山本浩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

山本 浩(やまもと ひろし、1953年4月12日[1] - )は、日本のスポーツ評論家法政大学スポーツ健康学部教授[2]。元NHKエグゼクティブアナウンサー解説委員(スポーツ・体育分野担当)。

人物・来歴[編集]

島根県松江市生まれ[1]埼玉県立川越高等学校を経て、東京外国語大学外国語学部ドイツ語学科卒業[1]1976年入局、福島局などで勤務[1]

元々サッカー競技経験は無かったが、1983年森孝慈監督時代の日本代表愛媛県松山で合宿をした際、松山局勤務でドイツ語学科卒の山本が臨時コーチのベルティ・フォクツにインタビューしたのが契機となってサッカーに関わるようになった[3][4]。サッカーの初実況は全国中学校選手権。

Jリーグ発足以前からサッカー実況を行っており、特に1986年メキシコワールドカップでのディエゴ・マラドーナの5人抜きドリブルのすべてを「マラドーナ」と4度連呼するだけで伝えた実況などにより、多くのサッカーファンの記憶に残る名実況者として名を挙げられている[5]1993年Jリーグ開幕戦では、当時地元チームが存在していなかった福岡局勤務だったにもかかわらず抜擢され出張し実況を担当、そのまま東京に異動となったという経歴も持つ[5]

NHK解説委員就任後、2006 FIFAワールドカップでは現地(ドイツ)からの取材リポートを行っていた。2008年の北京オリンピックでも現地からの取材リポートを担当した。

サッカーに比重を置く前は、プロ野球、高校野球の実況も多く行っていた。

また、アルペンスキーの実況も多く担当しており、長野オリンピックでの実況を始め、冬季オリンピックでの滑降などの実況を担当している。

解説委員就任後もアナウンサーを兼務していたが、後にアナウンサーの職を離れている。

2007年10月、大相撲時津風部屋序ノ口力士時太山が急死した問題を受けて、日本相撲協会が新たに発足させた「再発防止検討委員会」の外部委員に就任した。

2009年3月NHKを退職。同年4月より法政大学に新設されたスポーツ健康学部の教授に就任した。2009年4月10日に教育テレビ、11日未明に総合テレビで「視点・論点」に出演し、NHK退職後初のテレビ出演となり、その後、同番組は2010年2月5日、2011年2月18日に教育テレビ、6日19日未明に総合テレビに出演した。

2014年1月31日より、日本プロサッカーリーグにリーグ運営の円滑化を目的として新たに設置される、議決権を持たない特任理事(非常勤)に就任[6]

出演番組[編集]

現在の出演番組[編集]

過去の出演番組[編集]

書籍[編集]

※同じくサッカー実況の倉敷保雄フリーアナウンサー)との対談、共著。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d すぎなみ地域大学 特別講演会 2020年世界の祭典∼ひとりひとりを大切にする時代∼ 2015年
  2. ^ スポーツ健康学部 > 教員紹介-法政大学HP2012年5月3日
  3. ^ 斉藤健仁『NHK山本浩アナの名実況を振り返るAll About WEEKENDER 2007年12月12日. 2015年2月23日閲覧.
  4. ^ 山本浩、倉敷保雄『実況席のサッカー論』 出版芸術社 2007年、6、7頁
  5. ^ a b アナウンサー山本浩の回想 日本サッカー、幼年期の終わり。 Number Web 2013年5月15日付記事
  6. ^ “理事・監事内定の件”. 日本プロサッカーリーグ. (2014年1月17日). http://www.j-league.or.jp/release/000/00005596.html 2014年1月18日閲覧。 
  7. ^ 前年までは西田善夫が担当。