”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク (2012年6月29日). 2020年4月5日閲覧。
  24. ^ 安全地帯、ツアー・ファイナルを収めたDVD&CDが発売!”. CDジャーナル. 音楽出版 (2010年12月9日). 2020年4月5日閲覧。
  25. ^ 安全地帯、30周年コンサート32曲完全収録DVDリリース”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2012年12月12日). 2020年4月5日閲覧。
  26. ^ 安全地帯、デビュー30周年記念の渋公コンサートが映像化”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2013年9月25日). 2020年4月5日閲覧。
  27. ^ 玉置浩二ソロPV集、安全地帯アジアツアーDVD同時発売”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2014年4月2日). 2020年4月5日閲覧。
  28. ^ 注目の新譜:安全地帯「Asia Tour 2013」 デビュー30周年記念のツアーから香港公演を映像”. MANTANWEB. MANTAN (2014年4月4日). 2020年4月5日閲覧。
  29. ^ 安全地帯の35周年ツアー、日本武道館公演が映像化”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2019年9月3日). 2020年4月5日閲覧。
  30. ^ 安全地帯、日本武道館公演を完全収録したBlu-ray&DVDのスポット映像を公開”. OKMusic. ジャパンミュージックネットワーク (2019年11月6日). 2020年4月5日閲覧。
  31. ^ 1986年7月30日に初放送。
  32. ^ 親にはナイショで… - ドラマ詳細データ”. テレビドラマデータベース. キューズ・クリエイティブ. 2020年4月11日閲覧。
  33. ^ 女は男をどう変える - ドラマ詳細データ”. テレビドラマデータベース. キューズ・クリエイティブ. 2020年4月11日閲覧。
  34. ^ 昔の月桂冠「花鳥風月」のCM曲で、安全地帯の曲”. CDジャーナル. 音楽出版 (2003年2月12日). 2019年12月28日閲覧。
  35. ^ お茶の間 - ドラマ詳細データ”. テレビドラマデータベース. キューズ・クリエイティブ. 2020年4月11日閲覧。
  36. ^ 忠臣蔵 決断の時 - ドラマ詳細データ”. テレビドラマデータベース. キューズ・クリエイティブ. 2020年4月11日閲覧。
  37. ^ 安全地帯、「オレンジ」が「おみやさん」主題歌に”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク (2010年4月7日). 2020年4月5日閲覧。
  38. ^ おみやさん(7) - ドラマ詳細データ”. テレビドラマデータベース. キューズ・クリエイティブ. 2020年4月11日閲覧。
  39. ^ 玉置浩二6年ぶりドラマ”. Nikkansports.com. 日刊スポーツ (2011年9月18日). 2020年4月5日閲覧。
  40. ^ 玉置浩二:6年ぶりにドラマ出演 主題歌も安全地帯「結界」”. MANTANWEB. MANTAN (2011年9月18日). 2020年4月5日閲覧。
  41. ^ フォルティッシモ また逢う日のために - ドラマ詳細データ”. テレビドラマデータベース. キューズ・クリエイティブ. 2020年4月11日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]