山崎洋一郎

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やまさき よういちろう
山崎 洋一郎
生誕 (1962-08-29) 1962年8月29日(59歳)
日本の旗 東京都世田谷区
国籍日本の旗 日本
出身校上智大学外国語学部
職業雑誌編集者
活動期間1986年 - 現在
団体ロッキング・オン
肩書きROCKIN'ON JAPAN編集長
rockin'on編集長
任期2010年 -
配偶者あり
子供2人
公式サイト山崎洋一郎の「総編集長日記」

山崎 洋一郎(やまさき よういちろう、1962年8月29日 - )は、日本音楽評論家編集者

来歴[編集]

東京都世田谷区出身。六甲高等学校上智大学外国語学部卒業。

1986年ロッキング・オンに入社。1991年から邦楽雑誌『ROCKIN'ON JAPAN』2代目編集長。2000年から洋楽雑誌『rockin'on』4代目編集長を歴任。2006年から『ROCKIN'ON JAPAN』の編集長に復帰。2010年5月号より『ROCKIN'ON』と『ROCKIN'ON JAPAN』の編集長を兼任する。『ROCKIN'ON JAPAN』では前年より、「総編集長、またはめっちゃ☆編集長」という肩書きだが、その業務が編集長時代と何が変化したのかは、本人からは曖昧な楽観的コメントしかされていない。

2021年7月15日、『ROCKIN'ON JAPAN』1994年1月号における小山田のインタビュー内容がインターネット上で拡散される。小山田は小学生時代から多年にわたり障害者の児童生徒に対していじめ、虐待、暴行を行ったと告白しており、批判が相次いだ[1]。17日から『オブザーバー』やAP通信など多くの海外メディアが小山田の発言を詳細に報じた[2]。18日、山崎は自身のブログで謝罪文を公表。「その時のインタビュアーは私であり編集長も担当しておりました」と述べ、「傷つけてしまった被害者の方およびご家族の皆様、記事を目にされて不快な思いをされた方々に深くお詫び申し上げます」と謝罪した[3][4][5]

人物[編集]

  • 高円寺を大変気に入っており、幾度か引越しをしているにもかかわらず、高円寺圏内というこだわりを貫いている。借家であることにもこだわる。「ローンを組んで我が家を得てしまうと、それを守ろうという心理が働く。本当に書きたいことを書いたらクビを切られる場面があれば、書かずに過ごす選択をとってしまうだろう。でも自分は、それならばクビになってでも書きたいことを書く選択をとりたい。借家であれば小さい家に移れば良い」と述べている[要出典]
  • 長らく「やまざき」と名乗り、ローマ字表記も「yamazaki」であったが、戸籍では「やまさき」であるとし、発表したその月[いつ?]のROCKIN'ON JAPANからすべて「やまさき」「yamasaki」表記に改めている。
  • デヴィッド・ボウイに強い思い入れがあり、敬愛するアーティストの一人であると公言している。コラム「激刊!山崎」は、JAPAN→rockin'on→JAPANと誌面を移して現在も[いつ?]連載中。単行本化されている。

出演[編集]

ラジオ[編集]

  • DIG THE ROCKS(bayfm
  • BRIT AWARDS2012、2013の副音声にて解説を務める。

テレビ[編集]

著書[編集]

  • 激刊!山崎(2005年
  • SHOW-OFF(高円寺内で配布されているフリーペーパー。「ごめん、コベイン」というコラムを2010年に10年振りに再開した)※コベインというのはカート・コバーンの事である。

ライナーノーツ[編集]

他多数

脚注[編集]

[脚注の使い方]

外部リンク[編集]