ノー・ニューヨーク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ノー・ニューヨーク
Various artists の コンピレーション・アルバム
リリース 1978年
録音 ビッグ・アップル・スタジオ
1978年春
ジャンル ノー・ウェーブ
時間 43分46秒
レーベル アンティルス・レコード(en)
プロデュース ブライアン・イーノ
専門評論家によるレビュー
テンプレートを表示

ノー・ニューヨーク(No New York)は、1978年アンティルス・レコード(enアイランド・レコードのサブレーベル)からリリースされたコンピレーション・アルバムである。プロデューサーはブライアン・イーノ。このアルバムには4組のアーティストしか参加していないが、1970年代後半に発生したジャンルであるノー・ウェーブのきっかけとなったアルバムとして知られる。

背景[編集]

1970年代のニューヨークにおいて、ソーホーにあるアーティスト・スペース(en)というギャラリーで、ロックフェスティバルが4日間開かれた[4]。そのライヴの3日目(金曜日)にDNAザ・コントーションズ(en)が出演、つづく最終日(土曜日)にはマーズ(en)とティーンエイジ・ジーザス・アンド・ザ・ジャークス(en)が出演した[4]。そのライヴの観客の中に、トーキング・ヘッズのセカンドアルバム「モア・ソングス」のマスタリングのためにニューヨークに来ていたブライアン・イーノがいた[4]。イーノはこの4組のバンドに興味を持ち、これらのバンドによるノー・ウェーブのコンピレーションを、自ら監修してリリースする案を思いついた[5]

なお、このライヴの様子はオープンリールで録音されたが、消失して現存しない[6]

製作[編集]

DNAのメンバー、アート・リンゼイ

イーノは4バンドにコンピレーションを作る案を持ちかけ、イーノのアパートでミーティングを行った[7]。当初、アーティスト・スペースでのライヴに出演していた他のバンド、例えばグレン・ブランカ(en)率いるセオリティカル・ガールズ(en)などもコンピレーションに参加する案があったが、イーノや4組のバンドの意向によって、結局参加することはなかった[6]。アルバムの構成は、4バンドが各4曲ずつ、計16曲となった。

ミーティングの後、イーノはアイランド・レコードにコンピレーションの構想を持ち込み、ビッグ・アップル・スタジオ(現:グリーン・ストリート・スタジオ)でレコーディングが行われた[8]。しかしイーノは、プロデュースにおいてあまり手を加えず、各バンドの演奏をできるだけ生のまま活かそうとしていた[8]。そのため演奏にほとんど口を挟まず、時にはレコーディング中に雑誌を読んでいることもあった[8]。レコーディングについて、ザ・コントーションズのメンバー、ジェームス・チャンス(en)は「ザ・コントーションズのトラックは、スタジオ内ですべて演奏し、楽器別に録音もせず、多重録音もなし、ただ演奏を記録しただけだ」と語った[5]

しかし、1979年に行われた「The Studio As Compositional Tool」というレクチャーにおいて、イーノは「『ノー・ニューヨーク』に収録された「ヘレン・フォーズデイル」で、私はギターパートのクリック音にエコーをかけ、全体を通してコンプレッサーで音を圧縮させることで、ヘリコプターのブレードのような響きを出した[9]」と語っている。

リリースと評価[編集]

『ノー・ニューヨーク』は、当初アイランド・レコードからのリリースを検討されていたが、内容が実験的過ぎると判断され、サブレーベルのアンティルス・レコードからリリースされたとされる[8]1978年に『ノー・ニューヨーク』のLP盤は発売されたが、ビルボードチャート(en)にはランクインしなかった[1]。またこのアルバムでは、歌詞がレコードスリーブの内側に印刷されており、歌詞を読むためにはスリーブを破らなければいけなかった[2][3]

このアルバムに対しては、さまざまな評価がなされた。例えば批評家のリチャード・C・ウォールズは、『クリーム・マガジン』(en)の1979年4月号で「このアルバムはNOというゆるぎない声明で、リスナーに新しい思考材料を与える」[7]と好意的に評した。また、1981年9月30日-10月6日発行の『ヴィレッジ・ボイス』では、レスター・バングが「身の毛のよだつノイズミュージックへの正統なガイド」「重要な分岐点」[7]として推薦している。

しかし批判的な意見もあり、1979年4月5日号の『ローリング・ストーン』では、「攻撃的なアンチ・メロディ」「反人道主義」として批評し、特にザ・コントーションズ以外のバンドについて「(ティーンエイジ・ジーザス・アンド・ザ・ジャークスは)全く我慢ならない」、「(マーズは)とりわけ魅力的というわけでもない」、「(DNAは)特にオリジナルというわけでもない」などと厳しく評した[7]

廃盤状態と再発[編集]

『ノー・ニューヨーク』は賛否両論となり、多くのリスナーを刺激したが、後にリリース元のアンティルス・レコードが倒産、マスター音源が消失してしまった[8]。その後しばらく同盤が入手しづらい状態になり、ニューヨークのレコードショップなどでは、80ドルで取引されるなど価格が高騰した[8]1995年には『ニューヨーク・タイムズ』で、廃盤となったアルバムのトップ10に『ザ・ビートルズ・スーパー・ライヴ!』や『クラフトワーク』と並んで、『ノー・ニューヨーク』が挙げられた[8]

その後1997年日本でCDとして再発されたのをはじめ、アメリカでも2005年に Lilith Records からCDとLP盤が再発された。再発後のレビューはおおむね好意的で、Allmusicでは「この影響力の大きいアルバムは、今でもニューヨークのノー・ウェーブ運動の決定的な記録である」[1]と評され、『クリーム・マガジン』でも「『ノー・ニューヨーク』の音楽に魅了される人もいるだろうし、信じられないと思う人もいるだろう」とされた。2007年12月には、『ブレンダー・マガジン』(en)で発表された「史上最も優れたインディーロックのアルバム100」の65位に『ノー・ニューヨーク』がランクインした[10]

トラックリスト[編集]

A面
# タイトル 作詞・作曲 アーティスト 時間
1. ディッシュ・イット・アウト ジェームス・チャンス ザ・コントーションズ
2. フリップ・ユア・フェイス チャンス ザ・コントーションズ
3. ジェイデッド チャンス ザ・コントーションズ
4. アイ・キャント・スタンド・マイセルフ ジェームス・ブラウン、編曲:ザ・コントーションズ ザ・コントーションズ
5. バーニング・ラバー リディア・ランチ ティーンエイジ・ジーザス・アンド・ザ・ジャークス
6. ザ・クローゼット ランチ ティーンエイジ・ジーザス・アンド・ザ・ジャークス
7. レッド・アラート ランチ ティーンエイジ・ジーザス・アンド・ザ・ジャークス
8. アイ・ウォーク・アップ・ドリーミング ランチ ティーンエイジ・ジーザス・アンド・ザ・ジャークス
B面
# タイトル 作詞・作曲 アーティスト 時間
9. ヘレン・フォーズデイル ナンシー・アーレン、チャイナ・バーグ、マーク・カニンガム、サムナー・クレーン マーズ
10. ヘアウェーブス アーレン、バーグ、カニンガム、クレーン マーズ
11. トンネル アーレン、バーグ、カニンガム、クレーン マーズ
12. プエルトリコ・ゴースト アーレン、バーグ、カニンガム、クレーン マーズ
13. エゴマニアックス・キス ロビン・クラッチフィールドアート・リンゼイ DNA
14. ライオネル クラッチフィールド、リンゼイ DNA
15. ノット・ムービング クラッチフィールド、リンゼイ DNA
16. サイズ クラッチフィールド、リンゼイ DNA

参加アーティスト[編集]

ザ・コントーションズ[編集]

ティーンエイジ・ジーザス・アンド・ザ・ジャークス[編集]

  • リディア・ランチ — ギター、ヴォーカル
  • ゴードン・スティーヴンソン — ベース
  • ブラッドリー・フィールド — ドラム

マーズ[編集]

  • サムナー・クレーン — ギター、ヴォーカル
  • チャイナ・バーグ — ギター、ヴォーカル
  • マーク・カニンガム — ベース、ヴォーカル
  • ナンシー・アーレン — ドラム

DNA[編集]

その他[編集]

  • ブライアン・イーノプロデュース, カバーデザイン、カバー写真
  • カート・マンカッシ — エンジニア
  • ヴィシェク・ボシェック — エンジニア
  • ロッド・フイ — アシスタントエンジニア
  • スティーブン・ケイスター — カバーデザイン

リリース情報[編集]

発売国 発売日 レーベル フォーマット 型番
アメリカ合衆国 1978年 Antilles Records LP AN-7067
2005年 Lillith Records CD(デジパック仕様)/LP LR102
日本 1997年 Off Note / Cut Out CD ONCO-002
2005年 BRIDGE INC. CD(紙ジャケット仕様、2000枚限定) BRIDGE-036

脚注[編集]

  1. ^ a b c Kristel, Todd. “No New York - Various Artists : Songs, Reviews, Credits, Awards”. Allmusic. 2012年8月7日閲覧。
  2. ^ a b Walls, Richard C.. “No New York - Various Artists”. Creem. 2008年9月2日閲覧。
  3. ^ a b Stosuy, Brandon. “No New York : Pitchfork”. Pitchfork Media. 2008年9月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年9月2日閲覧。
  4. ^ a b c Reynolds, 2006. p.146
  5. ^ a b Reynolds, 2006. p.147
  6. ^ a b 『アフター・アワーズ』(2001) p.40
  7. ^ a b c d 『アフター・アワーズ』(2001) p.38
  8. ^ a b c d e f g 『アフター・アワーズ』(2001) p.41
  9. ^ http://music.hyperreal.org/artists/brian_eno/interviews/downbeat79.htm
  10. ^ The 100 Greatest Indie-Rock Albums Ever — #70 to #61”. ブレンダー・マガジン. 2008年9月21日閲覧。

参考文献[編集]

  • Reynolds, Simon (2006). Rip it Up and Start Again: Postpunk 1978-1984. Penguin. ISBN 0143036726. 
  • 『アフター・アワーズ #15 SPECIAL ISSUE』 After Hours、2001年