ワインレッドの心

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ワインレッドの心
安全地帯シングル
初出アルバム『安全地帯II
B面 We're alive
リリース
ジャンル ロック
ポップス
AOR
時間
レーベル Kitty Records
プロデュース 星勝
ゴールドディスク
チャート最高順位
  • 週間1位(オリコン
  • 1位(ザ・トップテン[1]
  • 1984年3月度月間1位(オリコン)
  • 1984年度年間2位(オリコン)[1]
  • 1984年度年間5位(ザ・ベストテン)
  • 安全地帯 シングル 年表
    ラスベガス・タイフーン
    (1983年)
    ワインレッドの心
    (1983年)
    真夜中すぎの恋
    (1984年)
    安全地帯II 収録曲
    I Love Youからはじめよう -安全地帯BEST- 収録曲
    ALL TIME BEST 収録曲
    ミュージックビデオ
    「ワインレッドの心(2010ヴァージョン)」(サビ) - YouTube
    EANコード
    EAN 4988031003664
    テンプレートを表示

    ワインレッドの心」(ワインレッドのこころ)は、安全地帯の4枚目のシングル

    サントリー赤玉パンチ」コマーシャルイメージソング、またフジテレビ系ナショナル木曜劇場ドラマ『間違いだらけの夫選び』(1985年)エンディングテーマとして使用された。

    オリコンでは初の1位獲得となり、翌年1984年の年間チャート2位に輝いた。オリコン調べによる売上枚数は71.4万枚[1]。安全地帯の代表曲の一つである。

    1985年度の日本音楽著作権協会(JASRAC)発表による楽曲別の著作権使用料分配額(国内部門)では年間7位にランクインされた[2]

    作詞を行った井上陽水が後に自身のアルバム『9.5カラット』にてセルフカバーをしている。

    背景[編集]

    1982年2月25日にシングル「萠黄色のスナップ」でデビューした安全地帯であったが、続く2ndシングル「オン・マイ・ウェイ」(1982年)、3rdシングル「ラスベガス・タイフーン」(1983年)をリリースするも売り上げが伸びず、世間での認知度も低い状態であった[3]。ヒット曲が出ない事に苦心していたプロデューサーの星勝は、作曲を井上陽水に依頼する事をメンバーに打診するも、玉置はその提案に対し「曲は俺が自分で作る。それができないんならバンド辞めて北海道に帰ります」と自身での作曲に固執した[3]。確実にヒットする曲を製作しなくてはならない状態に陥った玉置は、本来はドゥービー・ブラザーズのようなロックバンドを目指していたが、「歌謡曲っぽくて売れそうな感じの曲」の製作のため1週間自宅に閉じこもる事となった[3]

    その後玉置は「ワインレッドの心」を完成させ、同曲を聴いたギタリストの矢萩渉は「それまでの曲とは全然違っていた」と応え、メンバーに鮮烈な印象を残す事となった[3]

    録音[編集]

    プロデューサーは星勝が担当している。星は当時を振り返り、「本人にとっては、昔からやりたかった方向性の曲じゃなかったかもしれないけど、玉置にはどんなタイプの曲も書ける才能があるなと思ってた。(中略)可能性を広げる意味からも、売れる曲作ろうよ、というふうには話した覚えがあります」とコメントしている[3]。さらに本作は「真夜中すぎの恋」と同時に製作しており、スタッフはどちらを先に売り出すかで検討していた[3]

    ディレクターの金子章平は両曲を聴き比べた結果、「ぜったい、〈ワインレッド〉だ、これだ」と応え、本作と「真夜中すぎの恋」の製作を同時進行させつつ、歌詞の製作などに取り掛かる事となった[3]。この頃にはプロデューサーやディレクターを始めとするスタッフが一丸となって本作の製作に取り掛かっていた[3]

    歌詞は様々な人物によって作詞されたが、最終的には井上陽水に依頼する形となった[3]。井上は3回歌詞を書き直し、この曲のためにノートを1冊使い切るほどであったという[3]。結果としてタイトルは「ワインレッドの心」と決定する事となった[3]。後に井上はこの時の裏話として、Aメロの「忘れそうな…」の歌詞の所を当初はふざけて「ブタのような女と…」という歌詞で提出していたが書き直しを要求されたと明かしている[4][5]

    音楽性[編集]

    音楽情報サイト『CDジャーナル』では、「井上陽水の手による歌詞と相まって、まったりと濃密なムードが漂う」と表記されている[6]

    エンタメ情報ポータルサイトの『エンタメウィーク』では、「冒頭の部分では恋の軽妙さと奥行きを教えてくれる。西洋の戯曲を思い浮かべさせられるような言葉並びに、現実と少しかけ離れた情感が宿る」、「『ワインレッド』はただの色味ではない。『あの消えそうに燃えそうなワインレッド』なのだ。さらに、『消えそうに燃えそうなワインレッドの心』の前に置かれている『あの』という代名詞が想像力をかきたてさせる」、「ワインレッドの心は理性と本能がゆらぎ、禁断の果実と対峙する大人たちの心情を表し、危険な香りのする恋模様を描いているのだ」と表記されている[7]

    リリース[編集]

    批評[編集]

    専門評論家によるレビュー
    レビュー・スコア
    出典評価
    CDジャーナル肯定的[6]
    エンタメウィーク肯定的[7]

    音楽情報サイト『CDジャーナル』では、「“安全地帯”の名前を世間に知らしめた、最初のヒット曲。(中略)優しい中に、どこか官能的な響きを保つヴォーカルも悩ましい」と評されている[6]

    エンタメ情報ポータルサイトの『エンタメウィーク』では、「詩を書かせたら右に出るものはいない井上陽水とその歌声で畏敬の念を抱かせる玉置浩二、彼らが織りなした作品は秀逸としか考えられない」、「曲のタイトルともなっている『ワインレッドの心』という言葉が、ここまで紡いだストーリーを引き締める。『恋』という抽象的な心の動きに対し『ワインレッド』と具体的な色を指し示す。これにより、この曲に強力な彩りが芽生えたのである」、「天才的な歌詞に玉置浩二の心の琴線に触れる歌声がリスナーの耳を覆う。『ワインレッドの心』は玄奥な感情まで表現しているのだから、名曲として扱われるのはもはや必然」と評している[7]

    チャート成績[編集]

    本作はリリース直後には全く売り上げが伸びず、B面曲の「We're alive」が東北地方でブリヂストンのコマーシャルソングとして使用された事からB面曲の話題で売れ始め、5000枚程の売り上げとなった[3]。その後「ワインレッドの心」の方でも売り上げが伸び始め、オリコンチャートの100位圏内に入り、その後も売れ続けた結果10位以内にランクインしたという[3]。最終的にはオリコンでは初の1位獲得となり、翌年1984年の年間チャート2位に輝いた。オリコン調べによる売上枚数は71.4万枚[1]

    1985年度の日本音楽著作権協会(JASRAC)発表による楽曲別の著作権使用料分配額(国内部門)では年間7位にランクインされた[9]

    本作がヒットした事により、生活が激変した事に関して玉置は窮屈さを感じていたといい、また自分たちはロックバンドのつもりであったが本作のイメージが付き過ぎた事により、「ニューミュージック界のクール・ファイブ」と呼ばれた事に違和感を覚えていた[3]。玉置は後に「〈ワインレッド〉が破滅の始まりだった。あれがもし〈ワインレッド〉ではなくて、その前に俺たちが作っていたような曲で、ちゃんとバンド活動が維持できるようになってたら、俺の人生はまったく変わっていたと思う」と述べている[3]。プロデューサーの星はこの事に関して、「あれ以外には安全地帯に注目してもらえる形を考えられなかった。ただ、玉置自身が安全地帯をああいう形じゃやりたくなかった、と思っていて、いまでもそれを引きずっているとしたら、半分謝ろうかな、と思う。だけど半分は、これでよかった、と言うしかないですね」と述べている[10]

    ライブ・パフォーマンス[編集]

    オリコンチャートで10位以内に入った事により、フジテレビ系音楽番組『夜のヒットスタジオ』(1968年 - 1985年)の出演が決定した[3]。安全地帯としての初出演は1984年2月6日となり、本作を演奏した。その後、同番組には3月12日、4月2日にも出演した。音楽番組及び自身のコンサートなどで披露する際は、オリジナルの歌唱音源よりもキーを下げて披露している。

    ライブにおいて他のミュージシャンとのコラボレーションが行われており、2012年12月5日にグランドプリンスホテル新高輪「飛天」から生放送された『2012 FNS歌謡祭』では安全地帯×ATSUSHIにより、また2013年7月31日に国立代々木競技場第一体育館から生放送された『FNSうたの夏まつり』では安全地帯×徳永英明×沖仁×上妻宏光×宮本笑里により披露されている。

    シングル収録曲[編集]

    全作曲: 玉置浩二、全編曲: 安全地帯星勝
    #タイトル作詞作曲・編曲時間
    1.ワインレッドの心井上陽水玉置浩二
    2.We're alive松尾由紀夫玉置浩二
    合計時間:

    メディアでの使用[編集]

    クリスチャン・ヴァディムが出演したサントリー赤玉パンチ」のコマーシャルイメージソングとして使用された他、フジテレビ系ナショナル木曜劇場ドラマ『間違いだらけの夫選び』(1985年)のエンディングテーマとして使用された。

    リリース履歴[編集]

    No. 日付 レーベル 規格 規格品番 最高順位 備考
    1 1983年11月25日 キティレコード 7インチ 7DS 0060 1位
    2 1988年12月10日 キティレコード 8センチCD H10K-30033 -
    3 2010年3月3日 キティレコード マキシシングル UICZ-9032(初回盤)
    UICZ-5045(通常盤)
    9位 「蒼いバラ」との両A面

    収録アルバム[編集]

    ワインレッドの心
    We're alive

    カバー[編集]

    脚注[編集]

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    1. ^ a b c d スージー鈴木 2017, p. 21.
    2. ^ 「浪花節だよ、首座は 昨年、国内の著作権使用料分配額 JASRAC賞決定」『朝日新聞』1986年5月6日付東京夕刊、13頁。
    3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 志田歩「第3章 ワインレッドの心」『玉置浩二 幸せになるために生まれてきたんだから』雲母書房、2006年4月30日、40 - 61頁。ISBN 9784876722006
    4. ^ 井上陽水、「ワインレッドの心」の秘蔵エピソードを告白”. OKMusic. ジャパンミュージックネットワーク (2017年11月15日). 2019年3月3日閲覧。
    5. ^ 井上陽水「ブタのような女と・・」秋のコンサートツアーで“あの名曲”の裏話”. Musicman-net. エフ・ビー・コミュニケーションズ (2017年11月14日). 2019年3月3日閲覧。
    6. ^ a b c 安全地帯 / コンプリート・ベスト [2CD]”. CDジャーナル. 音楽出版. 2019年3月3日閲覧。
    7. ^ a b c 安全地帯「ワインレッドの心」は大人の禁断の恋模様を描いてた”. エンタメウィーク. NTTドコモ. 2019年3月3日閲覧。
    8. ^ 安全地帯 / ワインレッドの心”. CDジャーナル. 音楽出版. 2019年3月3日閲覧。
    9. ^ 「浪花節だよ、首座は 昨年、国内の著作権使用料分配額 JASRAC賞決定」『朝日新聞』1986年5月6日付東京夕刊、13頁。
    10. ^ 志田歩「第4章 スターダム」『玉置浩二 幸せになるために生まれてきたんだから』雲母書房、2006年4月30日、62 - 85頁。ISBN 9784876722006

    参考文献[編集]

    外部リンク[編集]