反戦歌

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反戦歌(はんせんか、anti-war song)は、戦争に対する抗議、反戦運動のメッセージを歌詞に込めた楽曲の総称であり、プロテストソングの一種である。具体的に戦争に関わる語句を用いず、暗喩として表現されるものも多い。また、作詞者等に明確な反戦の意図がない楽曲であっても、第三者によって反戦歌としてプロパガンダに用いられたり、逆に放送禁止とされたりすることがある。

特にベトナム戦争当時の反戦フォークは世界的なムーブメントとなったが、現在では幅広いジャンルにおいて様々な反戦歌が歌われている。時として反戦に加えて戦争を遂行する体制・政治家に対する批判を含む。

戦時中の場合、体制批判及び厭戦気分の蔓延を懸念して、反戦歌と見なされる歌曲が放送を禁止あるいは自粛するように求められることがある。たとえば第二次世界大戦中の日本では「戦友」「雪の進軍」といった日清戦争日露戦争の名軍歌が軍隊内で歌唱禁止となった(ただし、これらの『禁止』はあくまで建前としての性格が強かった。詳しくは当該項目参照)。

日本の主な反戦歌[編集]

このほかにも、反戦歌とされながらも関係者がその意図を否定しているもの(ジローズの「戦争を知らない子供たち」、梅原司平の「折り鶴」)など。

日本以外の主な反戦歌[編集]

1950年 - 1960年代
1970年代
1980年 - 1990年代
2000年 - 2010年代

脚注[編集]

  1. ^ “思い一つに 13年ぶり県被団協合同行動 腕組み「原爆を許すまじ」合唱=広島”. 読売新聞・大阪朝刊・広島: p. 31. (2003年7月6日). "写真=反戦歌「原爆を許すまじ」を大合唱する被爆者たち"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  2. ^ “デュークエイセスが結成40周年 日本の歌たっぷりと 19日に記念公演”. 読売新聞、東京夕刊: p. 7. (1005年10月17日). "… 谷川俊太郎・詞、武満徹・曲の反戦歌「死んだ男の残したものは」 ..."  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  3. ^ a b “[昭和時代]戦後転換期(10)若者たちの反乱=中 新宿 騒乱(連載)”. 読売新聞・東京朝刊: p. 15. (2012年6月9日). "ベ平連事務局に出入りしていたグループで、毎週土曜日の夕方、反戦運動のテーマ曲になっていた「ウィー・シャル・オーバーカム」や、反戦歌「自衛隊に入ろう」などを歌う集会を開くようになった。"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  4. ^ a b “[泉]差別撤廃の歌声高らか”. 読売新聞・大阪朝刊: p. 38. (2003年8月24日). "続いて「フランシーヌの場合」「イムジン河」などの反戦歌や、..."  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  5. ^ “編集手帳”. 読売新聞・大阪朝刊: p. 1. (2015年8月16日). "きょうは3月30日の日曜日である。そこから「フランシーヌの場合」という歌を連想した人がいたなら、おおよその年齢は想像がつく◆1969年の3月30日も日曜日だった。その朝、パリでフランシーヌという名の女性が焼身自殺した。平和を訴えた行動と伝えられる。この出来事を題材に日本で作られた反戦歌は大ヒットを記録した◆"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  6. ^ “「さとうきび畑の唄」沖縄戦、家族の悲劇描く 28日にTBS系で”. 読売新聞、東京夕刊: p. 11. (2003年9月12日). "森山良子の反戦歌から発想したドラマ「さとうきび畑の唄(うた)」が … 森山の「さとうきび畑」は、六九年にレコーディングされた。"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  7. ^ 林敏恵 (2014年3月30日). “[気流]8月16日 戦後70年「平和への思い」 大阪本社(投書)”. 読売新聞・大阪朝刊: p. 10. "1974年の第1回広島平和音楽祭で美空ひばりさんが披露した反戦歌が「一本の鉛筆」です。"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  8. ^ “[クミコさんのお品書き]磯辺焼き 持ちこたえた長い下積み”. 読売新聞・東京朝刊: p. 17. (2011年2月7日). "昨年末、「NHK紅白歌合戦」への出場を果たした。… 折り鶴を襟元にあしらった白いドレスを身にまとい、反戦歌「INORI 〜祈り〜」を歌った。"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  9. ^ “第18回ATP賞 「花はどこへ行った―静かなる祈りの反戦歌」がグランプリ”. 読売新聞・東京夕刊: p. 17. (2001年7月24日). "グランプリには、… NHK衛星第二「花はどこへ行った~静かなる祈りの反戦歌」… が選ばれた。同番組は、ベトナム戦争を機に時代を象徴する反戦歌となった曲の背景を探った。"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  10. ^ “[20世紀どんな時代だったのか]番外編 大衆社会の功罪 大阪座談会(連載)”. 読売新聞・東京朝刊: p. 207. (1999年4月8日). "反戦を訴えるワシントン20万人デモやジョーン・バエズの反戦歌「ウイ・シャル・オーバーカム」の世界的広がりは、戦争終結への強い圧力となる。"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  11. ^ “平和の尊さ歩いて訴え 岐阜の橋本直忠さん、四国遍路の旅スタート=徳島”. 読売新聞・大阪朝刊・徳島: p. 35. (2002年11月2日). "キャンプ道具一式を詰め込んだリュックには、米反戦歌「風に吹かれて」の一節 … が書かれている。"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  12. ^ “[サウンズBOX]ポピュラー ミュー「プラス・マイナス」ほか”. 読売新聞・東京夕刊: p. 10. (2015年7月30日). "平和元年/元ちとせ 戦後70年にちなんだ楽曲集。ピート・シーガーの反戦歌「腰まで泥まみれ」や、..."  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  13. ^ 亀渕昭信 (2010年1月1日). “[ツナガルオンガク](1)君の歌 初めて聞こえた(連載)=東京”. 読売新聞・東京朝刊: p. 31. "あのジョン・レノンの「Give Peace a Chance」(1969年)。「平和にチャンスを与えてちょうだい」っていうんですね。ベトナム戦争の時代に作られた反戦歌。今も十分に通用します。邦題は「平和を我等(われら)に」。"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  14. ^ “テロや戦争の犠牲者を追悼 原爆ドーム前で9・11祈りの集い=広島”. 読売新聞・大阪朝刊・広島: p. 31. (2003年9月12日). "午後六時半、市民らは原爆ドームの方を向いて犠牲者に黙とうし、ジョン・レノンの「イマジン」などの反戦歌を歌って平和への思いを新たにしていた。"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  15. ^ “グッドナイト・サイゴンは究極的反戦歌 ビリー・ジョエル語る”. 朝日新聞・夕刊: p. 7. (1988年8月15日). "あの歌は究極的な反戦歌。隣のやつが死んで行く若者の地獄を歌った。"  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧