ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ (Blood, Sweat & Tears、BS&T)は、アメリカで1960年代後半から1970年代にかけて活躍したロックバンドである。バンド名は、ジョニー・キャッシュの曲名をそのまま拝借したもの[1]

来歴[編集]

1967年初頭にアル・クーパーボーカルキーボード)は窮屈になったブルース・プロジェクトを辞し、1967年6月モントレー・ポップ・フェスティバルに出演[2]。そこで盟友マイク・ブルームフィールド]らが結成したエレクトリック・フラッグなどに感激し、イギリスへ渡航し新たなバンドを結成する計画を練り、その資金集めに組んだセッションバンドが始まりである。計画をボビー・コロンビーに相談しメンバー募集をほぼ一任し追ってブルース・プロジェクトを抜けたスティーブ・カッツを加えクーパーの名でいくつかの音楽番組とコンサートで終了する予定だったが経費増大で渡航費用には届かなかった。そこでカッツはこのセッションバンドから新バンドを結成しクーパーの持つ構想実現を進めることを助言する。クーパーはこれに従い渡航計画を断念し同年コロムビア・レコードとの契約を得てアレンジでは高名でのちブラス・ロックの大立者となったジェイムズ・ウィリアム・ガルシオにプロデュースをオファーしたが断られ、ジョン・サイモンが担当しクーパーの見聞と体験からストリングスやホーン・セクションなどアレンジの多様化を図り、一部でカッツがリード・ヴォーカルをとる処女アルバム「Child Is Father to the Man(子供は人類の父である)[1][3]」を1968年2月21日に発表、冗長なサイケデリック・ロックの追随はとらずビッグバンドや欧州のポップスなどを範としボサノヴァなどを取り入れフォーク・アーティストの楽曲を含む作品は発表当時より後世の評価が高いものとなった。しかしクーパーは次作の構想を固めリハーサル・セッション中にバンドからボイコットされた。

全員が大卒というインテリバンドだった。ランディ・ブレッカートランペット)、ジェリー・ワイス(トランペット)の脱退は契約期間満了など、主要人物アル・クーパーの排除以降アルの後任としてローラ・ニーロを勧誘したがこれは実現せず、デヴィッド・クレイトン・トーマス等が加入。バンドの初心は失われ以後ロックジャズを融合させ、リズム・セクションに重厚なホーンを加えたサウンドを強調し人気を博した。 オリジナルメンバーの中のドラムス担当だったボビー・コロンビーは、その類いまれなるドラミングセンスにより、バンドはミュージシャンたちからも注目され、支持されるようになる。そんなドラミングのレコーディングは、実際は、その当時から名スタジオミュージシャンだった、バーナード・パーディによる演奏だったとパーディ自身も広言していたが、数々のライブでコロンビー本人のプレイであることが明らかとなっている。コロンビーは、有名大卒のMBA取得者でもあり、後にコロンビアレコードの副社長にまでなった。

セカンド・アルバム『Blood, Sweat & Tears』は1969年グラミー賞の最優秀アルバムを受賞し、ブラス・ロックの中心的バンドとなった。しかしながら、バンドメンバーの中で唯一、大卒ではないトーマスのフロントマンとしてのワンマンバンド的なふるまいにプレイヤーの多くが反発。しかしながら、彼の力強い個性的なヴォーカルがバンドの名物であったため、多くのメンバーがクレイトン・トーマスのヴォーカル時代にバンドを去った。そして、まだまだロックがビッグビジネス化する前の時代ゆえ、その多くは音楽ではなく実業界のほうに転出していった。1971年には初来日し、武道館でコンサートを行なっている。

現在も、メンバーはオリジナルから大幅に代わっており、新曲の発表もないものの、ヴォーカルのデヴィッド・クレイトン・トーマスを中心としたメンバーで、アメリカや世界各地でライブ活動などを行っている。

主な作品[編集]

  • Child Is Father To The Man(1968年)
  • Blood, Sweat, and Tears (1969年)
  • BS&T 3 (1970年)
  • BS&T 4 (1971年)
  • New Blood (1972年)
  • No Sweat (1973年)
  • Mirror Image (1974年)
  • New City (1975年)
  • More Than Ever (1976年)
  • Brand New Day (1977年)
  • Nuclear Blues (1979年)

脚注[編集]

  1. ^ ジョニー・キャッシュのアルバム'Blood, Sweat and Tears'に基づいていて、これは1940年にドイツとの戦いを鼓舞するウィンストン・チャーチル首相の名言Blood, toil, tears, and sweat(「血と苦労と涙と汗しか与えることができません」)に基づいた命名である。
  2. ^ 6月17日午後、エレクトリック・フラッグのハーヴィー・ブルックス[[:en:Harvey_Brooks_%28bassist%29]とポール・バターフィールド・ブルースバンドのエルヴィン・ビショップDavenport|ビリー・ダベンポート][[:en:Billy_Davenport]を伴ってブルース・プロジェクトの|”I Can't Keep from Cryin' Sometimes”、”Wake Me, Shake Me”を演奏した。
  3. ^ 英語のことわざで日本語では「子供は親の鑑」「三つ子の魂百まで」が相当する。

参考資料[編集]

  • ロック百科 vol.2 著フィル・ハーディ/デイブ・ラング 訳 三井徹 サンリオ 1981年
  • ロック・エンサイクロペディア THE ENCYCLOPEDIA OF ROCK1950's-1970's 著フィル・ハーディ/デイヴ・ラング 訳 三井徹 みすず書房 ISBN 978-4-622-07344-4 C0073 2009年11月25日発行

外部リンク[編集]