鈴木早智子

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鈴木 早智子
出生名 鈴木 早智子
生誕 (1969-02-22) 1969年2月22日(48歳)
出身地 日本の旗 日本東京都
ジャンル アイドル歌謡曲J-POP
職業 歌手女優
担当楽器 ボーカル
活動期間 1988年 -
レーベル ポリスター
1988年 - 1996年頃)
バンダイ・ミュージックエンタテインメント
1998年 - 2000年
What's Up? Group
2003年
事務所 センス・プロダクション

鈴木 早智子(すずき さちこ、1969年2月22日[1] - )は、歌手女優1988年から1996年まで活動したアイドルデュオWink(現在活動停止中)のメンバー。本名同じ[2][3]。別名、東智子[4]、Miyoko.A[5]。愛称はさっちん[6]東京都出身[7]。身長157cm[8]。血液型A型[1]センス・プロダクション所属[9]

来歴[編集]

出生地を愛知県名古屋市とする資料もあるが[10]、鈴木の自著では、出生地は東京都目黒区[11]幼稚園の年長組に上がる頃に埼玉県草加市へ転居[12]1989年初頭におけるWinkの「愛が止まらない」のヒット後に、東京で単身生活を始めたとする[13]。3兄弟の長女(4歳下に弟、8歳下に妹)[14]。小学2年生の時から歌手に憧れていた[15]

1984年に東京都内の高校へ進学して間もなく、歌手を目指して休学、次いで退学し、その直後頃から笠井幹男のボーカル・スクールでレッスンを受けるようになる[16]

1986年、第1回「ロッテCMアイドルは君だ!」コンテストに出場し、最終選考まで残るも、グランプリを逃す[17]

同年11月2日、ワニブックス社の雑誌『UP TO BOY』の第7代ミスアップ・グランプリを受賞[18](第9代グランプリが後にWinkとしてデュオを組むことになる相田翔子[19])。

1988年、相田翔子とWinkを結成し、4月27日のシングル『Sugar Baby Love』発売を以って歌手デビュー。アルバム内のソロ楽曲ではクール・アンド・ザ・ギャングのカバーや来生たかおの提供曲などを歌い、鈴木本人も、Miyoko.A名義で3曲、鈴木早智子名義で2曲の作詞を手掛けている[20]。Winkの活動中においては、1990年に鈴木が映画『きんぴら』に単独で出演したほか、Wink時代唯一のソロ・アルバム『Mode』を発売した1992年に特に集中的に単独でテレビ出演をした後、毎年何らかのかたちでソロでの若干の出演活動を行なった[21]

1996年3月31日のWink活動停止後はマンリープロモーション[22]1997年頃から尾木エージェンシー[23]、次いで1998年頃からネバーランドに所属[24]

Winkの活動停後にレコード会社ポリスターとの契約が無くなったため、新曲を出せなくなっていたが[25]、そのさなかである1998年5月31日より、 テレビ東京リアリティ番組ASAYAN』の企画「再起に賭ける芸能人オーディション」に出演[26]。その企画内容は、小室哲哉プロデュース権を賭けて、鈴木を含む「再起に賭ける芸能人」がニューヨークで共同生活をしながらレッスンを行なうというものであったが、鈴木は共同生活を拒否したり、レッスンの途中で退場したりするなど、周囲と同調しない様子を見せ、レッスン後半、他からCDリリースの打診を受けたという理由により、中途帰国してこの企画を離脱している模様などが放送されている。テレビの視聴者層には、この番組によって惹起された鈴木の人格に対する悪印象によって、その後の芸能活動が制限されたと見て取っている者も少なくない[27]。鈴木自身は後に、この番組は、当初より台本があったのみならず、鈴木の与り知らないところで彼女を「悪役」として仕立てる編集がなされていたことなどを述べ、その不当性を述懐した[28]

同年10月28日、バンダイ・ミュージックエンタテインメント(2000年5月末に解散)より、Wink活動停止後初のソロ・シングル「INNOCENT SKY〜悲しみも届かないあの空の向こうへ〜」を発売[20]

2003年初頭頃よりオレガに所属[29]。この年の12月10日、Wink活動停止後初のソロ・アルバム『零〜re-generation〜』を発売し[20]、翌2004年2月28日から、やはりWink活動停止後初のライブを行なう[30]

2008年4月に、エグゼに移籍したとも言われる[31]。この年の12月30日、『第50回日本レコード大賞』に相田翔子と2人でWinkとしてゲスト出演、「淋しい熱帯魚」を歌唱した[32]

2009年9月1日発売のDVD『September Shock』に出演。本作品は、その発売前に、メディアから「AV」あるいは「ソフトAV」などとセンセーショナルに報じられたが[33]、発売元のMUTEKIは当該作品を「AV」であるとはしておらず[34]、また鈴木自身は、この出演作品が「AV」ではない旨を主張した[35]

2010年6月17日発売の『週刊文春』(文藝春秋)で、俳優津田英佑と4年にわたって不倫関係にあったことが報じられ、この影響で、同月20日に自身のブログで当面の間の芸能活動自粛を発表[36]。自粛中の7月から9月の間に、初の自叙伝『負けじ魂』を執筆[37]、11月6日に出版し、翌日の著書発売記念イベントで、不倫の否定と芸能活動復帰の発表を行なった[38]。復帰後は、翌2011年の前半まで若干のテレビ番組に出演するなどした後[39][40]、およそ一年の空白期間を経て[41]2012年半ば頃に地方での営業などのかたちで活動を再開[42]

2013年1月よりセンス・プロに所属[43]。この年、キー局のテレビ番組2本に出演するなどしたが[21][39]、その後、芸能活動が暫く途絶。

2016年5月15日、活動を再開し[44]、翌2017年には、8月12日放送開始の『心霊呪殺 死返し編』(CSエンタメ〜テレ☆シネドラバラエティ)で、8年ぶりのテレビドラマ出演を果たした[45]

出演[編集]

※すべて単独での出演。Winkとしての出演番組、CM等はWinkを参照。
※鈴木が2000年以降に出演したキー局のテレビ番組の大部分については、外部リンク『ORICON NEWS』「鈴木早智子のTV出演情報」で番組名・放送局・放送日・放送時間が確認できる。

テレビドラマ[編集]

★Wink結成前

★Wink活動期間中

★Wink活動停止後

テレビ番組(レギュラー・準レギュラー出演)[編集]

★Wink活動期間中

★Wink活動停止後

テレビ番組(ゲスト出演)[編集]

※テレビのゲスト出演番組多数のため、外部リンク『ORICON NEWS』「鈴木早智子のTV出演情報」でキー局でのテレビ出演の大部分が確認できる2000年以降については、上記「来歴」の記述を裏付けるもののほか、特筆すべきもののみを抄録。

★Wink活動期間中

★Wink活動停止後(2000年以降は抄録)

CM[編集]

★Wink活動期間中

★Wink活動停止後

  • ヤマト運輸 クロネコヤマトの宅急便
  • 宝仙堂 凄十・男子応援キャンペーン(キャンペーン実施期間:2009年11月12日(木) - 2010年2月10日(水))[83]

映画[編集]

※鈴木の出演映画については、外部リンク『Movie Walker』「鈴木早智子(スズキサチコ)の映画作品」『ぴあ映画生活』「鈴木早智子」なども参照。

★Wink活動期間中

  • きんぴら(東映、監督:一倉治雄、1990年12月22日(土)公開)- 松本千代 役

★Wink活動停止後

オリジナルビデオ[編集]

★Wink活動停止後

  • 熱帯 濡れた監禁 女探偵 神楽明日香 (ATTACK ZONE、2009年5月7日(木))- 神楽明日香 役(主演)

インターネット番組[編集]

★Wink活動停止後

  • コイカツ 恋愛ノウハウトークライブvol.2(マシェリバラエティ マシェバラ、2010年11月5日(金))[84]

舞台[編集]

★Wink活動期間中

★Wink活動停止後

ディスコグラフィ[編集]

Winkとしてシングル25枚、アルバム25枚発売(Wink#ディスコグラフィ参照のこと)

シングル[編集]

  • La Giocondaポリスター、1996年2月25日)
    1. ラ・ジョコンダ(作詞: 及川眠子 作曲: 井上大輔 編曲: 菅原弘明
    2. 眠り姫でいたくない (作詞: 及川眠子 作曲: 井上大輔 編曲: 木本靖夫
    3. ラ・ジョコンダ(オリジナル・カラオケ)
    4. 眠り姫でいたくない(オリジナル・カラオケ)
  • INNOCENT SKY〜悲しみも届かないあの空の向こうへ〜バンダイ・ミュージックエンタテインメント、1998年10月28日)
    1. INNOCENT SKY〜悲しみも届かないあの空の向こうへ〜(作詞: 亜蘭知子 作曲: 阿部靖広
    2. PEACE OF MY LIFE(作詞: 亜蘭知子 作曲: 迫茂樹
    3. INNOCENT SKY〜悲しみも届かないあの空の向こうへ〜 (INSTRUMENTAL)

アルバム[編集]

  • Mode(ポリスター、1992年3月25日)
    1. ラスト・ダンスは頬よせて(作詞: 及川眠子 作曲: 森若香織 編曲: 門倉聡
    2. 1999年の退屈(作詞: 及川眠子 作曲: 赤城忠治 編曲: 十川知司
    3. ハリウッドな恋にして(作詞: 及川眠子 作曲: 羽田一郎 編曲: 門倉聡)
    4. 最後の楽園(原作詞・曲: Crivellente / Farina / Bindella 編曲: 門倉聡 日本語詞: 及川眠子 Prima Veraの「Play To Love」のカバー)
    5. TRANSFER(作詞: 及川眠子 作曲: 工藤崇 編曲: 門倉聡)
    6. 不実な仔猫たち(原作詞・曲: Barry Goldberg / Sylvia St. James / Roxanne Seeman 編曲: 門倉聡 日本語詞: 及川眠子)
  • 零〜re-generation〜What's Up? Group、2003年12月10日) - Wink活動停止後初のソロアルバム
    1. UNBREAK MY HEART(作詞: 鈴木早智子 作曲: Paris Texas
    2. SOMEBODY TELL ME(作詞: Paris Texas / 鈴木早智子 作曲: Paris Texas)
    3. 止まった時計(作詞・作曲: 飛鳥涼 薬師丸ひろ子の楽曲のカバー)
    4. ノスタルジア(作詞・作曲: 竹内まりや 竹内まりやの楽曲のカバー)
    5. 変わらない想い(作詞: 鈴木早智子 作曲: Paris Texas)
    6. VOICE(作詞・作曲: Paris Texas)
    7. 竹田の子守唄京都府民謡
    8. 雨音はショパンの調べ(原作詞・曲: Gazebo / Pierluigi Giombini 訳詞: 松任谷由実 Gazeboの「I Like Chopin」のカバー曲である小林麻美の楽曲のカバー)
    9. 帰り着く場所に(作詞: 鈴木早智子 作曲: 松田りょう
    10. MY SWEET ROAD(作詞・作曲: Paris Texas)

Winkのアルバム内におけるソロ曲[編集]

  • 朝焼けのバルコニー(作詞: 竜真知子 作曲: 見岳章 編曲: 大谷和夫 『Moonlight Serenade』<1988年7月1日> 第7曲)
  • Take Me To Heaven(原作詞・曲: M. Ingman / B. Glenmark 編曲: 船山基紀 日本語詞: 及川眠子 アニカ・ブルマンの同名曲のカバー 『Especially For You〜優しさにつつまれて〜』<1989年4月25日> 第5曲)
  • 優しく愛して…(原作詞・曲: Ben Findon / Mike Myers 編曲: 若草恵 日本語詞: 森雪之丞 ノーランズ「Let's Make Love」のカバー 『Especially For You〜優しさにつつまれて〜』第9曲)
  • Joanna(原作詞・曲: Charles Smith / James Taylor 編曲: 船山基紀 日本語詞: 及川眠子 クール・アンド・ザ・ギャングの同名曲のカバー 『Twin Memories』<1989年12月1日> 第9曲)
  • あの夏のシーガル 〜Cherish〜(原作詞・曲: Ronald Bell / James Taylor / Kool & The Gang 編曲: 門倉聡 日本語詞: 及川眠子 クール・アンド・ザ・ギャング「Cherish」のカバー 『Velvet』<1990年7月11日> 第7曲)
  • 贅沢な孤独(作詞: 森本抄夜子 作曲: 中西圭三小西貴雄 編曲: 船山基紀 『Velvet』第9曲)
  • 悪い夢~I Was Made For Loving~(原作詞・曲: Paul Stanley / Vini Poncia / Desmond Child 編曲: 門倉聡 日本語詞: 及川眠子 キッス「I Was Made For Lovin' You」のカバー 『Crescent』<1990年12月16日> 第4曲)
  • 一年前の恋人(作詞: 竜真知子 作曲: 来生たかお 編曲: 門倉聡 『Queen of Love』<1991年7月10日> 第4曲)
  • シエスタ(作詞: 芹沢類 作曲: 尾関昌也 編曲: 門倉聡 『Queen of Love』第7曲)
  • 聖なる夜に帰れない(作詞: 森本抄夜子 作曲: 広谷順子 編曲: 門倉聡 『Sapphire』<1991年11月25日> 第4曲)
  • ほんの小さな勇気(作詞: Miyoko.A 作曲: 尾関昌也 編曲: 門倉聡 『Sapphire』第6曲)
  • 未来まで待てない(原作詞・曲: James C. Brown / John A. Butler 編曲: 門倉聡 日本語詞: 及川眠子 Roxanne「Burning Through The Night」のカバー 『Each side of screen』<1992年4月25日> 第6曲)
  • Only One(作詞: 及川眠子 作曲: 門倉有希 編曲: 門倉聡 『Nocturne 〜夜想曲〜』<1992年11月26日> 第6曲)
  • SAVE MY LOVE(作詞: 芹沢類  作曲: 鈴木祥子 編曲: 白井良明 『Αφροδιτη』<1993年6月25日> 第4曲)
  • I Wanna Leave You(作詞: Miyoko.A 作曲・編曲: 門倉聡 『Αφροδιτη』第9曲)
  • 誰も知らない(作詞: 芹沢類 作曲: Osny Melo 編曲: Ian Prince 『BRUNCH』<1993年11月26日> 第4曲)
  • あなたへの想い(作詞: 鈴木早智子 作曲: 来生たかお 編曲: 小林信吾 『BRUNCH』第8曲)
  • days(作詞: 鈴木早智子 作曲: 大平勉 編曲: Brett Raymond 『overture!』<1994年7月1日> 第9曲)
  • 永遠に…(作詞: Miyoko.A 作曲: 尾関昌也 編曲: 門倉聡 『voce』<1994年12月1日> 第9曲)
  • 悲しみよりもしたたかに 〜MY TURN〜(作詞・作曲: Jan Anna August Leyers / Werner Pensaert 編曲: Teddy & Melvin 日本語詞: 及川眠子 『Flyin' High』<1995年7月5日> 第5曲)
  • 私の夏が始まる(作詞: 芹沢類 作曲: 尾関昌也 編曲: 田原音彦 『Flyin' High』第6曲)

写真集[編集]

書籍[編集]

DVD[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『鈴木早智子公式HP』「profile」(2017年9月23日閲覧)。
  2. ^ Winkのデビュー・シングルCDSugar Baby Love』(ポリスター、1988年4月27日)裏ジャケット。『TVスター名鑑』(東京ニュース通信社)1994年版(1994年10月20日出版)から1996年版(1995年10月25日出版)の「Wink」の項、および1997年版(1996年10月30日出版)から2010年版(2009年10月1日出版)の「鈴木早智子」の項(2011年版以降、および2009年版など2010年版以前の一部では、「鈴木早智子」が立項されていない)など。
  3. ^ Winkのムック本『Twinkle Angels』(ワニブックス、1990年4月10日)p.101において、鈴木は自身の名付けにつき、「『早智子』という名前は、両親がとっても尊敬している先生につけてもらった。どういう意味があるのかは、わからない」と独白している。
  4. ^ 鈴木が受賞した第7回ミスアップ・グランプリのグラビア初「お披露目」の場、『UP TO BOY』1987年3月号p.24に、「すずきさちこ(東智子改名)」とあり、また、同誌同年5月号p.4に、「友だちに借りた名、東智子」とある。
  5. ^ 作詞用のペンネーム。Winkのファンクラブ会報『Winkers Party』No.25(1993年8月)のインタビューにおいて、鈴木は、Winkのアルバム『Αφροδιτη』(アプロデーテ)所収の「I Wanna Leave You」の歌詞が、自作のものであることを述べているが(同誌p.2)、前記アルバム附属のブックレットでは、同曲の作詞が「Miyoko.A」と記される。
  6. ^ この愛称は、『UP TO BOY』1987年3月号p.23に「サッチン」とあるように、1988年のWink結成前からのもの。なお、表記として、ほかに「早っちん」(任意の例として『DUNK』1989年11月号pp.115-117)などがあるが、愛称は元来、口頭の会話において使用されるものであるため、正式な表記があるわけではない。
  7. ^ ここでは便宜的に、鈴木の自伝『負けじ魂』(光文社2010年11月6日)の著者紹介欄のものを採っている。なお、鈴木自身が何らかのかたちで関与をしているはずの出身記載の中には、『鈴木早智子公式HP』「profile」(2017年8月30日閲覧)のように、「埼玉県」となっているものもあるが、彼女の出身地としては、東京都も、埼玉県も、いずれも正しい。「出身」という語の指し示す範囲は、三省堂の『新明解国語辞典』(第7版)の「出身」の項に、「その土地で生まれていたり その地域に本籍(実家)があったり 在住していたり あるいはその学校を出たというような経歴があったり すること」(引用原文中の記号を省略)とある通り、広いものである。鈴木にとっては、東京都も、埼玉県も、前記の「出身」の定義に該当する地である。
  8. ^ 『センス・プロ』「鈴木早智子 profile」(2017年9月22日閲覧)。この典拠資料によれば、靴のサイズは23.0cm。なお、過去の鈴木の身体サイズについては、Wink結成と関わりが深い、ワニブックスの隔月刊女性アイドル雑誌『UP TO BOY』、および同誌の記事を多く含む、同社刊のWinkのムック本『Twinkle Angels』(1990年4月10日)に掲載されたものを示すと、以下の通りである。
    ・身長157  体重- B78 W59 H85  1987年3月号p.24、5月号p.11
    ・身長157  体重43 B78 W59 H83  1988年5月号p.43、7月号p.12
    ・身長157.3 体重43 B78 W58 H85  1989年3月号p.91
    ・身長157.3 体重43 B79 W56 H85  『Twinkle Angels』p.99
    身体サイズは、掲載媒体によって多少の相違がある。例えば学研の月刊女性アイドル雑誌『BOMB!』では、以下のように、特に体重が『UP TO BOY』のものと異なっている。
    ・身長157  体重40  B78 W56 H85  1989年4月号p.71、5月号p.121、6月号p.193
    ・身長157  体重40  B78 W56 H86  1989年9月号p.30
    その他、『明星』1991年1月号p.55に、鈴木の独白として、「夏のコンサート・ツアーが終わってから、しばらくのんびりしてたの。そしたら、8kgも太っちゃって、43kgに!」とある。
    鈴木の身体に関してはそのほか、『UP TO BOY』1989年3月号p.91に視力が右1.0・左0.99、『Twinkle Agels』p.99に右1.0・左0.09とあり、『BOMB!』1989年5月号p.119には、Winkは「ふだんは2人ともメガネ。ただし、翔子ちゃんのはダテなのだ」とある。
  9. ^ 『センス・プロ 公式サイト』
  10. ^ 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』(宝島社2017年8月7日)p.51(同書における鈴木の出生地記載箇所には典拠は示されていない)。なお、Winkが出演した1989年3月23日(木)放送の『ザ・ベストテン』(TBS系)において、司会黒柳徹子が「名古屋は鈴木さんのお母様のふるさと」と発言している。ただし、この時、鈴木は風邪という名目で欠場し(実際には失踪していた 鈴木早智子『負けじ魂』pp.93-95)、相田翔子のみの出演であったため、同放送ではこの件についての鈴木の発言は無い。鈴木自身やその所属事務所など直接的な関係者・団体を通して、鈴木の母が鈴木を名古屋で里帰り出産したかにつき公表した媒体は未確認。
  11. ^ 鈴木早智子『負けじ魂』p.29に「私が生まれ育った目黒の家」とある。
  12. ^ 鈴木早智子『負けじ魂』p.30。
  13. ^ 鈴木早智子『負けじ魂』p.86。
  14. ^ 鈴木早智子『負けじ魂』p.29。
  15. ^ 鈴木早智子『負けじ魂』pp.30-36。
  16. ^ 鈴木早智子『負けじ魂』pp.46-50。『VIEWERS』第3号(東京工業大学アイドル研究会、1987年4月20日)の「鈴木早智子インタビュー」によれば、1987年2月28日に行なわれたインタビューの時点においても、鈴木は笠井のボーカル・スクールに通っている(同誌p.30)。
  17. ^ この時のグランプリは立花理佐。鈴木早智子『負けじ魂』pp.51-55。
  18. ^ 『UP TO BOY』1987年5月号p.4に、昭和「61年11月2日。『ミスupフェスティバル・イン・成城ユニバーシティ』で、中山美穂の『』を歌ったサッチンは、見事にグランプリをとった」とある。なお、鈴木のグランプリ受賞は1987年1月23日発売の『UP TO BOY』同年3月号において公表されたが、受賞自体を1987年1月と誤認している言辞がWinkの活動期間中に既に見られ(『スコラ』1990年5月10日号p.170など)、後に、鈴木自身が自著『負けじ魂』p.58で、受賞を「’87年の1月」と誤記してしまっている。
  19. ^ 『UP TO BOY』1987年11月号。
  20. ^ a b c 鈴木の楽曲については下記「ディスコグラフィ」参照。
  21. ^ a b 鈴木の出演作品については下記「出演」参照。
  22. ^ 『'97TVスター名鑑』(東京ニュース通信社、1996年10月30日)p.59「鈴木早智子」の項。
  23. ^ 『TVスター名鑑'98』(東京ニュース通信社、1997年10月29日)p.51「鈴木早智子」の項。
  24. ^ 『TVスター名鑑'99』(東京ニュース通信社、1998年11月15日)p.58「鈴木早智子」の項。
  25. ^ 鈴木は、『負けじ魂』p.158で、Winkの活動停止後に、「私は社名変更したそれまでの事務所、そして翔子は新会社に行くことになりました。/同時に、私の事務所はポリスターレコードとの契約がなくなってしまったのです。/レコード会社と契約していない、ということはCDが出せないということ」(「/」は原文の改行箇所)と述べているが、Winkの活動停止後に発行された『Winkers Party』No.38(1996年)におけるインタビューでは、「来年からはレコード会社も変わるので」と述べており(同誌p.6)、ポリスターとの契約解除が正確にはいつだったのか、判然としない。
  26. ^ a b 読売新聞縮刷版』のテレビ番組表から、鈴木の出演コーナー関係記載箇所とその放送日とを摘記すると、以下の通りである。
    05/21 「再起の芸能人驚きの名前」
    05/31 「再起の芸能人遂に登場・新人賞アイドル&ラブジェネ女優&紅白・レコ大受賞WのS」
    06/07 「再起へ怒トウの新展開始動・ウィンク鈴木早智子らが挑む恐怖の生き残り試練とは?」
    06/14 「再起NY生活始動‥‥しかしサッチン超問題発言・女4人の共同生活」
    06/22 「サッチンNYで号泣‥‥〝私はもう踊れない〟」
    06/28 「怒りが遂に爆発・波乱のNY先輩芸能人説教サク烈」
    07/05 「入院・NYに衝撃&小室哲哉のさらなる試練」
    07/12 「仰天・小室の衝撃計画にNY大混乱‥‥外国人合流?」
    07/19 「新展開 台湾人合格でNYに何かが起こる」
    07/26 「台湾人にキレる・号泣激怒‥‥NY一触即発」
    08/02 「激震・サッチン超緊急事態&NY路上で口ゲンカ」
    08/09 「大激白サッチン帰国リタイア全真相・マジ衝突‥‥物が飛ぶ」
    08/16 「運命の合格発表・歓びの涙‥‥しかし小室哲哉まさかの衝撃発言」
    08/23 「決着?小室哲哉と最終面談・しかし重大事実発覚&緊急発言‥‥」
    08/30 「緊急報告・小室哲哉に何が?衝撃全真相」
    09/06 「苦渋の大結論&小室哲哉緊急会見」
    09/20 「驚ガクの新展開へ・サッチン始動」
    09/27 「大試練サッチンに超難関」
    10/18 「大胆発言‥‥小室哲哉」
    10/25 「復活サッチン大熱唱」
  27. ^ 任意の例として『YAHOO! JAPAN 知恵袋』「鈴木早智子 ASAYAN」の検索結果(2017年9月15日閲覧)に現れた諸質問・回答。
  28. ^ 特に鈴木早智子『負けじ魂』第15章「許せなかった出来事」に詳しい。鈴木は、2006年1月18日発売の『サイゾー』同年2月号におけるインタビューでは、『ASAYAN』について尋ねられた際に、「あまりしゃべりたくないです」と述べ、多くを語らなかったが(同誌p.66)、同じ年の3月に収録した吉田豪によるインタビュー(吉田豪『元アイドル2』ワニマガジン社、2007年4月15日、初出:『Chuッスペシャル』2006年5月号)から、「まだ消化しきれてなくて、『ASAYAN』という言葉を言えるようになったのも2年前のことなんです」としつつ語り始めるようになった。『プロインタビュアー吉田豪の元○○な人々vol.2』(ポニーキャニオン、2010年10月20日、下記「出演」「テレビ番組(ゲスト出演)」の『プロインタビュアー吉田豪の元○○な人々』参照)も参照。
  29. ^ 2003年2月6日更新のオレガ公式サイト『orega.net』では、鈴木が所属アーティストとされているが(『orega.net』2003年2月6日時点でのアーカイブ『orega.net』「OREGA'S ARTISTS」2003年2月6日時点でのアーカイブ)、2002年11月25日更新のものにはその名は見えない(『orega.net』2002年12月1日時点でのアーカイブ)。なお、『TVスター名鑑』の「鈴木早智子」の項における所属事務所記載箇所では、2004年版(2003年12月1日出版)までネバーランド、2005年版(2004年12月15日出版)からオレガとなっており、情報更新が遅れている。
  30. ^ 『DailySports online』2004年2月29日「鈴木早智子が復活アピール」の2004年2月29日時点でのアーカイブ
  31. ^ 『Hatena Keyword』「鈴木早智子【すずきさちこ】」(2017年9月20日閲覧)。この典拠資料は、その記述の情報ソースが不明であるため、記事内容の正誤にかかわらず、留保したかたちでしか依拠することができない。
  32. ^ 『ORICON NEWS』2008年12月30日23:00「『第50回日本レコード大賞』大賞はEXILE「Ti Amo」 最優秀新人賞はジェロ」同前「『第50回日本レコード大賞』にゲストとして駆けつけたWink」(2017年9月6日閲覧)などでも報じられている。
  33. ^ 「衣装がなくて「ソフトAV」元Wink「鈴木早智子」」(『週刊新潮』2009年8月6日号)、「鈴木早智子(40) 元Wink衝撃の9月「AVヘアデビュー」映像」(『週刊ポスト』2009年8月7日号)など。
  34. ^ MUTEKIは、自社の公式サイトの記載では、「芸能人限定メーカー」を以って自己規定しているものの(『MUTEKI OFFICIAL SITE』、2017年10月9日閲覧)、「芸能人限定」の何の「メーカー」かは明言せず、『September Shock』についても、「Wink・鈴木早智子が遂に衝撃のデビュー!!」とはしているが(『MUTEKI OFFICIAL SITE』「作品情報 鈴木早智子」、2017年10月9日閲覧)、何の「デビュー」か明記していない。当該DVDのパッケージに「MUTEKI Debut!」という記載はあるが、「AV」の「デビュー(Debut)」と書かれていない点は、その公式サイトの記載と同じである。
  35. ^ 鈴木早智子『負けじ魂』pp.204-211。鈴木は同書において、『September Shock』は、「翌年公開される映画(『宿命のジオード』 編集者注)のプロジェクトの1つ」としてオファーされたもので、「きちんとしたストーリー仕立てになっており、「添い遂げられなかった男女の1夜」の話」であって、「「Winkの鈴木早智子がAV女優転向」と、言われてしまったこと」については、「普通に考えて私がAV転向と言うのは、/「『ありえない』」と思ってくれなかったのかな」/とも思うのです」(「/」は原文の改行箇所)と述べている。
  36. ^ 『鈴木早智子Official Blog Heart To Herat』2010年6月20日「お詫び」(2017年9月3日閲覧)。
  37. ^ 『ORICON NEWS』2010年10月26日06:00「鈴木早智子、初自叙伝でWinkを語る 相田翔子は「勝ち組」、自身は「負け組」」(2017年9月6日閲覧)。
  38. ^ 『ORICON NEWS』2010年11月7日15:00「鈴木早智子が活動再開 不倫関係否定し今後は「歌を軸に」」(2017年9月6日閲覧)。なお、著書の発売記念イベントの開催場所は、東京都港区六本木のTSUTAYA TOKYO六本木店(『光文社 公式サイト』「サイン会、キャンペーン情報」、2017年11月12日閲覧)。
  39. ^ a b 鈴木が2000年以降に出演したキー局のテレビ番組の大部分については、『ORICON NEWS』「鈴木早智子のTV出演情報」で番組名・放送局・放送日・放送時間ができる。ただし、2008年12月30日の『第50回日本レコード大賞』(TBS系)出演記載がない点から見て、完全なリストではない(2017年9月7日閲覧)。
  40. ^ テレビ出演以外には、2011年2月12日(土)に渋谷クアトロで行なわれたserial TV dramaのライブのゲストなど(『BARKS』2011年2月13日16時39分「serial TV drama、ワンマンファイナルにWINK鈴木早智子登場」、2011年11月6日閲覧)。
  41. ^ 2011年半ばから翌年半ばの約1年間の動向についての資料としては、2013年2月5日(火)放送の『スター☆ドラフト会議』(日本テレビ系)における鈴木の発言がある。この番組において鈴木は、同番組放送直前のテレビ不出演期間中、「1年は、えーと、生きながらに死んでた感じですね」、「ストレスがすごい溜まっちゃって、ま、家に入院してる感じ」、「無理だと思ったんですね、あの、復帰が。復帰というか、自分のこの精神状態では、もう芸能界で仕事できないかなあとか」(そうなった理由について鈴木自身は発言していない)、「一時期声が全く出なくなっちゃったんですね」、「まあ、ちょっと、リハビリというか、頑張ってボックスに行って、こう、声をなるべく出すようにしたりしてたんですよ」などと自ら語っている。その一方で、同番組内の再現VTRなどにおける服部伴蔵門のナレーションでは、「2010年には共演した俳優との不倫疑惑が発覚、自ら芸能活動を自粛、表舞台から姿を消した」、「実家に戻り、芸能界とは無縁の生活」、「人との関わり合いを避け、家に閉じこもり」、「2年半ぶりのテレビ出演」とされたが、実際には、2011年5月15日(日)放送の『クイズ☆タレント名鑑』(TBS系)以来およそ1年半ぶりのテレビ出演であり、かつテレビへの不出演は「自粛」を契機としたものではない。すなわち同番組では、鈴木自身の発言部分以外は、当該番組出演直前の時期における、そのテレビ不出演について事実が語られていない。なお、この番組における鈴木の出演コーナーの内容は、鈴木が「CD再デビューをかけて熱唱した」(『スター☆ドラフト会議 公式サイト』「2013年2月放送分」、2017年9月18日閲覧)というもの。
  42. ^ 鈴木のこの時期の具体的な活動は、2012年5月22日(火)新潟県新潟市江南区のパチンコ・パチスロ店ニューラッキー亀田店での営業(『『元気・笑顔・やる気』のニューラッキー亀田店なのだぁ~!』2012年5月22日「鈴木早智子さんご来店♪」、2017年9月19日閲覧)や、これを紹介した5月27日(日)放送のラジオミニ番組『NEW LUCKY INFORMATION』(エフエムラジオ新潟)の出演(『FM-NIIGATA』「NEW LUCKY INFORMATION インフォメーション」、2017年11月17日閲覧)のほか、11月11日(日)愛媛県松山市道後温泉、12日(月)同県新居浜市、25日(日)中華料理店東天紅上野本店、および12月某日神戸メリケンパークオリエンタルホテルにおける、ややの各ディナーショーのゲスト(『やや』ブログ・2012年11月14日「道後温泉~新居浜の旅」同前2012年11月26日「上野東天紅」同前2012年12月21日「神戸」、それぞれ2017年9月19日閲覧)など。
  43. ^ 『まこまこブログ』2013年1月23日「日テレでーす」(2017年9月20日閲覧)。『まこまこブログ』は、センス・プロ社長永福真子のブログ。なお、2013年1月2日時点では、鈴木はエグゼのサイトに所属タレントとして掲載されている(『エグゼ株式会社』「鈴木 早智子 プロフィール」2013年1月2日時点でのアーカイブ)。
  44. ^ この時の鈴木の所属事務所センス・プロ社長永福真子が、2016年5月15日の「CLEAR'S大集合ライブ」にゲスト出演した「鈴木早智子ですが、しばらく休養をいただいていたので 昨日は数年ぶりに、人前に出るという事で大変緊張をしていましたが」と記している(『まこまこブログ』2016年5月17日「クリアーズ大集合とサプライズゲスト鈴木早智子」、2017年9月19日閲覧)。なお、前記文中の「昨日」は、「一昨日」の誤り(『BARKS』2016年5月16日8:07「お掃除アイドルユニット・CLEAR'Sがエイベックスへ移籍」『shiuya duo MUSIC EXCHANGE』「SCHEDULE 05 MAY,2016」、いずれも2017年12月9日閲覧)。
  45. ^ 『ORICON NEWS』2017年7月6日15:43「鈴木早智子、9年ぶりドラマで教師役「意外とすんなり」」(2017年9月19日閲覧)。この典拠資料に「9年ぶり」のドラマ出演とあるが、「8年ぶり」の誤り。下記「出演」の「テレビドラマ」参照。
  46. ^ 『Twinkle Angels』p.169に紹介記事あり。
  47. ^ ザテレビジョン』1992年第1号「年末年始ビッグスター50」および第2号より第8号の各「ザ・スターれぽーと」(いずれも各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。同誌首都圏版1992年第2号と第3号の「TV番組解説」および第9号「男を狂わすヒロイン乃絵の寝技の数々… 真夜中は別のテク!?」(各地方版共通)p.33に鈴木の役柄「玲子」を記述に含む記事あり。
  48. ^ 『ザテレビジョン』1992年第42号「ザ・スターれぽーと」p.49(各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。同誌首都圏版「TV番組解説」p.86に鈴木の役柄「晶」を記述に含む解説あり。
  49. ^ 『ザテレビジョン 首都圏版』1996年第10号「TV番組解説」p.84に鈴木の役柄「お由紀」を記述に含む解説あり。
  50. ^ 『ザテレビジョン 首都圏版』1997年第1号の番組表に放送・出演予定記事あり。同誌1997年第2号p.13と第3号p.10(いずれも各地方版共通記事)に鈴木の役柄「吉川雅美」の紹介記事あり。
  51. ^ 『ザテレビジョン 首都圏版』1993年第41号「TV番組解説」p.86に、1993年10月20日放送開始の『志村けんはいかがでしょう』について、「志村けんを中心に、モト冬樹石野陽子、鈴木早智子ら “志村ファミリー” によるスタジオ公開コント。第1回は田原俊彦、相田翔子がゲスト」とあり、鈴木は当時、「志村ファミリー」と目されていた。
  52. ^ 鈴木の出演は『〜明日も絶対〜パチるん? 公式サイト』「埼玉県、千葉県で2006年4月より「~明日も絶対!~パチるん?」放送開始!」の2007年12月16日時点でのアーカイブに記載あり。
  53. ^ 『ザテレビジョン』1992年第7号「ザ・スターれぽーと」p.44(各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。なお同資料には、1992年2月21日(金)に相田と二人でWinkとしての出演予定記載あり。
  54. ^ 『ザテレビジョン』1992年第32号の「ザ・スターれぽーと」p.42(各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。
  55. ^ 『ザテレビジョン 首都圏版』1995年第40号・第41号の番組表に放送・出演予定記載あり。
  56. ^ 『ザテレビジョン』1992年第18号「ザ・スターれぽーと」p.43(各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。
  57. ^ 『ザテレビジョン』1992年第23号「ザ・スターれぽーと」p.41(各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。
  58. ^ 『ザテレビジョン』1992年第24号「ザ・スターれぽーと」p.48(各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。
  59. ^ 『ザテレビジョン』1992年第25号「ザ・スターれぽーと」p.43(各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。
  60. ^ 『ザテレビジョン』1992年第26号「ザ・スターれぽーと」p.60(各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。
  61. ^ 『ザテレビジョン』1992年第27号「ザ・スターれぽーと」p.41(各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。
  62. ^ 『ザテレビジョン』1992年第33号「ザ・スターれぽーと」p.45(各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。なお、鈴木の出演内容について、同誌首都圏版の番組表には「鈴木早智子のベーコンのサラダ」と記されているが、実際には豆腐の「ボロボロ」が調理されており、調理法が『ESSE』1992年9月号に掲載されている。
  63. ^ 『ザテレビジョン』1992年第47号「ザ・スターれぽーと」p.139(各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。
  64. ^ 『ザテレビジョン』1993年第26号「ザ・スターれぽーと」p.53(各地方版共通)に放送・出演予定記載あり。
  65. ^ 『ザテレビジョン 宮城・福島版』1994年第47号p.96には、鈴木の顔写真を掲載しつつ、「「君の名は」や「長崎の鐘」などの名曲で知られる作曲家・古関裕而福島県出身である彼にちなんで、福島市では毎年、古関裕而音楽祭が行なわれている。11/6福島市公会堂での音楽祭のもようを紹介する。ことしは3年に一度行なわれるコンテストの年。「古関裕而音楽賞」を競い、湯川れい子小椋佳羽田健太郎など有名作詞・作曲家が新曲を製作、Winkの鈴木早智子(写真)らが披露する。なお、このもようは、11/26[土]に「地域イベントアワー」(昼4・30 NHK衛星第2)で、90分の拡大版としても紹介される。」とある。
  66. ^ 前記『東北スペシャル』の拡大版。『NHKクロニクル』「「輝け緑の星地球」番組表検索結果」(2017年10月30日閲覧)。
  67. ^ 『ザテレビジョン 首都圏版』1996年第32号番組表p.66に放送・出演予定記載あり。
  68. ^ 『読売新聞縮刷版』1996年8月25日朝刊番組表に放送・出演予定記載あり。
  69. ^ 『ザテレビジョン 首都圏版』1996年第51号「深夜番組表」p.89に放送・出演予定記載あり。
  70. ^ 『ザテレビジョン 首都圏版』1996年第42号「TV番組解説」p.75に放送・出演予定記載あり。
  71. ^ 1997年2月15日放送分については『読売新聞縮刷版』同日朝刊番組表に「元ウィンクも感動審査」というかたちで放送・出演予定記載あり。
  72. ^ 『ザテレビジョン』1998年第39号「歌のスペシャル豊漁セレクション」p.13(各地方版共通)に番組出演中の鈴木の写真とともに放送・出演予定記載あり。
  73. ^ 『ザテレビジョン 首都圏版』1999年第12号番組表p.99に放送・出演予定記載あり。
  74. ^ 『読売新聞縮刷版』1998年10月27日朝刊番組表に放送・出演予定記載あり。
  75. ^ 『NHKクロニクル』「「鈴木早智子 ミュージックジャンプ」番組表検索結果」(2017年10月30日閲覧)。
  76. ^ 『NHKクロニクル』「「新・真夜中の王国」番組表検索結果詳細」(2017年10月30日閲覧)。
  77. ^ 『ザテレビジョン』1998年第50号「今週の音楽」p.53(各地方版共通)に放送・出演・曲目予定記載あり。
  78. ^ 『読売新聞縮刷版』1999年3月18日朝刊番組表に放送・出演予定記載あり。
  79. ^ 『読売新聞縮刷版』1999年8月25日朝・夕刊番組表に「元ウィンクだって恋がしたい・Eメール恋愛」というかたちで放送・出演予定記載あり。
  80. ^ 『関西テレビ放送』「プロインタビュアー 吉田豪の元○○な人々」2011年12月24日時点でのアーカイブ
  81. ^ 吉田豪のインタビューを通し、鈴木の肉声によってその半生が語られているため、鈴木自身の発言であることが確実な、その芸能活動の資料となる。なお、本放送の鈴木出演部分は、DVD『プロインタビュアー吉田豪の元○○な人々vol.2』(ポニーキャニオン、2010年10月20日)に収録されている。
  82. ^ 『Winkers Party』No.34(1995年)p.8に「北海道より縦断オンエアー」と記される通り、放送開始が地区ごとに異なる。
  83. ^ 『宝仙堂の凄十』「Wink 鈴木早智子の「男子応援」キャンペーン」(2017年9月13日閲覧)。
  84. ^ 『コ・イ・カ・ツ〜恋愛トークライブvol.2〜』
  85. ^ 『cat-ウェブサイト』「HISTORY 1995」『銀座 博品館劇場』「過去の公演 1995年 3月の公演」(2017年9月9日閲覧)。
  86. ^ 1995年7月4日(火)および1996年8月2日(木)にNHK BS2で放送されている(『NHKクロニクル』「「快盗チェリーのレストラン」番組表検索結果」、2017年10月30日閲覧)。
  87. ^ 『劇団スイセイ・ミュージカル 公式HP』「劇団スイセイ・ミュージカル ライブラリ」2008年2月21日時点でのアーカイブ『LAND-NAVI』「スイセイ・ミュージカル」(2017年9月27日閲覧)。
  88. ^ 2000年8月25日(金)、2001年1月24日(水)および2002年8月13日(火)に、NHK BS2で東京芸術劇場での公演を録画したものが放送されている(『NHKクロニクル』「「鈴木早智子 ピ ノ」番組検索結果」、2017年10月30日閲覧)。
  89. ^ 『明治生命ミュージカル「アニー」』「2001年の「アニー」公演について」2001年10月3日時点でのアーカイブ
  90. ^ 『水木英昭プロデュース』「ARCHIVE」(2017年9月9日閲覧)。
  91. ^ 『CoRich 舞台芸術beta』「ちぎれた雲はどこへ行く」(2017年9月9日閲覧)。
  92. ^ 『CoRich 舞台芸術beta』「THE WINDS OF GOD〜零のかなたへ〜」『価格.com』「「THE WINDS OF GOD~零のかなたへ~」に関連する情報」(2017年9月9日閲覧)、『薩摩宝山 Present「THE WINDS OF GOD~零のかなたへ~」20th Anniversary Tour 2008』2009年4月12日時点でのアーカイブ(2017年9月27日閲覧)。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]