ボロ市

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世田谷ボロ市。2012年12月16日撮影
夜の世田谷ボロ市。2006年12月16日撮影
ボロ市の露店の様子
世田谷ボロ市(2011.1.15)
世田谷ボロ市、坂本竜馬の写真(2011.1.15)

ボロ市(ボロいち)は、東京都世田谷区世田谷で行われる蚤の市を中心とする祭礼で、伝統行事の一つ。

概要[編集]

古着の売買が盛んに行われたことから、「ボロ市」の名が付いた。現代では古着のほかに、骨董品古本植木食料品神棚玩具寝具、新品の衣類、生活雑貨などが売られている。

せたがやボロ市保存会(地元町会・商店会を中心に結成)によって主催され、毎年1月1516日12月1516日の午前9時から午後9時まで(後述の理由により2011年12月以降の開催は午後8時までとなっている)、世田谷区世田谷一丁目の世田谷代官屋敷付近にある通称ボロ市通り(世田谷中央病院から世田谷一郵便局に至るおよそ500メートル)とその周辺で開催される。2017年3月現在439回開催されている。

開催日は固定であり、土曜日日曜日にあたる場合は、観光客も含め、特に激しい混雑となる(かつて成人の日が1月15日固定であった際には、毎年必ず1日は休日開催となっていた)。午前9時と午後9時には、開始と終了を知らせる号砲が打ち上げられる。

開催期間中には700近くの露店が軒を連ね、各日20万人近くの人で賑わう。期間中、最寄り駅となる世田谷駅および上町駅を経由する東急世田谷線は、臨時ダイヤで運行される。

会場の中心部に位置する世田谷区立郷土資料館(世田谷代官屋敷敷地内)では、例年12月から1月にかけて、季節展「ボロ市の歴史」を実施し、関連資料の展示によりその歴史を紹介している。

歴史[編集]

1578年北条氏政の「楽市掟書」により世田谷城下で始まった楽市嚆矢とする。江戸小田原の間にある世田谷宿において伝馬の確保のため、宿場を繁栄させようという目的があったといわれる。当時は、毎月1日、6日、11日、16日、21日、26日に開かれた。

その後、北条氏豊臣秀吉により1590年小田原征伐で没落し、北条氏の配下であった吉良氏の世田谷城も廃止されたことから、楽市は急速に衰えた。しかし、その後も近郊農村の需要を満たすため、農具市として年末に開かれる歳市に形を変えて存続した。

明治新暦採用後は1月にも開かれることとなった。最盛期には2000店の露店が並んだ。

1994年9月には世田谷区から、2007年2月には東京都から、それぞれ無形民俗文化財として指定されている。

近況[編集]

各種マスメディアに取り上げられたり、訪れた人々の口コミにより、毎年非常に多くの客で賑わう(近年では観光バスツアーで訪れる団体客も数多い)ものの、出店の中心となるボロ市通りを始め、会場となる通りはいずれも道路幅が広くはなく、多くの客でごった返す状況では(休日の昼間ともなると、前の人の頭しか見えずに移動もままならない状態になることもある)、落ち着いて各店舗の商品を品定めする余裕はなく、結局代官(後述)を始めとする飲食物を楽しんだだけで帰ることとなるケースも多い。また、骨董品等のジャンルの出店が増えるにつれ、一部店舗において店側・客側双方のマナー欠如による口論・トラブルが生じることもある。

代官餅[編集]

1975年から発売されている「代官餅」は、ボロ市の会場でしか製造・販売されない希少性とその味の評判から、昼食時には購入のための長蛇の列(1時間以上並ぶことも珍しくない)ができるなど、現在ではボロ市を代表する名物となっている(会場内にも「ボロ市名物 代官餅」と記した横断幕がそこかしこに掲げられている)。内容は、つきたての餅5~6個を1パックとして、味はあんこきなこ、からみ(大根おろし海苔ネギ鰹節醤油で和えたもの)の3種類で、各1パック700円(2017年1月現在)。購入する機会が限られるため、3種類一度に購入しようと思いがちであるが、餅とその上に載る味のボリュームがかなりあるため、買い過ぎには注意を要する(個人差はあるが、おとな数人で1パックが適量)。

その他[編集]

東日本大震災発生後の開催となる2011年12月以降の開催においては、開催時間を1時間短縮し午後8時終了とするとともに、被災地の復興を支援するため、復興支援物産展を会場内で開催し、被災各県の特産品が販売されている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]