ブライアン・イーノ

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ブライアン・イーノ
Brian Eno
ブライアン・イーノ (2006年6月26日撮影)
ブライアン・イーノ (2006年6月26日撮影)
基本情報
出生名 Brian Peter George Eno
別名 Eno
Brian Peter George St. John le Baptiste de la Salle Eno
出生 1948年5月15日(65歳)
イングランドの旗 イングランドサフォーク州、ウッドブリッジ
出身地 イングランドの旗 イングランドロンドン
ジャンル アンビエント
電子音楽
ポップ
アート・ロック
グラム・ロック
職業 音楽プロデューサー
ミュージシャン
担当楽器 シンセサイザー
キーボード
ボーカルギター
ベース
活動期間 1970年 -
レーベル Island
Polydor
E.G
Obscure
Opal
Virgin
Astralwerks
All Saints Records
Rykodisc
共同作業者 ロキシー・ミュージック
デヴィッド・ボウイ
コールドプレイ
トーキング・ヘッズ
ロバート・フリップ
ディーヴォ
U2
公式サイト www.enoshop.co.uk

Cornelius Cardew
John Cage
Terry Riley
Karlheinz Stockhausen
The Velvet Underground
Raymond Scott
Steve Reich
Soft Machine
Silver Apples
Pink Floyd

ブライアン・イーノBrian Eno 本名:Brian Peter George St. Jean le Baptiste de la Salle Eno[1], 1948年5月15日 - )は、イギリスサフォーク州ウッドブリッジ出身の、男性音楽家である(イーノ本人は自らを「ノン・ミュージシャン」と呼んでいる)。作曲家プロデューサー、音楽理論家である。ソロの音楽家としてはおそらく、「アンビエント・ミュージック(環境音楽)」の先駆者として知られている。ちなみに、同じく音楽家として活動しているロジャー・イーノはブライアンの実弟である。

概要[編集]

イプスイッチ・聖ジョセフ・カレッジとウィンチェスター美術学校に在籍しそこで美術を学習する傍ら、電子楽器や音声理論に関心を抱き、結局、音楽の方面に傾倒することとなる。学校にまだ在籍していた1970年代よりアマチュアグループで音楽活動を開始し、アンディ・マッケイの誘いによりロキシー・ミュージック(Roxy Music)に加入した。そのグループではシンセサイザー奏者としてその特異なファッションや音楽スタイルで注目された(加入期間は1971年1月-1973年7月、『ロキシー・ミュージック』と『フォー・ユア・プレジャー』の二枚のアルバムに参加した)。

ロキシー・ミュージックを去った後は、「Here Come The Warm Jets」(1974年)、「Taking Tiger Mountain (by strategy)」(1974年)と独特なロックアルバムを出した後、前衛的な現代音楽ニューエイジ的な作風を採用するようになる。後の「Another Green World」(1975年)、「Ambient 1 / Music for Airports」(1978年)に至っては、グラム・ロック的な派手さが影を潜め、それに換わって前衛音楽の影響やアンビエント的作風が強く見られる。

そのソロ活動と並行して、ロキシー・ミュージックのギタリストであるフィル・マンザネラ、旧西ドイツで活動していたクラスターのメンバーなどと作品を制作してマニアックなサウンドを求めていた当時のロック・シーンに大きな影響を与えた。特に知られるところではデヴィッド・ボウイのアルバムである「ベルリン三部作」(『ロウ』『ヒーローズ』『ロジャー』)の制作に参加したことが挙げられる。また、キング・クリムゾンのギタリストであるロバート・フリップとの交友も深く、何枚かのインストルメンタル的なアルバムを共作している。

また、アンビエント音楽の世界ではハロルド・バッドジョン・ハッセルダニエル・ラノワ等の才能を次々と発掘して、非ロックな音楽に対してもおおいに貢献してきた。

その後も同傾向の作品を発表し続けながら、80年代のロックの新たな動きにも関心を持ち、デヴィッド・ボウイトーキング・ヘッズU2などのアルバムにもプロデュースや演奏などで参加、ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンのコンピレーションアルバム「ノー・ニューヨーク」をプロデュースするなど、その後のアーティストやシーンに影響を与える。その他にも、視覚芸術インスタレーション作品などにも積極的にも参画している。21世紀に入ってからも、ポール・サイモンコールドプレイのアルバム制作に参加した。

エピソード[編集]

マイクロソフト社のオペレーティングシステム、「Windows 95」の起動音「The Microsoft Sound」は彼の作曲によるものである。「The Microsoft Sound.wav」のプロパティには彼の名が記されている。「CHRONICLE POP MUSIC CRITIC」誌の1996年のインタビューによると、マイクロソフトからの依頼は「人を鼓舞し、世界中の人に愛され、明るく斬新で、感情を揺さぶられ、情熱をかきたてられるような曲。ただし、長さは3秒コンマ25」であったという。当時新しいアイデアが思い浮かばずに悩んでいた彼は、これを「待ち望んでいた課題だ」と快諾し、製作にとりかかった。最終的に84個のごく短いフレーズが製作され、その中の一つが「The Microsoft Sound」として提供された。ちなみに、親友ロバート・フリップは後年、Windows OSの後継ソフトである「Windows Vista」のサウンドを担当している。

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

  • DVD-ROM。写真や絵がランダムに映り融合する。融合のパターンは理論的には7700万通り存在する。また、音も同様にランダムに組み合わされる。2006年にラフォーレミュージアム原宿にてこれを使用したインスタレーション展が開催された。2007年には改訂第2版が発売された。

コンピレーション[編集]

  • 1983 Working Backwards 1983-1973
  • 1984 Begegnungen
  • 1985 Begegnungen II
  • 1986 Desert Island Selection
  • 1986 More Blank Than Frank
  • 1993 Instrumental
  • 1993 Eno Box II: Vocals
  • 1994 Eno Box I: Instrumentals
  • 1994 Dali's Car
  • 1995 Here Come the Warm Jets/Another Green World/Before & After Science
  • 1999 Sonora Portraits
  • 2003 Curiosities, Vol. 1
  • 2005 More Music for Films

オブリーク・ストラテジーズ[編集]

オブリーク・ストラテジーズ(Oblique Strategies)は、イーノとピーター・シュミットが共同で制作したカードセット。それぞれのカードに異なる文やフレーズが印刷されている。例は以下の通り。

  • 問題をできる限り明確に文字で述べよ(State the problem in words as clearly as possible. )。
  • 君の最も身近な親友ならどうするだろう?(What would your closest friend do?)
  • 何を増やすべきか?何を減らすべきか?(What to increase? What to reduce?)
  • 誤りを隠れた意図として賞賛せよ。(Honour the error as a hidden intention.)

使用法としては、カードをよく切り、その中から1枚だけ選ぶ。そのカードに記載の文を自分なりに解釈し、自らの創作活動に活用するというものである。現在Enoshopで販売されているものは第五版である。イーノは自身のソロ作品やデビッド・ボウイとのいわゆる「ベルリン三部作」でこのカードセットを使用した。近年では、コールドプレイが「美しき生命」の制作中に使用したことが知られている。同作のプロデュースをイーノが担当している。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • エリック・タム『ブライアン・イーノ』(小山景子訳、水声社、1994年)ISBN 4-89176-302-7

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ミドルネームの内の「St. John le Baptiste de la Salle」は、ラ・サール会の創設者ジャン=バティスト・ド・ラ・サールに由来する。ウィキペディア英語版によれば、母校のイプスイッチ・聖ジョセフ・カレッジはラ・サール会傘下校である。