オール・マイ・ラヴィング
| 「オール・マイ・ラヴィング」 | ||||||||||||||||
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| ビートルズの楽曲 | ||||||||||||||||
| 収録アルバム | 『ウィズ・ザ・ビートルズ』 | |||||||||||||||
| リリース | 1963年11月22日 | |||||||||||||||
| 録音 | 1963年7月30日 | |||||||||||||||
| ジャンル |
ロック ポップ[1] | |||||||||||||||
| 時間 |
2分12秒 (monaural version) 2分7秒 (stereo version) 1分56秒 ("The Beatles At The Hollywood Bowl" version) 2分4秒 ("Beatles' Greatest" version)[注釈 1] 2分19秒 ("The Beatles Anthlogy 1" version) 2分3秒 ("The Beatles Live At The BBC" version) | |||||||||||||||
| レーベル | パーロフォン | |||||||||||||||
| 作詞者 | レノン=マッカートニー | |||||||||||||||
| プロデュース | ジョージ・マーティン | |||||||||||||||
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「オール・マイ・ラヴィング」("All My Loving")は、イギリスのロック・バンド、ビートルズの楽曲である。
解説[編集]
本作は1963年11月22日に発売された2作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』のA面3曲目に収録された。クレジットはレノン=マッカートニーだが実質的にはポール・マッカートニーの作品である[2]。ロイ・オービソンとのツアー中にバスの中で作られた。リード・ヴォーカルはポール・マッカートニー[注釈 2]。
ポールの初期代表作のひとつで、現在でもライヴで演奏されるアップ・テンポな曲。ジョン・レノンをして「ポールは完璧な作曲の能力がある」と言わしめたほど完成された曲である。ジョン・レノンはリッケンバッカー・325を使用し3連符を刻んでいる(オルタネイトピッキング)。ポールは、ヘフナー・500-1を使い、ランニング・ベースをしている。ビートルズはもともとこの曲をカントリー&ウエスタンと位置づけておりジョージ・ハリスンはグレッチ・カントリー・ジェントルマンを使い、ソロでダブルストップ奏法を使用している。
前述のようにジョン・レノンはこの曲を絶賛、1980年には「これは残念なことにポールの曲だよ。(笑)/原稿にここで「笑」と入れといてくれよ。くやしいほどいい曲さ。(歌い出す)バックで思い入れたっぷりのギターを弾いているのがぼく。」[3]と語っている。
この曲はアメリカ進出時に出演した人気TV番組『エド・サリヴァン・ショー』の初出演時に最初に演奏した曲としても知られる(その際、キーが半音下がっていた)。この時、全米総人口の72%の人 (約7300万人) が彼らの演奏を見たと言われている。また、ビートルズ出演の時間帯だけマンハッタンにおける少年犯罪発生率が低下したというエピソードが残っている。なお、そのときの演奏は2枚組アルバム『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』のDisc 2や「エド・サリヴァン・ショウ」DVDに収録されている。
イギリスやアメリカではシングル・カットされていないが、カナダではB面に「ジス・ボーイ」を収録してシングル盤で発売され、1位を記録した。後にアメリカで輸入され、1964年4月に発表されたBillboard Hot 100で45位を記録した[4][5]。
ミキシング[編集]
『ザ・ビートルズ/グレイテスト・ヒッツ』および西ドイツ盤『ウィズ・ザ・ビートルズ』収録ヴァージョンは、歌いだし前のハイハットのカウントが収録されている。
パーソネル[編集]
クレジットはイアン・マクドナルドによるもの[6]。
- ポール・マッカートニー - ボーカル[注釈 3]、ベース、ハーモニー、バッキング・ボーカル
- ジョン・レノン - リズムギター
- ジョージ・ハリスン - バッキング・ボーカル、リードギター
- リンゴ・スター - ドラムス
- ジョージ・マーティン - 音楽プロデューサー
- ノーマン・スミス - レコーディング・エンジニア
その他[編集]
ビートルズのナンバーではポールとジョンのハモリ(ハーモニー)が多いが、この曲はポール自身が多重録音でハモリを入れている。ライヴでの間奏後のリフレインでは、主旋律のほぼ三度上をポールが歌い、主旋律部分はジョージが担当している。ジョンのギターのコードストロークと、主旋律の歌唱の両立が簡単でなかったため、ジョージが担当した。ライヴではサビとエンディング・パートでジョンとジョージのハミングコーラスが付く。一方、オリジナルではそれが更にダビングされている。
ジョン・レノンが1980年12月8日、ダコタ・ハウス前でマーク・チャップマンに銃撃され、23時過ぎに搬送先の病院で死亡した際、タンノイ製のスピーカーから流れていたのはこの曲だったと伝わっている[7]。
収録盤[編集]
- 『ウィズ・ザ・ビートルズ』
- 『ミート・ザ・ビートルズ』
- 『ザ・ビートルズ・スーパー・ライヴ!』
- 『ザ・ビートルズ1962年〜1966年』
- 『ザ・ビートルズ/グレイテスト・ヒッツ』
- 『ザ・ビートルズ・ライヴ!! アット・ザ・BBC』
- 『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』
- 『ポール・イズ・ライブ』
- 『バック・イン・ザ・U.S. -ライブ2002』
- 『バック・イン・ザ・ワールド』
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ Pollack, Alan W. (1991). "Notes on "All My Loving"". Retrieved 7 January 2012.
- ^ Miles, Barry (1997). Paul McCartney: Many Years From Now. New York: Henry Holt and Company. p. 148. ISBN 0-8050-5249-6.
- ^ 『PLAYBOYインタビュー ジョン・レノン』、1981年 集英社(135頁)
- ^ Castleman, Harry; Podrazik, Walter J. (1975). All Together Now: The First Complete Beatles Discography, 1961–1975. New York: Ballantine Books. p. 25, 347.
- ^ Wallgren, Mark (1982). The Beatles on Record. New York: Simon & Schuster. p. 23. ISBN 0-671-45682-2.
- ^ MacDonald, Ian (2005). Revolution in the Head: The Beatles' Records and the Sixties (Second Revised ed.). London: Pimlico (Rand). p. 94. ISBN 1-84413-828-3.
- ^ Mcleod, Keith (2005年12月6日). “Our Part in the Death of Legend John Lennon”. The Daily Record. 2007年9月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年5月24日閲覧。