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カーズ (バンド)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
カーズ
The Cars
リック・オケイセック
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 マサチューセッツ州ボストン
ジャンル ニュー・ウェイヴ、パワー・ポップ
活動期間 1976年 - 1988年
2010年 - 2011年
2018年
レーベル エレクトラ
共同作業者 ニュー・カーズ
トッド・ラングレン
公式サイト thecars.org
旧メンバー リック・オケイセック(vo、g)
ベンジャミン・オール(vo、b)
エリオット・イーストン(g)
グレッグ・ホークス(key)
デヴィッド・ロビンソン(dr)

カーズ(The Cars)は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン出身のニュー・ウェイヴのロック・バンドである。

キャリア

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長年共に活動を行ってきたリック・オケイセック(リズム・ギター、ボーカル)と、ベンジャミン・オール(ベース、ボーカル)を中核に1976年に結成され、1978年にメジャー・デビューした。バンド名は「全員、車好きだから」という理由で決まった。

メンバーが持ちこんだ「燃える欲望(Just What I Needed)」のデモテープを気に入った地元FM局の人気DJが、自分の番組で繰り返しかけたところ、リクエストが殺到した。これがレコード会社の注目を集め、このデビュー・シングルはヒットとなった[1]。

アルバム『錯乱のドライヴ/カーズ登場』(1978年)は6xプラチナディスク獲得、『キャンディ・オーに捧ぐ』(1979年)は全米アルバムチャート最高3位を記録して、グラミー賞新人賞にノミネートされるなど、デビュー作から立て続けにヒットを続け、その地位を確立していった。最初の2枚のアルバムはロック色が強かったが、音楽はアルバム毎に変化していき、3枚目『パノラマ』(1980年)では実験音楽的要素、4枚目『シェイク・イット・アップ』(1981年)と5枚目『ハートビート・シティ』(1984年)ではポップ色が強まった。

MTVが開局してからはユニークなミュージックビデオが評判を呼び、次々大ヒットが生まれた。全米アルバムチャート最高3位を記録した『ハートビート・シティ』からは4曲のヒットがチャートを賑わせ、中でも1984年のシングル「ユー・マイト・シンク(You Might Think)」は、多くのライバルを押しのけ第1回MTVアウォードを受賞した。最大のヒットとなった「ドライヴ(Drive)」は、1985年のライヴエイドのテーマ曲としても選ばれ、エチオピア飢餓の映像のビデオがデヴィッド・ボウイの司会で同曲に合わせて世界に流されるなど、注目も集めた。このようにアメリカではかなりのヒット曲があるにもかかわらず、日本での人気は低い[要出典]。

作詞・作曲は全般的にオケイセックが担当しているが、作曲の一部やジャケットデザインなどは他のメンバーが担当している。アートワークの良さも評価されている。リードボーカルは、オケイセックとオールが曲により分けあっている。

1988年2月、メンバーは記者会見や解散理由の説明もなくカーズを「すでに解散」していることを確認した。6作目のアルバム『ドア・トゥ・ドア』(1987年)の音楽の方向性があまりにも多様化しすぎ、ファンが戸惑っていた。同アルバムはビルボードアルバムチャートの最高位26位と、それまでのアルバムの売り上げに比べて売り上げが伸びず、それに伴いツアーの観客動員数も減ってきたことにショックを受けた事が原因と言う説もあるが定かではない。メンバーはその後、ソロ活動などで活躍。

2000年に「オールが癌で死亡」したため、完全な形での再結成は不可能となった。

2005年、オリジナル・メンバーのエリオット・イーストン(ギター)、グレッグ・ホークス(キーボード)が、再結成を拒否したオケイセックと死去したオールの代わりのボーカルとしてトッド・ラングレン[注釈 1]を迎えて「ニュー・カーズ」を結成。カーズのヒット曲を中心に、ラングレンの昔のヒット曲やオリジナルの新作も少し加えてライブ活動を行っている。

2010年、オリジナル・メンバーのオケイセック、イーストン、ホークス、デヴィッド・ロビンソン(ドラムス)により活動再開。10月13日には新曲「Blue Tip」の一部がFacebookにて公開された。ビルボード誌によると新しいアルバムが、ニューヨークのMillbrook Sound Studioで録音されている。2011年5月11日には24年ぶりとなる7作目のオリジナル・アルバム『ムーヴ・ライク・ディス』をリリース。

2019年、オケイセックが心臓病のため死去。

メンバー

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解散後は、ソロ活動の他、ウィーザーのプロデューサーとしても手腕を発揮している。3番目の妻は「ドライヴ」のプロモーションビデオに出演していた元スーパーモデルのポーリーナ・ポリスコワ(Paulina Porizkova)。元妻の子供を含め6人の子供の父親でもある。2019年9月15日、心臓病のため死去。
代表曲「燃える欲望」「ドライヴ」などでリードボーカルを担当している。2000年10月3日、すい臓がんのため死去。

ディスコグラフィ

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スタジオ・アルバム

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コンピレーション・アルバム

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  • 『カーズ・グレイテスト・ヒッツ』 - Greatest Hits (1985年、Elektra)
  • 『アンソロジー』 - Just What I Needed: The Cars Anthology (1995年、Elektra)
  • Shake It Up & Other Hits (2001年、Elektra/Rhino)
  • 『ヴェリー・ベスト・オブ・カーズ』 - Complete Greatest Hits (2002年、Elektra/Rhino) ※『The Definitive』のタイトルで再発あり
  • The Essentials (2005年、WEA International)
  • Classic Tracks (2008年、Elektra/Rhino)
  • Greatest Hits & More (2008年、Timeless Media Group)
  • 『ムーヴィング・イン・ステレオ : ベスト・オブ・カーズ』 - Moving in Stereo: The Best of The Cars (2016年、Rhino)

シングル

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  • 「燃える欲望」 - "Just What I Needed" (1978年)
  • 「ベスト・フレンズ・ガール」 - "My Best Friend's Girl" (1978年)
  • "Good Times Roll" (1979年)
  • 「レッツ・ゴー」 - "Let's Go" (1979年)
  • 「オール・アイ・キャン・ドゥ」 - "It's All I Can Do" (1979年)
  • 「ダブル・ライフ」 - "Double Life" (1979年)
  • 「タッチ・アンド・ゴー」 - "Touch and Go" (1980年)
  • "Don't Tell Me No" (1980年)
  • "Gimme Some Slack" (1981年)
  • 「シェイク・イット・アップ」 - "Shake It Up" (1981年)
  • "Cruiser" (1981年)
  • 「シンス・ユーアー・ゴーン」 - "Since You're Gone" (1982年)
  • "Victim of Love" (1982年)
  • "Think It Over" (1982年)
  • 「ユー・マイト・シンク」 - "You Might Think" (1984年)
  • 「マジック」 - "Magic" (1984年)
  • 「ドライヴ」 - "Drive" (1984年)
  • "Hello Again" (1984年)
  • "Why Can't I Have You" (1985年)
  • "Heartbeat City" (1985年)
  • 「トゥナイト・シー・カムズ」 - "Tonight She Comes" (1985年)
  • "I'm Not the One" (remix) (1986年)
  • 「ユー・アー・ザ・ガール」 - "You Are the Girl" (1987年)
  • 「ストラップ・ミー・イン」 - "Strap Me In" (1987年)
  • "Coming Up You" (1988年)
  • "Sad Song" (2011年)

脚注

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注釈

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  1. ↑ 「ハロー・イッツ・ミー」などのヒットやグランド・ファンクなどのプロデュースで知られている。

出典

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  1. ↑ just what I needed the cars anthology allmusic.com 2023年11月4日閲覧

関連項目

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外部リンク

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