ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ

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ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ(1972年)

ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ (Blood, Sweat & Tears、BS&T)は、アメリカで1960年代後半から1970年代にかけて活躍したロックバンドである。バンド名は、ジョニー・キャッシュの曲名をそのまま拝借したもの[1]

来歴[編集]

1967年初頭にアル・クーパーボーカルキーボード)は窮屈になったブルース・プロジェクトを辞し、 計画をボビー・コロンビーに相談しメンバー募集をほぼ一任し、追ってブルース・プロジェクトを抜けたスティーブ・カッツを加えクーパーの名でいくつかの音楽番組とコンサートで終了する予定だったが、経費増大で渡航費用には届かなかった。 そこでカッツはこのセッションバンドから新バンドを結成し、クーパーの持つ構想実現を進めることを助言する。同年コロムビア・レコードとの契約を得てアレンジでは高名でのちのブラス・ロックの大立者となったジェイムズ・ウィリアム・ガルシオにプロデュースをオファーしたが断られたため、ジョン・サイモンをプロデューサーに迎える。 クーパーの見聞と体験からストリングスやホーン・セクションなどアレンジの多様化を図り、一部でカッツがリード・ヴォーカルをとるファースト・アルバム『Child Is Father to the Man(子供は人類の父である)』を1968年2月21日に発表。冗長なサイケデリック・ロックの追随はとらずビッグバンドや欧州のポップスなどを範としボサノヴァなどを取り入れフォーク・アーティストの楽曲を含む作品は、発表当時より後世の評価が高いものとなった。

契約期間満了などによりランディ・ブレッカートランペット)、ジェリー・ワイス(トランペット)が脱退する。主要人物アル・クーパーの排除以降、アルの後任としてローラ・ニーロを勧誘したがこれは実現せず、デヴィッド・クレイトン・トーマス等が加入。バンドの初心は失われたが、以後ロックジャズを融合させ、リズム・セクションに重厚なホーンを加えたサウンドを強調し人気を博した。 オリジナルメンバーの中のドラムス担当だったボビー・コロンビーのその類いまれなるドラミングセンスにより、バンドはミュージシャンたちからも注目され、支持されるようになる。そんなドラミングのレコーディングは、その当時から名スタジオミュージシャンだった、バーナード・パーディによる演奏だったとパーディ自身が広言していたが、数々のライブでコロンビー本人のプレイであることが明らかとなっている。 全員が大卒というインテリバンドだったが、特にコロンビーはニューヨーク市立大学シティカレッジ卒のMBA取得者でもあり、後にコロンビアレコードの副社長にまでなった。

セカンド・アルバム『Blood, Sweat & Tears』は1969年グラミー賞の最優秀アルバムを受賞し、ブラス・ロックの中心的バンドとなった。しかしながら、バンドメンバーの中で唯一大卒ではないクレイトン・トーマスの、ワンマンバンド的なふるまいにプレイヤーの多くが反発。彼の力強い個性的なヴォーカルがバンドの名物であったたものの、多くのメンバーがトーマスのヴォーカル時代にバンドを去った。ロックがビッグビジネス化する前の時代ゆえ、脱退したメンバーの多くは音楽ではなく実業界に転出してしまった。

1971年には初来日し、武道館でコンサートを行なっている。

メンバーはオリジナルから大幅に代わっており、新曲の発表もないものの、ヴォーカルのデヴィッド・クレイトン・トーマスを中心としたメンバーで、現在でもアメリカや世界各地でライブ活動などを行っている。

主な作品[編集]

  • Child Is Father To The Man(1968年)
  • Blood, Sweat, and Tears(1969年)
  • BS&T 3(1970年)
  • BS&T 4(1971年)
  • New Blood(1972年)
  • No Sweat(1973年)
  • Mirror Image(1974年)
  • New City(1975年)
  • More Than Ever(1976年)
  • Brand New Day(1977年)
  • Nuclear Blues(1979年)

脚注[編集]

  1. ^ ジョニー・キャッシュのアルバム'Blood, Sweat and Tears'に基づいていて、これは1940年にドイツとの戦いを鼓舞するウィンストン・チャーチル首相の名言Blood, toil, tears, and sweat(「血と苦労と涙と汗しか与えることができません」)に基づいた命名である。

参考資料[編集]

外部リンク[編集]