千駄ヶ谷

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千駄ヶ谷
—  町丁  —
東京体育館(1丁目)から望むNTTドコモ代々木ビル(5丁目)
千駄ヶ谷の位置(東京23区内)
千駄ヶ谷
千駄ヶ谷
千駄ヶ谷の位置
座標: 北緯35度40分50.83秒 東経139度42分40.18秒 / 北緯35.6807861度 東経139.7111611度 / 35.6807861; 139.7111611
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Shibuya, Tokyo.svg 渋谷区
地域 千駄ヶ谷地域
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 10,543人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 151-0051[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川

千駄ヶ谷(せんだがや)は、東京都渋谷区の地名。住居表示実施済み。現行行政地名は千駄ヶ谷一丁目から千駄ヶ谷六丁目。郵便番号は151-0051[2]。JRの千駄ケ谷駅の「ケ」は、小さい「ヶ」ではなく、通常の「ケ」を採用している。

地理[編集]

渋谷区の北東部に位置する。現在の千駄ヶ谷の町域(住居表示)は、千駄ヶ谷駅周辺から、北部は新宿駅南口付近、西部は代々木駅東口付近までである。

町域の北西部は新宿区新宿三・四丁目に接し、西はJR山手線JR中央本線などの線路を境に渋谷区代々木及び同区代々木神園町に、南は渋谷区神宮前に、東は明治神宮外苑がある新宿区霞ヶ丘町に、それぞれ接する。町域北東部は新宿御苑敷地の一部をなし、新宿区内藤町及び同区大京町に接する。

住宅地オフィスビルのほか、東京体育館津田ホール能楽堂などの文化施設もみられる。また、原宿青山新宿に隣接する立地や繊維製品大手イトキン本社の存在から、1980年代以降にはファッションアパレル関係のオフィスが集積した。

地誌[編集]

千駄ヶ谷四丁目の銀杏並木
千駄ヶ谷五丁目(タカシマヤタイムズスクェアとNTTドコモ代々木ビル)
JR新宿ミライナタワー[4]とバスタ新宿
千駄ヶ谷一丁目 - 地図 

地区北東部、千駄ヶ谷駅の出口付近一帯にあたる。千駄ヶ谷駅も千駄ヶ谷一丁目にあり、都営地下鉄大江戸線国立競技場駅の出口も当地にある。一丁目には千駄ヶ谷駅前にある東京体育館をはじめ、津田ホール、津田塾大学千駄ヶ谷キャンパスなどがある。駅を離れるとオフィスビルや商店の混在する住宅地になる。

千駄ヶ谷二丁目 - 地図 

地区の東南部、千駄ヶ谷一丁目の南に位置する。オフィスビルや商店のほか、マンション、住宅地になる。東京・将棋会館日本将棋連盟本部)が二丁目にある。アパレル関連会社が多く集まり、かつてスターバックス日本法人の親会社であったサザビーの本社も所在する。

千駄ヶ谷三丁目 - 地図 

地区南西部、千駄ヶ谷四丁目の南に位置する。当地域を縦貫している明治通り沿いには、オフィスビルやマンションなどが目立つ。道路より奥まると民家が残る地域も見受けられる。ファイブフォックスに代表されるアパレル関連会社が多数集まる地域でもある。

千駄ヶ谷四丁目 - 地図 
修養団ビル(中央)、共産党本部(右)

地区の西部、JR中央線の線路の南側の地域。千駄ヶ谷三丁目の北、千駄ヶ谷五丁目の南に位置する。明治通りが通り、代々木駅、千駄ヶ谷駅共に近いことから、オフィスビル、マンションが多い。北参道駅が当地にあり、さらに国立能楽堂日本共産党日本民主青年同盟本部もある。河合塾千駄ヶ谷校も当地に所在したが、新宿校の開設に伴い、閉校した。

住居表示の改正以前には、山手線の西側、現在の代々木1丁目のうち南部地域までが、千駄ヶ谷四丁目の町域であった。

またかつて、現在の北参道交差点から外苑橋まで、明治神宮北参道(裏参道)と明治神宮外苑を結ぶ道路に沿って乗馬道となっていたが、第二次世界大戦後には遊歩道となり、その後は首都高速道路4号新宿線に変わった[5]

千駄ヶ谷五丁目 - 地図 

地区の北西部、JR中央線の線路の北側の地域。新宿駅南口に接しており、新宿駅構内に接して代々木駅東口に続く町域にはタカシマヤタイムズスクエア(1996年開業)やNTTドコモ代々木ビル(2000年完成)などが建設された。

住居表示の改正以前には、山手線の西側、代々木駅や代々木駅前の商業地を含む現在の代々木一丁目文化学園代ゼミ新タワー校舎小田急サザンタワーなどを含む現在の代々木二丁目の地域までが、千駄ヶ谷四丁目の町域であった。

千駄ヶ谷六丁目 - 地図 

地区北東部。もとは千駄ヶ谷大谷戸町といわれていた。町域の大半は新宿御苑の敷地で、西北端は東京都立新宿高校の敷地の一部となる。民家とマンションが混在する地域である。新宿御苑内を渋谷区と新宿区の区境が通っている。

地価[編集]

住宅地の地価は、2017年平成29年)の公示地価によれば、千駄ケ谷3-4-24 の地点で115万円/m2となっている[6]

歴史[編集]

千駄ヶ谷2丁目(左側)と神宮前2丁目(右側)を隔てる道路

かつてこの地に存在した東京府豊多摩郡千駄ヶ谷町は、1932年昭和7年)に東京市に編入され、渋谷町代々幡町と合併して渋谷区を形成した。維新後、徳川宗家が住し天璋院も居住した。

現在の新宿御苑内を水源とした渋谷川上流地区に位置し、たくさんの萱が生えていたこと、それを一日に「千駄(駄は馬に積む荷物の重さの単位)の萱」を積む事から千駄ヶ谷となった。もとは豊多摩郡千駄ヶ谷町大字千駄ヶ谷。昭和7年に千駄ヶ谷一丁目から五丁目まで起立。昭和43年千駄ヶ谷二丁目の南半分を神宮前二丁目に分離、原宿三丁目の北半分を千駄ヶ谷三丁目に編入。また千駄ヶ谷大谷戸町を千駄ヶ谷六丁目とし、さらに、代々木山谷町の一部および代々木外輪町の一部を千駄ヶ谷六丁目に編入。

千駄ヶ谷一丁目の鳩森八幡神社前交差点から西に伸びて同・二丁目の北参道交差点に続く「千駄ヶ谷大通り」は、古くから千駄ヶ谷と代々木を結ぶ主要道で、戦前には『豊栄亭』という芝居小屋もあるなど大いに賑わい、また1932年(昭和7年)に千駄ヶ谷町が渋谷区となるまでは「大通」という小字があった[7]

千駄ヶ谷は1960年代前半までは東京都内でも有数の温泉マーク「連れ込み宿」(別名として連れ込み旅館、現在のラブホテルに該当)街であった[8]。当時、千駄ヶ谷小学校付近にも連れ込み宿が林立し、それを一掃しようという運動が近隣住民や小学校のPTAを中心におこった[9]。その結果、千駄ヶ谷は1957年昭和32年)、隣接する原宿地区と共に文教地区としての指定を受け[9]、現在までには本地区において風俗営業法に準拠する同様の施設はみられなくなった。

交通[編集]

地区の北寄りをJR中央線が東西に横断しており、千駄ケ谷駅が所在する。

地区の西寄りを明治通り、東端近くを外苑東通りが縦断している。明治通りの地下には東京メトロ副都心線が通り(2008年6月14日に開業)、北参道駅が当町域内に所在する。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
千駄ヶ谷一丁目 966世帯 1,890人
千駄ヶ谷二丁目 661世帯 1,119人
千駄ヶ谷三丁目 2,000世帯 3,242人
千駄ヶ谷四丁目 1,179世帯 1,799人
千駄ヶ谷五丁目・六丁目 1,582世帯 2,493人
6,388世帯 10,543人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[10]

丁目 番地 小学校 中学校
千駄ヶ谷一丁目 2~10番
13~36番
渋谷区立鳩森小学校 渋谷区立原宿外苑中学校
その他 渋谷区立千駄谷小学校
千駄ヶ谷二丁目 全域
千駄ヶ谷三丁目 全域
千駄ヶ谷四丁目 全域 渋谷区立鳩森小学校
千駄ヶ谷五丁目 全域
千駄ヶ谷六丁目 全域

施設[編集]

津田ホール
千駄谷小学校

出身人物・ゆかりある人物[編集]

千駄ヶ谷が舞台となっている作品[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 住民基本台帳・外国人登録による人口”. 渋谷区 (2017年12月1日). 2017年12月22日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月22日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月22日閲覧。
  4. ^ 画面中央の高いビルの部分は新宿区に所在している。
  5. ^ 東京ふる里文庫11 東京にふる里をつくる会編 『渋谷区の歴史』 名著出版 昭和53年9月30日発行 p230
  6. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  7. ^ 『渋谷の記憶II 写真でみる今と昔』 渋谷区教育委員会発行 平成21年3月10日発行
  8. ^ 映画「LOVEHOTELS」公式サイト
  9. ^ a b 神宮前三丁目 『原宿 1995』 コム・プロジェクト 穏田表参道商店会1994年12月25日発行 p42
  10. ^ 通学区域”. 渋谷区. 2017年12月22日閲覧。

外部リンク[編集]