東京事変

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東京事変
Tokyo Incidents
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック
ポップス
アシッドジャズ
オルタナティヴ
ファンク
エクスペリメンタル・ロック
活動期間 2003年 - 2012年
第一期: 2003年-2005年
第二期: 2005年-2012年
レーベル EMIミュージック・ジャパン/Virgin Music(現:ユニバーサルミュージック
事務所 黒猫堂
共同作業者 井上雨迩
公式サイト 東京事変 トップページ
メンバー 椎名林檎ボーカル
亀田誠治ベース
浮雲ギター
刄田綴色ドラムス
伊澤一葉キーボード
旧メンバー H是都M(キーボード)
晝海幹音(ギター)

東京事変(とうきょうじへん、英称:Tokyo Incidents[1][2]Incidents Tokyo[3][4])は、2003年から2012年まで活動していた日本バンドである。所属レコード会社はEMIミュージック・ジャパン/Virgin Music(現:ユニバーサルミュージック)。2003年に結成。2012年閏日に解散した[5]

概要[編集]

シンガーソングライター椎名林檎を中心に2003年に結成された5人組のロックバンド[6]。2012年2月29日の日本武道館公演をもって活動を終了[7]

バンドメンバーについて[編集]

それぞれが独自の音楽性を確立するプレイヤーで構成されており、演奏技術コンポーズ能力ともに非常に高い。故に、ライブにおいてはCD音源とは異なった多様かつ高度なアレンジが展開される。

はじめは椎名の表現者としての延命装置として生まれ、彼女が音楽と向き合って自身の音楽的成長を促すため設定したカリキュラムの様にスタートした[8][9]。そして伊澤一葉浮雲が加入した際は、彼らの様に『実力がある』と言われながらも普段はアンダーグラウンドインディーズで活動している陽の目を見ない才能には自分たちの内輪だけで循環するのではなくメジャーの場でキチンと勝負して欲しいと思い、自分の方から一緒にやってくれないかと誘った[10][11]。椎名の意識の変化に伴い、バンドもその彼らを世間に通用させるまでの過程そのものをビジネスとすることを目的としたプロジェクトへと変化して行った[10][11]。この過程について椎名は「学習機関に始まり(『教育』)、職業訓練校、研究室・実験室を経て(『大人 (アダルト)』〜『スポーツ』)、最終的にメンバー各々がそれぞれ独立して稼働できる生産工場となった(『大発見』)」と表現した[8][9][10][12]

結成の経緯[編集]

2003年当時、引退を考えるほど音楽活動の継続にモチベーションを見出せなかった椎名林檎が「メンバーたちのために書き下ろすつもりで曲を書けば意欲が湧くのではないか」と考えて結成[13]。当初は椎名のツアーバックバンドとして稼働していたが、2004年からは本人が参加することで正式なバンドとして活動を開始する[14]。メンバーを決めたのは椎名で、普段からライブハウスなどを巡って探していた[15]

メンバー交代[編集]

2005年、所属バンド「PE'Z」での活動と両立できないとして、H是都Mが脱退を表明。新たに伊澤一葉の加入が決まった。またその間に晝海幹音もソロ活動に集中するために脱退することになり、代わって椎名の以前からの知人であった浮雲が参加することとなった。[13][16][17]

全国ツアー「dynamite!」中には既に2人の脱退は決まっていた。せめてピアノだけでも欲しいと思った椎名は生ピアノが弾けるキーボーディストを探そうとして、以前、H是都Mに紹介された伊澤一葉のことを思い出した。プレイヤーとしてだけでなく彼の楽曲も欲しかった椎名は、ツアー終了の翌日から早速彼の消息を探り始め、連絡が取れるとすぐに参加をオファーした。初めは「新しくバンド(あっぱ)を始めたばかりだし、J-POPの超メジャー・フィールドで自分がやれるとは思わない」などと言われて断られていたが、最終的には彼の承諾を得て2005年4月末に加入が決定した。ギタリストについては、生半可なメンバーを入れるくらいなら曲ごとに最強のゲストを呼んだ方が良いとして当初は入れないことにしていた。椎名は多忙の亀田の代わりにキーボードの伊澤に自分のパートとベースラインを同時に弾いてもらってドラムの刄田との3人でリハーサル(音合わせ)を始めたが、伊澤に「CDにした時の作品が想像出来ない」と言われ、仕方なくギタリストを呼ぶことにした。色々試した中でメンバーが気に入ったのは2ndアルバムのデモで演奏していた浮雲だったが、個人的な音楽制作など椎名にとっては仕事にしない部分でのパートナーであり、ソロアルバムのレコーディングや東京事変のデモ音源の制作を手伝ってもらったり[注 1]、前メンバー脱退の際には相談に乗ってもらったりしていた彼を加入させることは、彼女にとってバンドに自分のエゴを持ち込むようで抵抗があった。彼の方も「誰も弾かなかったら俺が弾いてやるよ」と言うだけでなかなか自分の方からはやるとは言わず、結局、正式に加入が決まったのはアルバム『大人 (アダルト)』レコーディングのわずか2、3日前のことだった。[13][16][17]

交代後、アルバム『娯楽 (バラエティ)』の時点では、椎名個人ではなくバンドとしての表現ができるようになったのに今さら第1期、第2期(東京事変)と言われるのもどうかということでバンド名を変えようかという話が出たこともあったが、アルバム『スポーツ』の時点でメンバーの意識は「関係ない」「どちらでも構わない」「利用できるものは何でも使っておこう」という風に変わっていた[18][19]

メンバー[編集]

最終メンバー[編集]

元メンバー[編集]

両者とも2005年7月1日まで参加。

  • H是都M(エイチ ゼット エム) - 鍵盤楽器(キーボード、ピアノ)、コーラス

ツアーバンド時代の各メンバーの名前の表記はこちらを参照。

プロデューサー[編集]

椎名とはソロ時代から[注 2]、亀田とは椎名と仕事をする前からの付き合いとなる。メンバー曰く「六人目の東京事変」[20]。本人もただのエンジニアではなく、いちプレイヤーのつもりでミキシング作業に臨んでいるという[21]

サポートメンバー[編集]

2006年7月に行われたライブイベント「SOCIETY OF THE CITIZENS vol.1」で、骨折していた刄田の代りに出演。

楽曲製作[編集]

デモ[編集]

椎名と伊澤の持ってくるデモ歌メロからリズム・パターンまで全て入った状態で、二人はその段階で譜面も書いてくる。また浮雲は譜面を書けないので、二人が彼の口ずさむメロディを採譜して譜面に起こす。[22][23]

伊澤のデモは歌メロやギター・パートもキーボードで作っていることが多い。ギターを弾くようになってからはギターで作ることもある。メロディは歌声の代わりにキーボードなどで作った音が入っているので最終的な形が想像しにくい。またデモの段階でフレーズ一つ一つまで指定した全員分の演奏パターンをあらかじめ用意する。絶対その通りに演奏しなければならないというわけではないが、まずはその設計図通りやらせようとする。また自分の曲だけでなく他のメンバーの曲でも譜面起こしから曲の解析、アレンジまで行ってデモを何パターンも作り上げる。[18][19][24]

浮雲はメロディ部分は歌いながら作ることが多いので、デモには歌詞ではなく歌声を入れている。歌メロだけでなくコーラスも入っているので他のメンバーは全体の輪郭がつかみやすい。[19][24][25]

他のメンバーのデモがドラムなど色々な音を入れてくるのに対し、亀田のデモは一部に鼻歌や打ち込みもあるものの、ほとんどがアコースティック・ギターあるいはピアノと自分自身の歌によるシンプルな弾き語りである。しかも普段はアレンジやサウンドプロデュースで曲を仕上げる仕事が多く、メロディを作る機会はあまりないのとは対照的に、東京事変では基本的にメロディと仮歌だけでアレンジは施していないものを提供する。すごくシンプルなデモだが曲の核となるものが見えやすい。[26][27][28]

それらのデモを基に、スタジオでは椎名が各楽曲の作者や演奏者に、フレーズ、メロディ、コードなどの要素のうち、その時に何を前面に持って来たいかを質問・確認して主とする要素を明確化し、楽曲へのアプローチを決める[20]

作詞[編集]

2枚目のアルバム『大人』までは椎名が歌詞を担当し、3枚目の『娯楽』から5枚目の『大発見』までは、一部の曲を浮雲と伊澤も書いている。バンドとして最後にリリースしたミニアルバム『color bars』では、メンバー全員が作詞を行っている。

椎名以外のメンバーが作曲する場合は常に曲先行で、椎名が歌詞を書く場合は出来た曲に後から当てて行く。普段、椎名はまず和声とメロディが浮かび、その時のイメージと音感で歌詞を連ねていくが、東京事変では曲を聞いてメロディだけでその作家が作曲した背景まで手繰って行き、"たった一つしかない正解”の歌詞を全身全霊を傾けて獲得しようと試みる。[29]

浮雲の曲は楽器ありきでそこに声が乗っているというとらえ方が正しく、歌謡的要素がないので、そこを一番汲み取れる本人が歌詞を書くことが多い。浮雲が書いた方が自然な時はそうするし、歌謡寄りに持って行ってもいいのではと思えば椎名が歌詞を書くこともある。[22][25]

作曲[編集]

バンドとしてのデビュー曲である1stシングル「群青日和」はH是都Mが作曲したが、1stアルバム『教育』と2ndアルバム『大人 (アダルト)』および2ndシングル「遭難」と3rdシングル「修羅場」収録の楽曲のほとんどは椎名の手による。3枚目のアルバム『娯楽 (バラエティ)』とそれに関連するシングルでは椎名は参加せず、すべての楽曲を彼女以外のバンドメンバー(浮雲、伊澤、亀田)が作曲した。4枚目のアルバム『スポーツ』とそれに付随するシングルからは再び椎名も作曲に参加し、一部の楽曲では初めてメンバーと共作した。5枚目のアルバム『大発見』では、前作以上に共作曲が増えている。バンド最後のアルバム『color bars』では、メンバー全員が作曲を行っている。

編曲・プロデュース[編集]

編曲は基本的にバンド全体で行うが、セカンドアルバム『大人 (アダルト)』では椎名および伊澤が中心となって行った[注 3]。椎名、伊澤、浮雲は3人ともシンガー・ソングライター気質ではないので、アレンジまで含めた作曲をしてくる。そこからは作者の意図通りにそれを具現化したりバンド全員で編曲したり、あるいは椎名のソロ時代からの彼女と亀田との独特なやり方に当てはめて作ったりと、曲を完成させるやり方は幾通りもある。[16][26]

プロデュースはレコーディング・エンジニアの井上雨迩

レコーディング[編集]

レコーディングは一部を除き、それぞれが個別に録音するバラ録りではなく、バンド・メンバー全員で一斉に演奏して行う一発録り[30]

来歴[編集]

デビュー前[編集]

2003年
  • 椎名林檎のバックバンドとして結成。当初のメンバーは、椎名林檎、刄田綴色、亀田誠治、H是都M、晝海幹音の5名。同年の椎名林檎実演ツアー「雙六エクスタシー」で初お披露目。

バンド「東京事変」デビュー[編集]

2004年
  • 5月30日、椎名林檎が「今の段階では一人きりで作る音楽はやり終えている」としてバンド「東京事変」として活動していくことを宣言[31]。いくつかのライブに出演し、初参加の『FUJI ROCK FESTIVAL』ではヘッドライナーを務め、入場規制がかかるほどの注目を集める。
  • 9月8日、東芝EMI(当時)よりシングル「群青日和」でメジャーデビューを果たす。
  • 11月25日、1stアルバム『教育』リリース。

メンバーチェンジ[編集]

2005年
  • 1月17日より初のライブツアー「東京事変 live tour 2005 “dynamite!”」を10都市14公演で開催。
  • 7月1日、H是都Mと晝海幹音の脱退を発表[注 4][33]。脱退後はそれぞれ、H是都MはPe'zのヒイズミマサユ機として、晝海幹音はソロ名義の昼海幹音(現在はヒラマミキオ)として活動していくとされた[34]
  • 9月、新メンバー発表。椎名、亀田、刄田の3人は新たに浮雲伊澤一葉の2人を迎え、5人で第二期東京事変を始動[注 5][34]。またそれを機に、バンドのシンボルマーク折り鶴から孔雀に変更された。
  • 11月2日、3枚目(第二期としては最初)のシングル「修羅場」をリリース。

2006〜2008年[編集]

2006年
2007年
  • 9月26日、3rdアルバム『娯楽 (バラエティ)』をリリース。前アルバム発売の際のインタビューで「(今後について)自分は曲を書かず、作詞と歌のプレイだけに関わったアルバムを作ってみたい」[36]と発言していた通り、アルバム『娯楽 (バラエティ)』およびシングル「キラーチューン」と「OSCA」では、一部の作詞と歌唱のみを担当した。
  • 10月18日より全国7都市でのライブハウスツアー「東京事変 live tour 2007 Spa & Treatment」を開催。
2008年
  • この年、ソロデビュー10周年を迎えた椎名が久しぶりにソロ活動を再開。そのため、東京事変としての活動は限定的となった。
  • 8月15日、ライジング・サン・ロックフェスティバルに出演。翌16日には椎名がソロとして単独で出演した。
  • 8月23日・24日、JCBホールにて主催イベント「SOCIETY OF THE CITIZENS vol.Ⅱ」を開催。

2009〜2011年[編集]

2009年
  • 前年に引き続き、椎名は久しぶりのオリジナル・アルバムを発表するなどソロとしての活動を継続。そのため、年の前半は椎名以外のメンバーもそれぞれの活動に専念することになった。亀田は本業のプロデューサーとして様々なアーティストたちと仕事をし、刄田はフジファブリックのレコーディングやライブにサポート・メンバーとして参加した。伊澤は、ELLEGARDEN細美武士が結成したバンド「the HIATUS」にツアーメンバーとして参加した[注 6]。年末、4作目のアルバム発売へ向けて2年ぶりに制作活動を再開する。
  • 12月2日、6枚目のシングル「能動的三分間」を発売。シングルとしては初のオリコンチャート第1位を獲得した。同楽曲は江崎グリコ「ウォータリング キスミントガム」のCMソングに起用され、そのイメージキャラクターにはCM初出演となる椎名が起用された(ナレーションは浮雲が担当)。
  • 12月30日、COUNTDOWN JAPAN 09/10に出演。
2010年
2011年
  • 2月23日に7枚目のシングル「空が鳴っている/女の子は誰でも」をリリースする予定だったが、同年2月10日に路上で泥酔した刄田が公務執行妨害で逮捕されたため、発売の延期とプロモーション活動の自粛を決定した[37]。「空が鳴っている」は椎名がイメージキャラクターを務めるグリコ「ウォータリング キスミント」のCM第4弾に使用されていたが、この不祥事によってサウンドをバンドの演奏からピアノによるアコースティックなアレンジに変更し、名義も「椎名林檎」に変えて放送を継続した[38]。そして「女の子は誰でも」も新たに椎名がCMモデルに起用された資生堂「マキアージュ」のCMソングとして20日から使用される予定だったが、椎名林檎ソロアレンジによるピアノ伴奏のスウィングジャズナンバーの「女の子は誰でも 〜素顔編〜」に変更して放送することになった[39]。またテレビの音楽番組への出演[注 7]も取り消された。3月14日に刄田は略式裁判により罰金刑となったため、協議の結果4月5日から活動を再開することとなった。一連の件に関して、刄田は公式ウェブサイトにて謝罪している。
  • 5月11日、発売延期となっていたシングル「空が鳴っている/女の子は誰でも」がリリースされる。
  • 6月29日、5作目のアルバム『大発見』を発売。オリコンチャート1位を獲得。
  • 9月30日からライブツアー「東京事変 Live Tour 2011 Discovery」を開催。
  • 12月31日、椎名が「第62回NHK紅白歌合戦」に出場し、それに伴い東京事変メンバーも出演した。前半の最高視聴率を記録。

バンド解散[編集]

2012年
  • 1月11日、バンドの解散を発表。同日付で更新されたオフィシャルサイトには各メンバーからのコメントが掲載された。椎名本人による解散声明文には「事変は来る閏日解散致します」とあり、解散日は2012年2月29日に決定した[40]
  • 1月18日、バンドメンバーがそれぞれ作詞作曲して持ち寄った楽曲5曲を収録したラストアルバム『color bars』をリリース。
  • 2月14日より最後のツアー「東京事変 Live Tour 2012 Domestique Bon Voyage」を開催。
  • 2月29日の日本武道館公演をもって解散。

解散後[編集]

  • 2013年2月27日、CD-BOXHard Disk』とミュージック・ビデオ集『Golden Time』をリリース。それぞれに再集結した第一期・第二期の新旧メンバーにより新録された楽曲や映像が収録された。
  • 2016年8月22日、第二期のメンバー全員が演奏に参加した椎名の配信限定シングル「ジユーダム」がリリースされる[41]。「東京事変」の表記は無かったものの、ジャケットにはシンボルマークである孔雀が描かれている[42]
  • 2016年12月31日、「第67回NHK紅白歌合戦」に椎名が出場した際、第二期のメンバー全員がバックバンドとして出演した。
  • 2018年3月、『透明人間』がライオンNONIO」のCMソングに起用される。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

発売日 タイトル 規格品番 最高位[43] 収録アルバム
1st 2004年9月8日 群青日和 TOCT-4884 2位 教育
2nd 2004年10月20日 遭難 TOCT-4994 2位
3rd 2005年11月2日 修羅場 TOCT-4936 5位 大人
4th 2007年7月11日 OSCA TOCT-40125 2位 娯楽
5th 2007年8月22日 キラーチューン TOCT-40137 5位
6th 2009年12月2日 能動的三分間 TOCT-40280 1位 スポーツ
7th 2011年5月11日 空が鳴っている/女の子は誰でも TOCT-40320 6位 大発見

配信曲[編集]

発売日 タイトル 収録作品
2006年3月23日 秘密 for DJ ミュージックビデオ集『ADULT VIDEO
恋は幻 for musician
黄昏泣き for mother
2006年8月30日 少女ロボット ライブビデオ『"DOMESTIC!"Just can't help it.
2010年7月28日 ドーパミント! アルバム『大発見』
2011年4月12日 夜明けのうた YouTube EMI Records Japan 公式チャンネル[注 8][44]
2011年9月21日 天国へようこそ Tokyo Bay Ver. ミュージックビデオ集『CS Channel

スタジオアルバム[編集]

  発売日 タイトル 規格品番 最高位[45] 備考
1st 2004年11月25日 教育 TOCT-25452 2位
2nd 2006年1月25日 大人 (アダルト) TOCT-25884 1位 初回生産限定盤 "HOMME"仕様【CD+DVD:2枚組】
TOCT-25885 通常盤 "FEMME"仕様【CD】
3rd 2007年9月26日 娯楽 (バラエティ) TOCT-26350 2位
4th 2010年2月24日 スポーツ TOCT-26940 1位
5th 2011年6月29日 大発見 TOCT-27070 1位

ミニアルバム[編集]

  発売日 タイトル 規格品番 最高位[46] 備考
1st 2012年1月18日 color bars TOCT-22311 2位

コンピレーション・アルバム[編集]

  発売日 タイトル 規格品番 最高位[47] 備考
ライブ・アルバム 2012年2月15日 東京コレクション TOCT-28045 1位
カップリング・アルバム 2012年8月29日 深夜枠 TOCT-29000 3位
コンプリートBOX 2013年2月27日 Hard Disk TOCT-29131 15位 完全限定生産BOXセット

アナログ盤[編集]

発売日 タイトル 規格品番 最高位[48] 備考
2004年11月25日 群青日和/遭難 TOJT-25542 108位 初回生産限定
2006年3月23日 ADULT VIDEO ORIGINAL SOUND TRACK TOJT-25926 221位 初回生産限定
2007年11月21日 娯楽 (バラエティ) 増刊号 TOJT-26351 281位 初回生産限定

映像作品[編集]

  発売日 タイトル 規格 規格品番 最高位[49] 備考
ミュージックビデオ集 2004年12月8日 tokyo incidents vol.1 DVD TOBF-5337 5位
ライブ+ドキュメントビデオ 2005年7月13日 Dynamite in DVD TOBF-5400 2位
ライブビデオ 2005年8月17日 Dynamite out DVD TOBF-5401 2位
ミュージックビデオ集 2006年3月23日 ADULT VIDEO DVD TOBF-5469 4位
ライブビデオ 2006年9月6日 Just can't help it. DVD TOBF-5497 2位
ミュージックビデオ集 2007年11月21日 閃光少女 DVD TOBF-5540 6位
ライブビデオ 2010年3月26日 Spa & Treatment DVD kro-10001 - 位 ライブ会場・通信販売限定
2010年8月25日 QIFK-50105 17位 一般販売
ライブビデオ 2010年8月25日 ウルトラC DVD TOBF-5678 3位
2010年9月8日 BD TOXF-5678 1位
ミュージックビデオ集 2011年9月21日 CS Channel DVD TOBF-5712 4位
BD TOXF-5712 17位
ライブビデオ 2012年2月15日 Discovery DVD TOBF-5723 1位
BD TOXF-5723 2位
ライブビデオ 2012年6月13日 Bon Voyage DVD TOBF-5737 3位
BD TOXF-5737 1位
ライブビデオ 2012年8月29日 珍プレー好プレー DVD TOBF-5750 1位
BD TOXF-5750 2位
ミュージックビデオ集 2013年2月27日 Golden Time DVD TOBF-5767 11位
BD TOXF-5767 10位

参加作品[編集]

シングル『雨傘/あきれるくらい 僕らは願おう』(2008年9月3日) - 表題曲「雨傘」、通常盤のみ収録されている「渦中の男」の編曲を担当(作詞・作曲は椎名)。
アルバム『トリドリ。』(2009年6月24日) -「都会のマナー」の編曲・演奏を担当(作詞・作曲は椎名)。
シングル『日和姫』(2009年2月25日) - 表題曲「日和姫」の演奏に参加(作詞・作曲・編曲は椎名)。
アルバム『Bring it!』(2009年6月17日) -「日和姫」、「主演の女」の演奏に参加(作詞・作曲・編曲は椎名)。
シングル『おいしい季節/決定的三分間』(2011年3月2日) - 表題曲「おいしい季節」、「決定的三分間」の演奏に参加(作詞・作曲・編曲は椎名)。
シングル『月夜の肖像』(2011年11月23日) - 表題曲「月夜の肖像」、カップリング曲「青春の瞬き」の演奏に参加(作詞・作曲・編曲は椎名)。
シングル『カーネーション』(2011年11月2日) - 表題曲「カーネーション」、カップリング曲「私の愛するひと」、「人生は思い通り」の演奏に参加。

未音源化曲[編集]

  • 「事変音頭」
2004年に行われたいくつかのロック・フェスティバルで披露された曲[50]
  • 「ゴング」
2006年のライブ・イベント「SOCIETY OF THE CITIZENS vol.1」で披露された曲[50]

ライブ[編集]

コンサート・ツアー[編集]

開催年 タイトル 日程 開催地 備考
2003年 椎名林檎 実演ツアー 雙六エクスタシー 8月23日 - 9月27日 椎名林檎のソロツアー。
2005年 巻舌 発祥地記念 〜導火線はこちら〜 yokosuka dynamite! 1月15日 よこすか芸術劇場 東京事変 live tour 2005“dynamite!”の林檎班会員限定の公開ゲネプロ
東京事変 live tour 2005 “dynamite!” 1月17日 - 3月16日 松山、広島、金沢、京都、札幌、仙台、大阪、福岡、名古屋、渋谷
第1回林檎班大会 アダルト・オンリー 12月12日・13日 恵比寿ザ・ガーデンホール 林檎班(ファンクラブ)会員限定イベント。
12月20日・21日 代官山UNIT
2006年 東京事変 “DOMESTIC!” Virgin LINE 2月19日 日本武道館 新メンバーの顔見世ライブ。
2月21日 大阪城ホール
東京事変 “DOMESTIC!” Just can't help it. 4月7日 - 5月30日 鎌倉、札幌、大宮、新潟、仙台、盛岡、福岡、倉敷、広島、京都、富山、名古屋、静岡、大阪、渋谷、沖縄
2007年 東京事変 live tour 2007 Spa & Treatment 10月18日 - 11月21日 横浜、名古屋、大阪、福岡、仙台、札幌、東京 ライブハウスツアー。
2010年 東京事変 live tour 2010 ウルトラC 3月26日 - 5月23日 川口、宇都宮、新潟、長野、千葉、仙台、青森、福井、名古屋、福岡、大分、札幌、大阪、東京、高松、広島、島根、倉敷
2011年 東京事変 Live Tour 2011 Discovery 9月30日 - 12月26日 府中、静岡、仙台、岩手、札幌、金沢、新潟、大宮、福岡、鹿児島、神戸、倉敷、広島、名古屋、神奈川、大阪、高松、東京、青森、いわき
2012年 東京事変 LiveTour 2012 Domestique Bon Voyage 2月14日・15日 横浜アリーナ ラストツアー。
2月21日・22日 大阪城ホール
2月28日・29日 日本武道館

出演イベント[編集]

デビュー前
デビュー後

タイアップ一覧[編集]

起用年 楽曲 タイアップ
2004年 群青日和 三洋電機au W21SA」CMソング
2005年 修羅場 フジテレビドラマ木曜劇場大奥〜華の乱〜』主題歌
2007年 金魚の箱 映画『魍魎の匣』主題歌
2007年 閃光少女 スバルステラ/ステラリベスタ」「R2」CMソング
2009年 能動的三分間 グリコ「ウォータリングキスミント」CMソング(出演:椎名林檎、ナレーション:浮雲)
2010年 勝ち戦 グリコ「ウォータリングキスミント」CMソング(出演:椎名林檎、ナレーション:浮雲)
2010年 ドーパミント! グリコ「ウォータリングキスミント」CMソング(出演:椎名林檎、ナレーション:伊澤一葉)
2011年 空が鳴っている グリコ「ウォータリングキスミント」CMソング(出演・ナレーション:椎名林檎)
2010年 天国へようこそ テレビ朝日金曜ナイトドラマ熱海の捜査官』主題歌
2010年 天国へようこそ Tokyo Bay Ver. テレビ朝日金曜ナイトドラマ熱海の捜査官』劇中使用曲
2011年 女の子は誰でも 資生堂マキアージュ」CMソング(出演・一部ナレーション:椎名林檎)
2011年 新しい文明開化 東京メトロCMソング
2018年 透明人間 ライオン「NONIO」CMソング

書籍[編集]

楽譜[編集]

全てリットーミュージック社より発売。

  • 「オフィシャル・スコア・ブック 教育」(2005年1月29日)
  • 「オフィシャル・スコア・ブック 大人 (アダルト)」(2006年2月23日)
  • 「オフィシャル・スコア・ブック 娯楽 (バラエティ)」 (2007年10月24日)
  • 「オフィシャル・スコア・ブック スポーツ」(2010年8月25日)
  • 「オフィシャル・スコア・ブック 大発見」(2011年9月30日)
  • 「オフィシャル・スコア・ブック color bars」(2012年11月30日)
  • 「オフィシャル・スコア・ブック 深夜枠」(2012年11月30日)

オフィシャル・ブック[編集]

  • 「チャンネルガイド -東京事変オフィシャルブック-」(2012年2月29日、1万5000部限定販売)

アプリケーション[編集]

  • 「Bon Voyage 東京磁針」(2012年6月13日 - 12月31日)
    • 緯度経度、磁北を指すコンパスアプリ。iOS端末(iPhoneiPad)に対応。
  • 「チャンネルガイド -東京事変オフィシャルブック-」(2012年8月29日)

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2ndアルバムだけでなく1stの時も椎名はデモ音源のギターを弾いてもらっていた。
  2. ^ 4枚目のシングル「本能」やセカンドアルバム『勝訴ストリップ』の頃から。
  3. ^ 『大人』に収録された「秘密」と「手紙」では、前者は伊澤、後者は椎名が単独で編曲を行っている。
  4. ^ 2人の脱退は“dynamite!”ツアーが始まる前には既に決定していたという[32]
  5. ^ この2人が加わったことにより、最終的な顔ぶれとなった。
  6. ^ 堀江博久が出演できない時の代役、後に正式参加。
  7. ^ テレビ朝日系列「ミュージックステーション」に2週連続出演する予定だった。
  8. ^ 東日本大震災直後、YouTubeでファンに向けて急遽公開された岸洋子のカバー曲。

出典[編集]

  1. ^ シングル『修羅場』、アルバム『大人 (アダルト)』ブックレット。
  2. ^ MUSIC STATION (2005年11月4日). “ミュージックステーション”. 2007年6月1日閲覧。
  3. ^ アルバム『スポーツ』ブックレット。
  4. ^ SR NEKOYANAGI LINE Incidents Tokyo”. 黒猫堂. 2014年11月23日閲覧。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]