アトランティック・レコード

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アトランティック・レコード
Atlantic Records
Atlantic Records box logo (colored).svg
親会社ワーナー・ミュージック・グループ
設立1947年
設立者アーメット・アーティガンハーブ・エイブラムソン
販売元アメリカ合衆国の旗 自社販売
日本の旗 ワーナーミュージック・ジャパン
ジャンルポップス全般
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
本社所在地ニューヨーク
公式サイトATLANTICRECORDS.com

アトランティック・レコード(Atlantic Recording Corporation、単にAtlantic Recordsとして広く知られる)は、アメリカのレコード・レーベル。

現在はワーナー・ミュージック・グループの傘下にある。

歴史[編集]

レーベルは、1947年にアーメット・アーティガンハーブ・エイブラムソンによって設立された[1]。アーティガンの父はトルコ人で外交官、駐米大使だった。アーティガンは大使館の雑用係だった黒人クレオ・ペインから黒人音楽と文化を教えられる。少年時代に生でキャブ・キャロウェイ[2]デューク・エリントン[3]のコンサートを見られたことも、アーメットの音楽志向に大きな影響を与えた。黒人音楽の魅力にとりつかれたアーメットは兄ネスヒとともに、夜な夜なレコード店でジャズブルースのレコードをあさるようになった。やがて彼らは、自分たちの心を震わせる黒人ジャズメンのコンサートを開きたいという願望を持つようになった。しかし当時のワシントンは南部と変わりないほど激しい人種差別が存在し、黒人と肩を並べて道を歩くのもはばかられるような状態だった。彼らはあきらめず、やがてトルコ大使館でデューク・エリントンやレスター・ヤングのコンサートを開くことに成功した。そして1947年にレーベルを創立した。エイブラムソンは後に同社を退き、一方でアーティガンの兄であるネスヒ・アーティガンとジェリー・ウェクスラー[4]が加わり、この3人によって運営された。

アトランティックは、R&Bやジャズのレーベルとして有名になった。アトランティックの初期のヒットメイカーとしては、ルース・ブラウンがおり[5]、他には、ラヴァーン・ベイカーボビー・ダーリンらがいた。1952年から1959年まではレイ・チャールズが契約しており、レーベルを牽引した。また、1950年代から60年代にかけてのサザン・ソウルの隆盛は、同社の存在を抜きにして語ることはできない。ジェリー・ウェクスラーやトム・ダウドなどの有名プロデューサーを輩出したことでも知られる。

1960年代当時は激しい公民権運動が巻き起こっている時代で、1960年代の中盤には黒人にも公民権が認められるようになったが、南部を中心とした地方では、黒人系の出入りするショットバー、プールバーなどと白人系の人々の出入りするバーは分かれていた。

また、ジュークボックス全盛の時代に黒人向けの各種バーなどで、アトランティック・レーベルのレコードがジュークボックスに入っていたことも、レコードの売り上げ増に貢献した。レーベルからはアレサ・フランクリン[6]ウィルソン・ピケット[7]らの本物のソウルミュージックのヒット曲が次々に生まれた。

1960年代後半から徐々に白人ロックにも進出し、ブルー・アイド・ソウルラスカルズ(当初はヤング・ラスカルズ)はアトランティック・レーベル、他はレーベル区分で当初はアトコ・レコードからシェールバッファロー・スプリングフィールドアイアン・バタフライ、アメリカ国内盤でクリームを、その後、イギリス現地法人設立など営業方針変更からレッド・ツェッペリンクロスビー、スティルス&ナッシュなどをアトランティック・レーベルから送り出した。

1967年ワーナー・ブラザース=セヴン・アーツ(後のワーナー・ブラザース・ディスカバリー)の傘下となった。またワーナー、エレクトラとともに葬儀屋、駐車場経営のキニー社傘下で、WEAグループという巨大企業の一部になったこともある。現在はワーナー・ミュージック・グループを代表するレーベルのひとつである。また、アメリカとアメリカ国外ではロゴが違う(アメリカのみ新ロゴを使用)。

日本盤はかつてはビクター・ワールド・グループ日本ビクター)→ 日本グラモフォン(現:ユニバーサル ミュージック ジャパン)を経てワーナーブラザーズ・パイオニア → ワーナー・パイオニア → イーストウエスト・ジャパンが発売元だったが、同社がワーナーミュージック・ジャパン(以下WMJ)と合併したため、現在はWMJが発売元である。

沿革[編集]

主な洋楽アーティスト[編集]

邦楽アーティスト[編集]

1970年代から1980年代にかけて、アトランティック・レーベルの配給権を保持していたワーナー・パイオニア(現:ワーナーミュージック・ジャパン) が、同レーベルから発売した邦楽アーティスト。ロックからムード歌謡まで幅広く手掛けている。

Atlantic Japanの邦楽アーティスト[編集]

WMJのCEO小林 和之によって提唱され、アトランティック・レコードの基盤を残しつつ日本向けの音楽を目的としたレーベル。2015年9月15日より始動した。

サブ・レーベル[編集]

書籍[編集]

  • 『アトランティック・レコード物語』、早川書房
  • 『ジャズ名門レーベル大事典 Swing Journal 1999年5月臨時増刊』スイングジャーナル社、1999年、274頁。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Ahmet Ertegun”. 2021年11月4日閲覧。
  2. ^ 「ミニー・ザ・ムーチャー」などで知られる、ジャンプ・ブルースの音楽家
  3. ^ A列車で行こう」「ムード・インディゴ」など、ジャズのスタンダードを数多く作曲した
  4. ^ https://www.songhall.org/awards/winner/Jerry_Wexler
  5. ^ ルース・ブラウン 2022-7-4閲覧
  6. ^ 小さな願い」「リスペクト」などソウルの名曲多数
  7. ^ 「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」「ダンス天国」などがヒット

外部リンク[編集]