世田谷 (世田谷区)

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世田谷
—  町丁  —
世田谷区役所本庁
世田谷の位置(東京23区内)
世田谷
世田谷
世田谷の位置
座標: 北緯35度38分35.96秒 東経139度39分2.34秒 / 北緯35.6433222度 東経139.6506500度 / 35.6433222; 139.6506500
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Setagaya, Tokyo.svg 世田谷区
地域 世田谷地域
面積[1]
 - 計 0.769km2 (0.3mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 15,824人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 154-0017[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 世田谷

世田谷(せたがや)は、東京都世田谷区町名。現行行政地名は世田谷一丁目から世田谷四丁目。郵便番号は154-0017[2]

地理[編集]

東京都世田谷区の中央部に位置し、周囲を梅丘若林上馬弦巻豪徳寺の各町に隣接する。世田谷区役所[4]がある。

町の北辺の烏山川緑道は、暗渠化した烏山川の上部を緑道に造成したものである。川の名残として、町内部分では、八幡橋、城向橋、青葉橋、品川橋等の橋の名前が残っている。水準点(世田谷2丁目13番)の高さは東京湾平均海面上(海抜)38.6993メートル(2006年(平成18年)1月1日現在[5])。

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、世田谷4-10-10の地点で52万6000円/m2となっている。[6]

歴史[編集]

縄文前期の集落跡を示す元宿遺跡が四丁目にある。縄文中期の包蔵地である浄光寺遺跡が一丁目にある。江戸時代、多くは彦根藩井伊家の所領であり、1633年寛永10年)から1871年明治4年)まで同家の代官職を継いできた大場家の屋敷が、東京都史跡の世田谷代官屋敷として一丁目に残る。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
世田谷一丁目 3,448世帯 6,019人
世田谷二丁目 1,839世帯 3,365人
世田谷三丁目 1,900世帯 3,282人
世田谷四丁目 1,834世帯 3,158人
9,021世帯 15,824人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]

丁目 番地 小学校 中学校
世田谷一丁目 1~15番 世田谷区立弦巻小学校 世田谷区立弦巻中学校
その他 世田谷区立桜小学校 世田谷区立桜木中学校
世田谷二丁目 全域
世田谷三丁目 1~21番
その他 世田谷区立城山小学校 世田谷区立世田谷中学校
世田谷四丁目 8~28番
1~6番
7番13~17号
世田谷区立弦巻小学校 世田谷区立弦巻中学校
その他 世田谷区立桜小学校 世田谷区立桜木中学校

交通[編集]

施設[編集]

東京都世田谷区世田谷の航空写真(2009年4月27日撮影)

公共施設[編集]

  • 世田谷区役所(本庁):道路を隔てて、第一庁舎(第一庁舎、世田谷区民会館、第二庁舎、第三庁舎、駐車場)の施設群からなる。

教育[編集]

商業・金融[編集]

文化[編集]

催事[編集]

  • ボロ市:ボロ市通りを中心に、12月と翌年1月の年2回開催される。

管轄の官公署等[編集]

当地域を担当する官公署、集配郵便局等。

出身・ゆかりのある人物[編集]

世田谷に居住していた[11]。小説家谷崎潤一郎の弟。
  • 谷崎英男[11](早稲田大学教授)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 世田谷区の町丁別人口と世帯数”. 世田谷区 (2017年12月4日). 2017年12月27日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月27日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月27日閲覧。
  4. ^ 世田谷区役所 Archived 2012年7月28日, at the Wayback Machine.(2007年10月23日 (UTC) 検索)
  5. ^ せたがや統計情報館 水準点の位置と高さ Archived 2012年7月30日, at Archive.is(2007年10月23日 (UTC) 検索)
  6. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  7. ^ 通学区域”. 世田谷区 (2017年4月1日). 2017年12月27日閲覧。
  8. ^ 梅ヶ丘校舎と橋でつながっているが、これは梅丘に位置する。
  9. ^ 1952年(昭和27年)11月3日当初指定、1955年(昭和30年)3月28日旧跡、1959年(昭和34年)2月21日旧跡から史跡に種別変更。
  10. ^ 1978年(昭和53年)1月21日指定、国指定文化財等データベース(名称=大場家住宅(東京都世田谷区世田谷)、文化財種類=国宝・重要文化財(建造物) 、種別=重要文化財 民家、2007年11月22日 (UTC) 検索)
  11. ^ a b c 『人事興信録 第15版 下』タ73頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年10月25日閲覧。

参考文献[編集]

  • 人事興信所編『人事興信録 第15版 下』人事興信所、1948年。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]