玉川地域

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玉川地域
たまがわ
日章旗 日本
地方 関東地方
都道府県 東京都
自治体 世田谷区
旧自治体 荏原郡玉川村駒沢町(南部)
面積
15.820km²
世帯数
114,240世帯
総人口
226,853
住民基本台帳、2020年5月1日現在)
人口密度
14,339.63人/km²
隣接地区 区内:世田谷地域砧地域
区外:目黒区大田区川崎市高津区中原区
世田谷区役所玉川総合支所
世田谷区役所玉川総合支所
北緯35度36分30.79秒 東経139度38分54.64秒 / 北緯35.6085528度 東経139.6485111度 / 35.6085528; 139.6485111座標: 北緯35度36分30.79秒 東経139度38分54.64秒 / 北緯35.6085528度 東経139.6485111度 / 35.6085528; 139.6485111
所在地 〒158-0082
東京都世田谷区等々力三丁目4番1号
リンク 玉川総合支所公式ページ
玉川地域の位置(東京都内)
玉川地域
玉川地域
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玉川地域(たまがわちいき)は、東京都にある世田谷区の定める5地域の一つ。世田谷区の南部に位置し、南端に多摩川が流れ、対岸は神奈川県川崎市である。

二子玉川地区や自由が丘駅周辺に商業地区があるほかは、東急田園都市線東急大井町線沿線を中心に閑静な住宅街を形成する地域である。

幹線道路から街区ひとつ入ると閑静な住宅地が広がる。なかでも、深沢玉川田園調布尾山台等々力上野毛など、比較的落ち着いた住宅街である。

国分寺崖線には等々力渓谷があり、緑多い環境が好まれている。

歴史[編集]

総説[編集]

江戸期には、この地域に用賀村、瀬田村、上野毛村、下野毛村、等々力村、奥沢村、尾山村、野良田村(以上8ヶ村は後の玉川村)、深沢村、世田ヶ谷新町村(以上2ヶ村ほか4ヶ村は後の駒沢村)の10ヶ村が存在した。現在の神奈川県川崎市高津区中原区の一部もこれに含まれる。

1889年(明治22年)、市町村制の施行により、これらが合併し、玉川村、駒沢村(のち駒沢町)が成立した。旧10ヶ村は、合併後各村の大字となる。玉川村の名は、合併前各村の関係する多摩川の別名からとられた。(野良田は、玉川中町(現・中町)。下野毛は、現・野毛及び川崎市高津区下野毛の一帯である)

1912年(明治45年)、府県境を変更し、大字等々力の多摩川以南を橘樹郡中原村に、大字瀬田・下野毛の多摩川以南を橘樹郡高津村にそれぞれ分離編入。逆に橘樹郡高津村の大字諏訪河原字向河原、大字北見方の多摩川以北を玉川村に編入。

1932年(昭和7年)東京市の市域拡張により、玉川村は、周辺の駒沢町世田ヶ谷町松沢村と合併、東京府東京市世田谷区が成立する。しかし、玉川村は、世田谷町と合併に猛反対し、独自に「玉川区」 創設を主張した。

1947年(昭和22年)東京35区の統廃合の時に、旧・板橋区の中で、西部の練馬地域が独立を求めたのに倣い、再び世田谷区から 『玉川区』として分離独立を主張、都に建議書を提出。

1991(平成3)年、『地域行政制度』の発足で世田谷区内に5地域(政令指定都市でいう「行政区」のような位置づけ)が定められ、旧玉川村のほぼ全域と旧駒沢町の南部(旧・世田ヶ谷新町村、深沢村、現・桜新町、新町、駒沢3~5丁目)は「玉川地域」となり、玉川総合支所管内となる。

世田谷区内のいち地域とは言え、面積、人口で渋谷区とほぼ同じである。

なお、町域等の変遷については世田谷区の町名を参照。

玉川全円耕地整理事業[編集]

豊田正治翁顕彰碑(玉川総合支所前)

玉川地域は世田谷区を始めとする山の手地域の中でも、特に道路網が整備された区域となっている。これは旧玉川村時代に行われた耕地整理事業の成果である。

1923年に玉川村長に就任した豊田正治は、玉川村の全村域に相当する約1,000haの耕地整理事業計画(玉川全円耕地整理事業)を発表した。その内容は農業生産性を向上させるための耕地整理事業というよりも、都市近郊のニュータウンを作り上げる都市整備事業に近いものであった。幅員22mの幹線道路、寺院を中心とした公園計画、それら公園同士を結ぶ公園型道路(パークウェイ)など、当時人口が約7,600人の近郊農村であった玉川村中を騒然とさせる内容だった。

計画が発表された当初は賛成派と反対派の激しい対立が起こり、村内の祭礼を執り行うことが出来なくなるなどの事態が発生したといわれる。また、豊田村長が暴漢に切り付けられる事件も起こり、村長には常に賛成派住民による護衛がつくという物々しい状況にもなった。しかし豊田村長は「わが郷土の開発はわれわれ共同の力によって行うべきである」という断固たる意思によって、村内のどの区域も除外することなく計画を進めた。各工区に採算面や着工時期の独立性を持たせることで事態を収拾させ、用地負担を少なくするために公園計画の廃止、道路幅員の縮小などを行い、当事業は1927年奥沢東地区より着工された。1944年に全ての工区が竣工したが、登記の完了など事業の全てが完成したのは1954年で、実に31年の歳月を費やした大事業であった。耕地整理組合の組合長を務めた豊田村長は事業の完成を見ることなく、1948年にこの世を去った。

現在の「高級住宅地としての玉川地域」の素地は、当事業によるところが極めて大きい。これほどの規模の都市整備事業を政府に頼らず地元だけの力で成し遂げたのは、日本の都市計画史において特筆すべき快挙といえるものである。

玉川地域の独自性

1947年の玉川区の独立は実現しなかった。だが、玉川地域民の中には世田谷とは同化したくないという意識はある。玉川地域の独自性の例を挙げる。

  • 玉川地域には「世田谷」と冠した公共施設がない。
  • 医師会は玉川地域のみ「玉川医師会」であり、他の地域は「世田谷区医師会」である。
  • 薬剤師会は玉川地域・砧地域と烏山地域の一部が「玉川砧薬剤師会」であり、その他の地域は「世田谷薬剤師会」である。
  • 電話番号の3ケタ目は、玉川地域以南が700番。世田谷を含む4地域が400である。
  • 衆議院選挙小選挙区の区割りでは、世田谷を含む4地域が「東京都第6区」であるのに対して、玉川地域は目黒区と共に「東京都第5区」である。

町名[編集]

町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
東玉川一丁目 ひがしたまがわ 1967年6月1日 1967年6月1日 東玉川町の一部
東玉川二丁目 1967年6月1日 1967年6月1日 東玉川町の一部
奥沢一丁目 おくさわ 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川奥沢町1の一部
奥沢二丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川奥沢町1の一部
奥沢三丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川奥沢町1の一部
町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
奥沢四丁目 おくさわ 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川奥沢町2、玉川田園調布2の各一部
奥沢五丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川奥沢町2、玉川田園調布2の各一部
奥沢六丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川奥沢町3の一部
奥沢七丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川奥沢町3、玉川等々力町3の各一部
奥沢八丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川奥沢町3の一部
玉川田園調布一丁目 たまがわでんえんちょうふ 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川田園調布1、玉川田園調布2、玉川尾山町の各一部
玉川田園調布二丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川田園調布2、玉川奥沢町2、玉川奥沢町3の各一部
町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
玉堤一丁目 たまづつみ 1968年3月15日 1968年3月15日 玉川等々力町1、玉川尾山町の各一部
玉堤二丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 玉川等々力町1の一部
1970年3月1日 玉川等々力町1の一部
等々力一丁目 とどろき 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川等々力町1、玉川尾山町の各一部
等々力二丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川等々力町1、玉川等々力町2、玉川中町1の各一部
等々力三丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川等々力町2、玉川中町1の各一部
等々力四丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川等々力町2の一部
等々力五丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川等々力町2の一部
等々力六丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川等々力町3の一部
等々力七丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 深沢町2の全部と玉川等々力町2、玉川等々力町3の各一部
等々力八丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川等々力町3、玉川中町1、玉川中町2の各一部
尾山台一丁目 おやまだい 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川田園調布1、玉川奥沢町3、玉川尾山町の各一部
尾山台二丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川尾山町の一部
尾山台三丁目 1970年3月1日 1970年3月1日 玉川奥沢町3、玉川等々力町1の各一部
町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
上野毛一丁目 かみのげ 1969年2月1日 1969年2月1日 玉川上野毛町、玉川野毛町、玉川中町1、玉川中町2の各一部
上野毛二丁目 1969年2月1日 1969年2月1日 玉川上野毛町、玉川野毛町、玉川町の各一部
上野毛三丁目 1969年2月1日 1969年2月1日 玉川上野毛町、玉川町、玉川瀬田町の各一部
上野毛四丁目 1969年2月1日 1969年2月1日 玉川上野毛町、玉川中町2、玉川瀬田町の各一部
野毛一丁目 のげ 1969年2月1日 1969年2月1日 玉川野毛町、玉川等々力町1の各一部
野毛二丁目 1969年2月1日 1969年2月1日 玉川野毛町の一部
野毛三丁目 1969年2月1日 1969年2月1日 玉川野毛町、玉川上野毛町の各一部
中町一丁目 なかまち 1969年2月1日 1969年2月1日 玉川中町1、玉川野毛町の各一部
中町二丁目 1969年2月1日 1969年2月1日 玉川中町1、玉川等々力町2の各一部
中町三丁目 1969年2月1日 1969年2月1日 玉川中町2の一部
中町四丁目 1969年2月1日 1969年2月1日 玉川中町2、玉川上野毛町の各一部
中町五丁目 1969年2月1日 1969年2月1日 玉川中町2の一部
町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
上用賀一丁目 かみようが 1968年3月15日 1968年3月15日 玉川用賀町2の一部
上用賀二丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 玉川用賀町2、玉川用賀町3の各一部
上用賀三丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 玉川用賀町2、玉川用賀町3の各一部
上用賀四丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 玉川用賀町3の一部
上用賀五丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 玉川用賀町2、玉川用賀町3の各一部
上用賀六丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 世田谷5、玉川瀬田町、玉川用賀町3の各一部
用賀一丁目 ようが 1971年9月1日 1971年9月1日 玉川中町2の全部と玉川用賀町1、玉川上野毛町の各一部
用賀二丁目 1971年9月1日 1971年9月1日 玉川用賀町1の一部
用賀三丁目 1971年9月1日 1971年9月1日 玉川用賀町1、玉川用賀町2の各一部
用賀四丁目 1971年9月1日 1971年9月1日 玉川用賀町1、玉川用賀町2の各一部
玉川台一丁目 たまがわだい 1971年9月1日 1971年9月1日 玉川瀬田町、玉川用賀町1の各一部
玉川台二丁目 1971年9月1日 1971年9月1日 玉川瀬田町、玉川用賀町1、玉川用賀町2の各一部
町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
玉川一丁目 たまがわ 1968年7月15日 1968年7月15日 玉川町の一部
玉川二丁目 1968年7月15日 1968年7月15日 玉川町の一部
玉川三丁目 1968年7月15日 1968年7月15日 玉川町、鎌田町の各一部
玉川四丁目 1968年7月15日 1968年7月15日 玉川町、玉川瀬田町、大蔵町、鎌田町、岡本町の各一部
瀬田一丁目 せた 1971年9月1日 1971年9月1日 玉川瀬田町の一部
瀬田二丁目 1971年9月1日 1971年9月1日 玉川瀬田町の一部
瀬田三丁目 1971年9月1日 1971年9月1日 玉川瀬田町、玉川上野毛町、玉川用賀町1の各一部
瀬田四丁目 1971年9月1日 1971年9月1日 玉川瀬田町、岡本町の各一部
瀬田五丁目 1971年9月1日 1971年9月1日 玉川瀬田町、岡本町の各一部
町名 町名の読み 町区域新設年月日 住居表示実施年月日 住居表示実施前の町名等 備考
駒沢三丁目 こまざわ 1967年11月1日 1967年11月1日 弦巻町1の全部と上馬町3、新町1の各一部
駒沢四丁目 1967年11月1日 1967年11月1日 新町1の一部
駒沢五丁目 1967年11月1日 1967年11月1日 深沢町1、深沢町2の各一部
駒沢公園 こまざわこうえん 1967年11月1日 1967年11月1日 上馬町3、深沢町1、深沢町2、新町1の各一部
新町一丁目 しんまち 1967年11月1日 1967年11月1日 深沢町3、深沢町4、新町2の各一部
新町二丁目 1967年11月1日 1967年11月1日 深沢町4、新町1、新町2の各一部
新町三丁目 1967年11月1日 1967年11月1日 新町2の一部
桜新町一丁目 さくらしんまち 1968年3月15日 1968年3月15日 深沢町4、新町2、新町3の各一部
桜新町二丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 弦巻町3の全部と新町2、新町3の各一部
深沢一丁目 ふかさわ 1968年3月15日 1968年3月15日 深沢町1、玉川等々力町3の各一部
深沢二丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 深沢町1の一部
深沢三丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 深沢町2、玉川等々力町3の各一部
深沢四丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 深沢町2の一部
深沢五丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 深沢町3、玉川等々力町3、玉川中町2の各一部
深沢六丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 深沢町3の一部
深沢七丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 深沢町3、深沢町4、玉川中町2の各一部
深沢八丁目 1968年3月15日 1968年3月15日 深沢町4の一部

地理[編集]

[編集]

公共機関など[編集]

  • 世田谷区役所玉川総合支所
  • 用賀出張所
  • 用賀出張所二子玉川分室
  • 等々力出張所
  • 奥沢まちづくり出張所
  • 九品仏まちづくり出張所
  • 上野毛まちづくり出張所
  • 深沢まちづくり出張所
  • 児童館(等々力、玉川台、深沢、森の、上用賀、新町)
  • 図書館(奥沢、尾山台、玉川台、深沢の各地域図書館と、野毛まちかど図書室)
  • 玉川警察署
  • 玉川消防署
  • 玉川郵便局
  • 玉川税務署
  • タンザニア大使館

経済[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

教育[編集]

大学・短期大学[編集]

名所・旧跡[編集]

参考文献[編集]

  • 越澤明 『東京都市計画物語』 (日本経済評論社、1991年→ちくま学芸文庫 2001年
  • 「世田谷の町村のなりたち」(1986年、世田谷区、区政50年記念発行)

関連項目[編集]