プリーズ・プリーズ・ミー (曲)

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プリーズ・プリーズ・ミー
Please Please Me
ビートルズシングル
リリース イギリスの旗1963年 (single record = monaural version)
1963年4月26日 (stereo version)
アメリカ合衆国の旗1963年2月25日
日本の旗1964年3月5日
録音 1962年11月26日
EMI・レコーディング・スタジオ
ジャンル ロック
時間 2分2秒 (single CD version)
2分0秒 (stereo version)
1分59秒 ("The Beatles Anthology 1" version)
レーベル パーロフォン (イギリス)
Vee-Jay (アメリカ)
作詞・作曲 マッカートニー=レノン
チャート最高順位
  • 1位 (イギリス)※メロディー・メイカー誌による
  • 1位(日本、ミュージック・マンスリー洋楽チャート、1964年当時[1]
  • 3位 (アメリカ)
ビートルズシングル盤 U.K. 年表
ラヴ・ミー・ドゥ
b/w
P.S.アイ・ラヴ・ユー
(1962年)
プリーズ・プリーズ・ミー
b/w
アスク・ミー・ホワイ
(1963年)
フロム・ミー・トゥ・ユー
b/w
サンキュー・ガール
(1963年)
ビートルズシングル盤 U.S. 年表
プリーズ・プリーズ・ミー
b/w
アスク・ミー・ホワイ
(1963年)
フロム・ミー・トゥ・ユー
b/w
サンキュー・ガール
(1963年)
ビートルズシングル盤 U.S. 年表
抱きしめたい
b/w
アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア
(1963年)
プリーズ・プリーズ・ミー
b/w
フロム・ミー・トゥ・ユー
(1964年)
ツイスト・アンド・シャウト
b/w
ゼアズ・ア・プレイス
(1964年)
ビートルズシングル盤 日本 年表
抱きしめたい
b/w
ジス・ボーイ
(1964年)
プリーズ・プリーズ・ミー
b/w
アスク・ミー・ホワイ
(1964年)
シー・ラヴズ・ユー
b/w
アイル・ゲット・ユー
(1964年)
プリーズ・プリーズ・ミー 収録曲
A面
  1. アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア
  2. ミズリー
  3. アンナ
  4. チェインズ
  5. ボーイズ
  6. アスク・ミー・ホワイ
  7. プリーズ・プリーズ・ミー
B面
  1. ラヴ・ミー・ドゥ
  2. P.S.アイ・ラヴ・ユー
  3. ベイビー・イッツ・ユー
  4. ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット
  5. 蜜の味
  6. ゼアズ・ア・プレイス
  7. ツイスト・アンド・シャウト
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プリーズ・プリーズ・ミー」("Please Please Me")は、1963年1月ビートルズが発売した2枚目のオリジナル・シングル曲。

解説[編集]

クレジットはマッカートニー=レノン。実質的にはジョン・レノンの作った楽曲である。リード・ヴォーカルはジョン・レノン。また、ハーモニカ(クロマチック・ハーモニカ)をジョン、ジョンおよびジョージ・ハリスンギター、ポールはベースリンゴ・スタードラムスを演奏している。またジョージとポールはコーラスも担当している。

「プリーズ・プリーズ・ミー」というタイトルは一種の言葉遊びになっている。最初の"Please"は「どうぞ~」という間投詞。2番目の"please"は「~を喜ばせる」という他動詞。よって「どうぞ僕を喜ばせてください」という意味である。ジョン・レノンはpleaseを別の意味で2度用いるレトリックのアイデアを、ビング・クロスビーの楽曲"Please"から得ている("Please"の歌詞の"Please lend your little ear to my pleas"という部分で、「プリーズ」は別の意味で2回遣われている。)。曲調はジョンが憧れていたロイ・オービソンのスタイルに基づくもので、当初はオービソンの代表曲"Only The Lonely"を思わせるスロー・ナンバーであった。

本作は1962年9月11日のデビュー・シングルのセッションにおいて採り上げられていたが、その際にジョージ・マーティンはこの作品をアップ・テンポで演奏するよう提案した。このときのテイクは『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』に収録されており[2]、ドラムスはアンディ・ホワイトがを担当し、ジョンはハーモニカを吹いていない。後にポールは「本当はちょっと恥ずかしかったんだ。彼(ジョージ・マーティン)のほうがこの曲の正しいテンポを解っていたんだからね」と語っている。シングル盤としてリリースされたテイクは1962年11月26日にレコーディングされた。同日には「アスク・ミー・ホワイ」とポール作の「ティップ・オブ・マイ・タング」(w:Tip of My Tongue、音源は現存せず[3])が録音された。録音終了時にプロデューサーのジョージ・マーティンは「この曲がビートルズの初のナンバー・ワン・ソングになるだろう」とメンバーに言っており[4]、事実、メロディー・メーカー紙ではこの曲がビートルズにとって初のナンバー・ワン・シングル[5]となった。ただし、レコード・リテイラー誌(後のミュージック・ウィーク誌)で1位を獲得できなかったため、ザ・ビートルズ1には収録されていない。なおローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500では184位にランクされている。

BBCラジオをはじめとするラジオやテレビ番組でも多数演奏がされた。また、1963年以降のツアーや1969年のゲット・バック・セッションでも演奏されている。

ステレオ・ヴァージョン[編集]

「プリーズ・プリーズ・ミー」のリアル・ステレオ・ヴァージョンは1963年4月に発売されたアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』ステレオ盤に収録された。長らくステレオ・ヴァージョンはCD化されなかったが、2005年に発売されたCDボックス『ザ・ビートルズ ザ・キャピトル・アルバムス Vol.2』中のアルバム『ジ・アーリー・ビートルズ』に収録された。

複数のテイク[編集]

ビートルズによくある「ミキシング違い」ではなくステレオモノラルでは別テイクが使用された。本作は前述の通り1962年11月26日にレコーディングが行われたが、そのセッションでは第1から第18テイクまで録音された。モノラル・ミキシングは11月30日に行われシングル盤としてリリースされたが、使用テイク番号は不明である。ステレオ・ミキシングは1963年2月25日に第16~18テイクを編集した音源から行われ、アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』ステレオ盤収録曲としてリリースされた。モノラル・ミキシング用のテイクのステレオ・ヴァージョンはリリースされていない。

両テイクの顕著な違いとして、ステレオ・ヴァージョンではジョンが歌詞を間違えている(自分でミスに気づいたためか、直後に吹き出しそうになっている)部分があることと、ジョージがギターリフをミスしているように聞こえる部分があることである。

なお前述の通り『ビートルズ・アンソロジー1』には1962年9月11日録音とされる「プリーズ・プリーズ・ミー」が収録されている。

シングル盤[編集]

発売は1963年1月11日。B面は「アスク・ミー・ホワイ」。シングルはイギリスのレコード・リテイラー、ミュージック・ウィークでは最高2位。メロディー・メイカーで2週連続1位。ニュー・ミュージカル・エクスプレスで3週第2位。イギリスでは35万枚のセールス記録。アメリカビルボード(Billborad)誌では、1964年3月14日に、週間ランキング最高位の第3位を獲得。ビルボード誌1964年年間ランキングでは第36位。『キャッシュボックス』誌でも最高3位を記録し、年間ランキング37位。尚、B面には、イギリスでは3枚目のシングルとなった「フロム・ミー・トゥ・ユー」が収録された。アメリカでは100万枚以上のセールスを記録している。

イギリス本国でのシングル盤はオリジナル盤・リイシュー盤ともに、パーロフォンの赤ラベルと黒ラベルが存在しており、オリジナル盤はいずれも希少価値の高い。特に赤ラベルのほうが入手困難であり、ビートルズ・コレクターの間では人気アイテムとなっている。

作曲クレジットは前作のLennon-McCartneyからMcCartney-Lennonに変更された。この表記はアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』を挟み次作シングル「フロム・ミー・トゥ・ユー」まで使用された。

収録アルバム[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『日経BPムック 大人のロック!特別編集 ザ・ビートルズ 世界制覇50年』日経BP社、2015年、97頁。ISBN 978-4-8222-7834-2
  2. ^ ただしマーク・ルウィソーンは『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』収録テイクに関して、テンポが速いことから11月26日の演奏であった可能性を指摘している。
  3. ^ 「ティップ・オブ・マイ・タング」は1963年7月にトミー・クィックリーがシングル盤リリースするもヒットには至らなかった。
  4. ^ マーク・ルウィソーン『ビートルズ/レコーディング・セッション』内田久美子訳、シンコー・ミュージック、1990年、24頁
  5. ^ 1963年3月2日付け。ビデオソフト The compleat Beatles より。