ソフトロック

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ソフトロックSoft Rock)は、1960年代後半から1970年代前半にかけて製作、スタジオレコーディングに重点を置き、美しいメロディコーラスを持つポピュラー音楽のジャンル。ただし、範囲は明確かつ具体的になっているわけではない。

世界のソフトロック[編集]

ソフト・ロックの草分け的なグループとしては、1960年代半ばから後半にかけてのゾンビーズ、デイヴ・クラーク5(イギリス)、アソシエーション、トミー・ジェイムス&ションデルズ[1]らがあげられる。なお、ソフトロックという音楽用語の特徴は、日本の国内外で解釈が異なっている点にある。

例えば、英語版では、柔らかくて、聞き心地がよく、仕事をしながらでも聴ける音楽のスタイル。などと、「イージーリスニング音楽」という取り上げ方をされている。また、ロックに「ソフト」という言葉を充てることは、ロックのファンの一部を怒らせるジョージ・カーリン(コメディアン)の言葉を引いて「ソフトロックはロックではない。そしてそれは音楽ではない」 「それはただソフトなだけなのだ」 と手厳しい。

また、当初はイージー・リスニングであるとか、MOR (middle of the road)〈中道、ロックとポップスとの中庸という意〉と呼ばれているジャンルのうちの、一部のアーティストを指していたとの意見もある。その後、ソフト・ロックはアルバムを中心に大人向けの音楽を作るAORや、アダルト・コンテンポラリーへと変化していったというのが、アメリカ音楽業界の見解のようである。。まさしく「ハードではないロック」で、「アダルト・コンテンポラリー・ミュージック」(日本でいうAOR)に近い分類がなされているようである。なお、有名なインターネット音楽サイト、All Musicはフランク・シナトラ、バーブラ・ストライザンドを「ソフト・ロック」としてあげるなどの、誤りが見られる。

日本のソフトロック[編集]

日本では、東芝音楽工業から当時リリースされたハーパース・ビザールやアソシエイション[2]のアルバム、またワーナー・パイオニアからのブレッドのアルバムに「ソフト・ロックの王者」などのキャッチフレーズが付けられていた。当時の担当者の談によると、「自然発生的に流通しており、それを拝借した」という。その後1980年代なかばから、『ソフト・ロック―Soft rock A to Z』を発行した音楽誌「VANDA」がこのジャンルを積極的に取り上げ、再評価、レコードの再発売が進んだ。これによりソフトロックという名称が一般的に浸透化し、現在に至る。

日本でのソフトロックの定義は、概ね本項の冒頭で述べたとおりのものである。海外ではソフトロックという語および概念は「ロック」という部分を基礎にした認識であるが、日本におけるそれは「ポップス」という側面に比重を置いた認識である。そのため、日本でソフトロックに分類されるアーティストは、必ずしもロック的特徴を有しているわけではない。さらに、日本でのソフトロック認識には、1960年代後半から1970年代前半までという時代区分の条件がつく事が多い。ソフトロックというジャンルは、そもそも「過去のある音楽をある観点から再評価する」という意味合いが強い概念である。ソフトロックの定義や該当アーティストが一定でない理由はそれに起因する。

なお、この「ソフトロック」ムーブメントは日本先行であり、大手レコード会社、インディーズ・レーベル(M&M、A-SIDEなど)を問わず、日本発の世界初CD化の例も多い。また、ここ数年、日本発「ソフトロック」の定義は輸出されているが、それは専ら「サンシャイン・ポップ」と呼ばれている。その名の下で海外でもコンピレーションが編まれ、アルバムやシングルの音源の復刻も行われるようになった。ソフトロックは、前述のとおりその範囲が明確ではなく、あいまいなままであるが、日本においても状況が同様である。前出の『ソフト・ロック―Soft rock A to Z』の「日本版」であるVANDAの『Soft Rock in JAPAN』に掲載されたアーティストを見てみると、ニューミュージックシティ・ポップス渋谷系(+一部の歌謡曲)を、選択者の恣意的な好みに従って「つまみぐい」したような形になっている。なお、この本に掲載されていないアーティストについては、ページ数の関係で単に掲載が省略されているのか、編者が聴いたことがない(知らない)から外れているのか、また、ソフトロックに含まれないということを示しているのか、わからないという問題点がある。

主なアーティスト[編集]

主なプロデューサー[編集]

ソフトロックのおもな楽曲[編集]

ソフトロックの歴史[編集]

バート・バカラック[編集]

1928年、アメリカ・カンサス生まれで、40年代にはピアノ奏者としてバンド活動し、アメリカ音楽の有名作曲家がバート・バカラックである。1957年から作詞家のハル・デヴィッドとタッグを組み、ディオンヌ・ワーウィック『ウォーク・オン・バイ』「サンホセへの道』『恋にさようなら』『小さな願い』、カーペンターズ『遙かなる影』、B.J.トーマス『雨にぬれても』[3]など、ストリングスアレンジが特徴的な、洗練されたポップ作品を数々生み出して行った。ジャズやクラシック、R&Bを基調としているため、分類も微妙だが、ソフトロックへの影響を語る上で欠かせない重要作曲家である。

フィル・スペクター[編集]

プレ「ソフトロック」的なもののルーツは、一概に言いにくいが、1950年代に隆盛を極めたドゥーワップなどのコーラスポップと、1960年代前半、活躍を見せたフィル・スペクター[4]である。アレンジャーのジャック・ニッチェレオン・ラッセルラリー・ネクテルハル・ブレインキャロル・ケイらのロスの有名ミュージシャンたち、それにキャロル・キングバリー・マンなど、ニューヨークのブリル・ビルディング人脈のソングライターたち。これらの才能が生み出すサウンドを、長時間をかけたスタジオの生演奏録音で、多数の楽器の音を少しずつブレンドさせる多重録音で、壮大でかつポップな音楽をつくり上げた彼のスタイルは、ウォール・オブ・サウンドと呼ばれた。ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」、クリスタルズの『ダ・ドゥ・ロンロン』などのヒット曲を生んだ。

ブライアン・ウィルソン[編集]

フィル・スペクターの影響を受けたアーティストは多く、中でもザ・ビーチ・ボーイズブライアン・ウィルソンは、スペクター・サウンドを信奉。先に挙げたスペクター系のミュージシャンを起用し、代表作の『ペット・サウンズ』(1966年)をつくり上げた。ビートルズの『ラバー・ソウル』に影響されたこのサウンドは、それまでのロックとは異なった作風を示したのが66年の『ペット・サウンズ』である。多彩な打楽器の使用。クラシカルなフレーズと転調、そしてビーチ・ボーイズのオープン・ハーモニーが加わり、陽気だけではなく内性的な感情をも表現したアルバムとなった。またこのほか、ジャン&ディーン、ゲイリー・アッシャー、ブルース・ジョンストンなどの西海岸発のサウンド、サーフィン/ホット・ロッドのレコーディング演奏も彼らが支え、スペクターサウンドの継承と発展がみられた。『ペット・サウンズ』に続く『スマイル』(制作中止。2004年に完成)では、当時無名だったヴァン・ダイク・パークスがブライアンと共作をしている。

1960年代後半、アメリカ西海岸はフォークロックフラワーロックサイケデリックの時代を迎えていた。初期のバーズクロスビー、スティルス&ナッシュバッファロー・スプリングフィールドピーター・ポール&マリーでは、美しいコーラスを基調としたサウンドが重視されている。さらに、スペクター系のミュージシャンは、ママス&パパスなどのダンヒル系フォーク・ロックも支えた。また、ビートルズの『サージェント・ペパー・ロンリーハーツ・クラブバンド』のサイケデリック・ロックやコンセプト・アルバムブームの影響も強かったが、英国でもゾンビーズの『オデッセイ&オラクル』、ホリーズの『バタフライ』などのサイケ/ソフトロックの名作も生まれている。

ゲイリー・アッシャーとカート・ベッチャー[編集]

サーフィン/ホット・ロッド時代、『ロンリー・シー』『イン・マイ・ルーム』『409』などをブライアン・ウィルソンと共作したゲイリー・アッシャーは、バーズの一連のアルバムを手がけつつ、カート・ベッチャーと共に一部ではソフトロックの最高峰と呼ばれたミレニアムやサジタリアスのアルバムを制作する。ブライアン・ウィルソンと並ぶコーラス・アレンジの天才とも言えるカート・ベッチャーは、コラージュの才にも長け、ドリーミーな幻想サウンドを構築した。

バーバンク・サウンド[編集]

アメリカ・ポピュラー・ミュージック史を再構築して現代調に開示する作風を持つヴァン・ダイク・パークスの『ソング・サイクル』、『ディスカバー・アメリカ』、またはちょっと露悪的なシンガー・ソング・ライターランディ・ニューマン、そして古いロックやR&Bを再構築し、ハワイアンやキューバ音楽などワールド・ミュージック紹介の功績も高いライ・クーダーなどを1960年代後半以降、プロデュースしたのが、レニー・ワロンカーである。彼の一連のサウンドは、バーバンク・サウンドと呼ばれる。中でも、この人脈が集結してつくり上げたのが、ハーパース・ビザールである。ノスタルジックで幻想的なサウンドは、ほかのソフトロック同様、同時代的なヒットは得られなかった。

21世紀の音楽界への影響[編集]

これら、アメリカ西海岸発のサウンド「ソフトロック」の持つ、美しいコーラスやメロディ、そして制作上の執拗なスタジオワークなどは、日本では大滝詠一山下達郎などに受け継がれた。1990年代初頭に登場したピチカート・ファイヴ小西康陽などの渋谷系アーティストにも影響を与えた。また、海外でもジム・オルークオリヴァー・トレマー・コントロールハイ・ラマズなどに受け継がれ、「音響派」と呼ばれるムーブメントとなった。これらは、21世紀に入って再評価される傾向もある。

ヨーロッパのソフトロック[編集]

フランス、イタリアなど、ヨーロッパ諸国の過去のソフトロックも、再評価が行われている。日本ではフランスなどのソフトロック系のアルバムが再発されている。

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]