六土開正

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六土 開正
出生名 六土 開正
別名 六ちゃん
生誕 (1955-10-01) 1955年10月1日(65歳)
日本の旗 日本北海道旭川市
出身地 日本の旗 日本
職業 ベーシスト
キーボーディスト
ピアニスト
作曲家
ミュージシャン
担当楽器 ベース
活動期間 1982年 -(安全地帯
レーベル キティレコード
ソニー・ミュージック
ユニバーサルミュージック
(安全地帯)
事務所 MUSICAL FARMERS PRODUCTION
共同作業者 安全地帯
公式サイト 安全地帯公式サイト
オールマン・ブラザーズ・バンド

六土 開正(ろくど はるよし、1955年10月1日 - )は、日本ベーシストキーボーディスト作曲家ミュージシャン血液型はA型。

北海道稚内市出身。1977年からロックバンド安全地帯」で、ベースピアノキーボードを担当する。

来歴[編集]

幼少・青少年期[編集]

  • 1971年から~1972年北海道旭川市で年上連中とバンド活動を行なう。ベース担当で、同年代でも演奏技術は優れていた。市内にある『マチイ楽器店』と『クニハラ楽器店』に出入りの際、中学同級生バンドの矢萩渉田中裕二と知り合う。田中が事故の骨折による入院の際は、見舞う間柄だった。
  • 1973年、バンドが解散し、新たに結成した『六土開正バンド』に矢萩と田中が参加。オールマン・ブラザーズ・バンドなどのサザン・ロックを主体にコピー演奏活動をしていた。
  • 1974年1976年、音楽コンテストに出場する中で、玉置浩二率いる『安全地帯』と親交を深める。
  • 1977年、安全地帯と合併する。洋楽コピーバンドの『六土開正バンド』の演奏技量とオリジナル楽曲バンドの『安全地帯』の楽曲制作能力に相互に惹かれ合った結果で、安全地帯の原型が完成する。
  • 1978年、安全地帯のメンバー、宮下隆宏の脱退により、キーボードからベース担当となる。
  • 1981年、安全地帯は井上陽水のコンサートツアーのバックバンドに抜擢され、上京する[1]

バンド『安全地帯』デビュー[編集]

  • 1982年、安全地帯1st.シングル『萠黄色のスナップ』[注釈 1]キティレコード(後にユニバーサルミュージック)からデビュー。以降、同バンドのライブやコンサートでは、最年長メンバーとしてバンドを支えてきた。
  • 1986年、東宝配給映画「プルシアンブルーの肖像」にバンドとして主演、オリジナル・サウンドトラック(インストルメンタル)を提供[5]

作曲家、サポート・ベーシスト活動期[編集]

  • 1988年、安全地帯が活動休止を宣言。ファミリーコンピュータ用ソフト『貝獣物語』のサウンドトラックを発表する。以降もゲームソフトの音楽制作を行なう。
  • 1990年、安全地帯の活動再開。洗練された都会的ロック指向から野性味のあるロックを目指し、社会問題からメッセージソングも取り入れた。
  • 1991年ファミリーコンピュータ用ソフト『じゅうべえくえすと』の音楽制作。
  • 1993年、安全地帯23rd.シングル『ひとりぼっちのエール』発売以降、再度活動休止。
  • 1994年、音楽性を模索する安全地帯のバンドリーダーの玉置のソロ活動に参加した。また、スーパーファミコン用ソフト『大貝獣物語』の音楽を制作する。
  • 1996年、スーパーファミコン用ソフト『大貝獣物語II』のサウンドトラックを発売する。
  • 1998年、安全地帯の活動再開を玉置が強く望み、ソロコンサートツアーにメンバーが集結。
  • 1999年、バンド活動再開には至らないものの、玉置が安全地帯の楽曲集としてソロアルバム『ワインレッドの心』を発表する。六土はスタジオ・ミュージシャンとして参加している。また、ドリームキャスト用ソフト『エレメンタルギミックギア』の音楽を制作[6]する。

バンド『安全地帯』再始動[編集]

  • 2001年、安全地帯の新譜録音に向けてメンバーが集結する。
  • 2002年、安全地帯24th.シングル「出逢い」発売で、9年ぶりに活動再開。
  • 2003年、安全地帯10th.アルバム『安全地帯X〜雨のち晴れ〜』を発表し、コンサートツアーを開催する。
  • 2004年、安全地帯の活動休止。ギタリストの武沢豊の事故後の経過観察も影響した。以降は、メンバー個々の活動に入り、六土は音楽活動を離れ、サラリーマン生活を送ることになった。
  • 2009年急性膵炎で2年間療養していた玉置が音楽活動再開を決意するにあたり、安全地帯のメンバーを招集。新譜制作・録音に向けて、合宿生活を始める。音楽活動の長期間ブランクから演奏に不安を感じていたが、いざ楽器を手にすると自然と体が思いだしたと述べている。
  • 2010年、安全地帯27th.シングル『蒼いバラ』発売。レコード会社をソニー・ミュージックからユニバーサルミュージックへ復帰。完全復活を宣言し、往年の楽曲にも意欲的に取り組んでいる。また、1960年代から1970年代にかけての洋楽に造詣が深いため、6月30日にユニバーサルミュージックから発売される『ニッポン洋楽ヒッツ!ORICON洋楽ヒット・チャート・コンピレーション1968-1979/V.A.』[7]では楽曲の解説を担当している。
  • 2013年、安全地帯14th.アルバム『安全地帯XIV - The Saltmoderate Show -』[8]にて『ただいま…おかえり』の作曲を担当した。
  • 2015年2016年、玉置のソロツアー「玉置浩二 〜故郷楽団 Concert Tour 2015〜」[9]「玉置浩二コンサートツアー2016~AMOUR~」[10]にサポートメンバーとして帯同。
  • 2017年4月29日、安全地帯のメンバーである矢萩渉と武沢豊よるギターユニット「ワタユタケ」が羽田空港ティアットスカイホールにて開催したスペシャルライブ「CLUB CITTA' PRESENTS ワタユタケ TWIN GUITAR ~春の宴~ -スペシャル 2SHOWS-」[11]と並行して行われた安全地帯メンバーによるトークショーに参加。5月31日には安全地帯のデビュー35周年を記念した初のオールタイム・ベストアルバム『ALL TIME BEST』[12]が発売されたと同時に、グループとしては4年振りとなるツアー(日本武道館2daysならびに香港公演)の開催が発表された。

主な音楽活動[編集]

安全地帯[編集]

  • 『安全地帯 Ⅱ』、CD (製品番号3133-12)、キティ、1984年。玉置浩二 (歌・曲); 矢萩渉 (guitar) ; 六土開正 (bass, keyboard) ; 田中裕二 (drums) ; 武沢豊 (guitar) / 井上陽水 (詞), 松井五郎 (詞)。
  • 『エンドレス ; 安全地帯ライブ : 1』、CD (製品番号H6OK20007)、キティ、1985年。玉置浩二 (歌・曲) ; 矢萩渉 (guitar) ; 六土開正 (bass, keyboard) ; 田中裕二 (drums) ; 武沢豊 (guitar) / 松尾由紀夫 (詞), 松井五郎 (詞), 小椋佳 (詞), ヘンリック, リンダ (詞)。
  • 『エンドレス ; 安全地帯ライブ : 2』、CD (製品番号H6OK20008) 、キティ、1985年。玉置浩二 (歌・曲) ; 矢萩渉 (guitar) ; 六土開正 (bass, keyboard) ; 田中裕二 (drums) ; 武沢豊 (guitar) / サトウハチロー (詞) , 井上陽水 (詞) , 松井五郎 (詞), 中田喜直 (曲)。
  • 『プルシアンブルーの肖像 ; オリジナル・サウンドトラック ; 安全地帯』、CD (製品番号H33K20040)、キティ、1986年。安全地帯 (歌, 演奏), 森の木児童合唱団 (歌)/ 松井五郎 (詞), 玉置浩二 (曲), 矢萩渉 (曲), 星勝 (曲), 六土開正 (曲)。
  • 『安全地帯 Ⅵ ; 月に濡れたふたり ; 安全地帯』、CD (製品番号H32K20090)、キティ、1988年。玉置浩二 (vocal・曲) ; 矢萩渉 (guitar) ; 六土開正 (bass) ; 田中裕二 (drums) ; 武沢豊 (guitar) / 松井五郎 (詞)。
  • 『微笑みに乾杯 ; 安全地帯』、CD 8枚 (製品番号H10K-30015)、キティ、1988年。安全地帯 (歌) : 玉置浩二 ; 六土開正 ; 矢萩渉 ; 武沢豊 ; 田中裕二 / 松井五郎 (詞), 玉置浩二 (曲)。

楽曲提供[編集]

サポート・ミュージシャンとして参加したアーティスト[編集]

  • 井上陽水 1981年~1983年、安全地帯としてバックバンドを担当[1]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 「萌黄色のスナップ」収録アルバムはCD『安全地帯 コンプリート・ベスト』[2]、DVD『Live selection 1984-1988』[3]、CD『安全地帯メモリアル・コレクション・ファイル』[4]

出典[編集]

  1. ^ a b 今日と明日、2日間に渡ってゲストにお迎えするのは…安全地帯の玉置浩二さん♪ - ディアフレンズ - TOKYO FM 80.0MHz - 坂本美雨”. www.tfm.co.jp. 2020年9月26日閲覧。
  2. ^ 「萌黄色のスナップ」『安全地帯 コンプリート・ベスト』、ユニバーサルミュージック、2005年(CD 2枚の1枚目、UPCY-6074)
  3. ^ 「萠黄色のスナップ」『Live selection 1984-1988』、ユニバーサルミュージック〈安全地帯box 1982-1993〉、2010年(DVD 1枚64分、UPBX-5006)「ONE NIGHT THEATER」より
  4. ^ 「萠黄色のスナップ」『安全地帯メモリアル・コレクション・ファイル』、ユニバーサルミュージック〈安全地帯box 1982-1993 ; disc-11-12〉、2010年。CD 2枚(89分、UPCY-9197のDISC1 UPCX-4076)、〈安全地帯memorial collection file〉より。
  5. ^ 六土開正 (曲). “カズミ”. 国立民族学博物館 音響資料曲目データベース. プルシアンブルーの肖像 ; オリジナル・サウンドトラック ; 安全地帯. キティ. 2020年9月26日閲覧。
  6. ^ a b 六土開正、鳩倉一朗『「エレメンタル・ギミック・ギア」オリジナル・サウンドトラック』(CD ; 12cm(70分13秒))バンダイ・ミュージックエンタテインメント〈バンダイ・ミュージック:APCG-4045〉、1999年8月。
  7. ^ 『ニッポン洋楽ヒッツ! 「Oricon」 international popular hit chart compilation 1968-1979』(CD:2枚 (156分) 一部モノラル収録、一部ライブ収録、ユニバーサル(UICZ-1352、UICZ-1353))ユニバーサルミュージック、2010年。
  8. ^ 安全地帯『安全地帯ⅩⅣ-ザ・ソルトモデラートショー- ANZENCHITAI ⅩⅣ-the saltmoderate show-』(CD 1枚 : SALTMODERATE :ZMCL-3)Steezlab Music、2013年。全国書誌番号:22252668
  9. ^ 【ライブレポート】玉置浩二「愛がふるさとであり、心がふるさとなんだ」” (日本語). BARKS. 2020年9月26日閲覧。
  10. ^ 2016年12月26日 15時00分 株式会社WOWOW; 加藤亮(写真:DIGITAL DESIGN WORKS). “玉置浩二が「愛」を歌い上げた!最新ツアー「AMOUR(アムール)」の模様を2017年元日にWOWOW独占放送! 玉置浩二 CONCERT TOUR 2016~AMOUR~ 2017年1月1日(日・祝)午後3:45 [WOWOWライブ]”. prtimes.jp. 2020年9月26日閲覧。
  11. ^ CLUB CITTA' PRESENTS ワタユタケ TWIN GUITAR ~春の宴~ -スペシャル 2SHOWS- 【2回目】” (日本語). www.eventernote.com. 2020年9月26日閲覧。
  12. ^ 安全地帯『All time best「35」-35th anniversary tour 2017-live in日本武道館』(Blu-ray Disc 1枚、147分。システム要件 : カラー、ステレオ、ワイド、音声: PCM)2017年11月、日本武道館公演収録、日本コロムビア(COXA-1185)、2019年。

外部リンク[編集]