レット・イット・ビー (曲)

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レット・イット・ビー
Let It Be
ビートルズシングル
B面 ユー・ノウ・マイ・ネーム
リリース
録音 アップル・スタジオ
(1969年1月31日)
アビー・ロード・スタジオ
(1969年4月30日,1970年1月4日)
ジャンル ロック
時間
レーベル アップル・レコード
作詞・作曲 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン
チャート最高順位
ビートルズシングル盤 U.K. 年表
サムシング
両A面
カム・トゥゲザー
(1969年)
レット・イット・ビー
b/w
ユー・ノウ・マイ・ネーム
(1970年)
イエスタデイ
b/w
恋する二人
(1976年)
ビートルズシングル盤 U.S. 年表
サムシング
両A面
カム・トゥゲザー
(1969年)
レット・イット・ビー
b/w
ユー・ノウ・マイ・ネーム
(1970年)
ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード
b/w
フォー・ユー・ブルー
(1970年)
ビートルズシングル盤 日本 年表
カム・トゥゲザー
b/w
サムシング
(1969年)
レット・イット・ビー
b/w
ユー・ノウ・マイ・ネーム
(1970年)
オー!ダーリン
b/w
ヒア・カムズ・ザ・サン
(1970年)
ビートルズシングル盤 日本 年表
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ
b/w
ア・デイ・イン・ザ・ライフ
(1978年)
レット・イット・ビー
b/w
ゲット・バック
(1981年)
ザ・ビートルズ・ムーヴィー・メドレー
b/w
すてきなダンス
(1982年)
レット・イット・ビー 収録曲
A面
  1. トゥ・オブ・アス
  2. ディグ・ア・ポニー
  3. アクロス・ザ・ユニヴァース
  4. アイ・ミー・マイン
  5. ディグ・イット
  6. レット・イット・ビー
  7. マギー・メイ
B面
  1. アイヴ・ガッタ・フィーリング
  2. ワン・アフター・909
  3. ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード
  4. フォー・ユー・ブルー
  5. ゲット・バック
パスト・マスターズ Vol.2 収録曲
  1. デイ・トリッパー
  2. 恋を抱きしめよう
  3. ペイパーバック・ライター
  4. レイン
  5. レディ・マドンナ
  6. ジ・インナー・ライト
  7. ヘイ・ジュード
  8. レヴォリューション
  9. ゲット・バック
  10. ドント・レット・ミー・ダウン
  11. ジョンとヨーコのバラード
  12. オールド・ブラウン・シュー
  13. アクロス・ザ・ユニヴァース
  14. レット・イット・ビー
  15. ユー・ノウ・マイ・ネーム
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レット・イット・ビー」(Let It Be)は、1970年3月にビートルズが発表した22枚目のオリジナル・シングル曲かつ同バンド活動中の最後のシングル盤。また映画『レット・イット・ビー』のテーマ曲かつイギリス盤公式オリジナル・アルバムレット・イット・ビー』のタイトル曲。

解説[編集]

クレジットはレノン=マッカートニーだがポール・マッカートニーが単独で作詞作曲している。リード・ヴォーカルポール・マッカートニー

ポールは、当初からこの曲をゴスペル風に仕上げることを考えていたようでビリー・プレストンは「『ゴスペルっぽくするにはどうしたらいい?』とポールに質問された」と述べている。そしてビリーのアイデアを基にゴスペル風のオルガンとコーラスを取り入れたという。ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500において第20位。

映画『レット・イット・ビー』のサウンド・トラック盤『レット・イット・ビー』(ビートルズのラスト・アルバム)[注釈 1]に収録されている曲。

ビートルズが分裂しつつあるのをポールが悲観している頃に亡き母メアリー・マッカートニー[注釈 2]が降りて来た際に述べた「あるがままを あるがままに (全てを)受け容れるのです」との囁きを元に書いたと言われている[注釈 3]

ポールは1979年以降、ウイングスやソロコンサートこの曲を演奏し続けており、現在ではポール・マッカートニーのレパートリーのひとつになっている。また、フェリー・エイド参加時にはカバーをした。

ミキシング[編集]

「レット・イット・ビー」はシングル・ヴァージョンがジョージ・マーティン、アルバム収録ヴァージョンがフィル・スペクターのプロデュースによるミックスダウンだが、元々は同じテイクから作られたものである。両者の大きな違いは、下記の通りである。

  1. ラストのサビのリフレイン("Let it be, let it be..."と繰り返す部分)がシングル・ヴァージョンよりアルバム・ヴァージョンの方が1回多い。
  2. シングルでは1969年4月30日にオーヴァー・ダビングされたジョージのリード・ギターを、アルバムでは1970年1月4日にオーヴァー・ダビングされたジョージのリード・ギターを採ってミックスダウンされている。またアルバムでは、間奏後、ポールのヴォーカルに戻って以降エンディングに至るまで、1970年1月4日録音のリード・ギターが前面にフィーチャーされている。
  3. オーケストレイションとコーラス

また、ヴォーカルのエコー、ドラムのハイハットのエコー、ステレオの定位、個々の楽器のバランスなど、細部における違いも多い。

また、映画および『ネイキッド』で使用したのは別テイクで、映画版のソロとほぼ同じ。映画版の3ヴァースにはシングル盤・アルバム盤、ネイキッドのテイクにはない歌詞"There will be no sorrow"という一節を含んでいる。

シングル盤[編集]

イギリスでは『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー』/『ペニー・レイン』以来となるメンバーの写真入りのオリジナル・スリーヴ(レコードを入れる紙製の袋)でリリースされた(当時のイギリスのシングルは共通のレコード袋に入れられて販売されていた)が、最高位は2位と、最後を1位で飾る事はできなかった。アメリカの『ビルボード』(Billbaord)誌では初登場6位で、これは当時のビルボードHOT100初登場最高位で、これはマイケル・ジャクソンが1996年に発売した『スクリーム』(初登場5位)まで破られなかった。1970年4月11日にチャート第1位を獲得。ビルボード誌1970年年間ランキングは第9位。アメリカだけで200万枚以上のセールスを記録している。イギリスでは、「ミュージック・ウィーク」誌で最高位第2位を獲得し、30万枚以上のセールスに留まっている。日本では138万枚以上[1][要高次出典]の売り上げを記録し、国内で発売されたビートルズのシングルの中では最大のヒット作となった。B面は「ユー・ノウ・マイ・ネーム」。また、マスター・テープ到着前に発売したので日本盤のみ、ジャケットにステレオ表記があるにもかかわらず、モノラル・ヴァージョンで発売された(後にジャケットのステレオ表記は削除された)。但し、モノラル・ヴァージョンは公式には作られておらず、このシングルに収録されている物は、ステレオ・ヴァージョンをそのままモノラル化したものである。なお1971年、ジョーン・バエズのカヴァー・ヴァージョンがシングル・リリースされ、アメリカのビルボード誌最高位47位を記録している。

収録アルバム[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

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  1. ^ アルバムの『レット・イット・ビー』は最初、写真集付きのボックス・セットとして発売され、後に廉価版が発表された。
  2. ^ Mother Maryは一般的に聖母マリアと解釈されるがポール本人は「僕の母・メアリー=マッカートニー」とインタビューで答えている。
  3. ^ 美術史若桑みどりは『レット・イット・ビー』(主婦の友社 1988年)において「ビートルズはこの絶望的な時代を生きるすべての人に、最悪の状況でも破滅せぬための“wisdom"をくれた。どうしようもない状況を暴力的に変えようというのではない。さりとて、それに従えとか、満足せよというのでもない。そういう状況の中でも、やけを起こさず、希望を捨てないというのである」と書いている。

出典[編集]

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先代:
サイモン&ガーファンクル明日に架ける橋
Billboard Hot 100 ナンバーワンシングル
1970年4月11日
次代:
ジャクソン5ABC