渋谷系
![]() |
渋谷系 | |
---|---|
![]() 渋谷の交差点(2007年) | |
様式的起源 | |
文化的起源 | 1990年代、渋谷、東京、日本 |
使用楽器 | |
サブジャンル | |
ネオ渋谷系 | |
融合ジャンル | |
アキシブ系 | |
関連項目 | |
渋谷系(しぶやけい、シブヤ系とも)、若しくは渋谷系サウンドとは、東京・渋谷(渋谷区宇田川町界隈)を発信地として1990年代に流行した日本のポピュラー音楽(J-POP)のムーヴメント[6]。1990年代中期から後期にかけて栄えたファッションスタイルを指すこともある[3][7]。
アメリカではMatadorやGrand Royalなどのメジャーなインディレーベルから発売されたため、インディー・ポップファンに支持された[3]。渋谷系は1990年代後半に絶頂期を迎えた後、主要なミュージシャンが他ジャンルへと移行したことで衰退していった[8]。
目次
語源[編集]
「渋谷系」という言葉の初出については諸説あり、明らかではないが、フリッパーズ・ギター解散後に定着したとされる[6]。1991年、HMV渋谷店がインディーズ作品を特集するリーフレットなどを置いたJ-Popコーナーを開いたが、渋谷系という言葉が生まれたのはこのような特集コーナーからだったともいわれている[9]。ピチカート・ファイヴの小西康陽の回想によれば、1991年夏頃の雑誌取材の際に、メンバーの高浪敬太郎が「ピチカート・ファイヴ、オリジナル・ラブ、フリッパーズ・ギターみたいなバンドを、今、渋谷系って言うんでしょ?」と発言したという[10]。また、編集者の川勝正幸によると、1993年春頃に情報誌『apo』の編集者だった山崎二郎(のちに『BARFOUT!』編集発行人)がHMV渋谷店を取材した際に生まれた言葉だという[11]。
メディアとして、「渋谷系」という言葉が登場したのは『ROCKIN'ON JAPAN』誌1993年12月号のラヴ・タンバリンズへのインタビューが最初と言われる。当時は「渋谷モノ」と記載されていた(インタビュアーは山崎洋一郎)。1993年当時『Rockin'on』誌に在籍していた音楽評論家で、のちに独立し『snoozer』を創刊した田中宗一郎が、「宇田川町の外資系CDショップを中心とした半径数百メートルで流通する音楽」を揶揄する意図をこめて命名したとされる[12]。そういうネガティブなニュアンスのためか、オリジナルラブの田島貴男やSpiral Lifeなどを始め、渋谷系に括られるのを激しく嫌うアーティストも多かった。その一方で「渋谷系」としてカテゴライズされる音楽がファンを増やすにつれ、本来のネガティブなニュアンスは隠蔽され、「お洒落っぽい音楽」を指す好意的なニュアンスとともに受け取られるようになった。
特徴[編集]
それまでの流行りであった“イカ天バンド”などの流れとは一線を画し、1980年代のニューウェーブやギターポップ、ネオアコ、ハウス、ヒップホップ、1960年代・1970年代のソウル・ミュージックやラウンジ・ミュージックといったジャンルを中心に、幅広いジャンルの音楽を素地として1980年代末頃に登場した都市型志向の音楽であるとされる。いとうせいこうは「渋谷レコ屋系」と分析し、「渋谷のレコード店に通い世界中の音楽を聴いたアーティストたちによって生み出された音楽」と述べており、渋谷系の共通点については、「オシャレ」、「力まない歌声」、「メインストリームとの絶妙な距離感」を挙げた[13]。
具体的なアーティストとしては、ピチカート・ファイヴ(小西康陽・野宮真貴)、ORIGINAL LOVE(田島貴男)、フリッパーズ・ギター(小山田圭吾・小沢健二)、bridge(カジヒデキ・清水ひろたか)などが挙げられる。ミュージシャン自身は「渋谷系」への区分を喜ばないことが多かったが、多くの音楽的要素を取り込んだ彼らの音楽を表現する言葉としてよく用いられた。また彼らのCDのジャケットデザインやファッションは、1960・70年代のデザインを引用し解釈しなおした斬新なものであり、これらの音楽のファン層に強い影響を及ぼした。
渋谷系のムーブメントの母体としては、ミントサウンドレーベルの社長が精力的だったことが大きい。
誕生の背景[編集]
発信源[編集]
1990年代前半の一時期、洋楽中心であったJ-WAVEで、例外的に彼らの曲を盛んに取り上げていた時期があった。
当時ONE-OH-NINEに店舗のあったHMV渋谷店[nb 1]の果たした役割は大きく、同店邦楽コーナーがプッシュしたミュージシャン群が渋谷系の源流と言われる。また渋谷パルコクアトロにできたCLUB QUATTROはオルタナティブ・ロックなどのグループが来日した際のライブ会場となり、エフエム東京の渋谷スペイン坂スタジオへのアーティストの出演も一つのステータスとなっていた。
多様な音楽の消費[編集]
1980年代に渋谷に出店したセゾングループのCDショップWAVEや、タワーレコードを始めとする外国資本企業のCDショップでは、当時日本盤では発売されていないような南米や古いヨーロッパの音源を扱うようになり、様々なマイナーな音楽が受け入れられるようになってきていた。
1980年代後半以降のCDの普及に伴い、流行曲だけでなく古いポップスや様々なジャンルの音楽が一斉にCD化されレコード店内に同時に並ぶという、都市部の音楽好きの青少年にとって非常に恵まれた環境が出現した。CDにならない古い音楽や日本で発売されないCDも、中古レコード店や外資系大型店でなら手に入れることができたため、従来からの邦楽や洋楽の流れに満足できない音楽マニアはこれらの店に通い音楽の知識を深めていった。
諸外国で勃興しつつあるジャンルの音楽やインディーズ音楽のほか、バート・バカラックやナイアガラ系音楽など少し前の年代のポップスもこうした状況下で見直され、新旧の別なく同時に受け入れられた。これら音楽マニアの中から渋谷系とよばれるミュージシャンが生まれ、新旧雑多な音楽を同時に引用した曲を作り出すこととなったのである。
前の世代のポップマニアへのリスペクト[編集]
バート・バカラックやナイアガラ系(大瀧詠一・山下達郎など)の影響を大きく受けた音楽の1つであり、山下達郎と田島貴男が共に、大きく影響を受けた音楽家としてカーティス・メイフィールドの名前を挙げるなど、両者の音楽的な源流が共通する。一例としてかつてシュガー・ベイブがカバーした大瀧詠一の「指きり」という曲を、わざわざ田島在籍時代のピチカート・ファイヴがカバーしており、そのような点を考慮しても、音楽的に渋谷系に対するナイアガラの強い影響があることはみてとれる。
また、小山田圭吾やピチカート・ファイヴの楽曲にはRoger Nichols & the Small Circle of Friendsの楽曲(とりわけ"Don't take your time"や"Love so fine"など)に対するオマージュといえるような作品が複数存在し、彼らの音楽性を方向付けた要素の一つとして数えられる。
現に、山下は萩原健太による『音楽と人』誌のインタビューにおいて自身を「かつては元祖夏男、今は元祖渋谷系」と自嘲的に語っている。
波及[編集]
同時期に欧米などでもマニアックなレコード店やクラブを中心にこうした多様な音楽を消費する環境が生まれていたため、渋谷系的な音楽シーンは1990年代前半に各国で相次いで登場した。モーマスやステレオラブ、セイント・エティエンヌ、ディミトリ・フロム・パリ、ジャミロクワイ、カーディガンズなどのアーティストは、日本では渋谷系と共通するリスナーから支持され、逆に渋谷系アーティストも欧米のインディーズ・シーンに盛んに紹介された。1990年代半ば以降、渋谷系音楽はアニメ、漫画、ゲームなど日本のポップカルチャーのブームの中、海外の青少年に局地的に受け入れられた。
日本国内では1990年代前半に大都市圏を中心に渋谷系を受容する層(主に洋楽やインディーズ音楽を支持し、ビーイング系などのメインストリームに反発する層)が広がり、1990年代半ば、団塊ジュニア世代の先鋭的な層を攻略するマーケティング上のキーワードとして、メジャーレーベルや各種企業の間に一種の「渋谷系」ブームが発生した。ブーム終焉後、現在は正統派ロックバンドとしての地位を確立しているMr.Children、スピッツ、ウルフルズなども当初は渋谷系として分類されることも多かった。1990年代のバンドは**系(イカ天系、ビーイング系、ヴィジュアル系)などと呼ばれるのが当たり前であったため、当然彼らにもこのような呼称が必要であったのである。また、秋元康らも「渋谷系」的なバンドをいくつかプロデュースしている。
ブームの終焉[編集]
2000年頃にはいわゆる渋谷系に属するアーティストは解散するものも現れ、もともと音楽性に共通性の薄かった渋谷系シーンは拡散・消滅した。しかしその影響はメジャー・インディーズ問わず多くのミュージシャンに残り、ポピュラー音楽の構成要素の一部になっている。2000年代の裏原宿系やその他のファッション、およびデザイン業界にも、渋谷系が広めた1960年代のヨーロッパや南米、黒人文化などのデザインが強い影響を残している。
評価[編集]
田中宗一郎は2006年のフリッパーズの再発の際に、「本当にありえないクオリティだ。この非凡さに準ずる才能が今の日本に存在するかと言ったら、完全にノーだろう」と最大限の称賛をおくっている[14]。
アーティスト一覧[編集]
- ICE[15]
- ヴィーナス・ペーター[6]
- 嶺川貴子[16]
- ORIGINAL LOVE[6][17]
- カヒミ・カリィ[6][17][18]
- Cornelius[8][17][18]
- スチャダラパー[6]
- Spiral Life[6]
- チボ・マット[19]
- テイ・トウワ[20]
- TOKYO No.1 SOUL SET[21]
- Buffalo Daughter[18][nb 2]
- ピチカート・ファイヴ[6][1][17]
- Fantastic Plastic Machine[18]
- bridge[6]
- フリッパーズ・ギター[6][23][18]
- U.F.O.[6]
- Yukari Fresh[24]
- ラヴ・タンバリンズ[6]
ネオ渋谷系[編集]
関連人物[編集]
脚注[編集]
出典[編集]
- ^ a b c d “Shibuya-Kei”. AllMusic (n.d.). 2018年10月6日閲覧。
- ^ a b c d e Reynolds 2011, p. 168.
- ^ a b c d e Ohanesian, Liz (April 13, 2011). “Japanese Indie Pop: The Beginner's Guide to Shibuya-Kei”. LA Weekly .
- ^ a b c d “The Day J-Pop Ate Itself: Cornelius and the Timeless Freakiness of ‘Fantasma’”. The Observer (2016年6月13日). 2018年10月6日閲覧。
- ^ a b c Martin, Ian (2013年8月28日). “Twenty years ago, Cornelius releases the track that defined Shibuya-kei”. The Japan Times
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q ““渋谷系”について詳しく教えてください!”. CDジャーナル (2006年1月27日). 2018年10月6日閲覧。
- ^ McKnight 2009, p. 451.
- ^ a b “Cornelius: Fantasma Album Review”. ピッチフォーク (2016年6月11日). 2018年10月6日閲覧。
- ^ Onishi 1998, p. 482, coined after an HMV Shibuya J-pop display; McKnight 2009, p. 451, HMV Shibuya's J-pop corner opened in 1991
- ^ “特集・渋谷系”. ミュージック・マガジン: pp.27-28. (2007年9月).
- ^ 川勝正幸 『ポップ中毒者の手記(約10年分)』 河出書房新社、2013年、116頁。
- ^ rockin'on 95年12月号
- ^ “関ジャム 完全燃SHOW 教えて!関ジャム先生! 他人には聞けない音楽疑問”. gooテレビ番組. (2017年6月4日)
- ^ snoozer 06年10月号
- ^ “今年25周年を迎える渋谷系クール・グルーヴの代表格ICE、1994年の初ワンマンの映像が発見され初映像化決定”. ユニバーサル ミュージック合同会社 (2018年9月10日). 2018年10月6日閲覧。
- ^ St. Michel, Patrick (2014年9月2日). “Dustin Wong and Takako Minekawa let their imaginations run wild on new album”. The Japan Times
- ^ a b c d Fisher, Devon (2015年3月10日). “Momus honors music’s eccentrics on ‘Turpsycore’”. The Japan Times
- ^ a b c d e Reynolds 2011, p. 166.
- ^ “Catching Up With Cibo Matto”. The Harvard Crimson (2014年2月11日). 2018年10月6日閲覧。
- ^ “Return to the Planet of Cornelius”. Vice (2016年8月4日). 2018年10月6日閲覧。
- ^ a b 吉田勉. “'90sカルチャーを追体験!いま聴きたい渋谷系アルバム10選【後編】”. funmee. 2018年10月6日閲覧。
- ^ Kikuchi, Daisuke (2014年7月22日). “Buffalo Daughter calls on some ‘konjac-tions’ for its newest album”. The Japan Times
- ^ Martin, Ian (2013年7月10日). “C86 sound jangles on in the Japanese indie scene”
- ^ “Yukari Fresh”. AllMusic. 2018年10月6日閲覧。
- ^ “These Ladies Know the Sweet Smell of Success”. Kotaku (2011年6月28日). 2018年10月6日閲覧。
- ^ St. Michel, Patrick (2015年8月9日). “Even if you don’t see Yasutaka Nakata at Summer Sonic, you’ll probably hear him”. The Japan Times
- ^ “HNC - "Southern Fruitas"”. Pitchfork (2014年9月29日). 2018年10月6日閲覧。
- ^ “Asphalt Frustration”. AllMusic. 2018年10月6日閲覧。