ジョーン・バエズ

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ジョーン・バエズ
Joan Baez
Joan Baez 1963-original.jpg
1961年
基本情報
出生名 Joan Chandos Baez
生誕 (1941-01-09) 1941年1月9日(76歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州スタテンアイランド
ジャンル フォークフォークロック
担当楽器 ボーカルギターピアノウクレレジャンベ
活動期間 1958年〜現在
レーベル ヴァンガード
A&M
コロムビア
ゴールド・キャッスル
ヴァージン
ガーディアン
公式サイト http://www.joanbaez.com

ジョーン・チャンドス・バエズ: Joan Chandos Baez1941年1月9日 - )は、アメリカミュージシャン。英語の発音だと、「バイエズ」の方が近い。

来歴[編集]

ニューヨーク州スタテン島にてメキシコ系の家に生まれる。彼女の一家は、クエーカー教徒であった。父親のアルバートは物理学者であり、軍需産業への協力を拒否し、それはジョーンの1960年代から現在まで続く公民権運動と反戦活動へ影響を及ぼした。妹のミミ・ファリーニャ(Mimi Fariña1945年4月30日 - 2001年7月19日)もフォーク歌手であった。

歌手としての経歴は、1959年のニューポート・フォーク・フェスティバルから始まった。1960年10月、ファースト・アルバム『ジョーン・バエズ』をヴァンガード・レコードから発売。同作は「ドナドナ」「朝日のあたる家[1]などトラディショナルのフォーク・バラード、ブルースと哀歌が、彼女自身のギターによって演奏された物であった。

1961年9月発売の『ジョーン・バエズ Vol.2(Joan Baez, Vol. 2)』はゴールド・アルバムとなり、翌年リリースされた『ジョーン・バエズ・イン・コンサート 』も同じくゴールド・アルバムを獲得した。バエズは、1960年代初頭から中期に掛けて、アメリカにおけるルーツ・リバイバルの先頭に立ち、自らの聴衆に対し、ブレイク前のボブ・ディランを紹介し、また多くのアーティストは彼女を模倣した。

1968年12月、ディランの作品のみを歌った2枚組のアルバム『Any Day Now』を発表。シングルカットされた「ラヴ・イズ・ジャスト・ア・フォー・レター・ワード」はバエズのコンサートの定番曲のひとつとなった。

1969年、ウッドストック・フェスティバルに出演。

2010年3月、スペイン政府より芸術文学の勲章受勲し、Excelentisima Señora称号を得る。

脚注[編集]

  1. ^ 鈴木カツ 『我が青春のショーン・バエズ』 キングレコード、1998年9月、ライナーノーツ p.3。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]