川越市

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かわごえし
川越市
Tokinokane.jpg
川越のシンボル時の鐘
Flag of Kawagoe, Saitama.svg
川越市紋章
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
団体コード 11201-1
法人番号 4000020112011
面積 109.13km2
総人口 352,901
推計人口、2017年5月1日)
人口密度 3,230人/km2
隣接自治体 上尾市さいたま市(大宮地域)、坂戸市狭山市
鶴ヶ島市所沢市日高市
富士見市ふじみ野市
入間郡三芳町比企郡川島町
市の木 カシ
市の花 ヤマブキ
その他 市の鳥:
市の日:12月1日
市の歌:われらの川越
川越市役所
所在地 350-8601
埼玉県川越市元町一丁目3番地1
北緯35度55分30.5秒東経139度29分8.8秒座標: 北緯35度55分30.5秒 東経139度29分8.8秒
川越市庁舎と太田道灌像
外部リンク 川越市

川越市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

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川越市(かわごえし)は、埼玉県南西部に位置する人口約35万人のである。埼玉県内ではさいたま市川口市に次ぐ第3位の人口を擁し、中核市業務核都市保健所政令市に指定されている。旧武蔵国入間郡

目次

概要・歴史[ソースを編集]

江戸時代には親藩譜代川越藩城下町として栄えた都市で、「小江戸」(こえど)の別名を持つ。城跡・神社・寺院・旧跡・歴史的建造物が多く、文化財の数では関東地方神奈川県鎌倉市栃木県日光市に次ぐ。歴史まちづくり法により、国から「歴史都市」に認定されている(埼玉県内唯一の認定)。戦災や震災を免れたため歴史的な街並が残っており、市内の観光名所には年間約704万人もの観光客が訪れる観光都市である。海外の旅行ガイドブックに紹介されることも多く、最近では外国人旅行者が多い(例えばニューヨーク・タイムズ紙の「2009年トラベルガイド」の 川越特集)。

武蔵野台地の北端に位置し、荒川入間川が市内で合流する。地理的な要衝で平安時代には河越館豪族河越氏が興り、武蔵国筆頭の御家人として鎌倉幕府で権勢を誇った。室町時代上杉氏家宰太田道灌によって河越城が築城され、上杉氏、次いで北条氏の武蔵国支配の拠点となった。戦国時代には関東平野の覇権を決する河越夜戦の舞台となった。河越夜戦は「日本三大夜戦」とされる。江戸時代以前は江戸を上回る都市であり、「江戸の母」と称された[1]

川越城を擁する川越藩は江戸幕府の北の守りであり、武蔵国一の大藩としての格式を誇り、酒井忠勝堀田正盛松平信綱柳沢吉保など大老老中クラスの重臣や御家門越前松平家が配された。そのため、江戸時代から商工業や学問の盛んな城下町であり、今日でも多くの学校を有す文教都市である。川越藩の歴代藩主は武蔵野の開発に力を注いだ。「知恵伊豆」と呼ばれた松平信綱は、川越藩士の安松金右衛門に命じ、玉川上水野火止用水新河岸川の開削、川島大囲堤の築造、川越街道の改修を行い、行政手腕の秀でた柳沢吉保は、川越に召抱えていた荻生徂徠の建議を入れ、筆頭家老の曽根権太夫に命じ、三富新田の開拓などを行った。

川越藩によって殖産政策が遂行され、農産物や絹織物工芸品など市場競争力のある特産品開発がなされた。川越藩領の狭山丘陵で河越茶(狭山茶)の栽培が進められ、武蔵野の開墾地ではサツマイモの栽培が盛んになった。高林謙三が開発した「高林式製茶機械」によって狭山茶は隆盛することとなり、赤沢仁兵衛が考案した「赤沢式甘藷栽培法」によってサツマイモの収穫量は劇的に増加した。寛政年間に焼イモが江戸で大流行すると、新河岸川や入間川の舟運で江戸に出回ったサツマイモは川越芋と呼ばれ「栗よりうまい十三里」というフレーズと味の良さで持て囃され、「イモの町」のイメージも定着した。こうした領内や秩父など近郊からの物資の供給地として「江戸の台所」と呼ばれ繁栄した。また幕末、川越藩領であった上野国前橋生糸業を興し、その輸出で川越商人は財を成した。

埼玉県下随一の城下町(川越藩の石高は武蔵国で最大、関東でも水戸藩に次ぐ)であったので、廃藩置県では川越県、次いで入間県県庁所在地となった。入間県は現在の東京都武蔵野市周辺から新座や秩父・熊谷本庄まで含んで発足、入間県の面積は現在の埼玉県の7割を占めていた。現在の埼玉県成立後、最初に市制を施行したのは川越である(大正11年の市制施行[2]北海道札幌市などと同年)。明治以降も先進的な発展が続き、埼玉りそな銀行の前身であり埼玉県で唯一の国立銀行であった第八十五国立銀行の発祥地である[3]。また旧川越藩御用商人衆には横田五郎兵衛山崎豊黒須喜兵衛など豪商が多く、米穀取引所や民間による銀行(川越銀行川越商業銀行)の設立や商工会議所医師会の発足なども埼玉県内で最初である。後に川越市初代市長となる綾部利右衛門ら川越商人の強い力で、埼玉県で最初に火力発電所水力発電所を設け、埼玉県下で最初に電灯が燈った町でもある。

川越商人に加え、上広瀬村(現・狭山市)の清水宗徳が参画し、川越鉄道甲武鉄道国分寺駅との間に建設された(現在の西武新宿線西武国分寺線のルーツ)。また、綾部らの川越電気鉄道大宮との間で開通した。川越電気鉄道は蒸気機関車ではなく、その名の通り、埼玉県で最初の電車であった。川越鉄道と川越電気鉄道は最終的に合併し、西武鉄道(旧)となり、川越藩三芳野村(現・坂戸市)出身の大川平三郎(「日本の製紙王」と呼ばれ大川財閥を作った)らが役員に名を連ねた。綾部らの西武鉄道は堤康次郎武蔵野鉄道(現在の西武池袋線)と太平洋戦争中に戦時合併する。一方、1902年明治35年)には綾部ら川越商人と川越商業銀行頭取で新河岸川の回漕業者でもあった福岡村(現・ふじみ野市)の星野仙蔵が、東京 - 川越間の京越鉄道の敷設を計画した。これは本社を川越に置いて発足した東上鉄道に引き継がれ、1914年大正3年)に池袋駅 - 田面沢駅(現在の川越市駅の西方にあった)間で開通した。2年後には坂戸駅まで延伸。東上鉄道は1920年根津嘉一郎東武鉄道と合併する。昭和になって軍需鉄道の八高線の建設が決まると川越商人たちが川越線建設を求める請願を行い、国策鉄道として省線の川越線が開通した。代わりに、川越 - 大宮間の電車(西武大宮線と改名)は廃線となった。

現在では、JR東武東上線川越駅は1日約19万人が乗降し(埼玉県内では大宮駅に次ぐ2位[4])、近接する西武新宿線本川越駅を併せた乗降客数は26万人を超え、東武東上線・川越市駅も併せると中心市街地に駅が3つあることになる。旧市街地の玄関は西武の本川越駅で、新市街地の玄関は東武の川越駅である。

室町時代より川越街道(現・国道254号)で、江戸時代より新河岸川舟運で、江戸と直結した物流の要衝であり、1971年(昭和46年)には埼玉県内で最初の高速道路として関越自動車道練馬IC - 川越IC間で完成、開通時の名称は「東京川越道路」であった。国道16号(東京環状)や首都圏中央連絡自動車道(圏央道)も通じている。

その他:

人口[ソースを編集]

Demography11201.svg
川越市と全国の年齢別人口分布(2005年) 川越市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 川越市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
川越市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 171,029人
1975年 225,465人
1980年 259,314人
1985年 285,437人
1990年 304,854人
1995年 323,353人
2000年 330,766人
2005年 333,795人
2010年 342,714人
2015年 350,327人
総務省統計局 国勢調査より
  • 1886年明治19年)の調査では、川越城下の人口はおよそ15,000人。埼玉県内で唯一、人口が1万人を超えていた。
  • 1902年(明治35年)の埼玉県人口動態調査では、川越町(当時)の人口はおよそ27,000人で埼玉県内1位。2位の熊谷町は15,000人、3位の本庄町はおよそ9,000人だった。
  • 1920年大正9年)の第1回国勢調査人口では、埼玉県の総人口1,319,533人のうち、川越町は24,675人で県内1位であった。当時の川越町の人口は県庁所在地の浦和町(現・さいたま市浦和区)(11,694人)の2倍以上であった。川越町の町域は当時の市街地の一部に過ぎず、街は町域外に拡大、明治以降、人口は主に旧仙波村など隣接地で増加していった。
  • 埼玉県内の市が4市に増えた1935年昭和10年)の国勢調査で川越市の人口は35,000人強であり、浦和市川口市などに抜かれ県内3位となった。
  • 2005年(平成17年)の国勢調査で初めて所沢市に人口で抜かれたが2010年には再び抜き返し県内3位に返り咲いた。

昼夜人口比率[ソースを編集]

昼夜人口比率は、96.51%(2005年)。

県庁所在地・さいたま市は91.89%。また埼玉県内は所沢市の85.02%、越谷市の83.84%、上尾市の82.92%、春日部市の80.15%など、70%-80%台の市が大半である。

地理[ソースを編集]

気候[ソースを編集]

ケッペンの気候区分では温暖湿潤気候に属する。1年を通じて穏やかな気候で、年平均降水量は1320mm、年平均気温は15.8℃、年平均相対湿度は62.8%、年平均風速は2.1m/s。(数値は2009年)。

一方で、東京都心のヒートアイランド現象の影響を受け、夏の猛暑が厳しくなっているとの指摘もある。川越市は気象庁の精密観測網でカバーされていないが、首都大学東京などが独自に気温を計測したところ、夏日の最高気温は酷暑で知られる埼玉県熊谷市を上回るとの研究結果を2017年6月に発表した[5]

地誌[ソースを編集]

川越市中心部周辺の空中写真。
1984年撮影の13枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

都心から30km圏に属し、北緯35度55分30秒、東経139度29分08秒(市役所のある元町)。市域は東西およそ16.3km、南北およそ13.8km。標高は元町で海抜18.5m、市の南端が最も高く50.7m、東部が最も低く6.9m、標高差およそ44mである。

荒川多摩川に挟まれた地域を武蔵野台地と言い、川越はその北東端に位置する。武蔵野台地は奥秩父山地水源とする多摩川が形成した扇状地である。太古の多摩川(古多摩川)は東京都神奈川県の都県境方面ではなく埼玉県西部の入間郡を横断して流れていた(今の入間川の流路とほぼ同じ)。武蔵野台地は柳瀬川以北を特に川越台地と呼び、さらに入間川を超えた北西側を特に入間台地と呼ぶ。南西には狭山丘陵が接する(狭山丘陵も古多摩川が土砂を堆積してできた丘陵で、狭山丘陵の形成によって多摩川は後に流路を南に変えることになった)。河越館が築かれたのは入間台地の東限で、川越城が築城されたのは川越台地の北限である。川越城は地形を利用した平山城であった。1457年長禄元年)に川越城と江戸城を築城した太田道灌は、両城を結ぶ防衛ラインとして川越街道を造った。以来、川越街道より西南側へ多摩地域までが武蔵野と呼ばれる地方で、文化的な一体性がある。

川越台地を取り囲むように周囲は低地であり市内からは関東平野を囲む山々を眺めることができる。外秩父山地や武蔵野台地の武蔵野面(古多摩川が形成した高位の河岸段丘)に降った雨は、入間川や新河岸川越辺川不老川小畔川赤間川など(今では多摩川水系ではなく)荒川水系の幾多の河川を形成し、川越の町を囲むような低地に主に北西方向から南東に流れる。町は台地上に形成され、南側の台地に拡大する余地が残っており、歴史的にも南へ街が広がってきた。甲武信ヶ岳を源とする荒川は江戸時代寛永の瀬替えにより大宮台地西側を流れるようになり流量を増やした。荒川は、大持山から流れ出た入間川と当市内の古谷上で合流し、日本でも最大規模の河川敷を形成する(国道16号上江橋は河川にかかる国道の橋としては日本最長である)。このため、「外川」と呼ばれた荒川の対岸の大宮などとは歴史的にも結び付きがあまりない。

川越街道は入間川や荒川を渡ることなく江戸へ通じたので、荒川や利根川の氾濫に苦しめられた中山道に劣らず賑わった。「内川」と呼ばれた新河岸川は江戸へ向って傾斜し隅田川に合流するので、川筋が整備され舟運が盛んであった。大正時代に新河岸川は赤間川と合流され、さらに川越市街を取り巻く形となった(大正時代に新河岸川のルートに東武東上本線が建設され、舟運は廃された)。こうした河川が市内北部や東部に広大な氾濫地である荒川低地を作り出し、稲作地帯となっている。市内東部には埼玉県内最大の自然沼である伊佐沼もある。旧荒川の流路に沿って自然堤防も形成されている。こうした沖積層は、地下水位が高く軟弱な粘土やシルトが厚く分布している。

一方、武蔵野台地(川越台地・入間台地)上にある市内中心部・南部・西部は対照的に洪積台地となっており、富士山浅間山火山灰が形成した関東ローム層(立川ローム層とその下の武蔵野ローム層)の下には古多摩川が形成した比較的安定した礫層がある。関東ローム層は保水力が無く井戸水に困り、また江戸時代以前は武蔵野台地を水源とする川は石神井川や不老川など数少なく、その上、瀬切れを起こしやすく台地上では水の確保に苦労した。現在では武蔵野の雑木林の面影を残し、水はけが良いことから畑作地帯となっている。

地名の由来[ソースを編集]

直接の由来は平安時代河越館を構えた豪族河越氏[6] であるが、その由来は古来より諸説ある。

川越は古来より武蔵国の中枢で、諸方に交通の便が拓けていたが川越市街地を川が囲む形となっており、入間川を越えないとたどり着けない地であることから「河越」と称されたという説や、養寿院にある銅鐘(国の重要文化財)に「武蔵国河肥庄」という銘があり吾妻鏡にも文治2年(1186年)の記述に既に「河肥」の文字があることから入間川の氾濫によって肥沃な地であるからという説、などである。

隣接している自治体・行政区[ソースを編集]

行政[ソースを編集]

歴代市長[ソースを編集]

氏名 就任年月日 退任年月日
初代 綾部利右衛門 1922年12月1日 1923年2月
2 武田熊蔵 1923年8月1日 1927年7月31日
3 寺尾規矩郎 1927年9月22日 1931年9月21日
4 林寿夫 1931年10月13日 1932年1月15日
5 早川金十郎 1932年3月1日 1935年8月13日
6 橋本定五郎 1935年8月17日 1939年8月16日
7 伊達徳次郎 1939年8月24日 1943年8月23日
8 渋谷塊一 1943年9月14日 1945年3月16日
9 河合正臣 1945年4月21日 1946年8月16日
10-15 伊藤泰吉 1946年10月7日 1965年7月31日
16-19 加藤瀧二 1965年9月19日 1981年1月7日
20-22 川合喜一 1981年2月8日 1993年2月7日
23-26 舟橋功一 1993年2月8日 2009年2月7日
27-28 川合善明 2009年2月8日

名誉市民[ソースを編集]

財政[ソースを編集]

川越市の2012年度(平成24年度)の財政力指数 0.95であり、これは埼玉県内全40市の中で、戸田市和光市朝霞市八潮市所沢市さいたま市に次いで7番目に高い。2007年度〜2010年度においては財政力指数が1.00を超えていたが、2011年度以降は1.00を下回っている[7]

行政・司法機関[ソースを編集]

国の出先機関[ソースを編集]

裁判所[ソースを編集]

特殊法人の機関[ソースを編集]

県の出先機関[ソースを編集]

  • 埼玉県川越地方庁舎(2015(平成27)年3月ウェスタ川越に移転)
    • 川越県税事務所
    • 川越農林振興センター
    • 西部教育事務所
    • 西部環境管理事務所
    • 川越比企地域振興センター
    • 埼玉県消費生活支援センター川越
    • 川越建築安全センター
    • パスポートセンター川越支所
    • 出納総務課川越駐在
  • 川越県土整備事務所
  • 川越児童相談所
  • 川越家畜保健衛生所

県の公社[ソースを編集]

市の機関[ソースを編集]

  • 川越市役所(これまで、川越市役所出張所設置条例(昭和36年3月29日 条例第7号)によって出張所が設置されていたが、川越市市民センター条例(平成26年2月3日)により平成26年4月1日から「市民センター」に改称された[8]
    • 川越市芳野市民センター[9]
    • 古谷市民センター
    • 南古谷市民センター
    • 高階市民センター
    • 福原市民センター
    • 山田市民センター
    • 名細市民センター
    • 霞ケ関市民センター
    • 霞ケ関北市民センター
    • 川鶴市民センター
    • 大東市民センター
    また、出張所を補うものとして、川越市役所連絡所及び証明センター規則(平成3年7月31日 規則第26号)により以下の連絡所が設置されている。
川越市上下水道局
川越市保健所
  • 川越市上下水道局
  • 川越市下水道管理センター
  • 川越市保健所
  • 川越駅西口土地区画整理事務所
  • 川越市道路管理事務所
  • 川越市計量検査所
  • 川越市生活情報センター
  • 川越市市民会館(平成27年6月閉館)
  • やまぶき会館
  • 川越西文化会館(メルト)
  • 川越南文化会館(ジョイフル)
  • 北部地域ふれあいセンター
  • 東部地域ふれあいセンター
  • 市立美術館
  • 市立博物館
  • 児童センターこどもの城
  • 川越駅東口児童館
  • 高階児童館
  • 川越駅東口多目的ホール
  • 国際交流センター
  • 女性活動支援のひろば
  • 農業ふれあいセンター
  • サンライフ川越・芳野台体育館
  • 川越市教育センター(旧・川越市立古谷東小学校)
  • 川越市立教育センター分室(リベーラ)

警察[ソースを編集]

消防[ソースを編集]

広域行政[ソースを編集]

一部事務組合
協議会

開発事業[ソースを編集]

川越北環状線事業
市街地への車の流入を回避する環状道路の最後の整備区間として埼玉県道160号川越北環状線が工事中である。一方、坂戸市鶴ヶ島市日高市比企郡川島町など、当市の周辺自治体とを結ぶ放射状幹線道路の整備は進んでおらず(歩道の整備や拡幅)、踏切の立体交差化も進捗していない。
駅前整備事業

立法[ソースを編集]

市議会[ソースを編集]

2015年5月15日現在

  • 議員定数:36
  • 議長:吉田光雄(自由民主党川越市議団)
  • 副議長:関口勇(自由民主党川越市議団)
  • 任期:2015年5月1日 - 2019年4月30日

埼玉県議会(西7区選出)[ソースを編集]

  • 定数:4名
  • 任期:2015年(平成27年)4月30日〜2019年(平成31年)4月29日
議員名 会派名 当選回数
福永信之 公明党埼玉県議会議員団 6
渋谷実 自由民主党埼玉県議会議員団 5
中野英幸 自由民主党埼玉県議会議員団 2
山根史子 民主党・無所属クラブ 1

衆議院[ソースを編集]

選挙区 議員名 党派名 当選回数 備考
埼玉県第7区(川越市、富士見市ふじみ野市の旧上福岡市地域) 神山佐市 自由民主党 2 選挙区
小宮山泰子 民進党 5 比例復活

姉妹都市・提携都市[ソースを編集]

「蔵の街」として知られる栃木県栃木市千葉県香取市(旧佐原市)とともに小江戸サミットを開くなど、観光面で交流している。

経済[ソースを編集]

  • 産業人口(2005年国勢調査より)
    • 就業者総数:164,573人
    • 第一次産業:3,375人 (2.1%)
    • 第二次産業:43,628人 (26.5%)
    • 第三次産業:111,160人 (67.5%)

工業[ソースを編集]

1965年(昭和40年)に狭山市とともに積極的な工場誘致を行い、当時、日本一の面積であった[11]川越狭山工業団地が完成、更に1980年代には富士見工業団地川越工業団地が造成され、市内の住工混在の解消を図っている。首都圏中央連絡自動車道川島ICに近い市内には、川越第二産業団地の整備も進んでいる。埼玉県内では最大級の工業都市で、2014年には狭山市を抜いて工場製造品出荷額で1位である(9370億円)。機械類の生産が最多であるが、化学工業が多いのも特徴である。

農業[ソースを編集]

など。

  • 江戸時代の寛政年間焼き芋が流行(それまでは蒸したサツマイモだった)、文化年間に焼き芋屋の宣伝コピーとして、「栗(九里)より(四里)うまい十三里(十三里半とも)」と謳われた程のサツマイモの名産地であった。将軍・徳川家治に献上されて「川越芋」の名がついた、と言われる。主要地は市内南西部。次第に栽培の容易な「紅あずま」やサトイモ、葉物野菜などへの作物転換が行われるようになっていったが、近年では幼稚園や小学校の「いも掘り遠足」(農業体験型の観光藷掘り)が盛んになっている。
  • 有志により「川越いも友の会」が結成され、10月13日を「サツマイモの日」に制定し、川越芋を復興する取り組みで1999年平成11年)に「サントリー地域文化賞」を受賞した。現在の会長は世界的なサツマイモ研究の権威で川越在住のアメリカ人・ベーリ・ドゥエル東京国際大学教授[12]
  • サツマイモと並んで当市の特産物であったのがで、老中の秋元喬知甲斐国から川越藩主に転封され川越で殖産政策を行って盛んになった。特に神奈川県川崎市で誕生した甘柿の禅寺丸の大産地として有名だったが、戦後廃れてしまった。
  • 現在では、南西の台地上に位置する福原・大東地区を中心に葉物野菜が、北や東の川沿い低湿地の芳野・山田・名細・田面沢、古谷を中心に稲作が行われている。当市は山地がない平坦地なため2,693haと埼玉県下最大の経営耕地面積を有する。近郊農業地域で野菜と米の出荷量が多く、当市の農業産出額は深谷市熊谷市本庄市に次いで埼玉県内第4位である(2009年)。当市は埼玉県内で商業、工業、農業の産業バランスが良い市とされ、農業従事者も埼玉県平均より青年層が多く、高齢化の割合が少ないのが特色となっている。
  • 「小江戸川越ブランド産品」の認定制度があり、小江戸川越黒豚や小江戸川越地鶏などを育てている。特産品開発の先進的な取組みを農林水産省経済産業省が共同で支援・表彰する「農商工連携88選」に、埼玉県内からは「コエドブルワリー」(地ビール)と「ひびき」(やきとり・彩の国黒豚)の当市の2社だけが選出された。2010年(平成22年)には川越城址近くにJAいるま野の「あぐれっしゅ川越」がオープン、地元農産物の大型直売センターで賑わっている。

商業[ソースを編集]

川越駅東口・クレアモール
川越マイン
丸広本店・本館クレアモール側

川越市の小売業年間商品販売額は、さいたま市川口市に次いで埼玉県内第3位である(2009年)。

  • また川越駅東口から北へ伸びる商店街クレアモール」(川越サンロード商店街と川越新富町商店街の統一名)は関東地方でも有数の集客力を持つ商店街。地元の若年層・近隣から通学してくる高校・大学生や高齢者層まで平日でも人通りが多く、商店街の通行量調査では埼玉県で1位となっている[13]。クレアモールは電線が地中化、御影石舗装で店舗とはバリアフリー化が成されている。ストリートミュージシャンも登場する。クレアモールは、中央通り、大正浪漫夢通り、川越一番街へと続き、全長は2kmを超える。
主な商業施設

メディア[ソースを編集]

地域[ソースを編集]

町名・大字[ソースを編集]

健康[ソースを編集]

  • 平均年齢:40.7歳(男39.8歳、女41.7歳)

教育[ソースを編集]

幼稚園[ソースを編集]

  • あおば幼稚園
  • あそか幼稚園
  • 岡田幼稚園
  • かすみ幼稚園
  • 霞ヶ関幼稚園
  • 川越幼稚園
  • 川越あさひ幼稚園
  • 川越白ゆり幼稚園
  • 川越なかよし幼稚園
  • 川越ひばり幼稚園
  • 川越第二ひばり幼稚園
  • 川越双葉幼稚園
  • 南双葉幼稚園
  • 川鶴ひばり幼稚園
  • 新河岸幼稚園
  • 高階幼稚園
  • 東光幼稚園
  • ながさわ幼稚園
  • のぞみ幼稚園
  • 初雁幼稚園
  • ひかりの子幼稚園
  • ひつじ幼稚園
  • 第二ひつじ幼稚園
  • 日の丸幼稚園
  • ひまわり幼稚園
  • ひまわり東幼稚園
  • ひまわり南幼稚園
  • ふくはら幼稚園
  • ふじま幼稚園
  • 藤原白百合幼稚園
  • みよしの幼稚園
  • ルンビニ幼稚園

小学校[ソースを編集]

公立
私立

中学校[ソースを編集]

公立
私立

高等学校[ソースを編集]

川越市立
埼玉県立
私立

特別支援学校[ソースを編集]

大学[ソースを編集]

当市など埼玉県西部にある各大学は彩の国大学コンソーシアムを結び単位互換制度や公開講座を実施している。

当市では、「育英資金」という奨学金制度がある。なお、本奨学金は返還義務が伴う。また、「川越市交通遺児奨学金」制度があり、本制度は小中学生対象の給付型である。

学校教育以外の施設[ソースを編集]

職業能力開発校[ソースを編集]

図書館[ソースを編集]

市内には図書館が4か所、図書配本所が2か所、図書分室が1か所ある。また都市部での移動図書館は少ない中、「やまぶき号」が2007年3月まで運行されていた。かつては、川越駅西口から徒歩5分の場所にある川越福祉センター(2008年3月15日閉館)向かいに埼玉県立川越図書館が長年運営されてきたが、2003年3月31日をもって廃止された。

  • 川越市立図書館
    • 中央図書館
    • 西図書館
    • 高階図書館
    • 川越駅東口図書館
    • 霞ヶ関北配本所
    • 高階南配本所
    • 霞ヶ関南分室

図書館の広域自治体間相互利用協定により、以下の市民にも開かれている。

博物館・美術館[ソースを編集]

公民館[ソースを編集]

市内には公民館が17か所と常勤職員が常駐しない分館が1か所、分室が1か所ある。またこの他に町内公民館と定義づけされた自治会集会所がある。

なお、名細公民館の分館として長く使用された川越市下広谷南公民館は名細公民館の移転に伴って廃止された。

  • 単立館・併設館
    • 川越市中央公民館
    • 川越市南公民館
    • 川越市北公民館
    • 川越市芳野公民館 芳野市民センターと併設
    • 川越市古谷公民館 古谷市民センターと併設
    • 川越市南古谷公民館 南古谷出張所と併設
    • 川越市高階公民館 2008年(平成20年)5月1日開館の複合施設「高階市民センター」内に併設
    • 川越市高階南公民館
    • 川越市福原公民館 福原市民センターと併設
    • 川越市大東公民館 2014年(平成26年)5月7日開館の複合施設「大東市民センター」内に併設
    • 川越市大東南公民館
    • 川越市山田公民館 山田市民センターと併設
    • 川越市名細公民館 2009年(平成21年)11月30日開館の複合施設「名細市民センター」内に併設
    • 川越市霞ヶ関公民館 霞ヶ関市民センターと併設
    • 川越市霞ヶ関北公民館 霞ヶ関北市民センターと併設(組織上は併設になっているが現在のところ建っているのは別の場所)
    • 川越市伊勢原公民館 霞ヶ関北小学校・西図書館と併設
    • 川越市川鶴公民館 川鶴市民センターと併設
  • 分館・分室
    • 川越市さわやか活動館
    • 川越市中央公民館分室(小泉八雲ゆかりの建物を大正時代に川越に移築した屋敷)

公共福祉施設[ソースを編集]

市内には市民会館が1か所、文化会館が2か所、運動公園、武道館、葬祭場が各1ヶ所ある。施設の運営維持管理は 財団法人川越市施設管理公社 が行っている。また、文化会館の小規模なものとして住民管理方式を取り入れた地域ふれあいセンターが2か所ある。なお、1974年11月11日より33年余りにわたって運営されてきた 川越福祉センター(川越駅西口徒歩5分)は、2008年3月15日をもって廃止された。

  • 川越市やまぶき会館(川越市民会館はウェスタ川越の開設に伴い平成27年6月30日閉館)
  • 川越南文化会館(ジョイフル)
  • 川越西文化会館(メルト)
  • 川越運動公園
    • 総合体育館
    • 陸上競技場
    • テニスコート
  • 川越武道館
  • 川越福祉センター
  • 川越市民聖苑やすらぎのさと
  • 川越市北部地域ふれあいセンター(川越市山田)
  • 川越市東部地域ふれあいセンター(川越市並木、川越税務署隣)

電話番号[ソースを編集]

市外局番049であり、坂戸市、鶴ヶ島市、富士見市(水谷東二丁目・三丁目以外)、ふじみ野市、入間郡全域、比企郡川島町、鳩山町と同一(川越MA)。荒川左岸の古谷上の一部は048

郵政[ソースを編集]

郵便番号は市内全域が「350-00xx,08xx,11xx」である。

主な郵便局

娯楽・レジャー施設[ソースを編集]

映画館[ソースを編集]

閉館した映画館

ゴルフ場[ソースを編集]

その他[ソースを編集]

交通[ソースを編集]

東京都心 - 川越間の競合路線

江戸時代から入間地区の交通の要衝として発達しており、周辺各都市への交通が中心部から放射状に発達しているものの、市内環状道路の整備や、主要道路の拡幅が今後の課題となっている。

鉄道路線[ソースを編集]

なお、西武新宿線の列車の愛称は川越市にちなんだ名称になっている。(特急「小江戸」号

廃線[ソースを編集]

西武鉄道の前身、西武鉄道(旧)1925年大正14年)に、入間川からの砂利輸送が目的で南大塚駅から安比奈線を開通させた。入間川には、安比奈線と埼玉県営鉄道の2つが対岸の東武と西武の駅から向かい合うように延びていた。

1950年(昭和25年)に電化され蒸気機関車から電気機関車に変ったが、その貨物輸送も1967年(昭和42年)で廃止された。その後半世紀近くにわたって休止扱いであったが、2016年(平成28年)11月30日を以て廃止された[15][16][17]

バス[ソースを編集]

小江戸巡回バス

タクシー[ソースを編集]

タクシーの営業区域は県南西部交通圏で、所沢市東松山市飯能市和光市などと同じエリアとなっている。

道路[ソースを編集]

高速道路
一般国道
県道

町並み保存[ソースを編集]

川越一番街(2010年4月20日撮影)

住宅団地[ソースを編集]

  • 初雁団地
  • 新宿町団地
  • 川越西山住宅(笠幡)
  • 川越北谷住宅(岸町)
  • 川越岸町やまぶき住宅
  • 川越久下戸住宅
  • 川越月吉町団地
  • 川越月吉町住宅
  • 川越今泉住宅
  • 川越今福住宅
  • 川越山田住宅
  • 川越小中居住宅
  • 川越小堤住宅
  • 川越東坂上住宅 (新宿町)
  • 川越神明町住宅
  • 川越仙波町住宅
  • 川越的場住宅
  • 川越藤原住宅
  • 川越南大塚住宅
  • 川越グリーンパーク(古谷上)
  • ファミリータウン春日(小堤)
  • 住友川越霞ヶ関分譲地(現・上戸新町)
  • 東急霞ヶ関ニュータウン(現・霞ヶ関東2〜5丁目)
  • かわつる三芳野団地
  • 川鶴団地
  • いせはら団地
  • 霞ヶ関角栄団地 - 角栄建設(現・ジョイント・レジデンシャル不動産)造成の団地
  • UR川鶴グリーンタウン(むさし緑園都市川越・鶴ヶ島地区)
  • UR川越ニューシティいせはら(むさし緑園都市霞ヶ関)

観光[ソースを編集]

世に小京都は数あれど、小江戸は川越ばかりなり」と謳われ、年間700万人(2016年)の観光客が訪れる。NHK大河ドラマが「春日局」、「葵 徳川三代」、「義経」、「風林火山」など、当市に関係する内容になると観光客が増えている。

海外から来日した国賓にも日本の代表的な町並みとして紹介されており、2007年3月28日には今上天皇夫妻がスウェーデン国王カール16世グスタフ夫妻を案内し、西武新宿線お召し列車行幸した。

国土交通省観光ルネサンス事業に指定され、外国人富裕層の誘致促進の観光振興策を実施している。外国人観光客向けプロモーションビデオのコンペ「小江戸川越ビデオ大賞」も行い、優秀作は海外に配信している。東京近郊で交通至便、江戸情緒を実体験できる町として人気で、外国人観光客は年間4万人超となっている[24]韓国MBCの人気番組「私たち結婚しました」のロケ地となるなど、外国メディアに登場することも増えている。

2008年2月からは、川越商工会議所を中心に小江戸川越検定が行われており、市外からも多くの人が受検している。また(川越絹平)や唐桟(川唐)の大産地であったことから毎月18日を「川越きものの日」として町興しを行っており、着物姿だと各博物館や旧市街の指定商店での買い物が割引になる。

路地の光景
蔵造りの町並み
喜多院の「五百羅漢」

名物・特産[ソースを編集]

  • サツマイモ
    江戸時代から特産品。飢饉の時の非常食であったサツマイモを美味な商品作物にまで育てたのは川越で、今では川越芋の生産量は減ったが、サツマイモの加工基地となっている。川越芋は、火が通りやすく芋きんとんなど加工すると美味になる品種で、芋せんべいや芋羊羹芋松葉、芋納豆、芋シュー、二色芋ババロア、芋プリンなど豊富。川越の「芋菓子」は草加煎餅五家宝とともに「埼玉三大銘菓」とされる[25]。黄色い「芋ソフトクリーム」は川越発祥。イモ菓子だけでなくイモ料理も名物で、「サツマイモを食すなら川越で」と言われた天保年間から豊富な料理を築いてきた。芋うどん、芋おこわは定番。「えぷろん亭」、「源氏家」はオリジナルのサツマイモ料理。「いも膳」は、いも懐石で知られ「サツマイモ資料館」を2008年(平成20年)まで開館していた(閉館後、資料は川越市立博物館に寄贈)。
  • 和菓子
    川越名菓「亀の最中」の「亀屋」は1783年天明3年)創業で旧川越藩御用達。「亀屋栄泉」、「くらづくり本舗」、「芋十」、「東洋堂」、「道灌」、「紋蔵庵」、「稲葉屋本舗」など1世紀を経た老舗が揃う。亀屋栄泉には「芋菓子の歴史館」もある。
  • 川越団子
    川越だんごは甘くない醤油味の焼きだんごで歯応えがある。寛永年間には城下の社交場として定着しており、今でも街中に店が多い。安政年間創業の「成田山だんご」や1861年文久元年)創業の「田中屋」など。
  • 煎餅
    生地から手作りの手焼きせんべいの店が「塩野」、「大玉や」など街中にある。川越煎餅は伝統的に醤油味の塩せんべいである。「せんべい・あられは鉄火焼」のCMのホンダ製菓は当市生まれの会社で本社・工場・直売所も全て市内にある。
  • 漬物豆腐蒟蒻なども江戸時代からの名物。
  • 川越茶
    円仁(慈覚大師)が川越で栽培したのが狭山茶のルーツ。昔は河越茶といった。群書類従所収の南北朝時代異制庭訓往来に既に「日本5大銘茶」として河越茶の名が記されている。
  • 素麺
    川越は江戸時代は小麦の大産地で、川越そうめんは新河岸川舟運で将軍家に献上され続けた名産品。かつての高沢町には、そうめん屋が軒を連ねていた。「川越舟運亭」など。
  • うなぎ蒲焼
    入間川など、市内の河川で良質の鰻が取れたことから昔から鰻料理で有名。「小川菊」は1809年文化6年)の創業。「いちのや」は1832年天保3年)創業。「東屋」、「小川藤」なども明治初期からの老舗。埼玉県内にチェーンを持つ「大穀」の本社も市内にある。
  • 懐石会席料理
    料亭の町」とも言われた。川越藩の貴賓館であった関東有数の豪商・横田五郎兵衛の1000坪の別邸を料亭にした「山屋」、文人墨客に利用されてきた1868年(明治元年)創業の「初音屋」など。
  • 洋食
    「吉寅」は1877年明治10年)創業のすき焼きの老舗。国の登録有形文化財の洋館の「太陽軒」は大正期の洋食。「楽天」は1932年(昭和7年)に初めてとんかつと名付けた東京・上野の「楽天」の唯一の支店(上野本店は今は無い)。
  • 蕎麦
    古くから蕎麦の栽培に適した土地で、江戸の影響を受け継いで蕎麦屋が多く喜多院の参道などに蕎麦屋が目立つ(茶そばの「寿庵」など)。「百丈」は店舗が国の登録有形文化財に登録。
  • 醤油地酒
    天保年間創業の「松本醤油」、1789年寛政元年)創業の「笛木醤油」など天然醸造の醤油作りが残る。「小江戸鏡山酒造」は地酒「鏡山」の造り酒屋芋焼酎三芳町で栽培された川越芋を原料とする川越いも焼酎「富の紅赤」がある。
  • 地ビール小江戸ブルワリー
    COEDOビールは地元川越名産のサツマイモを原料としている。ドイツの名門ブラウマイスター仕込みのプレミアムクラフトビールで、モンドセレクションで最高金賞をダブル受賞、iTQi コンテストでは日本のビールで初めて最高のクリスタルテイストアワードを獲得、ヨーロピアンビアスターアワードでは2010年に国産ビールで初の金賞を受賞。北米オーストラリアなど海外輸出も行っており、アメリカではグルメスーパーホールフーズ・マーケットでも販売されている。
  • 武蔵野うどん
    当市から東京都武蔵村山市にかけての武蔵野台地は江戸時代から「手打ちうどん」(武蔵野うどん)の本場で、「ざるうどん」の店は市街地の周辺に多い。製麺所も点在し、入間地方で食べられている「よもぎうどん」も作られている。
  • ラーメン
    ラーメン店が多い激戦区である。中でも「頑者」はつけ麺ブームの火付け役で、テレビ・雑誌などのマスメディアに登場する機会も多く、新横浜ラーメン博物館にも支店を出している。
  • B級グルメ
    川越太麺焼きそばがある。もんじゃ焼きなど。東松山みそだれ焼きとりの「ひびき」の本社は当市にある。
  • 箪笥
    寛永年間に藩主の松平信綱が興した川越の地場産業で、桐箪笥発祥の地である。大火の多い江戸で重宝された。川越の桐箪笥は島村利正の小説『桐の花』でも描かれている。皇后美智子のご成婚で桐箪笥を納めた天保年間創業の「桔梗屋」が有名。
  • 唐桟織
    川越絹など織物の一大産地だった川越だが、唐桟(とうざん)は江戸時代に南蛮から入ってきた縞木綿で、粋で高価な唐桟は江戸で一世を風靡した。川越商人はいち早く量産化に成功して川越唐桟(川唐)と呼ばれている。川唐は近年メディアで特集されることが多くなっている。

名所[ソースを編集]

博物館・美術館については、「博物館・美術館」の項目を参照。

山吉ビル(2010年4月20日撮影)
  • 旧山吉デパート
    山吉デパートが1936年(昭和11年)に増築した洋館。近年修復された。設計は保岡勝也。山吉デパートは1923年(大正12年)にオープンした埼玉県内最初の百貨店で、秩父市の矢尾百貨店より1年早かった。江戸時代から続く呉服商で川越渡辺銀行を創立した渡辺吉右衛門がオーナーで、エレベーターや屋上庭園もある高級デパートだった。1942年(昭和17年)に戦争のため閉館。戦後は1951年(昭和26年)から1964年(昭和39年)まで丸木百貨店(現・丸広百貨店川越店)となった。隣接して、1915年(大正4年)に建てられた洋館・旧「田中屋美術館」もある。
  • 旧山崎氏別邸庭園
    これも当市に縁の深い保岡勝也の設計で、ステンドグラスが美しい洋館と数寄屋造りの和室が融合した主屋。枯山水茶庭から成る庭園は、埼玉県内で初の国の登録記念物(名勝地)に登録された[27]1926年(大正15年)の完成以来、川越に来た皇族の宿泊所としても用いられ、李氏朝鮮の最後の皇太子李垠も滞在し、その碑がある。現在は市の所有で不定期に公開される。
    当市は蔵造りだけでなく街中にいくつも洋館が残っている。国の登録有形文化財としては、旧六軒町郵便局の特徴ある赤屋根の木造洋館がある。
  • 藤間流発祥の地碑
    日本舞踊五大流派の1つ藤間流は、入間郡藤間村(現・川越市藤間)出身の初代・藤間勘兵衛が、宝永年間に江戸に出、出身地の藤間の名を冠した藤間勘兵衛を名乗り、歌舞伎の振り付けを始めたことに由来する。武者小路実篤の「武蔵野に生きている藤間の里」という直筆の碑もある。
  • 正岡子規句碑
    正岡子規帝国大学在学中の1891年(明治24年)に川越を旅した際に詠んだ歌が石碑になっている。当市にはこうした文学碑が少なくない。

    砧うつ隣に寒き旅寝哉

  • 川越の「自由の鐘」
    1951年(昭和26年)4月8日喜多院境内で在日米国ボーイスカウト第3隊グランドハイツ(朝霞市)と川越ボーイスカウト第2団による日米ボーイスカウト交歓キャンプが開催された。これを記念して、米国側からは「自由の鐘」、川越側からは刺繍の隊旗が互いに寄贈された。この「自由の鐘」にはアメリカボーイスカウト連盟 (BSA) のマークが、添えられたプレートにはこの鐘の由来が綴られており、現在は川越市民会館脇に建てられている。川越はスカウト運動が盛んで川越ボーイスカウトは埼玉県内最古の1つ、カブスカウトの設立も埼玉県内最初である。
  • 小江戸川越七福神めぐり
    当市は七福神を祀る寺院が多く天海の江戸時代より七福神めぐりが起こり、現在も市民・観光客で賑わう。

主要祭事[ソースを編集]

川越歳時記[ソースを編集]

新河岸川桜まつりの舟遊び
  • 1月
    • 3日 初大師(だるま市)(喜多院
    • 9日 一升講(鯨井 春日神社)
    • 成人の日前日の日曜日 餅つき踊り(南大塚、西福寺)県指定無形民俗文化財
    • 15日 筒粥の神事(石田、藤宮神社)市指定無形民俗文化財
  • 2月
    • 11日 弓取式(下老袋、氷川神社)県指定無形民俗文化財
  • 3月
    • 春分の日 ふせぎ(芳地戸、尾崎神社)市指定無形民俗文化財
    • 下旬 新河岸川桜まつり(新河岸川河川敷)
    • 下旬 小江戸川越春まつり(5月の春まつり民踊大会まで市内各所で祭りが続く)
  • 4月
    • 第2日曜日 万作(老袋、氷川神社)県指定無形民俗文化財
    • 14日 足踊り(南田島、氷川神社)市指定無形民俗文化財
    • 15日 祭ばやし(今福、菅原神社)県指定無形民俗文化財
    • 15日 祭ばやし(中台、八雲神社)県指定無形民俗文化財
    • 第3土・日曜日 ささら獅子舞(石原町、観音寺)県指定無形民俗文化財
    • 19日 神楽(中福、稲荷神社)市指定無形民俗文化財
  • 7月
    • 13日 初山(富士見町、浅間神社)
    • 第2日曜日 まんぐり(上寺山、八咫神社)市指定無形民俗文化財
    • 15日付近の日曜日 万作(鯨井、八坂神社)市指定無形民俗文化財
    • 第3日曜日 獅子舞(福田、星行院・赤城神社)市指定無形民俗文化財
    • 中旬 小江戸川越花火大会(伊佐沼公園または安比奈親水公園)
    • 下旬 川越百万灯夏まつり
  • 9月
    • 1日 お炊き上げ(新宿町、雀の森神社)
    • 敬老の日前日の日曜日 ほろかけ祭り(古谷本郷、古尾谷八幡神社)県指定無形民俗文化財
    • 15日 獅子舞(古谷本郷、古尾谷八幡神社)
    • 下旬 川越市美術展(川越市立美術館
  • 10月
  • 11月
  • 12月

宿泊施設[ソースを編集]

オブジェ[ソースを編集]

街中にオブジェ(屋外彫刻)が多い。時間を表すオブジェとしては以下のようなものがある。

  • 「時世」(平成の時の鐘として川越駅東口のロータリーにある。藤田久数作。午後6時、9時、0時に夜空に高く光を放ち、時間を告げる。北米照明学会賞)
  • 「こども川越まつり」(アトレマルヒロの駅側の入口上部に、市制施行80周年を記念し設置されたからくり時計。からくりの動作はアトレの開店時間から午後9時までの毎正時)
  • 「24MONUMENT PLAZA」(川越駅東口の広場にあるピラミッド状の日時計。高瀬昭男作)

川越を舞台にした作品[ソースを編集]

出身有名人[ソースを編集]

歴史的人物[ソースを編集]

政財界[ソースを編集]

芸術[ソースを編集]

芸能[ソースを編集]

俳優
アナウンサー

スポーツ[ソースを編集]

その他[ソースを編集]

ゆかりのある人物[ソースを編集]

マスコミ[ソースを編集]

その他[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

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注釈[ソースを編集]

出典[ソースを編集]

  1. ^ 川越市役所前の太田道灌像の碑文より
  2. ^ 大正11年12月1日から。大正11年内務省告示第313号(『官報』第3095号、大正11年11月24日、p.645
  3. ^ 埼玉県県立文書館のサイトより[リンク切れ]
  4. ^ 埼玉県内の主要駅乗降客数の推移(ぶぎん地域経済研究所) (PDF)
  5. ^ “埼玉・川越が暑さ日本一?首都大東京、独自に観測”. 『日本経済新聞』電子版. (2017年6月16日). http://www.nikkei.com/article/DGXLZO17794440W7A610C1CR8000/ 
  6. ^ 川越歴史博物館のサイトより
  7. ^ 総務省「地方公共団体の主要財政指標一覧」
  8. ^ 広報川越1314号(2014年3月10日) 7ページ目「出張所・川鶴連絡所が市民センターになります」
  9. ^ [1]
  10. ^ 川越駅西口周辺地区基本構想を策定
  11. ^ 川越狭山工業会の公式サイトより
  12. ^ “Barry Duell” (英語). The Japan Times Online (ジヤパンタイムズ). (2007年6月23日). オリジナル2007年10月13日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20071013174130/http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fl20070623vk.html 
  13. ^ “埼玉県内商店街通行量調査 川越のサンロード、新富町が1、2位独占”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2010年4月5日). http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/saitama/100405/stm1004052055008-n1.htm [リンク切れ]
  14. ^ 2020年東京五輪決定 ゴルフ会場は霞ヶ関カンツリー倶楽部
  15. ^ 西武HD、安比奈線の廃止決定 半世紀の謎に決着 関連で減損126億円日本経済新聞 2016年2月10日
  16. ^ 西武HD、安比奈線の廃止決定 半世紀の謎に決着 関連で減損126億円 - 日本経済新聞 2016年2月10日
  17. ^ 2016年3月期 第3四半期 決算実績 概況資料 25-26ページ - 西武ホールディングス 2016年2月10日
  18. ^ 蔵の街川越・屋台骨は、やはり住民パワー 「川越蔵の会・総務大臣表彰」”. クオリティ埼玉. 日本電子新聞社 (2011年1月17日). 2011年12月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年6月3日閲覧。
  19. ^ 「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2010」が決定 大賞は高松、川越、長浜などで地方再生を手がけた西郷真理子さん”. 日経ウーマンオンライン. 日経BP社 (2009年12月4日). 2013年6月3日閲覧。
  20. ^ 【MIPIM】西郷真理子氏の市街地再生計画が日本初のアワード受賞”. 日経不動産マーケット情報. 日経BP社 (2011年3月25日). 2013年6月3日閲覧。
  21. ^ “川越の歴史生かす街計画、国が認定 最大で50%補助も”. asahi.com (朝日新聞社). (2011年6月9日). オリジナル2011年9月28日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20110928122111/http://mytown.asahi.com/areanews/saitama/TKY201106080452.html 
  22. ^ 「川越・一番街」の交通に関するアンケート調査結果について(埼玉大学・川越市) (PDF)
  23. ^ “川越に自転車専用通行帯 県内設置は23年ぶり”. Web埼玉 (埼玉新聞社). (2009年6月29日). オリジナル2009年6月30日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20090630165647/http://www.saitama-np.co.jp/news06/29/09x.html 
  24. ^ “外国人観光客:7割増、昨年4万2000人”. 毎日jp (毎日新聞社). (2011年3月3日). http://mainichi.jp/area/saitama/archive/news/2011/03/03/20110303ddlk11020253000c.html [リンク切れ]
  25. ^ 埼玉県物産観光協会
  26. ^ 川越織物市場の会のサイト
  27. ^ “旧山崎氏別邸庭園が県内初の国登録記念物へ”. 毎日jp (毎日新聞社). (2010年11月20日). http://mainichi.jp/area/saitama/news/20101120ddlk11040126000c.html [リンク切れ]
  28. ^ 埼玉県最萌トーナメント

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]

行政
観光