恵比寿 (渋谷区)

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恵比寿
—  町丁  —
東京都立広尾病院
恵比寿の位置(東京23区内)
恵比寿
恵比寿
恵比寿の位置
座標: 北緯35度38分48.67秒 東経139度43分6.89秒 / 北緯35.6468528度 東経139.7185806度 / 35.6468528; 139.7185806
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Shibuya, Tokyo.svg 渋谷区
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 15,058人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 150-0013[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川

恵比寿(えびす)は、東京都渋谷区地名である。現行行政地名は恵比寿一丁目から恵比寿四丁目。郵便番号は150-0013[2]

概要[編集]

住所が「恵比寿」である町域はJR恵比寿駅東部周辺の区域に限られるが、一般には恵比寿駅西部周辺の「恵比寿西」町域、「恵比寿南」町域、さらには目黒区三田の一部まで含めた地域が「恵比寿」として呼び示される。

恵比寿の地名は「ヱビスビール」に由来する[4]サッポロビールの本拠地として、ビール広場・ビール坂・ビール橋[5]などの名称が残っている。ローマ字表記の場合にも、「Ebisu」のほか、「ヱビスビール」の商標と同じく「Yebisu」と表記されることもある。

1994年平成6年)、ビール工場跡地の再開発事業として「恵比寿ガーデンプレイス」が開業、街は大きな変貌を遂げた。現在メディアでは、お洒落な街、住みたい街としても取り上げられることがある。

地理[編集]

2018年の恵比寿の空撮

渋谷区・渋谷地域の最東・最南部に位置し、港区白金白金台南麻布)・品川区上大崎)・目黒区三田)との区境にあたる。

河川

地価[編集]

住宅地の地価は、2017年平成29年)の公示地価によれば、恵比寿3-21-2の地点で107万円/m2となっている[6]

歴史[編集]

江戸時代[編集]

この周辺は江戸時代には、下渋谷村・三田村と呼ばれており、渋谷川三田用水に挟まれる農村で、大名の下屋敷が点在していた。

明治以降[編集]

1887年明治20年)、日本麦酒醸造会社(サッポロビールの前身)がこの地に工場建設用地を取得し[4]、2年後の1890年(明治23年)に発売されたビールは、「ゑびすビール」と名づけられて人気を博した[7][4]。翌1891年(明治24年)には、ビールの運搬のために日本鉄道品川線(現在の山手線)に貨物駅が開設され、「恵比寿停留所」と命名された[4]

1906年(明治39年)には、貨物駅のそばに同名の旅客駅が開始され[4]た。その頃から駅周辺地域が「恵比寿」と呼ばれ始め、それが定着していたこともあり、駅の東側から白金に向う現在のバス通りに沿って、「恵比寿通り1・2丁目」という町名がつけられたのが1928年昭和3年)のことである[7][4]。その後幾度かの地名改正を受け、他に隣接する町などを統合して現在の恵比寿という地名に至る。

恵比寿神社

戦後[編集]

1959年(昭和34年)、ヱビスビールの名にあやかって西宮神社(兵庫県)の恵比寿様の分霊を勧請され、恵比寿神社がつくられた。恵比寿の地名の起源となったビール工場は1988年(昭和63年)、千葉県に移転、跡地は再開発されて恵比寿ガーデンプレイスとなった[8]

地名の変遷[編集]

1966年(昭和41年)7月1日住居表示が実施された[9]

実施後 実施年月日 実施前(特記なければ各字名ともその一部)
恵比寿一丁目 1966年7月1日 恵比寿通二丁目、新橋町、山下町、下通二丁目、下通三丁目、恵比寿東一丁目、恵比寿東二丁目
恵比寿二丁目 豊沢町(全域)、恵比寿通一丁目、恵比寿通二丁目、新橋町、下通一丁目、下通二丁目
恵比寿三丁目 伊達町(全域)、景丘町、恵比寿通一丁目、恵比寿通二丁目
恵比寿四丁目 景丘町、恵比寿通二丁目、山下町、恵比寿東一丁目、恵比寿東二丁目

現在の恵比寿一丁目は山下町、恵比寿二丁目は新橋町および豊沢(とよさわ)町、恵比寿三丁目が伊達(だて)町、恵比寿四丁目が景丘(かげおか)町であった[10]

伊達町の名称は宇和島藩伊達家の下屋敷があったことに由来する[11]。景丘は、近代以前は欠塚(かけづか)と呼ばれていた地域で、現在は同地域にある加計塚(かけづか)小学校にその名残がある。その他にも旧地名は町会名として残っており(豊沢町会、伊達町会)、また、恵比寿二丁目交差点を頂上とする坂を「伊達坂」と呼び、恵比寿二丁目交差点の別称は「伊達坂上」である。また、現在でも、児童遊園名、マンション名やビル名などに伊達町、豊沢町の名を散見することができる)

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
恵比寿一丁目 2,251世帯 3,478人
恵比寿二丁目 2,758世帯 4,280人
恵比寿三丁目 2,898世帯 4,714人
恵比寿四丁目 1,631世帯 2,586人
9,538世帯 15,058人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[12]

丁目 番地 小学校 中学校 調整区域による変更可能校
恵比寿一丁目 1〜10番
13〜19番
27〜28番
渋谷区立広尾小学校 渋谷区立広尾中学校
29〜31番 渋谷区立臨川小学校
その他 渋谷区立加計塚小学校
恵比寿二丁目 9〜10番
その他 渋谷区立臨川小学校
恵比寿三丁目 2〜3番
43番、45番
渋谷区立臨川小学校 渋谷区立加計塚小学校
その他 渋谷区立加計塚小学校
恵比寿四丁目 全域

観光[編集]

恵比寿ガーデンプレイス内の店舗ほかイベント等については同項目を参照。

名所

地域[編集]

公園
  • 恵比寿東公園
  • アメリカ橋公園
  • 景丘公園
  • 豊沢児童公園
教育
施設
企業

交通[編集]

鉄道
発車メロディーには、ヱビスビールのコマーシャルソングである第三の男テーマソングが採用されている。
道路
首都高速道路・出入口

ゆかりある人物[編集]

居住者[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 住民基本台帳・外国人登録による人口”. 渋谷区 (2017年12月1日). 2017年12月22日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月22日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月22日閲覧。
  4. ^ a b c d e f 端田晶 「第三講義 慶応元年のビール王子」『もっと美味しくビールが飲みたい! - 酒と酒場の耳学問』 講談社〈講談社文庫〉、2008年7月15日、第1刷、130から134ページ。ISBN 978-4062761130
  5. ^ 恵比寿橋。1901年明治34年)、当時の日本麦酒醸造会社が加計塚小学校前に製品搬出路を通し、赤煉瓦アーチ状の橋を築いたもの
  6. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  7. ^ a b 地名の由来 渋谷区ウェブサイト、平成23年4月16日閲覧
  8. ^ サッポロビール本社もここにある
  9. ^ 1966年(昭和41年)11月30日自治省告示第176号「住居表示が実施された件」
  10. ^ [1]
  11. ^ 恵比寿3丁目、旧「伊達町」と宇和島藩の関わり 恵比寿新聞、2012.8.1
  12. ^ 通学区域”. 渋谷区. 2017年12月22日閲覧。
  13. ^ 2017年4月1日にSUBARUへ社名変更

関連項目[編集]

外部リンク[編集]