クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング

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クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング
Crosby, Stills, Nash & Young
Crosby Stills Nash and Young 1970.JPG
基本情報
別名 Crosby, Stills, & Nash
出身地 カナダ
ジャンル ロック, フォークロック
活動期間 1968-1970; 1973-1974; 1977-現在
レーベル Atlantic
Reprise
共同作業者 CPR, クロスビー&ナッシュ, マナサス, スティルス・ヤング・バンド, ホリーズ, バッファロー・スプリングフィールド, ザ・バーズ
公式サイト www.csny.com
www.crosbystillsnash.com
メンバー デヴィッド・クロスビー
スティーヴン・スティルス
グラハム・ナッシュ
ニール・ヤング

クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(Crosby, Stills, Nash & Young、以下 CSN&Y)は、1960年代末から1970年代初頭にかけて活躍したアメリカのロック・グループである。いったんその活動に幕を降ろしながらも、様々な派生形態を取りながら活動をつづけ、最近では1999年にもアルバムを発表している。

経歴[編集]

1968年7月、ローレル・キャニオンにあるジョニ・ミッチェルの家で元バッファロー・スプリングフィールドスティーヴン・スティルスと元バーズデヴィッド・クロスビーはスティルスの「泣くことはないよ」を歌っていた。そこへホリーズ脱退間近だったグラハム・ナッシュがハーモニーで加わり、歌い終わったときにグループ結成のアイデアが生まれたと言われている[1][2]

1969年5月29日、3人はデビュー・アルバム『クロスビー、スティルス&ナッシュ』を発表。アルバムはアコースティクな音作りと、3人のコーラスの美しさですぐに人気を呼んだが、もっとロック的要素を強めたいというスティルスの希望に沿ってメンバーが追加されることになった。数人のミュージシャンに加入を打診したがことごとく断られ、最終的に、当時すでにソロとして活動していたニール・ヤングがギタリストとして加わることになった(同年6月15日には4人で「どうにもならない望み」の再録音を行っている[3])。ヤングの参加によりグループ名はクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングとなった。

ウッドストック・フェスティバル(同年8月)への参加、翌1970年のアルバム『デジャ・ヴ』の爆発的ヒットなどにより、商業的にも知名度の点でも、CSN&Yは頂点を極めた。1971年4月に発売されたライブ・アルバム『4ウェイ・ストリート』も全米アルバム・チャートの1位を記録した。しかし、バッファロー・スプリングフィールド時代以来のスティルスとヤングの対立などのため、結局、ヤングがこのグループに在籍にしたのは1年ほどであった。

その後、メンバーはそれぞれの活動をつづけながらも、4人そろってのCSN&Yで1988年に『アメリカン・ドリーム』、1999年には『ルッキング・フォワード』の2枚のアルバムを発表している。

メンバー[編集]

ディスコグラフィ[編集]

CSN&Yでのアルバムは以下のとおり。

CS&Nでのアルバムは以下のとおり。

ボックスセットも発売されている。

  • CSN (1991年9月30日)・・・4枚組。CS&N、CSN&Yの楽曲のみならず、ソロ作品なども含める。

脚注[編集]

  1. ^ Zimmer, Dave, and Diltz, Henry. Crosby Stills & Nash: The Authorized Biography (First edition), St. Martin's Press, 1984. pp. 72-73. ISBN 0-312-17660-0
  2. ^ Rogan, Johnny. The Complete Guide to the Music of Crosby, Stills, Nash and Young, Omnibus Press, 1998.
  3. ^ CSN Box Set Tracklist

関連項目[編集]

外部リンク[編集]