ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ

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ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ
ビートルズ楽曲
収録アルバム サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
リリース 1967年6月1日
録音 アビー・ロード・スタジオ
1967年3月29日、3月30日
ジャンル ポップ・ロック
サイケデリック・ポップ
時間 2分44秒
レーベル パーロフォンキャピトルEMI
作詞者 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン

サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド 収録曲
A面
  1. サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
  2. ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ
  3. ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ
  4. ゲッティング・ベター
  5. フィクシング・ア・ホール
  6. シーズ・リーヴィング・ホーム
  7. ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト
B面
  1. ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー
  2. ホエン・アイム・シックスティー・フォー
  3. ラヴリー・リタ
  4. グッド・モーニング・グッド・モーニング
  5. サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (リプライズ)
  6. ア・デイ・イン・ザ・ライフ
  7. サージェント・ペパー・インナー・グルーヴ

ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」 (With a Little Help from My Friends) は、ビートルズが1967年に発表した楽曲。

ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500(2010年版)では311位にランクされている[1]

解説[編集]

1967年のアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に収録された。レノン=マッカートニーの作品だが、リード・ボーカルリンゴ・スター。現在でもリンゴのソロコンサートでは、アンコールの最後に必ずこの曲が演奏される。

ジョン・レノンポール・マッカートニーは、この曲を1967年3月中旬にリンゴが演じるビリー・シアーズという架空の歌手が歌うというコンセプトで制作した[2]。この曲は歌っている者がある者に問いかけ、あるいはある者からの問いにこの者が答えるという問答歌のスタイルをとる曲である。歌詞中の「I get high with a little help from my friends - 友達の助けを借りてハイになる」というのは、ドラッグのことを歌っているとの説もある。

香月利一による『ビートルソング研究読本』には、【もともとは"With a little bit of help from my friends"というフレーズにして 「友達が“ほんの少し”助けてくれるだけで、僕はなんでもできるようになるよ」というニュアンスを伝えたかったが、言葉がリズムにうまく乗らなくなるので諦めた】という話が、「こちらの歌詞の方がリンゴらしさをよりよく表していただろうに、残念」と惜しむ著者の所感と共に掲載されている。

またこの曲の歌詞には当初「"What would you think if I sang out of tune? Would you throw ripe tomatoes at me?"(ステージにいる僕に向かってトマトを投げつけるのかい?)」という部分があったそうだが、リンゴが「将来この曲をステージで唄うことになったときに本当にトマトを投げつけられたら嫌だ」と言って断り、その部分はカットされた[3]

この曲の最初の名前は「Badfinger boogie(バッドフィンガー・ブギ)」であった[4][注 1]

レコーディング[編集]

ビートルズは、本作のレコーディングをアルバムのジャケット撮影を行う前日である1967年3月29日に開始した。10テイク録音したのち、翌日の午前5時45分でセッションが終了した[5]

バッキング・トラックは、リンゴ・スタードラムスジョン・レノンカウベルポール・マッカートニーピアノジョージ・ハリスンリードギターという編成で録音された。その後、第11テイクにリンゴのボーカルを加えたのち、エレクトリック・ギターベースバッキング・ボーカルが加えられた[5]

なお、この曲のセッションの最中にポール作の「フール・オン・ザ・ヒル」が書かれた。

演奏[編集]

クレジットはイアン・マクドナルドによるもの[6]

ビリー・シアーズ[編集]

アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』上の架空のコンサートでは、前曲の最後に司会とバンドによって架空の歌手であるビリー・シアーズ (Billy Shears) が紹介され、リンゴがビリー役で「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」を歌うという構成になっている。

ポールが1966年に死んだという都市伝説 「ポール・マッカートニー死亡説」において、「ビリー・シアーズとはポールの替え玉をしている人物の名前だ」という噂も一部で流れた。

リンゴはビートルズ解散後のアルバム『リンゴ』の中の一曲「アイム・ザ・グレーテスト」で自分の名をビリー・シアーズだと紹介している。

カバー・バージョン[編集]

1968年ジョー・コッカーがこの曲をゴスペル風のアレンジでカヴァーし、全英第1位(全米68位)のヒットとなる。このカヴァー・ヴァージョンでギターを弾いたのはジミー・ペイジ

1967年のジョー・ブラウンのヴァージョンは全英最高位32位、ヤング・アイデアのヴァージョンは全英最高位第10位をそれぞれ記録している。1988年には、ウェット・ウェット・ウェットのカバー・ヴァージョンが全英第1位を獲得している。さらに、2004年、サム・アンド・マークのカバー・ヴァージョンも全英第1位を獲得している。

そのほか、ラリー・カールトン(1968年)、アイク&ティナ・ターナー(1969年)、スティーヴ・ローレンス&イーディ・ゴーメ(1969年)、ケニー・ランキン(1980年)、TOTO(1993年)などがカバーした。

関連項目[編集]

その他[編集]

竹内まりやが「Forever Friends」のエンディングで、この曲の歌詞を引用している。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ この名前は後にアップルのアーティストバッドフィンガー(旧名: アイヴィーズ)の由来ともなった。

出典[編集]

  1. ^ The Beatles, 'With a Little Help From My Friends' | 500 Greatest Songs of All Time | Rolling Stone
  2. ^ Dowlding, William J. (1989). Beatlesongs. New York: Simon & Schuster. p. 165. ISBN 0-671-68229-6. 
  3. ^ The Beatles (2000). The Beatles Anthology. San Francisco: Chronicle Books. p. 242. ISBN 0-8118-2684-8. 
  4. ^ Matovina, Dan (2000). Without You: The Tragic Story of Badfinger. Frances Glover Books. ISBN 0-9657122-2-2. https://books.google.com/books?id=eAURGSMNfTUC. 
  5. ^ a b Lewisohn, Mark (1988). The Beatles Recording Sessions. New York: Harmony Books. p. 106. ISBN 0-517-57066-1. 
  6. ^ MacDonald, Ian (2005). Revolution in the Head: The Beatles' Records and the Sixties (Second Revised ed.). London: Pimlico (Rand). p. 246. ISBN 1-84413-828-3. 
  7. ^ Everett, Walter (1999). The Beatles as Musicians: Revolver Through the Anthology. Oxford University Press. p. 102. ISBN 978-0-19-512941-0. https://books.google.com/books?id=eTkHAldi4bEC. 

外部リンク[編集]

先代:
メリー・ホプキン
悲しき天使
全英シングルチャート 1位
(ジョー・コッカー・バージョン)

1968年11月6日(1週)
次代:
ヒューゴ・モンテネグロ
「続・夕陽のガンマンのテーマ」
先代:
フェアーグラウンド・アトラクション
パーフェクト
全英シングルチャート 1位
(ウェット・ウェット・ウェット・バージョン)

1988年5月21日 - 6月11日(4週)
次代:
ザ・タイムローズ
Doctorin' the Tardis