ラヴ・ミー・ドゥ

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ラヴ・ミー・ドゥ
ビートルズシングル
収録アルバム プリーズ・プリーズ・ミー
B面 P.S.アイ・ラヴ・ユー
リリース
規格 7インチ・レコード(1962年)
12インチ・レコード(1982年)
CD1992年
録音 1962年9月4日9月11日
イギリスの旗 イギリスロンドン
アビー・ロード・スタジオ
ジャンル ロック
時間
レーベル パーロフォン
作詞・作曲 マッカートニー=レノン
プロデュース ジョージ・マーティン
チャート最高順位
ビートルズシングル盤 U.K. 年表
ラヴ・ミー・ドゥ
b/w
P.S.アイ・ラヴ・ユー
(1962年)
プリーズ・プリーズ・ミー
b/w
アスク・ミー・ホワイ
(1963年)
ビートルズシングル盤 U.K. 年表
ザ・ビートルズ・ムーヴィー・メドレー
b/w
すてきなダンス
(1982年)
ラヴ・ミー・ドゥ
b/w
P.S.アイ・ラヴ・ユー
(1982年)
マキシ・シングル「ベイビー・イッツ・ユー
(1994年)
ビートルズシングル盤 U.S. 年表
ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット
b/w
サンキュー・ガール
(1964年)
ラヴ・ミー・ドゥ
b/w
P.S.アイ・ラヴ・ユー
(1964年)
シー・ラヴズ・ユー(ドイツ語)
b/w
アイル・ゲット・ユー
(1964年)
ビートルズシングル盤 日本 年表
ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット
b/w
サンキュー・ガール
(1964年)
オール・マイ・ラヴィング
b/w
ラヴ・ミー・ドゥ
(1964年)
プリーズ・ミスター・ポストマン
b/w
マネー
(1964年)
プリーズ・プリーズ・ミー 収録曲
A面
  1. アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア
  2. ミズリー
  3. アンナ
  4. チェインズ
  5. ボーイズ
  6. アスク・ミー・ホワイ
  7. プリーズ・プリーズ・ミー
B面
  1. ラヴ・ミー・ドゥ
  2. P.S.アイ・ラヴ・ユー
  3. ベイビー・イッツ・ユー
  4. ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット
  5. 蜜の味
  6. ゼアズ・ア・プレイス
  7. ツイスト・アンド・シャウト
パスト・マスターズ Vol.1 収録曲
  1. ラヴ・ミー・ドゥ
  2. フロム・ミー・トゥ・ユー
  3. サンキュー・ガール
  4. シー・ラヴズ・ユー
  5. アイル・ゲット・ユー
  6. 抱きしめたい
  7. ジス・ボーイ
  8. 抱きしめたい(ドイツ語)
  9. シー・ラヴズ・ユー(ドイツ語)
  10. ロング・トール・サリー
  11. アイ・コール・ユア・ネーム
  12. スロウ・ダウン
  13. マッチ・ボックス
  14. アイ・フィール・ファイン
  15. シーズ・ア・ウーマン
  16. バッド・ボーイ
  17. イエス・イット・イズ
  18. アイム・ダウン
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ラヴ・ミー・ドゥ」("Love Me Do")は、ビートルズの1枚目のシングル1962年10月5日パーロフォンから発売された。

解説[編集]

クレジットはシングルは「レノン=マッカートニー」。アルバム収録の方はマッカートニー=レノン。実質的にはポール・マッカートニーが作った曲である。リード・ヴォーカルはポール・マッカートニーである。

ジョン・レノン自身が言う「ロックンロールハーモニカ」から始まる。ジョンとポールによるツイン・ヴォーカルであるが、フレーズの最後の部分はポールのソロ・ヴォーカルとなる。当初はジョンがこの部分を歌っていたが、フレーズに重なる形でハーモニカのパートが追加されたため、ハーモニカを演奏するジョンではなくポールがこの部分を歌うことになった(ポールはのちにここもジョンが歌ったほうが合っていたと語っている)。ハーモニカはスチュワート・サトクリフへささげている。また、ここで用いられているハーモニカはブルース・ハープ(10ホールズ)ではなく、クロマチック・ハーモニカである。

ポールは2016年の「ワン・オン・ワン」ツアーでこの曲をビートルズの1963年のコンサート以来53年振りに披露した。

複数のテイク[編集]

ビートルズの楽曲にはひとつのテイクに、ミキシングの違いから生じるヴァージョンの違いはよくあるが、この「ラヴ・ミー・ドゥ」に関してはドラマーの違う3つのテイクが存在する。(録音場所はいずれもロンドン・アビー・ロード・スタジオ

  1. 1962年6月6日のテイク。
    EMIのオーディションを受けたときの録音。ピート・ベストがドラムスを担当している[注釈 1]。このテイクのマスター・テープは、’90年初期、日本の"KEY BUY"という会員制オークションに出品され、目録に掲載された経緯がある。
  2. 1962年9月4日のテイク。
    デビュー・シングルのための録音。ピートに代わりリンゴ・スターが加入し、ドラムスを担当している。
  3. 1962年9月11日のテイク。
    デビュー・シングルのための録音。リンゴの代わりにセッション・ミュージシャンのアンディ・ホワイト(Andy White)が参加(ジョージ・マーティンはリンゴ・スターのドラムスにも満足しなかった)、ドラムスを担当し、リンゴ・スターはタンバリンを叩いている。

この曲がデビュー・シングルとしてイギリスで発売された際、リンゴがドラムスを叩く9月4日テイクが使用されたが、以後の再版シングル[注釈 2]や、『プリーズ・プリーズ・ミー』をはじめとしたアルバム、ビートルズのEPにはアンディ・ホワイトがドラムスを叩く9月11日テイクが採用された。リンゴのドラムスによる9月4日のテイクは、イントロのハーモニカ音が微妙に異なるほか、タンバリンの有無、さらに間奏での手拍子は9月4日のテイクにしか入っていないため、容易に判別が可能である。

マスター・テープの混乱を避けるため、リンゴがドラムスを叩く9月4日テイクのマスター・テープは早々に破棄された。9月4日録音のオリジナル・ヴァージョンは1980年の米国版「THE BEATLES' RARITIES」、英国版「FROM LIVERPOOL THE BEATLES BOX」でアルバム初収録された。初CD化はアルバム『パスト・マスターズ Vol.1』で、いずれもマスター・テープは破棄されているため、レコード盤から起こされたものを用いている。1982年10月5日発売の20周年記念12"シングルには両方のテイクが収録されている。(1992年に5"CD化)

ピート・ベストのドラムスによる6月6日テイクは、1995年に『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』で発表された。

グループに加入して間もないのに、ドラムスを叩かせて貰えなかったことに対して、リンゴ・スターは「やっぱり僕もピートみたいに切り捨てられるのかと思った」「最初のレコードの演奏を他人に任せるなんて、そんなのでビートルズって言えるか? そんなのずるいよ」などとコメントしている。後に、ジョージ・マーティンはこの時の非礼をリンゴに詫び、リンゴは笑って応えたという逸話が残っている。

BBCで8度にわたって収録され、1962年10月から1年間「ヒア・ウィー・ゴー」、「タレント・スポット」、「サタデー・クラブ」、「サイド・バイ・サイド」、「ポップ・ゴー・ザ・ビートルズ」、「イージー・ビート」といった番組で放送された。1963年7月10日にBBCで収録され、23日の「ポップ・ゴー・ザ・ビートルズ」で放送されたテイクは、アルバム『ザ・ビートルズ・ライヴ!! アット・ザ・BBC』に収録されている。1963年2月20日の「パレード・オブ・ザ・ポップス」においては、BBCのラジオを通じてこの曲を生演奏で放送している。

ステレオ・ヴァージョン[編集]

いずれのテイクもステレオ・ヴァージョンが作成される前にセッション・テープが破棄されたので「ラヴ・ミー・ドゥ」にリアル・ステレオ・ヴァージョンはない。ステレオと表記されているものは全て疑似ステレオである。2009年9月9日に発売されたリマスター盤ではリンゴのテイクもアンディのテイクも全てモノラルで収録され、疑似ステレオではリリースされなかった。

シングル盤[編集]

発売は1962年10月5日。B面は「P.S.アイ・ラヴ・ユー」である。発売当初のイギリスのヒットチャートでの記録は最高17位(売上がリヴァプール近辺に集中したため、ブライアン・エプスタインが買い占めた旨の噂がたっていた。)。ビルボード(Billboard)誌では、1964年5月30日に、週間ランキング第1位を獲得。ビルボード誌1964年年間ランキングでは第14位。「キャッシュボックス」誌でも、最高位第1位を獲得し、1964年度年間ランキングでは13位。アメリカでは100万枚以上のセールスを記録している。イギリスでは、デビュー20周年を記念して1982年に再発された時は最高位第4位となった。最終的にはトータルで30万枚以上のセールスを記録している。

このシングルはオリジナル盤・リイシュー盤ともに、パーロフォンの赤ラベルと黒ラベルが存在しており、オリジナル盤の方はいずれも希少価値の高いレコードである。特に黒ラベルは入手困難であり、ビートルズコレクターの間では人気アイテムとなっている。

カヴァー・ヴァージョン[編集]

下記のアルバムに収録されたカヴァー・ヴァージョンが存在する。(ポール本人のリメイク版も含む。)

収録アルバム[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

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  1. ^ プロデュースはロン・リチャーズが担当。バランス・エンジニアはノーマン・スミスがあたる。これ以降1965年までスミスはビートルズのレコーディング・エンジニアを担当することになる。
  2. ^ 黒のラベルのリイシュー盤の場合、リンゴとアンディ・ホワイトの両方のヴァージョンで発売されている。オリジナル盤での見分け方は、レコードの送り溝に刻印されているマトリックス番号がリンゴのヴァージョンの場合は 7XCE 17144-1N 、アンディ・ホワイトのヴァージョンの場合は 7XCE 17144-2N となっている。

出典[編集]

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先代:
メリー・ウェルズ 「マイ・ガイ」
Billboard Hot 100 ナンバーワンシングル
1964年5月30日
次代:
ディキシー・カップス愛のチャペル