ヒラマミキオ

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ひらま みきお
出生名 平間 幹央
別名 Micky(ミッキー)、ヒラマ ミキ緒、晝海 幹音、昼海 幹音[注 1]
生誕 1976年5月5日(40歳)
ジャンル J-POP
職業 シンガーソングライター、ギタリスト
担当楽器 ボーカルギター
活動期間 2000年 - 現在
共同作業者 peppermints kiss cafe東京事変、oh sunshine
公式サイト http://www.myspace.com/jetaimemickey

ひらまみきお平間幹央1976年5月5日 - )は日本シンガーソングライターギタリスト北海道札幌市出身。血液型はA型。愛称はMicky(ミッキー)。

人物・来歴[編集]

小学生でギターを始め、中学生の時に初めてエレキギターを購入。高校生で作詞・作曲を始め、19歳でアメリカ人とオーストラリア人の友人たちと地元で箱バン活動を開始する。2000年、23歳で上京し、数々のアーティストのレコーディングやライブセッションに参加する。2001年にはMicky(ミッキー)名義で初のソロアルバム「YUME TO NEGOTO」をリリース、同年にhal山岡広司のバンド「peppermints kiss cafe」にギタリストとして加入(2003年まで活動)。2003年、椎名林檎のバックバンド・東京事変に参加。2004年からはその東京事変に椎名林檎も参加してバンドとして活動を開始、メジャーデビューを果たす。2005年、東京事変を脱退してソロ活動を開始する。2010年には東京在住のアメリカ人シンガーのエミリー・コナーと「oh sunshine」を結成。

東京事変加入時はヒラマミキ緒(サポート時代)、晝海幹音(バンド時代)という名義で活動し、同じ東京事変の「首謀者」である椎名林檎の所属事務所黒猫堂と契約していたが、東京事変脱退の際に名義を昼海幹音に変更、同時に黒猫堂との契約も終了した。現在の名義になったのはアルバム『When I feel the sun in tokyo』の発売の際である。

ギタースタイルは、ハードロックを彷彿させるプレイが特徴で、プレーンな音色とメロディアスなフレーズで魅せてくれるギタリストである。第一期東京事変でのギタースタイルにおいても、大きなアクションと歪んだ音色を特徴とした攻撃的なロック・サウンドが主体で、東京事変最終メンバーギタリストの浮雲のプレイスタイルとは対照的である。

自身のソロやバンドとしての活動以外にも、セッション・ギタリストとして様々なアーティスト(カジヒデキスガシカオなど)のレコーディングやライブに参加。2007年よりエレファントカシマシMONORAL、2010年よりSuperflyのサポートギタリストを務める。

2008年公開の映画「デトロイト・メタル・シティ」(松山ケンイチ主演)にギター演技指導で参加した。

美しい長髪がトレードマークだったが、2007年6月にバッサリと短髪に変更。理由は特に無く、「今まで長髪にしていたのも床屋や美容院が苦手だったため。昔から行くたびに女の子と間違えられて嫌だった」と語っている。現在は再び髪を伸ばしている。

「ハードな」という意味の「銀銀(ぎんぎん)」という独自の言い回しを使用する。

使用機材[編集]

略歴[編集]

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

シングル[編集]

  • Micky/Micky (2000/09/10) ※シングルカセット

その他[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ Micky以外、読みはすべて「ひらま みきお」。

出典[編集]

外部リンク[編集]