船橋 (世田谷区)
| 船橋 | |
|---|---|
| 町丁 | |
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希望丘公園 | |
北緯35度39分13秒 東経139度37分19秒 / 北緯35.653622度 東経139.621958度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 特別区 |
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| 地域 | 砧地域 |
| 人口情報(2025年(令和7年)1月1日現在[1]) | |
| 人口 | 27,303 人 |
| 世帯数 | 13,978 世帯 |
| 面積([1]) | |
| 1.292 km² | |
| 人口密度 | 21132.35 人/km² |
| 郵便番号 | 156-0055[2] |
| 市外局番 | 03(東京MA)[3] |
| ナンバープレート | 世田谷 |
船橋(ふなばし)は、東京都世田谷区の地名。住居表示実施済み。現行行政地名は船橋一丁目から船橋七丁目。住居表示実施済区域。
地理
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船橋は世田谷区中西部に位置し、砧地域に属する。東で経堂、南で桜丘、環八通りを境に西で千歳台、北西の一点で粕谷、北で八幡山、上北沢、桜上水と隣接する。小田急小田原線千歳船橋駅北側、環八通りの東側にあり、同駅周辺や、道沿いには商店が見られる。南北に細長い形をしており、南端の一丁目から北端の七丁目まで数字順に並ぶ。
千歳船橋駅への概ね徒歩圏内は駅南側の桜丘二、五丁目、東側の経堂四丁目と合わせて千歳船橋、ちとふななどと呼ばれている。
一丁目は全体的に商店街が広がっており、東京都道428号高円寺砧浄水場線(荒玉道路、地下に荒玉水道がある)を挟んで二丁目と面している。二・三・四・五丁目は地区中央部の住宅地となっている。北側の東京都道118号調布経堂停車場線周辺の六丁目と七丁目は地内北端にあり、希望ヶ丘(希望丘)と呼ばれる。世田谷区立希望丘公園や周辺の粕谷にある芦花公園(蘆花恒春園)など緑地も多い。
地価
[編集]住宅地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、船橋1-45-10の地点で60万5000円/m2、船橋6-17-5の地点で55万円/m2となっている[4]。
歴史
[編集]近世
[編集]- 1590年(天正18年)、徳川家康が関東に入国して家臣団の知行割りを開始し、1592年(文禄元年)山本与次左衛門政法に武蔵国多摩郡船橋村から72石の知行を与え、残りは幕府直轄領とした[5] [6][7]。
- 正保の頃、石高約89石のうち72石を政法の子で旗本の山本伝三郎政重が領し、残りは伊奈半十郎が代官となり幕府直轄領として治めていた[5][8]。
- 1730年(享保15年)山本喜内政矩が甲府勤番の同僚を傷害し船橋村の知行地を含め全ての知行地を没収され、船橋村は全部幕府領となった[5][8][6]。
- 天保年間の開墾により村高は約136石となり、その頃の戸数は55戸であった[8]。
近代以降
[編集]- 明治維新後、他の多摩郡の旧幕府直轄領と共に武蔵国知県事の所轄となり、その後品川県、東京府を経て、1872年(明治5年)1月に神奈川県に編入される[9]。
- 1880年(明治13年)、多摩郡が東西南北に4分割され、船橋村は北多摩郡の所属となる[10]。
- 1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行に伴い、船橋村は、烏山村、給田村、八幡山村、粕谷村、廻沢村、上祖師ヶ谷村、下祖師ヶ谷村と合併して神奈川県北多摩郡千歳村を形成し、旧村域は千歳村の大字となる[11][10]。
- 1893年(明治26年)4月、北多摩郡が東京府に移管され、東京府北多摩郡千歳村大字船橋となる[12]。
- 1936年(昭和11年)10月1日、千歳村が砧村と共に東京府東京市世田谷区に編入され、基本的に大字の区域をもって新町域とし、大字船橋が船橋町となる[13]。
- 1943年(昭和18年)7月1日、東京都制が施行され[14]、東京都世田谷区船橋町となる。
- 1968年(昭和43年)3月15日、住居表示の実施により船橋町南部の一部番地が桜丘5丁目の住所表示となる[15]。
- 1969年(昭和44年)2月1日、住居表示の実施により船橋1丁目から7丁目の住所表示が設置される。また、八幡山町南部の一部番地が船橋5丁目・6丁目の表示に、船橋町北部の一部番地が八幡山1丁目・2丁目の表示に、経堂町の一部番地が船橋1丁目の表示に、世田谷5丁目の一部が船橋1丁目の表示に、廻沢町の一部番地が船橋2丁目・7丁目の表示になる。[15]
- 1971年(昭和46年)9月1日、住居表示の実施により船橋町西部の一部番地が千歳台1丁目と3丁目の住所表示となる[15]。
地名の由来
[編集]船橋の地名は文字通り、かつてこの辺りは湿地帯で「船橋」をかけて交通の便を図ったことに由来する。また一説に、藤原秀郷流の豪族佐野景綱の子で下野に居た船橋春綱の子孫である船橋吉綱の一族がこの地に移住して船橋と呼ぶようになったとも言われる。[6][8]
住居表示実施前後の町名の変遷
[編集]| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(特記なければ各町丁ともその一部) |
|---|---|---|
| 船橋一丁目 | 1969年2月1日 | 船橋町、経堂町、世田谷5の各一部 |
| 船橋二丁目 | 船橋町、廻沢町の各一部 | |
| 船橋三丁目 | 船橋町の一部 | |
| 船橋四丁目 | 船橋町、廻沢町の各一部 | |
| 船橋五丁目 | 船橋町、八幡山町の各一部 | |
| 船橋六丁目 | 船橋町、八幡山町の各一部 | |
| 船橋七丁目 | 船橋町、廻沢町の各一部 |
世帯数と人口
[編集]
2025年(令和7年)1月1日現在(世田谷区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 船橋一丁目 | 3,001世帯 | 5,230人 |
| 船橋二丁目 | 1,190世帯 | 2,365人 |
| 船橋三丁目 | 1,866世帯 | 4,077人 |
| 船橋四丁目 | 1,564世帯 | 3,300人 |
| 船橋五丁目 | 2,426世帯 | 5,034人 |
| 船橋六丁目 | 1,568世帯 | 3,066人 |
| 船橋七丁目 | 2,363世帯 | 4,231人 |
| 計 | 13,978世帯 | 27,303人 |
人口の変遷
[編集]国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[16] | 20,924
|
| 2000年(平成12年)[17] | 21,977
|
| 2005年(平成17年)[18] | 23,157
|
| 2010年(平成22年)[19] | 24,169
|
| 2015年(平成27年)[20] | 26,606
|
| 2020年(令和2年)[21] | 27,713
|
世帯数の変遷
[編集]国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[16] | 9,884
|
| 2000年(平成12年)[17] | 10,704
|
| 2005年(平成17年)[18] | 11,313
|
| 2010年(平成22年)[19] | 11,880
|
| 2015年(平成27年)[20] | 12,860
|
| 2020年(令和2年)[21] | 13,530
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学区
[編集]区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2024年8月現在)[22]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 船橋一丁目 | 全域 | 世田谷区立船橋小学校 | 世田谷区立船橋希望中学校 |
| 船橋二丁目 | 全域 | ||
| 船橋三丁目 | 1~20番 | ||
| 21〜26番 | 世田谷区立希望丘小学校 | ||
| 船橋四丁目 | 1~19番 | ||
| 20〜43番 | 世田谷区立船橋小学校 | ||
| 船橋五丁目 | 1~16番 18~25番 26番8号~最終号 27~35番 |
世田谷区立経堂小学校 | 世田谷区立緑丘中学校 |
| 17番 26番1〜7号 |
世田谷区立希望丘小学校 | 世田谷区立船橋希望中学校 | |
| 船橋六丁目 | 全域 | ||
| 船橋七丁目 | 全域 |
交通
[編集]鉄道
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| 街区内の駅 | 近隣の駅 |
|---|---|
|
|
- エイトライナー ーーー 同地区を対象とした路線構想
地区の大部分が小田急小田原線千歳船橋駅が最寄り駅となる。東側の一部は経堂駅が、北側の一部は京王線八幡山駅が最寄り駅となる地区もある。
バス
[編集]千歳船橋駅から発着する各社の路線バスを利用することができる。
北側(千歳船橋駅バス停)から発着
- 歳21(小田急)成城学園前駅西口~千歳船橋駅
- 歳22(小田急)千歳船橋駅~希望ヶ丘団地~千歳船橋駅
- 歳23(京王)千歳船橋駅~千歳烏山駅
- 歳25(小田急)千歳船橋駅~希望ヶ丘団地
- 経01(小田急)経堂駅~千歳船橋駅
- 梅01(小田急)梅ヶ丘駅北口~千歳船橋駅
- 丘22(京王)千歳船橋駅~つつじヶ丘駅北口
南側(千歳船橋バス停)から発着
道路
[編集]- 東京都道311号環状八号線(環八通り)
- 東京都道118号調布経堂停車場線
- 東京都道428号高円寺砧浄水場線 (荒玉水道道路)
- 千歳通り(世田谷区道だが環八通りと世田谷通りを短絡しており交通量は多い)
- 烏山緑道
- 森繁通り
事業所
[編集]2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[23]。
| 丁目 | 事業所数 | 従業員数 |
|---|---|---|
| 船橋一丁目 | 248事業所 | 1,592人 |
| 船橋二丁目 | 34事業所 | 573人 |
| 船橋三丁目 | 27事業所 | 233人 |
| 船橋四丁目 | 50事業所 | 663人 |
| 船橋五丁目 | 72事業所 | 834人 |
| 船橋六丁目 | 77事業所 | 1,307人 |
| 船橋七丁目 | 38事業所 | 578人 |
| 計 | 546事業所 | 5,780人 |
事業者数の変遷
[編集]経済センサスによる事業所数の推移。
| 年 | 事業者数 |
|---|---|
| 2016年(平成28年)[24] | 594
|
| 2021年(令和3年)[23] | 546
|
従業員数の変遷
[編集]経済センサスによる従業員数の推移。
| 年 | 従業員数 |
|---|---|
| 2016年(平成28年)[24] | 5,590
|
| 2021年(令和3年)[23] | 5,780
|
主な企業
[編集]施設
[編集]病院
[編集]学校
[編集]- 東京都立千歳丘高等学校
- 大東学園高等学校
- 恵泉女学園中学校・高等学校
- 世田谷区立船橋希望中学校
- 世田谷区立希望丘小学校
- 世田谷区立船橋小学校
公共施設
[編集]- 世田谷区立桜丘図書館(隣接する桜丘に所在)
- 世田谷区立希望丘公園
- 世田谷区立千歳温水プール
住宅
[編集]- 都営船橋4丁目アパート
- 希望ヶ丘団地
- 世田谷船橋郵政宿舎
店舗
[編集]郵便局
[編集]- 千歳船橋駅前郵便局
- 世田谷船橋郵便局
船橋全域の郵便集配業務は千歳郵便局 (東京都)が行っている。
その他
[編集]日本郵便
[編集]脚注
[編集]出典
[編集]- ^ a b c “令和7年(2025)世田谷区の人口と世帯数(町丁目別)” (CSV). 世田谷区 (2025年1月1日). 2025年3月9日閲覧。 “(ファイル元のページ)”(CC-BY-4.0)
- ^ a b “船橋の郵便番号”. 日本郵便. 2025年3月9日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
- ^ “国土交通省 不動産情報ライブラリ”. 国土交通省. 2025年3月19日閲覧。
- ^ a b c 『寛政重脩諸家譜』 第1輯、國民圖書、1922年、812-813頁。
- ^ a b c 東京都世田谷区『世田谷、町村のおいたち : 区制50周年記念』東京都世田谷区区長室広報課、1982年10月、136-137頁。
- ^ 荻野三七彦 ほか『世田谷区の歴史』名著出版、1979年8月、81-82頁。
- ^ a b c d 区史上 1951, pp. 423–424.
- ^ 区史上 1951, pp. 427–430.
- ^ a b 鈴木堅次郎『世田谷城名残常盤記 : 世田谷風土記』鈴木達、1961年10月、601-603頁。
- ^ 区史上 1951, pp. 444–447.
- ^ 東京府北多摩郡 編『北多摩郡誌』象山社、1983年8月、5-7頁。
- ^ 区史上 1951, pp. 706–740.
- ^ 東京都 編『市制町村制と東京』東京都、1984年3月、15頁。
- ^ a b c “地番と住居表示実施前の住所(旧住所)”. 添付ファイル・旧住所から新住所への検索対照表: 世田谷区 (2026年1月9日). 2026年2月16日閲覧。
- ^ a b “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “令和2年国勢調査の調査結果(e-Stat) -男女別人口,外国人人口及び世帯数-町丁・字等”. 総務省統計局 (2022年2月10日). 2022年2月20日閲覧。
- ^ “通学区域”. 世田谷区 (2024年8月30日). 2025年3月15日閲覧。
- ^ a b c “経済センサス‐活動調査 / 令和3年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 事業所数、従業者数(町丁・大字別結果)”. 総務省統計局 (2023年6月27日). 2023年9月15日閲覧。
- ^ a b “経済センサス‐活動調査 / 平成28年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 都道府県別結果”. 総務省統計局 (2018年6月28日). 2019年10月23日閲覧。
- ^ “郵便番号簿 2024年度版” (PDF). 日本郵便. 2025年3月9日閲覧。
参考文献
[編集]- 東京都世田谷区『世田谷区史』 上巻、東京都世田谷区、1951年。
関連項目
[編集]- テックウィンDVD - エンターブレイン発行のパソコン雑誌。付録のCD-ROMに収録されていたドラマCD「さるやまはげの助アワー」のうち、1999年3月号に収録された「あの女のハウス」の作中、ヲチとして「千葉県の船橋市」に行くところを、「東京都世田谷区の船橋」に来てしまったというものがある。
- 感情8号線 - 第3章のタイトルが「千歳船橋」となっている。フジテレビでドラマ化された。
- 船橋 (曖昧さ回避)
外部リンク
[編集]| 世田谷区粕谷 | 世田谷区八幡山 | 世田谷区上北沢 | ||
| 世田谷区千歳台 | 世田谷区桜上水 | |||
| 世田谷区千歳台 | 世田谷区桜丘 | 世田谷区経堂 |
