シチュー
シチュー(英: stew [stjuː])は、野菜や肉、魚介類を出汁やソースで煮込んだ煮込み料理の英語による総称[1]である。フランス料理では調理方法や鍋の種類で呼称が分かれ[1]、料理の名称ではラグー(フランス語: ragoût)などが対応する語として挙げられる[2][3]。
英語では煮込むことを stewing と呼ぶ。
歴史[編集]
シチュー(ラグー)の料理としての確立は、16世紀後半から17世紀前半のフランスにおいてとされる[4]。
日本へのシチューの伝来がいつかについて明確な記述はないが、すでに1871年(明治4年)、東京の洋食店「南海亭」のちらしに、「シチウ(牛・鶏うまに)」との品書きが見出されている。1872年の仮名垣魯文『西洋料理通』においても、牛肉や豚肉、トマトなどを用いたシチューが紹介されている。明治中頃までにビーフシチューはレストランのメニューに普及、1904年(明治37年)には旧帝国海軍軍艦の昼・夕食として、「煮込み」の名でシチューやカレーが供されている。これはイギリス海軍との交流に端を発するとされている。明治末期にはシチューのレシピが上流階級向けの婦人雑誌に掲載されるようになった。昭和に入ると都会の少し「モダン」な家庭では、かなり一般的に普及していたようである[5]。
種類[編集]
ビーフシチュー[編集]
赤ワインやトマトをベースに牛肉、ジャガイモ、ニンジン、セロリ、タマネギなどを、香味野菜を加えて煮込む。イギリス発祥の料理である。
ビーフシチューの作り方は牛肉とタマネギ、ニンジンなどの野菜をブイヨンで長時間煮込み、塩、胡椒、トマトピューレ、ドミグラスソースなどで調味する。用いられる肉の部位は脛やバラが多いが、タンを煮込んだものは特に「タンシチュー」と呼ばれ人気が高い。尾の肉を使った「テールシチュー」もある。いずれも汁の量は少なめで、肉などの具材にボリュームがあり、スープのように汁を飲むことよりも具を食べることが主体となることが多い。
日本では、明治初期から洋食レストランのメニューに取り入れられ、小麦粉とバターを炒めて作るブラウンルーを用いることが定番となっている。従って、ブラウンルーの対となるホワイトルーを用いて作るビーフシチューは、極めて稀な存在であるといえる。
なお、明治初期に英国留学した海軍軍人の東郷平八郎が、ヨーロッパで味わったビーフシチューを作るよう部下に命じて出来たものが肉じゃがであるという説がある[6]が、単なる都市伝説であると否定する意見もある[7]。
アイリッシュシチュー[編集]
アイリッシュシチューは、アイルランドの家庭料理のシチューであり、ラム肉あるいはマトンあるいは牛肉と野菜を煮込んだ料理といったあたりが決まっている程度で、あとは各家庭で流儀が異なる。
ポークシチュー[編集]
ポークシチューは豚肉のシチュー。フランス語ではラグー・ドゥ・ポール(ragoût de porc)。
フランス風の古典的なラグー・ドゥ・ポールの作り方は、まず鍋でオリーブオイル少々を熱し、バターを少々加え、そこに豚肉を熱し焼き色がついたら裏返し、玉ねぎとエシャロットを加え、そこにブイヨンの素と水を加え、1時間ほど煮る。その後、ジャガイモを加え、さらに15~20分ほど煮れば出来上がり。
ブランケット・ドゥ・ヴォー[編集]
ブランケット・ドゥ・ヴォー (fr:Blanquette_de_veau)は仔牛(こうし)の肉を用い、ブーケガルニ、バターと生クリームを用い、小麦粉でとろみをつけたシチュー[8]。ヴォー(veau)は仔牛肉。フランスの家庭料理の定番。
他[編集]
世界にはこれ以外に様々なシチューがあり、代表的なものは次の通りである。日本ではスープとして知られているものも含んでいる。
- 「シチューの一覧」を参照
シチューと組み合わせるもの[編集]
丸いパンの中身をくり抜いて「うつわ」のようにして、その中にシチューを入れて供されることもある。
ポークシチューの写真で示した例は、シチューを長粒米(インディカ米。細長くて、粘り気が無く、あっさりした米)の上に載せている。
トルコではピラフ状の米飯と一緒に提供されることがある[9]。アメリカではバターライスなどの調理された米飯が付け合わせに用いられることがある[10]。アフリカでもシチューとともにお粥を食する光景がみられる[11]。ブラジルのフェジョアーダも、炊いたご飯にかけて食されている[12]。
ガンボのようにとろみのあるシチューを白米にかける料理もある[13]。フランスのブランケット(日本のクリームシチューに似た料理)も、通常米飯とともに供される[14][15]。
日本のシチュー[編集]
日本では、上の節で説明したビーフシチューに加えて、日本で誕生したクリームシチューやコーンクリームシチューがある。 両方とも、家庭で調理するための「シチューミクス」「シチューの素」、ルーの類が市販されている。ルーの販売量の順位としてはクリームシチュー、ビーフシチュー、コーンクリームシチューの順である[16]。シチューのルーの販売量はお盆明け頃、つまり8月後半ころから右肩あがりで増えてゆき、10月から12月にかけてピーク期となり、1月に入ると販売量が減り始め、7月の後半や8月前半まで下がってゆく[16]。
なおビーフシチューのほうは、家庭で調理されている以外にも、洋食店でも提供され、高級レストランでは特に高品質の牛肉を材料にして長時間かけて調理され、高級な料理として提供されている。
クリームシチュー[編集]
クリームシチュー | |
---|---|
![]() 日本の自家製のクリームシチュー | |
種類 | 煮込み |
発祥地 | 日本 |
難易度 |
![]() |
提供時温度 | 熱々 |
主な材料 | ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、肉(主に鶏肉)、牛乳、サラダ油、シチュールウ |
その他お好みで | マッシュルーム、キャベツ、コーン、ブロッコリー、グリーンピース |
類似料理 | カレー、クラムチャウダー |
![]() ![]() |
クリームシチューは日本流のシチュー。ホワイトシチューとも呼ばれる。牛乳や生クリームをベースに肉(鶏肉が多い)、ジャガイモ、ニンジン、タマネギなどを加えて煮込む。好みでマッシュルームやキャベツ、コーン、ブロッコリー、グリーンピースなどを入れる。
日本では1924年(大正13年)に、手塚かね子の『滋味に富める家庭向西洋料理』において牛乳とダンプリングを加えたシチューが紹介される。しかし、ほかの料理書にある当時の鶏肉のシチューのレシピでは、ホワイトソースはバターと小麦粉がベースで、牛乳が使われることはほとんどなかった[4]。その後、第二次世界大戦後の困窮した国情の中、1947年(昭和22年)に学童の栄養補給用として学校給食のシチューに脱脂粉乳が加わるようになり、政府はこれを「白シチュー」と呼んで広めた。
1966年(昭和41年)、ハウス食品から発売された粉末ルウ「クリームシチューミクス」がヒット商品となったことで、この料理の名は「クリームシチュー」として定着するに至った[4]。なお、開発者はこの商品を作るにあたってアイリッシュシチューを参考にしながらも、給食の延長線上にあるごはんによく合うシチューを目指したという[17]。
「クリーム (cream)」と「シチュー (stew)」を合わせた和製英語で[18]、海外において「クリームシチュー」はあくまで『日本の洋食料理』として紹介されている。
コーンクリームシチュー[編集]
コーンクリームをたっぷり入れたシチュー。市販の「コーンクリームシチュー」ルウで作るが、缶や紙パックのトウモロコシで一から作る方法もある。
カレーシチュー[編集]
カレーシチューは、日本の学校給食で主に小学生のために出されることがある独特のもので、日本のクリームシチュー系のシチューにカレー粉などを加えることでカレーの風味(フレーバー)を加えたもの。かつてはハウス食品などから「カレーシチューの素」が販売されたこともあったが、大人にはあまり人気が無く製造中止になった。
ヒカド[編集]
ヒカドは、長崎県の郷土料理で、シチューから派生したといわれている煮込み料理。その名はポルトガル語の「picado」(細かく刻んだ)に由来し、ダイコン・ニンジン・サツマイモといった野菜とマグロ・豚肉などを細かく刻んで煮込むことからこう呼ばれる。仕上げに皮をむいてすりおろしたサツマイモを入れてとろみを付けるのが特徴 [19]。
日本のシチューと米飯との相性[編集]
日本のクリームシチューは、日本の米飯との調和を考えて日本で開発された料理である[17]。2017年にはメーカー側から米飯にかけるよう推奨するシチューのルウが発売されている[20]。
なお日本におけるシチューは、おおむねけんちん汁やすいとんのような汁物の洋風版と受け止められる傾向がある[21]。家庭料理としてはご飯にかける食べ方をする人も少なくない[22]。レストランや軽食店などで「シチュー丼[23]」や「シチュー雑炊[24]」が供されるなど「汁かけ飯[25][26]」文化のカテゴリー内で発展しつつある。
類似料理との相違[編集]
スープ[編集]
シチューとスープの線引きは明白ではないが、基本的に素材が大きめに切られ、粉を使用しワインやブイヨンで溶いたルーでとろみをつけた濃厚な煮込み料理をシチューと呼び、メインディッシュとなり得る食べ物とされる。これに対し、さらりとした食感であくまで前菜と見なされる飲み物がスープである。しかし、これらに当てはまらない例も多くある。多くは日本へ初めて紹介された時の名称が、そのまま用いられている[27]。
チャウダー[編集]
チャウダーは、シチューよりは具が小さくソースのとろみも少ない「スープとシチューの中間ぐらい」に位置する料理。具を小さく切るのでシチューより加熱時間が短く、手軽に作れる。魚介を使うことが多く、アメリカ東海岸の名物料理、「クラムチャウダー」などが良く知られている[28]。
脚注[編集]
- ^ a b 宇田川政喜; 遠藤智子; 加藤綾子; 橋村弘美 著、日仏料理協会 編 『フランス 食の事典(普及版)』株式会社白水社、2007年、272頁。ISBN 978-4-560-09202-6。
- ^ 宇田川政喜; 遠藤智子; 加藤綾子; 橋村弘美 著、日仏料理協会 編 『フランス 食の事典(普及版)』株式会社白水社、2007年、701頁。ISBN 978-4-560-09202-6。
- ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. “シチュー” (日本語). コトバンク. 2019年1月24日閲覧。
- ^ a b c 洋食の姿をした日本料理?謎多き「クリームシチュー」の歴史食の研究所 渋川祐子 2012.11.16
- ^ シチュー資料館 ハウス食品
- ^ “肉じゃが発祥の地・舞鶴”. 舞鶴市公式ホームページ. 舞鶴市教育委員会. 2008年1月18日閲覧。
- ^ 男心を捕える「私の得意料理は肉じゃが」、さかのぼると海軍の味?食の研究所 澁川 祐子2011.09.09
- ^ dancyu「辻 仁成の"パリ・スープ"、第十七回"ブランケット・ド・ヴォー"」
- ^ 第8回トルコの米料理/ピラフから掻き揚げ、デザートまでASAHI中東マガジン 岡崎 伸也
- ^ おいしいアメリカビーフシチュー Yuko 2011.12.21
- ^ アフリカの食生活ダイエットの方法いろいろ 2012年5月20日
- ^ BRAZIL SITE BRARIOブラジル料理について
- ^ アメリカ料理・ガンボMil Cafe
- ^ “Blanquette de veau traditionnelle” (フランス語). Journal des Femmes Cuisiner. 2020年1月1日閲覧。
- ^ “Blanquette de veau aux petits oignons” (フランス語). Marie Claire. 2020年1月1日閲覧。
- ^ a b 食未来研究室「あったかメニュー定番のシチューはお盆明けから売上げ上昇!」
- ^ a b 戦後日本のシチュー事情ハウス食品
- ^ 和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典. “クリームシチュー”. コトバンク. 2019年1月24日閲覧。
- ^ 九州の味とともに・秋 長崎 ヒカド霧島酒造株式会社 2016年5月9日閲覧
- ^ シチューオンライス・ブランドサイトハウス食品
- ^ 現代日本のシチュー事情ハウス食品
- ^ 「クリームシチュー×ご飯」問題が日本を二分する食の論争に発展!?マイナビウーマン 2013.6.14
- ^ おすすめレシピハウス食品
- ^ 銀座のシチューは、洋風のお味噌汁☆シェリロゼ井垣利英のちょっと一言
- ^ ちくま文庫『汁かけめし快食学』遠藤哲夫 17頁。
- ^ ザ大衆食『ゲッぶっかけめしの悦楽』遠藤哲夫
- ^ 彩流社『ニッポン定番メニュー事始め』澁川祐子 158頁
- ^ ハウス食品株式会社 Q.チャウダーとシチューの違いは何ですか。