レボリューション (ビートルズの曲)

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レボリューション
ビートルズ楽曲
英語名 Revolution
リリース 1968年8月28日 (1968-08-28)
録音
ジャンル ハードロック[2][3]
時間 3分21秒
レーベル アップル・レコード
作詞者 レノン=マッカートニー
作曲者 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン
チャート順位

後述を参照

ビートルズ シングル U.K.U.S. 年表
ビートルズ シングル 日本 年表
パスト・マスターズ Vol.2 収録曲
ヘイ・ジュード
(7)
レボリューション
(8)
ゲット・バック
(9)
ミュージックビデオ
「Revolution」 - YouTube
音源
レボリューション1
ビートルズ楽曲
収録アルバム ザ・ビートルズ
リリース 1968年11月22日 (1968-11-22)
録音
ジャンル ブルース[4]
時間 4分17秒
レーベル アップル・レコード
作詞者 レノン=マッカートニー
作曲者 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン

ザ・ビートルズ 収録曲
ロング・ロング・ロング
(C-7)
レボリューション1
(D-1)
ハニー・パイ
(D-2)
ミュージックビデオ

レボリューション」(英語: Revolution)は、ビートルズの楽曲。1968年8月にシングル盤『ヘイ・ジュード』のB面曲として発売された。レノン=マッカートニーの名義となっているが、実質的にはジョン・レノンが作った楽曲で、リード・ボーカルもレノンが担当した。本作にはシングルにB面曲として収録されたアレンジ、アルバムに収録されたスローでブルース調のアレンジ「レボリューション1」(英語: Revolution 1)、「レボリューション1」の後半部分を再構築して作成した「レボリューション9」(英語: Revolution 9)の3種類のアレンジが存在しており、いずれも1968年に録音された。

B面曲ながら、アメリカのBillboard Hot 100チャートで最高位12位を獲得した[5]ほか、オーストラリアやニュージーランドの音楽チャートでは第1位を獲得した[6][7]

曲の背景[編集]

本作の歌詞が書かれた1968年初頭に北ベトナムの攻撃を受けてベトナム戦争に対する抗議活動が激化していた[8]。アメリカでも抗議活動が行われていて、3月17日に2万5000人ものデモ参加者がグローヴナー・スクエア英語版内のアメリカ大使館の外で、警察官と衝突した[9][10]。この前年にも戦争や街頭での暴動、革命の機運が高まっており、同年にビートルズが発表した「愛こそはすべて」はこれに対するメッセージ・ソングだった[11]

1968年よりレノンは世界情勢に対するバンドの見解を、より直接的に訴えるようになっていて、「そろそろ俺たちが、その話をする頃合いだと思ってね。バンドがツアーに出ていたころ、ベトナム戦争についての質問に答えなかったのは、やめにするべきだと思ったのと同じように。俺たちは革命に対しての自分の意見を言いたかった」と語っていた[12][11]

1968年5月にジョージ・ハリスンの自宅でデモ音源(イーシャー・デモ)が録音された際、本作も採り上げられたが、この時は「You say you'll change the consitution(憲法を変えるんだって)」から始まる最後のヴァースを歌わなかった[11]。このヴァースは後にレノンが書き足した部分で、「But if you go carrying picture of Chairman Mao / You ain't going to make it with anyone anyhow(それでも毛沢東の写真を持ち歩いているようじゃ、どこへ行ったって相手にしてもらえないよ)」というフレーズが入っている。このフレーズについて、1972年のインタビューでレノンは「毛沢東についてのフレーズは入れるべきではなかったと思う。あれはスタジオで仕上げをしている時に書いた」と語っている[13][11]

レコーディング[編集]

「レボリューション1」[編集]

「レボリューション」のレコーディングは、1968年5月30日にEMIスタジオの第2スタジオで開始された。なお、この日は『ホワイト・アルバム』のレコーディング・セッションの初日にあたり、本作が同セッションで最初に取り組んだ楽曲にあたる[1]。4トラック・レコーダーのトラック1にレノンのアコースティック・ギター、マッカートニーのピアノリンゴ・スタードラムスが録音され、これをリズム・トラックとして使用[1]。テイク13の録音前には、マッカートニーを主導にフランスで発生した内戦を題材とした即興曲が演奏されたが[1]、これは未発表となっている。

テイク14の録音時にジェフ・エメリックジョージ・マーティンは、ギター用のマイクから異常音を拾うことに気づいた。これはオノ・ヨーコがあらかじめ録音していたさまざまな音の抜粋を流していたことによるもので、これがテイク18のベースとなった。同日に使用されたテープの残りの3つのトラックにレノンの2種類のボーカルとマッカートニーのベースが録音され、トラック2にさまざまな機械音、トラック3に曲の後半部分で聞こえる「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」と同じくフルートにセッティングしたメロトロンの音が録音され、この残ったトラックの中にマッカートニーが「ラヴ・ミー・ドゥ」のサビを歌っている声やレノンのボーカル・パフォーマンスも録音された[1]。このテイク18は、2018年に発売された『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム) (スーパー・デラックス・エディション)』に収録されている[注釈 1]

翌日にテイク18に入っているギター、ベース、ドラムス、ピアノをトラック1に、2種類のボーカルをトラック4にまとめてミックスし、別の4トラック・レコーダーに移された。レノンは、なかなかこの曲のボーカルで気に入ったテイクが録れず、挙句の果てにはスタジオの床に寝転がってボーカル録りを行った[1]。その後にレノン、マッカートニー、ハリスンのバッキング・ボーカルをトラック2とトラック3に録音し、6月1日にスターのドラムスとマッカートニーのオルガンが加えられ、テープ・ループが2本作成された[1]

レノンはこのテイクのシングル化を望んだが、マッカートニーとハリスンは論争を招きかねないことと、シングルにしてはテンポがスロー過ぎること等を理由として却下した[14][注釈 2]。ちなみに元々のスロー・バージョンは前半と後半で2つの曲に分けられ、前半部分は「レボリューション1」、後半部分は新たな音を追加・再構成して「レボリューション9」として、アルバム『ザ・ビートルズ』に収録されている。

「レボリューション」[編集]

7月9日にテンポを上げ、2本のギターとベース、ドラムス、そしてオルガンのみというシンプルな編成でレコーディングしなおすことを決定し、EMIスタジオの第3スタジオでリハーサルを行った[1]。この時のリハーサル音源の抜粋が『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム) (スーパー・デラックス・エディション)』に「レボリューション (アンナンバード・リハーサル)」(英語: Revolution (Unnumbered rehearsal))というタイトルで収録されている。同リハーサル音源は、後にシングルとしてリリースするアレンジへの過渡期にあたり、こちらではレノンとハリスンのギターの音がクリーンな音になっている[1]

7月10日に2本のギターがそれぞれトラック1とトラック2、スターのドラムスがトラック3に録音して、テイク10が作成された。ギターの音はDIT(Direct Injection Transformer)ボックスを駆使して、直接ミキシング卓につながれ、過負荷をかけられたミキシング卓のマイク・アンプによってディストーションがかけられた[1][15][注釈 3]。マーティンは「この曲ではディストーションを利用したが、エンジニアたちからは山のようにクレームが来た。でも、それがあの曲のポイントだった。もっとも実際には限界を越えていたがね」と語っている[1]。その後テイク10がベストとされ、トラック4にスネアドラム手拍子が追加された。後に2本のギターが別の4トラック・レコーダーのトラック1にまとめられ、ドラムスとパーカッションがトラック2にミックスされた。

7月11日にニッキー・ホプキンスエレクトリック・ピアノが追加され、当時「レボリューション No.2」と呼ばれていたバージョンの最終的なミックスがテイク16となった[1]。その後エレクトリックピアノとレノンの2種類のリード・ボーカルと3番目のギター・パートがトラック3にミックスされ、トラック4にマッカートニーのベースが録音された[1]。なお、以前のテイクのキーはAメジャーだったが、リメイクバージョンは半音高いB♭に変更された[17]

1969年末にアメリカ編集盤『ヘイ・ジュード』のためにステレオ・ミックスが作成された。英国では1973年4月リリースの『ザ・ビートルズ1967年〜1970年』で初めて発表され、CDでは1988年3月にリリースされたアルバム『パスト・マスターズ Vol.2』に収録された。なお、レノンはステレオ・ミックスの仕上がりに満足しておらず、「あいつらはヘヴィなレコードを、アイスクリームに変えやがった」と不満をもらしている[17]

ミュージック・ビデオ[編集]

「レボリューション」のミュージック・ビデオは、「ヘイ・ジュード」と共に1968年9月4日に撮影されたもので、いずれのミュージック・ビデオもマイケル・リンゼイ=ホッグが監督を務めた[18]。演奏パートはシングルの音源から流用されたが、ボーカルのみライブ録音となっており[19] 、ビデオでは曲冒頭のシャウトをマッカートニーが担当している。なお、ミュージック・ビデオでのボーカル・パートには、「レボリューション1」の要素が見られ[20]、曲の途中でマッカートニーとハリスンが「shoo-bee-doo-wap」というコーラスを入れているほか[21]、レノンが「暴力革命の仲間に入れるなよ(count me out)」というフレーズの直後に「加えろよ(in)」と歌っている[15]

CMでの使用に関する訴訟[編集]

1987年にナイキは、ビジブルエアを初めて搭載したエアマックスとエアエースを発売し、「スポーツシューズの革命」をするべく、同年3月より広告宣伝費700万ドルをかけてキャンペーンCMを制作し、CMソングとして使用した[22][23]

これについてメンバー及びアップル・レコードが「楽曲を無断使用したうえに[注釈 4]、その価値を汚した」という理由で、1500万ドルの損害賠償を請求する裁判を起こした。メンバーたちは「僕らはいかなる企業のジングルも歌っておらず、商品の宣伝に加担するつもりはない」との共同声明を発表した[23]。ナイキは「自社に非はない」として、本作を使用したキャンペーンCMを約1年にわたって放送し、裁判進行中には「Air Revolution」というバスケットシューズが発売された[23]

1989年11月にナイキとアップル・レコードが和解し、この一件は終結となった[24][23]

演奏[編集]

※出典[25]

カバー・バージョン[編集]

トンプソン・ツインズによるカバー[編集]

レボリューション
トンプソン・ツインズシングル
初出アルバム『フューチュアー・デイズ英語版
B面 ザ・フォース・サンデー
リリース
ジャンル
時間
レーベル アリスタ・レコード
作詞・作曲 レノン=マッカートニー
プロデュース
チャート最高順位
後述を参照
トンプソン・ツインズ シングル 年表
  • レボリューション
  • (1985年 (1985)
フューチュアー・デイズ英語版 収録曲
ユー・キルド・ザ・クラウン
(A-4)
レボリューション
(A-5)
キング・フォー・ア・デイ
(B-1)
ミュージックビデオ
「Revolution (Without News Version)」 - YouTube
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トンプソン・ツインズは、1985年に発売したアルバム『フューチュアー・デイズ英語版』で、「レボリューション」をカバーした[27]。アルバムの発売に先立ち、7月13日にジョン・F・ケネディ・スタジアムで開催されたライブエイドで、ナイル・ロジャース[28]マドンナスティーヴ・スティーヴンスと共に本作を演奏した[29]

「レボリューション」は、1985年9月に発売された『フューチュアー・デイズ』に収録された楽曲でスティーブンスが参加した3曲のうちの1曲で、後にB面に「ザ・フォース・サンデー」を収録したシングル盤として発売された[30]ミュージック・ビデオも制作され、監督はマイヤート・エイビス英語版が務めた[30]

トンプソン・ツインズによるカバー・バージョンは、全英シングルチャートで最高56位を獲得[31]し、5週にわたってチャートに登場した[32]

ストーン・テンプル・パイロッツによるカバー[編集]

ストーン・テンプル・パイロッツは、2001年10月にニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールで開催されたレノンのトリビュート・コンサート『ジョン・レノン・トリビュート〜カム・トゥゲザー英語版』で演奏した[22]。後にスタジオでレコーディングした音源が、2001年11月27日にシングルとして発売され[33]、アメリカのMainstream Rockチャートで最高位30位を獲得した[34]

その他のアーティストによるカバー[編集]

「レボリューション1」は、同じくアルバム『ザ・ビートルズ』に収録の「ピッギーズ」「ヘルター・スケルター」「レボリューション9」などの楽曲とともに[35]、カルト指導者のチャールズ・マンソンによって殺人の啓示と解釈され、1969年8月9日にマンソンと彼が率いるファミリーはテート・ラビアンカ殺人事件英語版を引き起こした[36][37]。1976年にマンソンを題材としたテレビ映画『Helter Skelter』が放送され、グリーンスプーン英語版によるカバー・バージョンが使用された[38]

このほか、アニマ・サウンド・システム英語版ビリー・ブラッグ英語版ブラザース・フォアイナフ・ズナフジュールズ・ホランド英語版ケニー・ニール英語版レックレス・ケリー英語版ステレオフォニックスジム・スタージェストリクスターらによって演奏された[39]

チャート成績[編集]

収録アルバム[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ ただし、タイトルは「Revolution 1 (Take 18)」となっている。
  2. ^ レノンは1980年に「確かにヒット・シングルが何たるかを考えたら、そうなのかもしれない。でもビートルズならスローで分かりやすいバージョンでもシングルとして出せたはずなんだ。それがゴールド・レコードになろうと、木のレコードになろうとね」と語っている[1]
  3. ^ ただし、テクニカル・エンジニアのブライアン・ギブソンによるとこのギター音はオーバー・ドライヴによって作り上げたものであると証言していた[16]
  4. ^ 実際には当時ビートルズの楽曲の権利を所有していたマイケル・ジャクソンとレコード会社に対して、25万ドルの使用料が支払われていたが、ビートルズの演奏を使用するにはメンバー及びレノンの未亡人であるオノ・ヨーコの許諾が必要だった[23]
  5. ^ ミュージック・ビデオではマッカートニーが担当。
  6. ^ CD版にはショート・バージョン、配信版やDVD版にはフル・バージョンで、それぞれ収録されている。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o White Album 2018, p. 29.
  2. ^ Du Noyer 1996, p. 59.
  3. ^ Doggett 2007, p. 176.
  4. ^ Lifton, Dave (2015年8月26日). “Revisiting the Beatles' First Apple Release, 'Revolution'”. Ultimate Classic Rock. 2020年7月29日閲覧。
  5. ^ a b The Hot 100 Chart”. Billboard (1968年9月21日). 2020年7月29日閲覧。
  6. ^ a b Go-Set Australian charts - 9 October 1968”. poparchives.com.au (1968年10月9日). 2020年4月13日閲覧。
  7. ^ a b The Beatles”. Flavour of New Zealand. 2020年4月13日閲覧。
  8. ^ MacDonald 1994, p. 248.
  9. ^ Philo 2015, p. 138-139.
  10. ^ Burley, Leo (2008年3月9日). “Jagger vs Lennon: London's riots of 1968 provided the backdrop to a rock'n'roll battle royale”. The Independent. https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/music/features/jagger-vs-lennon-londons-riots-of-1968-provided-the-backdrop-to-a-rocknroll-battle-royale-792450.html 2020年4月13日閲覧。 
  11. ^ a b c d White Album 2018, p. 28.
  12. ^ The Beatles (2000). The Beatles Anthology. San Francisco, CA: Chronicle Books. p. 298. ISBN 978-0-8118-2684-6. https://archive.org/details/beatlesanthology0000unse 
  13. ^ Doggett 2007, p. 175.
  14. ^ MacDonald 1994, p. 220.
  15. ^ a b Everett 1999, p. 178.
  16. ^ バビアック, アンディ『Beatles Gear』坂本信(訳)、リットーミュージック、2002年、222-223頁。ISBN 978-4845607983
  17. ^ a b White Album 2018, p. 30.
  18. ^ Miles 2001, p. 309.
  19. ^ Unterberger 2006, p. 212.
  20. ^ Greene 2016, p. 52.
  21. ^ Riley 2011, pp. 412-413.
  22. ^ a b Womack 2014, p. 760.
  23. ^ a b c d e ““Revolution”をめぐる Nike と The Beatles の知られざる裁判の結末”. HYPEBEAST.JP (HYPEBEAST LIMITED.). (2018年5月6日). https://hypebeast.com/jp/2018/5/revolution-nike-the-beatles-trial 2020年4月13日閲覧。 
  24. ^ Kozinn, Allan (1989年11月10日). “Beatles and Record Label Reach Pact and End Suit”. The New York Times. https://www.nytimes.com/1989/11/10/arts/beatles-and-record-label-reach-pact-and-end-suit.html 2020年4月13日閲覧。 
  25. ^ MacDonald 1994, p. 223, 237.
  26. ^ MacDonald 1994, p. 237.
  27. ^ Lent, Jason (2018年7月5日). “Science Fiction: A Brief History of Thompson Twins”. Revolutions Per Minute. Hard Rock Cafe. 2020年10月2日閲覧。
  28. ^ Fulton, Rick (2015年4月10日). “Eightes pop legends the Thomson Twins on playing Live Aid ... with Madonna as a backing singer”. Daily Record. https://www.dailyrecord.co.uk/entertainment/celebrity-interviews/eightes-pop-legends-thomson-twins-5488178 2020年10月2日閲覧。 
  29. ^ Cornell, Jeff (2015-07-13). “Live Aid Turns 30: U2, Madonna, Led Zeppelin Reunion & More Highlights”. Billboard. https://www.billboard.com/articles/columns/music-festivals/6627376/live-aid-30th-anniversary-highlights 2020年10月2日閲覧。. 
  30. ^ a b Thomas, Bryan (2017-05-08). “You say you want a 'Revolution': Thompson Twins and 1986's 'most requested videos'”. Night Flight. http://nightflight.com/you-say-you-want-a-revolution-thompson-twins-and-1986s-most-requested-videos/?safari_redirect 2020年10月2日閲覧。. 
  31. ^ a b "Official Singles Chart Top 100". UK Singles Chart. 2020年10月2日閲覧。
  32. ^ Thompson Twins - Revolution”. Official Charts Company. 2020年10月2日閲覧。
  33. ^ Wiederhorn, Jon (2001年11月1日). “Stone Temple Pilots Launch 'Revolution' for WTC Victims”. MTV News (MTV). http://www.mtv.com/news/articles/1450470/20011101/story.jhtml 2020年10月2日閲覧。 
  34. ^ “Mainstream Rock Tracks (December 1, 2001)”. Billboard: 95. (1 December 2001). https://books.google.com/books?id=JRIEAAAAMBAJ&lpg=PA7&pg=PA95. 
  35. ^ Quantick 2002, p. 190-192.
  36. ^ Schaffner 1978, p. 115-116.
  37. ^ Doggett 2007, p. 305-306.
  38. ^ Womack 2014, p. 762.
  39. ^ Fontenot, Robert. “The Beatles Songs: 'Revolution' – The history of this classic Beatles song”. oldies.about.com. 2015年3月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月13日閲覧。
  40. ^ Hoffmann, Frank (1983). The Cash Box Singles Charts, 1950-1981. Metuchen, NJ: The Scarecrow Press 
  41. ^ Goberman, Andy (chart ed.) (28 September 1968). “100 Top Pops”. Record World. https://www.americanradiohistory.com/Archive-Record-World/60s/68/RW-1968-09-28.pdf. 
  42. ^ "Charts.org.nz – Thompson Twins – Revolution". Top 40 Singles. 2020年10月2日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]