ジョンとヨーコのバラード

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ジョンとヨーコのバラード
ビートルズシングル
B面 オールド・ブラウン・シュー
リリース
規格 7インチシングル
録音
ジャンル
時間
レーベル アップル・レコード
作詞・作曲 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン
ゴールドディスク
後述を参照
チャート最高順位
後述を参照
ビートルズ シングル U.K.U.S. 年表
ビートルズ シングル 日本 年表
パスト・マスターズ Vol.2 収録曲
ドント・レット・ミー・ダウン
(10)
ジョンとヨーコのバラード
(11)
オールド・ブラウン・シュー
(12)
ミュージックビデオ
「The Ballad Of John And Yoko」 - YouTube
音源
「The Ballad Of John And Yoko (Take 7)」 - YouTube
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ジョンとヨーコのバラード」(原題 : The Ballad of John and Yoko)は、ビートルズの楽曲である。レノン=マッカートニー名義となっているが、ジョン・レノンによって書かれた楽曲で[4]、歌詞はレノンがオノ・ヨーコと再婚した際に生じた騒動を綴ったもの。1969年5月にシングル盤として発売され、全英シングルチャートで17作目の首位を獲得したシングルで、同チャートで首位を獲得した最後のシングルとなった。アメリカでは、Billboard Hot 100では最高位8位を獲得したが、一部フレーズが問題視されて放送禁止処置を受けた。

背景[編集]

1969年3月に、レノンとオノは、ジブラルタルで結婚式が執り行った。その後、新婚旅行先のアムステルダムのヒルトン・ホテル702号室でベッド・インを行った[1]。レノンは新婚旅行で訪れたパリで本作を書いており[5]、歌詞は前述の結婚式やアムステルダムでのベッド・イン、バギズムなど、1969年3月から4月にかけてのレノンとオノの日記を写し取ったような内容となっている[6][1]。1969年5月に行われたNME誌のインタビューで、レノンは本作について「ジョニー・B.ペイパーバック・ライター」「僕らが結婚して、パリに行って、アムステルダムに行って―といった話をそのまましてるだけ」と語っている[5][1]

4月14日にレノンは、ロンドンのセント・ジョンズ・ウッドにあるポール・マッカートニーの自宅に本作を持ち込み、その夜に行われるレコーディングに熱を上げていた[7][8]。曲の歌詞を書き留めていたノートには、「You can marry in Gibraltar in Spain(スペインのジブラルタルで結婚できる)」とされていたが、後のレコーディング時には「You can get married in Gibraltar near Spain(スペインの近くのジブラルタルで結婚できる)」に変更されたため、スペインで放送禁止処分を受けた[1]。また、「They're going to crucify me(連中は僕を磔にする)[注釈 1]」というフレーズについて、マッカートニーはかつてレノンのキリスト発言をきっかけに引き起こされた論争を思い出して警戒していたが、レノンが押し切ったことによりそのままとなった[9]。なお、レノンもサビの歌詞が原因で論争が起きることを意識していたことから、アップル・コアのプロモーション部門に勤めていたトニー・ブラムウェルに宛てた手紙で、「事前のパブリシティはなし。とくにキリスト絡みのくだりは、あんまりあちこちで聴かせてまわらないこと。そんな真似をすると連中は怖じ気づいてしまう。その前にプレスしてくれ」と警告している[1]

レコーディング[編集]

「ジョンとヨーコのバラード」のレコーディングは、1969年4月14日にEMIスタジオの第3スタジオで行われた[1]。同日はリンゴ・スターが映画『マジック・クリスチャン』の撮影、ジョージ・ハリスンも体が空かなかったことから、レノンとマッカートニーの2人だけでレコーディングが行われた[8][10][1]。当時についてマッカートニーは「ジョンとヨーコが僕を訪ねてきた。そしたらジョンが『僕とヨーコのことを歌った曲があって、とにかく早くレコーディングがしたいんだ。今すぐ国でもスタジオに電話して、時間が取れるかどうかを確かめてもいい。ベースとドラムは君がやってくれないか』と言い出した。それなら僕に出来るのがわかっていたからさ」と振り返っている[1]

グループ内でアップル・コアの財務を外部の実績者に誰を委任するのかという点で、グループが分断されていた[注釈 2]時期に行われたセッションであったが、作業はスムーズに行われたとされている[1]。レコーディング中にレノンは「もう少しテンポを上げてくれ、リンゴ」とマッカートニーに声をかけ、これを受けてマッカートニーが「OK、ジョージ」と答えた[8][1]。このやりとりは、2019年に発売された『アビイ・ロード (スーパー・デラックス・エディション)』のCD2に収録のテイク7で確認できる[1]。また、本作のレコーディングでは、1968年7月のアルバム『ザ・ビートルズ』のセッションの途中で辞していたジェフ・エメリックが復帰している[1]

オーバー・ダビング用にはテイク10が採用されたが、当初あまり確信がもてなかったマッカートニーが「他のテイクの方が良かったかも」とレノンに告げ、キーをGに上げて新たなテイクが録音されたが、最終的にテイク10で合意することとなった[1]。テイク10はトラック2にアコースティック・ギター、トラック3にドラムス、トラック4にレノンのボーカルという内訳になっていた[1]。トラック1に対してマッカートニーがベースをオーバー・ダビングし、トラック5にレノンがエレクトリック・ギターを追加した[1]。その後、トラック6に追加のエレクトリック・ギターのパートとピアノ、トラック7にマッカートニーのバッキング・ボーカル、トラック8にマッカートニーのマラカスとレノンがギターの背を叩く音をオーバー・ダビングして、本作は完成となった[1]

本作のアウトロは、ジョニー・バーネットが1957年にリリースした「ロンサム・ティアーズ・イン・マイ・アイズ英語版」のイントロに触発されたもので、ビートルズは1963年にBBCラジオで同作を演奏しており、当時の音源は『ザ・ビートルズ・ライヴ!! アット・ザ・BBC』で聴くことができる。

セッションにしていなかったスターは、本作について「『ホワイ・ドント・ウィ・ドゥ・イット・イン・ザ・ロード』もポールと僕の2人だけだったけれど、ビートルズの曲になってるだろ。この曲のドラムスは上出来だ」と勝っており、ハリスンは「レコーディングに参加できなくても気にはならない。僕の知ったことではないし。仮にタイトルが『ジョンとジョージとヨーコのバラード』だったとしたら、参加してたかも」と語っている[12][1]

リリース[編集]

レノンは、シングルでの発売を待ちきれずにいたが、レコーディングが行われた1969年4月にはビートルズのシングル『ゲット・バック』の発売が控えていたため、本作の発売は翌月に回された[13]。1969年5月30日にイギリスでシングル盤が発売され、B面にはジョージ・ハリスン作の「オールド・ブラウン・シュー」が収録された[14]。アメリカでは6月4日に発売された。英国とヨーロッパでは、本作が初めてステレオ盤のみで発売されたビートルズのシングルであり[注釈 3]、この関係からモノラル・ミックスが作成されていない。

シングルは全英シングルチャートで17作目かつ最後の第1位を獲得し[15]、アメリカのBillboard Hot 100では最高位8位を獲得した[16]。アメリカでは、「Christ!」と「They're going to crucify me」というフレーズが、イエス・キリストを冒涜していると問題視され、WABCやWLSなどのラジオ曲で放送禁止処分を受けた。このため、アメリカでは最もチャート成績が低いビートルズのシングル曲となっている[1]

日本では1969年7月10日に発売されたが、独自の邦題が付けられている[注釈 4]

オリジナル・アルバムには未収録となっており、アメリカではキャピトル編集盤『ヘイ・ジュード』、イギリスではコンピレーション・アルバム『ザ・ビートルズ1967年〜1970年』で初収録となった。以降、『リヴァプールより愛を込めて ザ・ビートルズ・ボックス』、『パスト・マスターズ Vol.2』、『ザ・ビートルズ1』などのコンピレーション・アルバムにも収録された。

演奏[編集]

※出典[17][1]

チャート成績[編集]

認定[編集]

国/地域 認定 認定/売上枚数
アメリカ合衆国 (RIAA)[31] Gold 1,000,000^

*認定のみに基づく売上枚数
^認定のみに基づく出荷枚数

収録アルバム[編集]

カバー・バージョン[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 当初は曲名にもなっていた[1]
  2. ^ マッカートニー以外の3人はアラン・クレインの起用を主張し、マッカートニーは妻のリンダの父であるリー・イーストマンへの委任を主張していた[11]
  3. ^ 米・日では前作『ゲット・バック/ドント・レット・ミー・ダウン』からステレオでリリースされた。本作以降、世界共通でステレオ盤のみでの発売となっているが、最後のオリジナル・シングル盤『レット・イット・ビー/ユー・ノウ・マイ・ネーム』のみ、A面ステレオ、B面モノラルという変則的なフォーマットで発売された。
  4. ^ アルバム『リボルバー』以降、ビートルズの楽曲に独自の邦題を付けることをやめ、オリジナルのタイトルをカタカナ書きにしたものを邦題としていたが、"All You Need Is Love"への邦題「愛こそはすべて」と本作は例外である。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v Abbey Road 2019, p. 15.
  2. ^ Unterberger, Richie. The Ballad of John and Yoko - The Beatles - オールミュージック. 2020年9月13日閲覧。
  3. ^ Greene 2016, p. 68.
  4. ^ Fontenot, Robert (2010年). “The Ballad of John and Yoko”. About.com. 2018年10月30日閲覧。
  5. ^ a b Sutherland 2003, p. 60.
  6. ^ Guesdon & Margotin 2013, p. 542.
  7. ^ Smith 1988, PAUL: "John came to me and said, 'I've got this song about our wedding and it's called The Ballad of John And Yoko.' He came around to my house, wanting to do it really quick. He needed to record it so we just ran in and did it.".
  8. ^ a b c Miles 1997, p. 551.
  9. ^ Guesdon & Margotin 2013, p. 544.
  10. ^ Lewisohn 2005, p. 173.
  11. ^ デヴィス, ハンター『増補版 ビートルズ』小笠原豊樹・中田耕治(訳)、草思社、1998年、349頁。ISBN 978-4794202888
  12. ^ The Beatles 2000, p. 333.
  13. ^ Winn 2009, p. 278.
  14. ^ Lewisohn 2005, p. 177.
  15. ^ a b "Official Singles Chart Top 100". UK Singles Chart. 2020年9月13日閲覧。
  16. ^ a b The Hot 100 Chart”. Billboard (1969年7月12日). 2020年9月13日閲覧。
  17. ^ MacDonald 2005, p. 345.
  18. ^ Kent, David (2005). Australian Chart Book (1940-1969). Turramurra: Australian Chart Book. ISBN 0-646-44439-5 
  19. ^ "Austriancharts.at – The Beatles – The Ballad of John and Yoko" (in German). Ö3 Austria Top 40. 2020年9月13日閲覧。
  20. ^ "Ultratop.be – The Beatles – The Ballad of John and Yoko" (in Dutch). Ultratop 50. 2020年9月13日閲覧。
  21. ^ Item Display - RPM - Library and Archives Canada”. RPM. Library and Archives Canada (1969年7月14日). 2020年9月13日閲覧。
  22. ^ "The Irish Charts – Search Results – The Ballad of John and Yoko". Irish Singles Chart. 2020年9月13日閲覧。
  23. ^ "Dutchcharts.nl – The Beatles – The Ballad of John and Yoko" (in Dutch). Single Top 100. 2020年9月13日閲覧。
  24. ^ Flavour of New Zealand, 1 August 1969”. Flavour of New Zealand. 2020年9月13日閲覧。
  25. ^ "Norwegiancharts.com – The Beatles – The Ballad of John and Yoko". VG-lista. 2020年9月13日閲覧。
  26. ^ Swedish Charts 1966-1969/Kvällstoppen - Listresultaten vecka för vecka > Juni 1969” (Swedish). hitsallertijden.nl. 2020年9月13日閲覧。
  27. ^ "Swisscharts.com – The Beatles – The Ballad of John and Yoko". Swiss Singles Chart. 2020年9月13日閲覧。
  28. ^ Hoffmann, Frank (1983). The Cash Box Singles Charts, 1950-1981. Metuchen, NJ & London: The Scarecrow Press, Inc. pp. 32-34 
  29. ^ Offizielle Deutsche Charts - The Beatles - The Ballad of John and Yoko”. GfK Entertainment. 2020年9月14日閲覧。
  30. ^ Swiss Year-End Charts 1969”. swisscharts.com. 2020年9月13日閲覧。
  31. ^ "American single certifications – The Beatles – The Ballad of John and Yoko". Recording Industry Association of America. 2020年9月13日閲覧 If necessary, click Advanced, then click Format, then select Single, then click SEARCH
  32. ^ Oh! Calcutta! - Ron Anthony | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年12月15日閲覧。
  33. ^ The Plastic Cow Goes Moooooog - Mike Melvoin | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年12月15日閲覧。
  34. ^ The Beatles Album - Percy Faith Strings | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年12月15日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

先代:
  • トミー・ロウ
  • 「ディジー」
全英シングルチャート 第1位
1969年6月11日 - 6月25日(3週)
次代: