カーヴド・エア

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カーヴド・エア
Curved Air
出身地 イングランドの旗 イングランド ロンドン
ジャンル プログレッシブ・ロック
活動期間 1969年 - 1976年、1990年、2008年
レーベル ワーナー・ブラザース・レコード
BTMレコード
公式サイト www.curvedair.com
メンバー ソーニャ・クリスティーナ
クリス・ハリス
ロバート・ノートン
ポール・サックス
アンディ・トゥィーン
ジョージ・ハドソン
旧メンバー ダリル・ウェイ
フランシス・モンクマン
フロリアン・ピルキントン・ミクサ
ロブ・マーティン
アンディ・クリスティ
イアン・アイアー
マイク・ウェッジウッド
エディ・ジョブソン
カービー・グレゴリー
ジム・ラッセル
フィル・コーン
スチュワート・コープランド
ミック・ジャック
ジョン・ペリー
トニー・リーヴス
アレックス・リッチマン
キット・モーガン

カーヴド・エア(Curved Air)は、イギリスプログレッシブ・ロックバンド1970年代に活動し、その後再結成もしている。女性ボーカリストや、ヴァイオリニストを含む編成が特徴で、後にロキシー・ミュージックUKで活動するエディ・ジョブソンポリスのドラマーとして知られるスチュワート・コープランドも一時在籍していた。

来歴[編集]

デビュー前[編集]

フロリアン・ピルキントン・ミクサ、ロブ・マーティン、王立音楽アカデミーの学生だったフランシス・モンクマンが組んでいたアマチュア・バンドに、王立音楽大学ヴァイオリンを学んでいたダリル・ウェイが加わる。当初はシシファス(Sisyphus)と名乗っていたが、テリー・ライリーの楽曲「レインボー・イン・カーヴド・エア」にちなみ、バンド名をカーヴド・エアと改名[1]

1970年、バンドはガルト・マクダーモットが音楽を手掛けたミュージカル『Who the Murder Was』の演奏に参加し、その後、女性歌手のソーニャ・クリスティーナが加入。彼女は、マクダーモットが以前に手掛けたミュージカル『ヘアー』のオリジナル・ロンドン・キャストの一員だった[2]

デビュー - 1972年[編集]

1970年、カーヴド・エアはイギリスのバンドとしては初めてワーナー・ブラザース・レコードとの契約を得る[1]。デビュー前にロブが脱退するというトラブルもあったが、11月発表のデビュー作『エア・コンディショニング』は、全英8位という成功を収める[3]。同作は、ファースト・シングルに選ばれた「今日突然に(It Happened Today)」や、ダリルのテクニックを生かしたインストゥルメンタル「ヴィヴァルディ(Vivaldi)」といった、バンドの代表曲を収録。

次作『セカンド・アルバム』(1971年)からは、シングル「バック・ストリート・ラヴ(Back Street Luv)」が全英4位のヒットとなり、アルバム自体も全英11位に達する[3]。収録曲「ユー・ノウ(You Know)」は後にカテドラルが日本企画のミニ・アルバム『ホプキンス』でカヴァーした。3作目『ファンタスマゴリア -ある幻想的な風景-』(1972年)は、後にソーニャがソロ・アルバム『Songs from the Acid Folk』でセルフ・カヴァーするフォーク・ナンバー「メリンダ(Melinda(More or Less))」や、フランシスが主導権を握った前衛的な楽曲「前にいるのは誰(Whose Sholder Are You Looking over Anyway?)」を含む多彩な内容で、全英20位に達した[3]。しかし、同作に伴うツアーの途中でフランシスが脱退し、後任にカービー・グレゴリーを迎えるが、ダリルとフロリアンも続いて脱退。バンドは、エディ・ジョブソンとジム・ラッセルを迎えてツアーの残りを消化する[4]。ダリルは、ジョン・エサリッジ(後にソフト・マシーンで活動)やイアン・モズレイ(後にマリリオンで活動)と共にダリル・ウェイズ・ウルフを結成。

1973年 - 解散[編集]

ソーニャとマイク・ウェッジウッド(ベース)の2人に、前述のツアーの途中で加入した3人を加えた新編成で『エア・カット』(1973年)発表。同作は、カーヴド・エアの作品の中では唯一CD化が遅れ、長い間廃盤となっていた(2000年代に初CD化)。この頃のアウトテイクは、後に編集盤『ラヴ・チャイルド』としてリリースされる。その後、バンドは一度解散状態となり、エディはブライアン・イーノの後任としてロキシー・ミュージックに加入。ソーニャは再び『ヘアー』に出演した。

1974年、オリジナル・メンバーのダリル、フランシス、フロリアンが復帰し、新たにフィル・コーン(ベース)を迎えて、11月からツアーを開始。12月5日のカーディフ公演と6日のブリストル公演での演奏は、BTMレコード(配給はデラム)から発売されたライブ・アルバム『ライヴ』(1975年)に収録された。ソーニャのボーカルはアグレッシヴなスタイルに変化しており、「バック・ストリート・ラヴ」のサビをオリジナル・ヴァージョンより1オクターヴ上で歌う様子が確認できる。

その後、ソーニャとダリル以外のメンバーは脱退し、フランシスはフィル・マンザネラ等と共演。バンドは、スチュワート・コープランド等を迎えて『ミッドナイト・ワイアー』(1975年)、『エアボーン』(1976年)を発表した後、ダリルが再び脱退。アレックス・リッチマン(キーボード)が加入するが、新たなラインナップでの音源発表はなく、1976年12月には解散。

ソーニャは1980年にソロ・デビュー。スチュワートはポリスのメンバーとして成功を収める。なお、ソーニャとスチュワートは1982年に結婚(後に離婚)。

再結成[編集]

1990年、オリジナル・メンバー5人が再び揃い(ただしロブ・マーティンはゲストとしての参加)、ライブ活動を行う。9月23日の演奏は、2000年に『アライヴ1990』として発表された。

2007年、カーヴド・エア再々結成の話が持ち上がるが、当時ソーニャはMASKで活動していたため、一旦延期となる[5]。そして2008年、ソーニャ、ダリル、フロリアンの3人に、アンディ・クリスティ(ギター)、クリス・ハリス(ベース)の2人の新メンバーを加えた形で再々結成。セルフ・カヴァーを中心に、新曲2曲も収録した、スタジオ録音のアルバムとしては32年ぶりの作品『リボーン』を発表。2009年1月16日・17日には、初の日本公演をCLUB CITTA'で行う[6]。その後、ダリルが再度の脱退をし、後任に一時的にエディ・ジョブソンが加入してツアーを行なうものの、エディもすぐに脱退。2009年後半以降は、ソーニャ、フロリアンの2人の他に、クリス・ハリス、キット・モーガン(ギター)、ロバート・ノートン(キーボード)、ポール・サックス(バイオリン)の6人編成で活動を継続している。

メンバー[編集]

最新ラインナップ[編集]

  • ソーニャ・クリスティーナ (Sonja Kristina) - ボーカル (1970年–1976年、1984年、1988年、1990年、2008年–)
全作に参加
  • クリス・ハリス (Chris Harris) - ベース (2008年–)
『リボーン』以降の作品に参加
  • ロバート・ノートン (Robert Norton) – キーボード (2009年–)
  • ポール・サックス (Paul Sax) – ヴァイオリン (2009年–)
  • アンディ・トゥィーン (Andy Tween) – ドラムス (2017年–)
  • ジョージ・ハドソン (George Hudson) - ギター (2018年-)

その他[編集]

  • ダリル・ウェイ (Darryl Way) - ヴァイオリン、キーボード (1970年–1972年、1974年–1976年、1984年、1988年、1990年、2008年–2009年)
『エア・カット』『ラヴ・チャイルド』、2010年以降の作品を除く全作に参加
初期3作品、『ライヴ』『アライヴ1990』に参加
  • ロブ・マーティン (Rob Martin) - ベース (1970年、1990年スポット参加)
『エア・コンディショニング』制作後に脱退。『アライヴ1990』にゲスト参加。
  • フロリアン・ピルキントン・ミクサ (Florian Pilkington-Miksa) - ドラムス (1970年–1972年、1974年、1990年、2008年–2017年)
初期3作品、『ライヴ』『アライヴ1990』『リボーン』に参加
  • イアン・アイアー (Ian Eyre) - ベース (1970年–1971年)
『セカンド・アルバム』に参加
  • マイク・ウェッジウッド (Mike Wedgwood) - ベース (1971年–1973年)
『ファンタスマゴリア-ある幻想的な風景-』『エア・カット』『ラヴ・チャイルド』に参加
『エア・カット』『ラヴ・チャイルド』に参加
  • カービー・グレゴリー (Kirby Gregory) - ギター (1972年–1973年、2013年–2016年)
『エア・カット』『ラヴ・チャイルド』に参加
  • ジム・ラッセル (Jim Russell) - ドラムス (1972年–1973年)
『エア・カット』『ラヴ・チャイルド』に参加
  • フィル・コーン (Phil Kohn) - ベース (1974年–1975年)
『ライヴ』に参加
『ミッドナイト・ワイアー』『エアボーン』に参加
  • ミック・ジャック (Mick Jacques) - ギター (1975年–1976年)
『ミッドナイト・ワイアー』『エアボーン』に参加
  • トニー・リーヴス (Tony Reeves) - ベース (1975年–1976年)
コロシアムグリーンスレイド。『エアボーン』に参加
  • アレックス・リッチマン (Alex Richman) - キーボード (1976年)
1976年後半のライブのみ参加
  • アンディ・クリスティ (Andy Christie) - ギター (2008年–2009年)
『リボーン』に参加
  • キット・モーガン (Kit Morgan) - ギター (2009年–2013年、2016年-2018年)

ディスコグラフィ[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

  • 『エア・コンディショニング』 - Airconditioning (1970年)
  • 『セカンド・アルバム』 - Second Album (1971年)
  • 『ファンタスマゴリア -ある幻想的な風景-』 - Phantasmagoria (1972年)
  • 『エア・カット』 - Air Cut (1973年)
  • 『ミッドナイト・ワイアー』 - Midnight Wire (1975年)
  • 『エアボーン』 - Airborne (1976年) ※旧邦題『空中漂流』
  • 『ノース・スター』 - North Star (2014年)

ライブ・アルバム[編集]

  • 『ライヴ』 - Curved Air – Live (1975年)
  • 『ライヴ・イン・コンサート』 - Live at the BBC (1995年) ※BBCでのスタジオ・ライブのアーカイヴ。録音は1970年、1971年、1976年。後に『エア・ウェイヴス - ライヴ'70S』 (Air Waves)のタイトルで再発。
  • 『アライヴ1990』 - Alive, 1990 (2000年)
  • 『リボーン』 - Reborn (2008年) ※スタジオ録音の新曲を含む。
  • 『ライヴ・アトモスフィア』 - Live Atmosphere (2012年)

コンピレーション・アルバム[編集]

  • 『ラヴ・チャイルド』 - Lovechild (1990年) ※1973年録音のアウトテイク集
  • 『ベスト・オブ・カーヴド・エア』 - Retrospective (2010年) ※ベスト・アルバム

脚注[編集]

  1. ^ a b Curved Air - Music Biography, Credits and Discography : AllMusic - Biography by Dave Thompson
  2. ^ Various - Hair - Original Cast Recording Of London Production (Vinyl, LP) at Discogs
  3. ^ a b c ChartArchive-Curved Air-
  4. ^ 『セカンド・アルバム』日本盤CD(WPCP-4223)ライナーノーツ(伊藤秀世、1991年3月)
  5. ^ 『BURRN!』2009年2月号p.45
  6. ^ CURVED AIR JAPAN TOUR 2009

外部リンク[編集]