愛が止まらない 〜Turn it into love〜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
愛が止まらない 〜Turn it into love〜
Winkシングル
B面 DING DING 〜恋から始まるふたりのトレイン〜
リリース
規格 8cmCD
シングルレコード
コンパクトカセット
デジタル・ダウンロード
ジャンル ポップス
レーベル ポリスター
作詞・作曲 マイク・ストック、マット・エイトキン、ピート・ウォーターマン
及川眠子(日本語詞)
船山基紀(編曲)
プロデュース 水橋春夫
ゴールドディスク
チャート最高順位
  • 週間1位(オリコン、1989年2月13日)[1]
  • 年間5位(オリコン、1989年度)[2]
  • 1位(ザ・ベストテン、1989年3月2日)[3]
  • 上半期1位(ザ・ベストテン、1989年6月29日)
  • 1位(歌のトップテン、1989年2月27日、3月6日・13日・20日)
  • Wink シングル 年表
    アマリリス
    (1988年)
    愛が止まらない 〜Turn it into love〜
    (1988年)
    涙をみせないで 〜Boys Don't Cry〜
    1989年
    テンプレートを表示

    愛が止まらない 〜Turn it into love〜」(あいがとまらない ターン・イット・イントゥ・ラヴ)は、Winkの3作目のシングルである。1988年11月16日ポリスターより発売された。本曲の収録アルバムによっては、副題が「TURN IT INTO LOVE[注 1]、もしくは「Turn It Into Love[注 2]と表記される場合もある。Winkのデビュー30周年である2018年4月27日には、完全限定盤として17cmアナログ・シングルがダブル・ジャケット仕様で再リリースされた[4]EP: D07R-1018(再リリース盤はPSKR-9107)、8cmCD: H10R-30011。

    解説[編集]

    表題曲は、オーストラリアの女性歌手であるカイリー・ミノーグの、特に日本でヒットした1988年の楽曲「愛が止まらない 〜ターン・イット・イントゥ・ラヴ〜」のカバーである。

    同年のテレビドラマ『追いかけたいの!』(フジテレビ系、10月26日-12月21日放送)の主題歌として用いられ[5]、その放送期間中である11月16日に発売された。発売日は当初、11月9日と告知されている[6]。日本語詞は及川眠子、編曲は船山基紀が担当した。

    カップリング曲は「DING DING 〜恋から始まるふたりのトレイン〜」。スウェーデンの女性歌手であるアニカ・ブルマンスウェーデン語版の1988年の楽曲「I en ding ding värld」のカバーで、「愛が止まらない」と同じく、日本語詞を及川眠子、編曲を船山基紀が担当している。

    レコーディングは同年9月20日・21日・28日・30日、10月3日に行なわれているが[注 3][注 4][注 5]、このうち、9月21日に一口坂スタジオにおいて収録された音源がマスターテープとして採用された[7]

    オリコンチャートの週間ランキングでは、この年の11月28日付で初登場19位[8]。12週目である1989年2月13日付で、Winkのシングルとして初の1位を獲得する[1]。以後、8月14日付の98位まで、100位以内には38週連続ランクインしている[9][10]。同チャートの年間ランキングでは、1988年度においては1.035万枚の売上で492位であるが[11]、翌1989年度においては、同デュオのシングルとしては最大の年間売上である62.95万枚を記録し、5位となった[2]。1990年度では、0.551万枚の売上で591位となっている[12]。当時の大半のアイドル系のシングルが、初登場で最高順位となり、以後は徐々に、または急激に順位を落としていたなか、本曲はタイアップドラマである『追いかけたいの!』が1988年12月21日に終了して以降も、暫く順位を伸ばしつつロングセールスを続けた[13]。それは、有線におけるリクエストがカイリー・ミノーグの原曲と同時期に集中していることから、原曲との相互影響のもとに有線で支持層を拡げた結果であったとも見られている[14][注 6]。なお、Winkはデビュー当初からラジオと有線に絞って宣伝がなされていた[15]

    テレビの音楽ランキング番組でも、オリコンチャートと同様のランキング傾向となっている。『ザ・ベストテン』(TBS系[注 7]においては、1989年1月5日に6位に入り、9週目の3月2日に1位を獲得。以後、4月27日の8位まで、10位以内に17週連続ランクインし、6月28日に上半期ベストテン1位となった。『歌のトップテン』(日本テレビ系[注 7]においては、1989年1月16日に10位に入り、7週目の2月27日以降、3月6日・13日・20日と、4週連続1位を獲得。以後、5月1日の9位まで、10位以内に16週連続ランクインしている。

    Winkは本曲により、1989年7月8日放送の『発表・全日本有線放送大賞』(日本テレビ系[注 8]で、上半期グランプリを受賞した[16]

    かかるヒット曲である本楽曲は、西城秀樹1995年)、PUFFY2001年)、小柳ゆき2003年)、デーモン小暮閣下2008年)、稲垣潤一&相川七瀬2010年)などを始め、日本の多くのアーティストがカバーし[注 9]1990年には、とんねるずによるパロディ曲「淋しい病気が止まらない」が生み出されている[注 10]

    批評[編集]

    本曲発売前の『ORICON WEEKLY』のレビューでは、「軽快なビートと哀愁メロディーが、2人の声の陰の部分を引き出してて、いいと思う。」とされている[17]

    本曲ヒット後における『CDジャーナル』では、「官能的な歌詞をただただ淡々と可憐に歌う……。アイドル・ポップスの新境地を開いた、Winkならではの哀愁系ユーロビート。切なく響く打ち込みビートと瑞々しい歌声は、エンドレスで聴いていたい心地よさだ。」と評された[18]

    本曲によるWinkの世上での認知[編集]

    本曲はWinkのシングル3作目であるが、そのヒット時からWinkの既発のシングルやアルバムが全てオリコンチャート200位以内に入り始めたことを以って、ユーザーの関心がこの楽曲から彼女たち自身へ移行し、このデュオがアーティストとして完全に認知されたという指摘がある[13]。同チャートでは、シングル1作目の「Sugar Baby Love」が最高20位[19]、2作目の「アマリリス」が最高30位であったが[20]、これらの楽曲のリリース時期には、本来はアイドルではなくアルバムアーティストとしてデビューした[21]Winkのビジュアルが、歌唱に先行しないよう、その露出が控えられていて[22]、前2作を超える本曲のヒットまでは、彼女たち自身の知名度は高いものではなかった。

    後にWinkは、1989年12月7日放送の『音楽派Together』(TBS系)において、本曲が初めてのヒット曲となったため多くの人からデビュー曲と思われているが、デビュー曲は「Sugar Baby Love」である旨を語っている[注 11]

    本曲の成り立ち[編集]

    本曲は、ポリスターの音楽プロデューサである水橋春夫のもとに、Winkの全盛期を支えた、作詞家・及川眠子、編曲家・船山基紀、振付師・五十嵐薫子(のちの香瑠鼓)、スタイリスト源香代子らが初めて集結して作成された[23]。同曲の発売とドラマタイアップは、前作「アマリリス」が1988年9月7日に発売された時には決まっていたといい[15]、同デュオのメンバー・鈴木早智子は、「アマリリス」のレコーディングをし終えた時に、次回作として「愛が止まらない」の音源を聴かされた旨を語っている[24][注 12]

    水橋は、「カイリー・ミノーグの曲の中で、この曲はそれほど魅力的な曲じゃないんです。それをどう料理するか」として、編曲面で、①テンポが遅めの原曲を通常のユーロビートのテンポにして軽快感を出す、②日本人が好みそうなイントロにする、③オブリガートを使う、④Winkに合わせたメロディを一部作る、等を行なったという[15][注 13]

    日本語詞[編集]

    Winkの前2作である「Sugar Baby Love」と「アマリリス」は森雪之丞(別名、Joe Lemon)が日本語詞や作詞を担当したが、本曲を担当するはずの作詞家が多忙であったため、及川眠子に白羽の矢が立っている[25]。この時、彼女はWinkの顔も声も知らないまま、原曲のカセットテープのみを渡され、また、訳詞ではなく日本語詞でよいとの指示を受けており、30分ほどで書き上げたという[26]

    編曲[編集]

    編曲を担当した船山基紀は、水橋を「いい意味でユル~イ方」としており、このプロデューサーからは、アレンジについて感覚的な指示を受けていたという[27]。その編曲の際は船山自らの方法に則っており、原曲を分析した上で、そのままの演奏では密度が低く日本語詞がフィットしないため、リヴァーヴを強めにしたり、音を厚くしたりしている[27]

    振付[編集]

    振付を担当した五十嵐薫子は、本格的なダンスを取り入れたアイドルデュオBaBeの振付師であったが、本曲の振付のオファーが来た当初は、「踊れない二人組の振付」をすることとなり落胆している[28]。しかしながら、Winkは「二人とも普通なのに、〝自分らしささ〟も世界観もしっかりとしている。普通だけど、平凡じゃない。」と思い至る[29]。そこで彼女が付した振付はWinkの二人が非対称な踊りを踊るものであるが、それは、一見似ている彼女たちの個性を際立たせるためのものであり、また、コンピュータゲームに慣れている人たちであれば、二人が同時に行なう異なる振付を容易に識別し、楽しめるだろうとの目論見から、情報量を増やすことによって視聴者を飽きさせないようにするという狙いもあった[30]。「誰でもできるシンプルな振付にも意味があり、私の真剣な思いが込められていました。」と彼女は語る[30]。なお、Winkのカラオケ集CD『Fairy Tone』のブックレットに、この振付の踊り方について、五十嵐による解説と、その助手・林エリィによるイラスト図解が付されている[31]

    衣装[編集]

    スタイリストの源香代子は、本曲がヒットし始めてすぐにオファーを受けた旨を語る[32]。彼女はそれ以前に、アイドル歌手時代の山瀬まみを水橋とともに手がけたことがある[32]。衣装の作成にあたって、水橋からはそのイメージ設定や具体的なオーダーは受けておらず、楽曲と詞、Winkの声から感じたものをビジュアルとして描きあげたという[32]

    収録曲[編集]

    1. 愛が止まらない 〜Turn it into love〜
    2. DING DING 〜恋から始まるふたりのトレイン〜
      • 作詞・作曲: Lasse Andersson・Bruno Glenmarkスウェーデン語版、日本語詞: 及川眠子、編曲: 船山基紀
      • アニカ・ブルマン「I en ding ding värld」のカバー

    収録アルバム[編集]

    • DING DING 〜恋から始まるふたりのトレイン〜

    テレビ番組における歌唱[編集]

    ※ 在京キー局のテレビ番組の放送日は首都圏のもの。地方の系列局の放送日は異なる場合がある。

    • 愛が止まらない 〜Turn it into love〜
    放送日 (曜日) 収録日 (曜日) 番組名 放送局 衣装 備考
    1988.11.19 (土) 深夜 1988.11.19 (土) 深夜 SUPER WEEKEND LIVE 土曜深夜族 TBS Winkの衣装は鈴木早智子の帽子と相田翔子のスカートのデザインが以後のものと異なる。
    1988.11.24 (木)[注 14] 1988.11.24 (木)[注 14] おはよう朝日です[注 14] 朝日放送 Winkは既製品の衣服を着用して出演。
    1988.11.27 (日)[注 15] 1988.11.10 (木)[注 16] 第7回とびだせ!!フレッシュ歌謡まつり[注 15] CBCテレビ 会場は愛知県春日井市民会館[注 16]。Winkは既製品の衣服を着用して出演。
    1988.12.12 (月) 1988.12.12 (月) 歌のトップテン 日本テレビ 「もうすぐトップテン」に出演[33]
    1988.12.16 (金)[34] 1988.12.16 (金) ミュージックステーション[34] テレビ朝日
    1988.12.22 (木) 1988.12.22 (木) ザ・ベストテン TBS 「今週のスポットライト」に出演[33]
    1988.12.25 (土) 1988.12.08 (木)[注 17] 歌謡びんびんハウス テレビ朝日
    1988.12.31 (土) 深夜 1988.12.31 (土) 深夜 オールナイトフジ フジテレビ
    1989.01.05 (木) 1989.01.05 (木) ザ・ベストテン TBS 第6位[35]
    1989.01.12 (木)[注 18] 1989.01.12 (木) ザ・ベストテン[注 18] TBS 第8位[35]。Winkの本曲歌唱前に鈴木早智子が「津軽海峡・冬景色」を独唱。この出演時から鈴木の衣装のパンツの裾が裁断されたものになっている。
    1989.01.16 (月) 1989.01.16 (月) 歌のトップテン 日本テレビ 第10位。Winkは既製品の衣服を着用して出演。
    1989.01.19 (木)[注 19] 1989.01.19 (木) ザ・ベストテン[注 19] TBS 第4位[35]
    1989.01.21 (土) 1989.01.13 (金)[注 20] サタデーポップ’88 TBS
    1989.01.22 (日) 1989.01.10 (火)[注 21] やる気マンマン日曜日 毎日放送・TBS
    1989.01.23 (月) 1989.01.23 (月) 歌のトップテン 日本テレビ 第7位。
    1989.01.26 (木) 1989.01.26 (木) ザ・ベストテン TBS 第4位[35]。Winkはスキーウェアを着用して出演。
    1989.01.28 (土) 1989.01.28 (土)[注 22] E子のランチタイム テレビ東京 富士急ハイランドにてロケ[注 22]。Winkは防寒服を着用してスケートリンク上で歌唱。
    1989.01.29 (日)[注 23] 1989.01.17 (火)[注 24] 歌え!ヒット・ヒット[注 23] テレビ東京
    1989.01.30 (月) 1989.01.30 (月) 歌のトップテン 日本テレビ 第5位。
    1989.02.02 (木)[注 25] 1989.02.02 (木) ザ・ベストテン[注 25] TBS 第3位[35]。視聴者からの電話により鈴木早智子と相田翔子の人気投票を行なう[注 25]
    1989.02.03 (金)[36] 1989.02.03 (金) ミュージックステーション[36] テレビ朝日
    1989.02.05 (日) 1989.01.24 (火)? 歌え!ヒット・ヒット テレビ東京
    1989.02.06 (月)[注 26] 1989.02.06 (月) 歌のトップテン[注 26] 日本テレビ 第3位。Winkは内藤こづえデザインのDCブランド衣装を着用して出演[注 26]
    1989.02.09 (木)[注 27] 1989.02.09 (木) ザ・ベストテン[注 27] TBS 第2位[35]
    1989.02.12 (日)[注 28] 1989.02.05 (日)[注 29] スーパーJOCKEY[注 28] 日本テレビ
    1989.02.13 (月)[注 30] 1989.02.13 (月) 歌のトップテン 日本テレビ 第2位。
    1989.02.16 (木)[注 31] 1989.02.16 (木) ザ・ベストテン[注 31] TBS 第2位[35]
    1989.02.19 (日)[注 32][注 33] 1989.02.06 (月)[注 34] 歌え!ヒット・ヒット[注 32][注 33] テレビ東京 Winkはスキーウェアを着用してスキー場で歌唱[注 32][注 34]
    1989.02.20 (月)[注 35] 1989.02.20 (月) 歌のトップテン[注 35] 日本テレビ 第2位。
    1989.02.23 (木)[注 36] 1989.02.23 (木) ザ・ベストテン[注 36] TBS 第2位[37]。歌唱前にWinkの二人それぞれの初恋の人が登場[注 37]
    1989.02.27 (月)[注 38] 1989.02.27 (月) 歌のトップテン[注 38] 日本テレビ 第1位。
    1989.03.02 (木)[注 39] 1989.03.02 (木) ザ・ベストテン[注 39] TBS 第1位[37]。Winkは黒い長手袋とベルトを付したこの時限りの白い衣装を着用して出演。本曲歌唱の際にアルバム『At Heel Diamonds』収録のRemix版のイントロを用いる。
    1989.03.06 (月)[注 40] 1989.03.06 (月) 歌のトップテン 日本テレビ 第1位。Winkは和服をアレンジした衣装を着用して出演[注 40]
    1989.03.09 (木)[注 41] 1989.03.09 (木) ザ・ベストテン[注 41] TBS 第2位[37]
    1989.03.13 (月)[注 42] 1989.03.13 (月) 歌のトップテン[注 42] 日本テレビ 第1位。鈴木早智子と相田翔子がパートを入れ替えて歌唱[注 42]
    1989.03.16 (木)[注 43] 1989.03.16 (木) ザ・ベストテン[注 43] TBS 第2位[37]。Winkは、『熱帯夜スペシャル』(テレビ朝日系)のロケを行なっていた、翌日オープンの沖縄県那覇市のディスコ・ZAVARESから中継で出演[注 43]
    1989.03.20 (月)[注 44] 1989.03.20 (月) 歌のトップテン[注 44] 日本テレビ 第1位。Winkが海老一染之助・染太郎と共演[注 44]
    1989.03.23 (木)[注 45] 1989.03.23 (木) ② ザ・ベストテン TBS 第2位[37]。鈴木早智子が風邪の名目で欠場し[注 46]、相田翔子が既製品の衣服を着用して単独出演。『がんばれドラゴンズまつり』出演[注 47]のため滞在していた名古屋より中継。
    翌週3月30日はドラマ『痛快!ロックンロール通りファイナル』放送[注 48]により番組休止。同日のランキングは第3位[37]
    1989.03.25 (土)[注 49] 1989.03.23 (木) ①[注 47] ’89がんばれドラゴンズまつり[注 49] CBCテレビ 鈴木早智子が風邪の名目で欠場し[注 50]、相田翔子が単独出演。
    1989.04.06 (木)[注 51] 1989.04.06 (木) ザ・ベストテン[注 51] TBS 第4位[37]。鈴木早智子が白、相田翔子が黒のドレスを、第3位にランクインした「涙をみせないで」[37]の衣装の上に着用して本曲を歌唱。同曲歌唱終了時にこれを脱ぎ、続けて「涙をみせないで」を歌唱。
    前週3月30日はドラマ『痛快!ロックンロール通りファイナル』放送[注 48]により番組休止。同日のランキングは第3位[37]
    1989.04.10 (月)[注 52] 1989.04.10 (月) 歌のトップテン[注 52] 日本テレビ 第5位。
    「涙をみせないで」が第3位にランクイン[注 52]
    前週4月3日は『第3回・芸能人オールスター夢の球宴!』放送[注 53]により番組休止。
    翌週4月17日は『プロ野球東京ドーム 巨人×広島』放送[注 54]により番組休止。
    1989.04.13 (木) 1989.04.13 (木) ザ・ベストテン TBS 第7位[39]
    「涙をみせないで」が第4位にランクイン[39]
    1989.04.20 (木) 1989.04.20 (木) ザ・ベストテン TBS 第8位[40]
    「涙をみせないで」が第4位にランクイン[40]
    1989.04.24 (月)[注 55] 1989.04.24 (月) 歌のトップテン[注 55] 日本テレビ 第8位。
    「涙をみせないで」が第4位にランクイン。相田翔子が紛失したとされる「Sugar Baby Love」の衣装(ピンク色のメイド服)[注 56]を番組が復元し、Winkはこれを「涙をみせないで」の歌唱の際に着用[注 55]
    前週4月17日は『プロ野球~東京ドーム 巨人×広島』放送[注 54]により番組休止。
    1989.04.27 (木) 1989.04.27 (木) ザ・ベストテン TBS 第8位[40]
    「涙をみせないで」が第1位にランクイン[40]
    1989.05.01 (月)[注 57] 1989.05.01 (月) 歌のトップテン[注 57] 日本テレビ 第9位。
    「涙をみせないで」が第1位にランクイン。
    1989.06.29 (木)[注 58] 1989.06.29 (木) ② ザ・ベストテン[注 58] TBS 上半期第1位。Winkは既製品の衣服を着用し、大阪における『発表・全日本有線放送大賞』収録終了後に同地のディスコ・テラス2 DESSE JENNYより中継で出演。
    1989.07.08 (木)[注 59] 1989.06.29 (木) ①[注 60] 発表・全日本有線放送大賞[注 59] 読売テレビ・日本テレビ 上半期グランプリ。Winkは「淋しい熱帯魚」の衣装を着用して本曲を歌唱。
    1989.07.29 (土)[注 61][注 62] 1989.07.17 (月)[注 63] 中間発表!第22回日本有線大賞[注 61][注 62] TBS Winkは「淋しい熱帯魚」の衣装を着用して本曲を歌唱。
    1991.01.11 (金)[注 64] 1991? ヒットパレード90's[注 64] フジテレビ - Winkは同番組で「ニュー・ムーンに逢いましょう」も歌唱。
    1992.06.15 (月)[42] 1992.04.05 (日) Winkコンサートツアー’92[42] NHK BS2 - 同番組は1992年4月5日(日)に中野サンプラザで開催された「Sapphire」コンサートを収録したもの。
    1993年1月3日(日)に再放送[43]
    ライブビデオ『WINK '92 CONCERT SAPPHIRE』(ポリスター、1992年9月26日)に同番組の内容が一部収録されるものの、本曲歌唱部分は未収録。
    1992.10.09 (金)[44][注 65] 1992.10.09 (金) ミュージックステーション[44][注 65] テレビ朝日 - Winkは視聴者が選んだ「Wink BEST10」の1位曲として本曲を歌唱[44][注 65]。同番組では「リアルな夢の条件」も歌唱。
    1994.02.05 (土)[注 66] 1994.02.05 (土) 雪まつりスペシャル'94[注 66] テレビ朝日 - Winkは同番組で「いつまでも好きでいたくて」、「Made In Love」、「摩天楼ミュージアム」、「淋しい熱帯魚」も歌唱。
    1994.11.06 (日)[45] 1994 アイドルオンステージ[45] NHK BS2 - Winkはコンサート用の衣装を着用して出演。同番組で「追いつめたい」と「涙を責めないで」のメドレーも歌唱。
    1995.09.27 (水) 1995 特別企画!上岡・研の有名人が選ぶわがまま名曲ベスト1 テレビ朝日 - Winkは同番組で「JIVE INTO THE NIGHT」も歌唱。
    1996.03.16 (土)[注 67] 1996 THE夜もヒッパレ[注 67] 日本テレビ - 活動停止前のWink最後のテレビ出演[46]
    いい日旅立ち」(山口百恵の楽曲)、「淋しい熱帯魚」、「涙をみせないで」、本曲、「トゥインクル トゥインクル」、「Sexy Music」のメドレー。同番組で華原朋美の楽曲「I'm proud」も歌唱[注 67]
    1999.12.30 (木)[注 68] 1999.12.30 (木) 超える!テレビ[注 68] TBS - Winkは同番組で「淋しい熱帯魚」も歌唱。
    2018.08.18 (木)[47] 2018.08.04 (木)[48][49] 思い出のメロディー[47] NHK総合 - Winkは同番組で「淋しい熱帯魚」も歌唱[48][49]
    • 「衣装」欄は1988年-1989年のみ記載
    • 「衣装」欄の記号:A=黒い衣装 B=白色と金色の衣装 C=すみれ色の衣装 D=白い衣装 E=その他(「備考」欄参照)

    カバー[編集]

    • 愛が止まらない 〜Turn it into love〜
     発売日 アーティスト 収録作品 備考
    1990.11.25 YOO YOO シングル「愛が止まらない」(ポリスター
    アルバム『BEST OF WINK』(ポリスター、1991年11月25日)
    アルバム『WINK COLLECTION』(ポリスター、1992年9月26日)
    英語の原詞による歌唱であるため原曲のカイリー・ミノーグ版のカバーともなっている
    1995.06.07 西城秀樹 シングル「愛が止まらない」(RCABMGビクター
    アルバム『コスメティック ルネッサンス〜ノエビアCM HITS!〜』(Dreamusic、2003年2月26日)
    西城秀樹のカバー」の節参照
    2001.12.05 PUFFY シングル「青い涙」(エピックレコードジャパン
    2003.03.26 Baby M シングル「Baby love/愛が止まらない~Turn It Into Love~」(ユニバーサルJ
    2003.09.25 小柳ゆき アルバム『KOYANAGI the COVERS PRODUCT 2』(ワーナーミュージック・ジャパン
    2008.01.30 デーモン小暮閣下 アルバム『GIRLS' ROCK √Hakurai』(エイベックス・エンタテインメント
    2008.12.10 レディオサイエンス シングル「雨音はショパンの調べ」(ビクターエンタテインメント
    アルバム『umbrella』(ビクターエンタテインメント、2013年10月16日)
    2008.12.17 Ordinary Venus アルバム『Ordinary Venus』(ビクターエンタテインメント)
    2008 璃杏 オムニバスカバーアルバム『J POWER MIX Vol.1 R40 Happy Max』(ドライブ・ミュージック・エンタテインメント
    オムニバスカバーアルバム『Always FEVER R40』(ドライブ・ミュージック・エンタテインメント、2010年6月16日)
    オムニバスカバーアルバム『Disco J Night』(ドライブ・ミュージック・エンタテインメント、2011年3月23日)
    オムニバスカバーアルバム『J-POPディスコ伝説』(ドライブ・ミュージック・エンタテインメント、2011年12月7日)
    2009.08.12 茉奈 佳奈 アルバム『ふたりうた2』(Nayutawave Records
    2010.09.29 稲垣潤一&相川七瀬 稲垣潤一アルバム『男と女3』(ユニバーサル ストラテジック マーケティング ジャパン 楽曲タイトルは「愛が止まらない(Originally titled as TURN IT INTO LOVE)」
    2011.03.02 serial TV drama シングル「愛が止まらない-Turn It Into Love-」(ソニー・ミュージックエンタテインメント
    アルバム『パワースポット』(ソニー・ミュージックエンタテインメント、2011年8月17日)
    2011.08.24 Fairy Story アルバム『Fairytale』(マリン・エンタテインメント
    2014.04.09 GILLE アルバム『I AM GILLE. 3 ~70's&80's J-POP~』(UNIVERSAL J) 英語の原詞による歌唱であるため原曲のカイリー・ミノーグ版のカバーともなっている
    2014.08.01 PiGU シングル「青い風のビーチサイド / 愛が止まらない」(Smile19
    アルバム『ザ・アイドロイド』(Smile19、2015年1月14日)
    2017.02.02 243と吉崎綾 シングル「恋のロマンス」(BOLSTAR MUSIC

    パロディ曲[編集]

    西城秀樹のカバー[編集]

    愛が止まらない
    西城秀樹シングル
    初出アルバム『西城秀樹シングル・コレクション-77の軌跡
    B面 センチメンタル・モーテル
    リリース
    規格 8cmCDシングル
    ジャンル J-POP
    時間
    レーベル RCABMGビクター
    作詞・作曲 Mike Stock
    Matt Aitken
    Pete Waterman
    日本語詞:及川眠子
    チャート最高順位
    西城秀樹 シングル 年表
    黄昏よ、そばにいて
    1995年
    愛が止まらない
    (1995年)
    心の扉
    (1995年)
    テンプレートを表示

    西城秀樹によるカバーは、「愛が止まらない」のタイトルで、72枚目のシングルとして1995年6月7日にリリースされた。Wink版のカバーである。

    西城秀樹版解説[編集]

    西城秀樹版シングルの収録曲[編集]

    1. 愛が止まらない
      作詞・作曲:Mike Stock, Matt Aitken, Pete Waterman、日本語詞:及川眠子、編曲:芳野藤丸
    2. センチメンタル・モーテル
      作詞:大津あきら、作曲:鈴木キサブロー、編曲:大谷和夫

    脚注[編集]

    [ヘルプ]

    注釈[編集]

    1. ^ 例えば『At Heel Diamonds』。
    2. ^ 例えば『Fairy Tone』。
    3. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年9月26日号)p.8にレコーディング予定記載あり。
    4. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年10月3日号)p.8にレコーディング予定記載あり。
    5. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年10月10日号)p.8にレコーディング予定記載あり。
    6. ^ ここでの出典資料では、大阪有線放送社が提供した、Winkとカイリー・ミノーグの、「愛が止まらない」の有線リクエストの推移に関するグラフを提示しつつ、分析を行なっている。
    7. ^ a b テレビ番組における歌唱」の節参照。
    8. ^ 読売新聞』1989年7月8日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年7月号p.404)および夕刊第16面(同前p.428)のテレビ番組表に「酒井・ウィンクが演歌」として番組放送予定記載あり。
    9. ^ カバー」の節参照。
    10. ^ パロディ曲」の節参照。
    11. ^ 『読売新聞』1989年12月7日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年12月号p.344)および夕刊第16面(同前p.364)のテレビ番組表に「デビュー曲・ウィンク」として番組放送予定記載あり。
    12. ^ ここでの出典資料に、その音源が、原曲のものか、編曲済みのものかは、明記されていない。
    13. ^ ここでの出典資料には、その他、作詞面で、「ターン・イット・イントゥ・ラヴ――原曲のサビのこの言葉を、より強いJUSTという言葉に置き換えた。」とも記されるが、実際には「JUST」には置き換えられていない。
    14. ^ a b c 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年11月28日号)p.17にWinkの収録予定記載あり。
    15. ^ a b 中日新聞』1988年11月27日朝刊第32面(『中日新聞縮刷版』1988年11月号p.1070)のテレビ番組表に番組放送予定記載あり。ただし「ウィンク」の記載無し。
    16. ^ a b 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年11月14日号)p.17に春日井市民会館におけるWinkの収録予定記載あり。
    17. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年12月12日号)pp.16-17に共演者・相川恵理酒井法子の収録予定記載あり。
    18. ^ a b 『読売新聞』1989年1月12日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年1月号p.506)および夕刊第20面(同前p.526)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    19. ^ a b 『読売新聞』1989年1月19日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1989年1月号p.826)および夕刊第16面(同前p.846)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    20. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年1月16日号)pp.17に共演者・麻田華子の収録予定記載あり。
    21. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年1月16日号)p.17にWinkの収録予定記載あり。
    22. ^ a b 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年1月30日号)p.17に富士急ハイランドでのWinkの収録予定記載あり。
    23. ^ a b 『読売新聞』1989年2月19日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年1月号p.1306)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    24. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年1月23日号)p.17にWinkの収録予定記載あり。
    25. ^ a b c 『読売新聞』1989年2月2日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1989年2月号p.76)および夕刊第16面(同前p.92)のテレビ番組表に「電話質問、君はウィンク右派左派?」として番組放送予定記載あり。
    26. ^ a b c 『読売新聞』1989年2月6日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1989年2月号p.248)および夕刊第20面(同前p.280)のテレビ番組表に「ウィンク過激な衣装」として番組放送予定記載あり。
    27. ^ a b 『読売新聞』1989年2月9日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年2月号p.404)および夕刊第16面(同前p.420)のテレビ番組表に番組放送予定記載あり。
    28. ^ a b 『読売新聞』1989年2月12日朝刊第16面(『読売新聞縮刷版』1989年2月号p.524)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    29. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年2月13日号)p.17に、番組放送日である1989年2月12日には「NHK福井・雪まつりの公録に出演。」とある。
    30. ^ 『読売新聞』1989年2月12日朝刊第17面(『読売新聞縮刷版』1989年2月号p.525)および同月13日夕刊第20面(同前p.568)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    31. ^ a b 『読売新聞』1989年2月16日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年2月号p.718)および夕刊第20面(同前p.738)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    32. ^ a b c 『読売新聞』1989年2月19日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年2月号p.864)のテレビ番組表に「白銀の女王ウィンクスキーが止まらない」として番組放送予定記載あり。
    33. ^ a b 「音楽」(『ザテレビジョン』1989年第8号)p.41(各地方版共通)に番組放送・出演・曲目予定記載あり。
    34. ^ a b 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年2月13日号)p.17にスキー場でのWinkの収録予定記載あり。
    35. ^ a b 『読売新聞』1989年2月20日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1989年2月号p.900)および夕刊第20面(同前p.930)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    36. ^ a b 『読売新聞』1989年2月23日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1989年2月号p.1066)および夕刊第12面(同前p.1078)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    37. ^ 鈴木 2010, pp.38-39に言及あり。
    38. ^ a b 『読売新聞』1989年2月27日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年2月号p.1226)および夕刊第20面(同前p.1258)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    39. ^ a b 『読売新聞』1989年3月2日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年3月号p.88)および夕刊第16面(同前p.108)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    40. ^ a b 『読売新聞』1989年3月6日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年3月号p.284)および夕刊第20面(同前p.316)のテレビ番組表に「艶姿ウィンク」として番組放送予定記載あり。
    41. ^ a b 『読売新聞』1989年3月9日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年3月号p.456)および夕刊第20面(同前p.478)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    42. ^ a b c 『読売新聞』1989年3月13日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年3月号p.658)および夕刊第20面(同前p.688)のテレビ番組表に「ウィンク新歌唱」として番組放送予定記載あり。
    43. ^ a b c 『読売新聞』1989年3月16日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年3月号p.830)および夕刊第20面(同前p.850)のテレビ番組表に「沖縄&鶴太郎&?熱帯夜生中継」として番組放送予定記載あり。
    44. ^ a b c 『読売新聞』1989年3月20日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年3月号p.1038)および夕刊第20面(同前p.1066)のテレビ番組表に「爆風ウィンクに珍ゲスト」として番組放送予定記載あり。
    45. ^ 『読売新聞』1989年3月23日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年3月号p.1154)および夕刊第20面(同前p.1174)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    46. ^ 実際には失踪していた[38]
    47. ^ a b 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年3月27日号)p.17にWinkの収録予定記載あり。
    48. ^ a b 『読売新聞』1989年3月30日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年3月号p.1548)および夕刊第20面(同前p.1592)のテレビ番組表に番組放送予定記載あり。
    49. ^ a b 『中日新聞』1989年3月25日朝刊第32面(『中日新聞縮刷版』1989年3月号p.1104)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    50. ^ 実際には失踪していた[38]
    51. ^ a b 『読売新聞』1989年4月6日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年4月号p.292)および夕刊第16面(同前p.312)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    52. ^ a b c 『読売新聞』1989年4月10日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年4月号p.488)および夕刊第20面(同前p.518)のテレビ番組表に「ウィンク絶好調」として番組放送予定記載あり。
    53. ^ 『読売新聞』1989年4月3日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年4月号p.124)および夕刊第20面(同前p.154)のテレビ番組表に番組放送予定記載あり。
    54. ^ a b 『読売新聞』1989年4月17日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年4月号p.838)および夕刊第20面(同前p.868)のテレビ番組表に番組放送予定記載あり。
    55. ^ a b c 『読売新聞』1989年4月24日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年4月号p.1190)および夕刊第20面(同前p.1218)のテレビ番組表に「ウィンク衣装シリーズ」として番組放送予定記載あり。
    56. ^ 後には、実際に紛失したのはマネージャーだったようだとされている[41]
    57. ^ a b 『読売新聞』1989年5月1日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1989年5月号p.24)および夕刊第16面(同前p.40)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    58. ^ a b 『読売新聞』1989年6月29日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年6月号p.1444)および夕刊第20面(同前p.1468)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    59. ^ a b 『読売新聞』1989年7月8日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1989年7月号p.404)および夕刊第16面(同前p.428)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    60. ^ 「WEEKLY CHASER」(『ORICON WEEKLY』1989年7月3日号)p.13にWinkの収録予定記載あり。
    61. ^ a b 『読売新聞』1989年7月29日朝刊第30面(『読売新聞縮刷版』1989年7月号p.1446)のテレビ番組表に番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    62. ^ a b 「音楽」(『ザテレビジョン』1989年第31号)p.53(各地方版共通)に放送・出演・曲目予定記載あり。
    63. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年3月27日号)p.17に共演者・細川直美の収録予定記載あり。同ページのWinkの項には「TBSの番組収録。」とある。
    64. ^ a b 「年末年始ビッグスター50」(『ザテレビジョン』1991年第1号)p.93(各地方版共通)に出演予定記載あり。
    65. ^ a b c 『読売新聞』1992年10月9日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1992年10月号p.432)および夕刊第20面(同前p.452)のテレビ番組表に「リクエストありがとう・今夜私達は皆様が選んだ持ち歌ベスト10の1位を歌います」として番組放送予定と「ウィンク」の記載あり。
    66. ^ a b 『読売新聞』1994年2月5日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1994年2月号p.220)のテレビ番組表に「ウィンク&横山輝一初共演ライブドラマ」として番組放送予定記載あり。
    67. ^ a b c 『読売新聞』1996年3月16日朝刊第36面(『読売新聞縮刷版』1996年3月号p.882)および夕刊第12面(同前p.894)のテレビ番組表に「これが最後・・・・ウィンク涙のヒットメドレー」として番組放送予定記載あり。
    68. ^ a b 『読売新聞』1999年12月30日朝刊第24面テレビ番組表(『読売新聞縮刷版』1999年12月号p.1544)に「復活、ピンクレディー・ウィンク・海援隊ゴダイゴが生で熱唱」として番組放送予定記載あり。
    69. ^ 歌詞の中に「病気の」を意味する英単語「sick」を含む。

    出典[編集]

    1. ^ a b 『オリコン・チャート・データ'89』 1990, p.133。
    2. ^ a b 『オリコン・チャート・データ'89』 1990, p.26。
    3. ^ 山田 2012, p.358。
    4. ^ 『Wink30周年特設サイト』、2018年9月19日閲覧。
    5. ^ 『Twinkle Angels とっておきのウインク』(ワニブックス、1990年4月10日)p.170。
    6. ^ 「NEW RELEASE REVIEW」(『ORICON WEEKLY』1988年11月7日号)p.20。
    7. ^ 「DIRECTOR'S NOTE - #1 はじめまして。今回はマスタリングについて。」(『Wink30周年特設サイト』2018年4月6日) 、2018年9月17日閲覧。
    8. ^ 『オリコン・チャート・データ'88』 1989, p.133。
    9. ^ 『オリコン・チャート・データ'88』 1989, pp.133-172。
    10. ^ 『オリコン・チャート・データ'89』 1990, pp.126-164。
    11. ^ 『オリコン・チャート・データ'88』 1989, p.10。
    12. ^ 『オリコン年鑑1991別冊 オリコン・チャート・データ'90』(オリジナルコンフィデンス、1991年4月30日)p.30。
    13. ^ a b 「今始まった 二人の愛伝説 WINK」(『ORICON WEEKLY』1989年2月13日号)p.4。
    14. ^ 「『Sexy Music』がチャート一位独走!! 今明かされる連続№1ヒットの秘密 なぜWINKが止まらない」(『スコラ』1990年5月10日号)p.173。
    15. ^ a b c 「アーティスト徹底解剖㉑ Wink」 1989, p.32。
    16. ^ 「情熱つたわれWINK」(『ザテレビジョン』1989年第31号)p.33(各地方版共通)。
    17. ^ 「REVIEW」(『ORICON WEEKLY』1988年11月7日号)p.20。
    18. ^ 「WINK / TREASURE COLLECTION~WINK BEST [限定]」(『CDジャーナル』)、2019年7月31日閲覧。
    19. ^ 『オリコン・チャート・データ'88』 1989, p.23。
    20. ^ 『オリコン・チャート・データ'88』 1989, p.156。
    21. ^ 鈴木 2010, p.72。
    22. ^ 「実録シンデレラストーリー Winkが止まらない」(『BOMB!』1989年9月号)p.31。
    23. ^ 「平成初期のトップアイドル、Winkデビュー」 2019, p.94。
    24. ^ 鈴木 2010, p.80。
    25. ^ 「ALBUM REVIEW - 第3回 及川眠子」(『Wink30周年特設サイト』2018年9月4日)、2019年7月14日閲覧。
    26. ^ 「平成初期のトップアイドル、Winkデビュー」 2019, pp.92-93。
    27. ^ a b 「ALBUM REVIEW - 第1回 船山基紀」(『Wink30周年特設サイト』2018年7月11日)、2019年7月14日閲覧。
    28. ^ 香瑠鼓 2001, pp.113-114。
    29. ^ 香瑠鼓 2001, pp.115。
    30. ^ a b 香瑠鼓 2001, p.116。
    31. ^ 『Fairy Tone』(ポリスター、1990年4月10日)付属ブックレットpp.22-25, 34-35。
    32. ^ a b c 「ALBUM REVIEW - 第4回 源香代子」(『Wink30周年特設サイト』2018年9月18日)、2019年7月14日閲覧。
    33. ^ a b 「アーティスト徹底解剖㉑ Wink」 1989, p.33。
    34. ^ a b 「出演者ラインアップ - 1988.12.16.FRI」(『MUSIC STATION』)、2019年8月13日閲覧。
    35. ^ a b c d e f g 山田 2012, p.357。
    36. ^ a b 「出演者ラインアップ - 1989.02.03.FRI」(『MUSIC STATION』)、2019年8月13日閲覧。
    37. ^ a b c d e f g h i 山田 2012, p.358。
    38. ^ a b 鈴木早智子『負けじ魂』(光文社、2010年11月10日)pp.92-95。
    39. ^ a b 山田 2012, pp.358-359。
    40. ^ a b c d 山田 2012, p.359。
    41. ^ 田渕浩久「DIRECTOR'S NOTE - #7 『Special To Me』トーク&ミニライブ・イベントレポート」(『Wink 30周年特設サイト』2018年10月30日)、2019年8月13日閲覧。
    42. ^ a b 「番組詳細検索結果」(『NHKオンライン』) 、2019年8月13日閲覧。
    43. ^ 「番組詳細検索結果」(『NHKオンライン』) 、2019年8月13日閲覧。
    44. ^ a b c 「出演者ラインアップ - 1992.10.09.FRI」(『MUSIC STATION』)、2019年8月13日閲覧。
    45. ^ a b 「NHKクロニクル - 番組詳細検索結果」(『NHK ONLINE』) 、2019年8月13日閲覧。
    46. ^ 鈴木 2011, p.159。
    47. ^ a b 『NHKクロニクル』「第50回思い出のメロディー」番組表検索結果、2019年8月13日閲覧。
    48. ^ a b 「Wink、10年ぶり4度目の復活!息ピッタリの振りで「淋しい熱帯魚」熱唱」(『 スポーツ報知』2018年8月4日23:20)、2019年8月13日閲覧。
    49. ^ a b 「Wink一夜限りの復活 NHK思い出のメロディー」(『日刊スポーツ』2018年8月4日23:53) 、2019年8月13日閲覧。

    参考文献[編集]

    • 香瑠鼓『ふぅ~はっ!』NHK出版、2001年8月25日。ISBN 4-14-080630-3
    • 鈴木早智子『負けじ魂』光文社、2010年11月16日。ISBN 4-33-497632-8
    • 山田修爾「『ザ・ベストテン』全603回 ベストテンランキング一覧」『ザ・ベストテン』新潮社、2012年1月1日。ISBN 4-10-136341-2新潮文庫。原版2008年12月。
    • 『オリコン年鑑1989別冊 オリコン・チャート・データ'88』オリジナルコンフィデンス、1989年4月15日。
    • 『オリコン年鑑1990別冊 オリコン・チャート・データ'89』オリジナルコンフィデンス、1990年4月20日。
    • 「アーティスト徹底解剖㉑ Wink」『ORICON WEEKLY』1989年6月5日号、オリジナルコンフィデンス、 32-33頁。
    • 「平成初期のトップアイドル、Winkデビュー 時代の境で二人の少女はブームとなった。」『昭和40年男』2019年4月号、クレタパブリッシング、 92-95頁。

    外部リンク[編集]