楠淳生

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
くす あつお
楠 淳生
プロフィール
愛称 クッス
出身地 日本の旗和歌山県田辺市
生年月日 (1957-08-16) 1957年8月16日(61歳)
最終学歴 関西学院大学経済学部
所属事務所 オフィスキイワード
部署 朝日放送アナウンサー(1981.4 - 2010.3) → ゼネラルアナウンサー(2010.4 - 2017.1) → 嘱託アナウンサー(2017.2 - 2018.3)
職歴 朝日放送編成局アナウンス部次長
編成局アナウンス部担当部長
活動期間 1981年-
ジャンル スポーツ中継
公式サイト 楠淳生のプロフィールホームページ
出演番組・活動
現在 プロ野球中継
過去 ABCヤングリクエスト
☆☆倶楽部
・高校野球中継

楠 淳生(くす あつお、1957年8月16日 - )は、オフィスキイワードに所属するフリーアナウンサー[1]で、元・朝日放送(ABC)アナウンサー

来歴・人物[編集]

和歌山県田辺市の出身で、和歌山県立田辺高等学校から関西学院大学経済学部へ進学。高校時代には、バスケットボールの選手としてインターハイにも出場した。

大学4年生だった1980年に、当時新卒の学生にしか門戸を開いていなかった在阪放送局のアナウンサー試験に挑戦。よみうりテレビの最終試験に残った[2]ものの、どの局からも採用されなかった。一時は他の地方の放送局のアナウンサー試験を受けることも考えたが、「在阪局のアナウンサーでなければ、大きな活躍はできない」と一念発起。大学に籍を残したまま、翌1981年に改めてアナウンサー試験へ挑戦したところ、朝日放送に採用された[3]。同局を志望したのは、当時のスポーツアナウンサー・植草貞夫1979年第61回全国高等学校野球選手権大会3回戦・箕島対星稜延長18回テレビ中継の実況で発した「甲子園に奇跡は生きていました」という一言に感銘を受けたことによる[4]

朝日放送への入社後は、植草の後を追いながら、長年にわたってスポーツアナウンサーとして活動。その一方で、若手時代の1980年代中盤には、ABCラジオの深夜番組『ABCヤングリクエスト』『☆☆倶楽部』『ABCラジオジラ』『ABCラジオファンキーズ』でパーソナリティを務めた。特に、当時の同僚アナウンサー・大岩堅一との「ケンクス・コンビ」で『☆☆倶楽部』『ABCラジオジラ』『ABCラジオファンキーズ』に出演していた時期には、『月刊ラジオパラダイス』のパーソナリティ人気投票で最高12位(1988年5月号)を記録するなど人気を博した。

1980年代後半以降は、もっぱらスポーツ中継の実況・リポーターや定時ニュースを担当。朝日放送の関連会社・スカイ・Aでも、ライスボウルアメリカンフットボール日本選手権)の中継で長年にわたって実況を務めたほか、太田元治赤江珠緒(いずれも当時の同僚アナウンサー)と共に『全部見せます 番外編』(プロゴルファーの指導によるゴルフのレッスン番組)へ出演している。

2009年4月からは一時、スポーツアナウンサーの活動と並行しながら、ABCラジオの番組で再びパーソナリティを担当。『楠淳生のABCフレッシュアップボックス』『楠淳生のやんちゃな!weekend』『野球にぴたっと。』『有修・楠の任せんかい』などに出演していた。

その一方で、スポーツアナウンサーとして新しい実況スタイルを研究すべく、社会人学生として大阪経済大学大学院の経営情報研究科へ進学。2014年には、「スポーツアナウンスにおける予測実況と累積実況の提案」という論文[5]で、修士(経営情報学)の学位を取得した。2016年3月30日には、その成果に実況・取材での経験談を加味した自身初の著書『眠れないほど面白い野球の見方』を、三笠書房から刊行した。

朝日放送では、2010年4月から「ゼネラルアナウンサー」として活動していた。しかし、2017年の誕生日で定年(60歳)に達したことから、同年2月1日付で嘱託アナウンサーへ移行。2017年度も、プロ野球中継の実況・リポーターや、(宿直勤務分を含む)定時ニュースを引き続き担当していた。

朝日放送の定年年度末に当たる2018年3月31日付で、同局を退社。『ABCフレッシュアップベースボール』(ABCラジオのプロ野球中継)公式サイトの「実況アナウンサーページ」でも、2017年度まで掲載されていた楠のプロフィールが、2018年3月上旬の更新(2018年度版の公開)を機に削除された。朝日放送は2018年度(2018年4月1日)から朝日放送グループホールディングスの下でテレビ・ラジオ放送事業の分社(現職のアナウンサーが新会社の朝日放送テレビへ所属する)体制へ移行したため、楠は分社化までの期間で最後に朝日放送を退職したアナウンサーに当たる。

朝日放送からの退社後は、フリーアナウンサーとしてオフィスキイワードへ所属。古巣の朝日放送ラジオ(朝日放送からラジオ放送事業を承継した新会社)が制作する『楠淳生のLET'S GOアスリート』(毎週月曜日19:30 - 20:00)のパーソナリティを退社の2日後(4月2日)から務めるほか、スポーツ中継の実況にも引き続き携わる。

スポーツ中継での主な実績(朝日放送アナウンサー時代)[編集]

プロ野球では、テレビ・ラジオとも、主に阪神タイガース戦の中継で実況。オリックス・バファローズ戦では、ビジターチームの地元局向けラジオ中継を中心に、実況を担当することもある。全国高等学校野球選手権大会中継では、1984年第66回全国大会2回戦・弘前実業唐津商業戦を皮切りに、30年以上にわたって実況を続けている[6]

その一方で、福本豊が朝日放送の野球解説者に就任してからは、福本とのコンビで臨んだ阪神戦の実況中継で数々の珍事に遭遇(詳細は福本豊#福本語録を参照)。スポーツ中継以外では、上岡龍太郎が司会を務めた生放送の特別番組(ABCテレビ)で、上岡唯一の弟子・大空テント十八番である「人間パチンコ」の一部始終を実況したこともある。

新たな実況スタイルの研究と提唱[編集]

「野球知識の師」と仰いでいる同郷(和歌山県出身)のノンフィクション作家・佐山和夫や、日本屈指のメジャーリーグ(MLB)通であった伊東一雄からの勧めで、1994年に朝日放送の在外研修(インターンシップ)制度でMLBのシアトル・マリナーズへ派遣された[4]。派遣期間がMLB選手会のストライキによる公式戦の中断期間と重なったため、1シーズン(半年間)の予定だった研修が4ヶ月間に短縮されたものの、8月11日のマリナーズ対オークランド・アスレチックス戦(セーフコ・フィールド)で1イニング限定ながら英語で実況[7]。研修期間の終了後も、他のプロスポーツ(バスケットボールやアメリカンフットボールなど)の現場取材や、ローカルテレビ局への勤務を経験した[8]。帰国後のスポーツ実況でも、このような経験を背景に、現地で定着しているスポーツ用語や表現を交えることがある。

さらに、大阪経済大学大学院での研究活動を通じて、野球中継の実況で最低限伝えるべき要素を「状況設定コメント[9]」「予測実況[10]」「素描」「累積実況[11]」に分類。その後に発表した学術論文や著書では、「『状況設定コメント』と(鋭い反射神経を求められる)『素描』の維持・上達・更新を絶えず心掛ける」という姿勢を持つことを前提に、「プレーや局面に応じて『予測実況』や『累積実況』をはさみ込む」という実況スタイルを提唱している[12]2017年2月3日には、大学院在学中の指導教官だった中村健二(大阪経済大学准教授)との共著書『野球と実況中継』を、自身2冊目の著書として彩流社から刊行した。

  • 「予測実況」については、北川が代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打を放った際の自身の実況(前述)を、「実況アナウンサーと中継ディレクターによる『実況と映像のコラボレーション』がうまく行った例」として提示。「北川が打席へ入った直後に、大阪東通(当時)のディレクターとしてテレビ中継車に乗っていた福家雅明(元・阪神および近鉄投手)の指示で、一塁 → 二塁 → 三塁のズームアップ映像が次々と(実況席のモニター画面に)映し出された。その映像ですべての塁上に走者がいる光景を見た瞬間に、『満塁本塁打が出たら(近鉄から見て)3点ビハインドの展開がひっくり返る』という予測が『降りてきた(頭に浮かんだ)』ので、意を決して(中村がナインを鼓舞する目的でよく口にしていた)『今年の近鉄、何かが起こる』という言葉を連呼した」と述べている[13]
  • 以上の実況スタイルについては、かつてフジテレビのスポーツアナウンサーだった結城思聞(本名・松倉悦郎、現在は兵庫県姫路市の不動山善教寺住職)のように、「試合を見たいので個人の技術論や薀蓄は不要」「独りよがり」などの表現で批判的な見解を披露する者もいる[14]

人物[編集]

  • 朝日放送のスポーツアナウンサー時代には、「阪神ファン」であることを自称。「『公正中立』ほどプロ野球の実況にそぐわないものはない」という持論を背景に、部下のスポーツアナウンサーには、「関西ローカルの阪神戦中継で実況する場合には、『阪神びいき』に徹してナンボ。阪神が負けた場合には、『(実況で)ひいきしている阪神に勝つことは本当にすごい』と相手球団のファンに思われるように、相手の球団を褒めれば良い」というアドバイスを常に送っている[15]。もっとも、学生時代の同級生によれば、幼少期から青年期にかけては大の巨人ファンであったという。同局への入社後も、南海ホークスが存在していた20代の頃には、当時担当していた深夜番組などで南海ファンであることを公言していた。
  • 中学生時代には野球部へ所属していたが、高校への進学を機にバスケットボールへ転向した。地元の紀南地区にある田辺市に市営球場が落成したことを記念する試合で、中学校の先輩などで結成した地区のオールスターゲームが、尾藤公率いる箕島高校に大敗したシーンを目の当たりにしたことが転機になったという。ちなみに高校では、1971年の和歌山国体を機に大阪から招聘したバスケットボールの名将・二杉茂の下で、2年生の夏から3季連続で全国大会へ出場[16]。前述した星稜対箕島戦のテレビ中継をきっかけにスポーツアナウンサーを志すと、朝日放送への入社後に、高校野球の中継・関連番組で尾藤とたびたび共演した。
  • 1987年全日本大学女子駅伝対校選手権大会のテレビ中継で実況を担当した際には、選手の名前を記したゼッケンが実況席から見えなかったことから、慌てて「ユニホームからして○○選手でしょうか。上着は白、下着はピンク」と伝えた[17]
  • 阪神を舞台にした2002年公開の実写映画『ミスター・ルーキー』(朝日放送が製作に出資した作品)には、クライマックスである最終決戦の中継シーンに、田淵幸一とのコンビで実況アナウンサー役で登場。2013年10月5日には、阪神対巨人(甲子園)の終了後に開かれた桧山進次郎(阪神外野手)の現役引退セレモニーで司会を務めた。
  • 今岡誠が阪神の主力選手だった時期には、ヒーローインタビューの担当者として今岡のインタビューを任された際に、以下に記す絶妙のやり取りで阪神ファンを沸かせた。楠自身は、今岡が現役を退いた現在でも、「『インタビュアーが安心して(言葉の)パスを出せる』という意味で、球界随一のコメントのゴールメーカー」という表現で今岡の対応を高く評価している[18]
    • 2003年7月6日の阪神対ヤクルトスワローズ戦(甲子園)後のヒーローインタビューでは、阪神が当時セントラル・リーグの首位を独走していたことを背景に、「明日は七夕で、短冊(に願い事を)書きますよね。今岡さん、もうぼちぼち書いてもいいんと違いますか? ここで、それ言いましょうか?」と質問。今岡から「(セントラル・リーグ)優勝」という言葉を引き出した。
    • 2005年9月28日の阪神対巨人戦(甲子園)後のヒーローインタビューでは、「大事な数字(セントラル・リーグ優勝へのマジックナンバー)が“1”になりました。今岡さん、お好きな将棋では、このような状況を何と言うんでしたっけ? 漢字二文字ですね。じゃあ、その二文字を、この4万8,000人の(観客の)皆さんと一緒に言いましょうか? ・・・2005年のペナントレース」と水を向けることによって、「王手」という言葉を導き出した。
  • 『野球と実況中継』の初版を刊行した2017年2月時点では、スポーツアナウンサーとしての活動と並行しながら、大阪バスケットボール協会の評議員や野球殿堂博物館競技者表彰委員会の幹事を務めている[19]

出演番組[編集]

現在(フリーアナウンサー転身後)[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

過去[編集]

朝日放送アナウンサー時代[編集]

テレビ[編集]
ANN系列全国ネット中継(現在の『スーパーベースボール』)では、長年にわたって、阪神対巨人戦の実況を担当していた。ゼネラルアナウンサーへの移行後は、巨人戦以外のローカル中継を中心に実況。BS朝日へ裏送り向けに、オリックス対巨人戦の実況を担当することもあった。
※朝日放送を退職する2018年3月には、同局が制作する阪神戦中継へ出演せず、系列会社のスカイ・エー向けオープン戦(11日の阪神対巨人戦=甲子園)中継で実況を担当した。

以下の番組は、いずれもskyAで放送。

ラジオ[編集]

以上の番組には、いずれも大岩とのコンビで出演。

※2017年までは朝日放送のアナウンサーとして、主に阪神戦中継で実況やベンチリポートを担当。ABCラジオでは放送されない(他局への裏送り扱いの)オリックス戦中継にも、随時出演していた。
※楠が実況・福本が解説者として出演する阪神戦中継は、居酒屋にいるかのような脱線トークやユーモラスな発言が頻出することから、「居酒屋中継」という異名で野球ファンに広く知られている(前述)。
※スポーツ関連のニュース・企画を放送する第1部(18時台)に不定期で出演
  • 楠淳生のおはようアスリート(2016年10月2日 - 2017年3月、毎週日曜日7:45 - 8:00)

以下の番組には、前述した著書のPRを兼ねてゲストで出演。

フリーアナウンサーへの転身後[編集]

※「征平の1時の一字」(13時台のコーナー)にゲスト出演。朝日放送のアナウンサー時代にも、シフト勤務の一環で、番組内の『ABCニュース』を随時担当していた。

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 楠淳生、裏野さやか、宇田満里子、髙田洋子など新加入タレント発表!2018年4月1日付オフィスキイワードニュース)
  2. ^ その時の合格者に辛坊治郎がいる。
  3. ^ 別冊ラジオパラダイス「DJ名鑑」(1987年2月刊)より
  4. ^ a b 福本さんの大予言を生かした「累積実況」 ABC・楠淳生アナの野球実況論(『スポーツナビ2016年3月6日付記事)
  5. ^ 大阪経済大学大学院経営情報研究科公式サイト内で公開中の【経営情報研究科修士論文題目一覧】(pdfファイル)を参照
  6. ^ 朝日新聞デジタル×朝日放送「バーチャル高校野球」 第97回全国高等学校野球選手権大会(2015年)実況アナウンサー:楠淳生
  7. ^ 三笠書房『眠れないほど面白い野球の見方』著者紹介
  8. ^ 『野球と実況中継』第八章「アナウンサーのトリビア(6)MLB研修報告」pp.156 - 172
  9. ^ 試合の局面を伝えるコメントで、イニング・得点・アウトカウント・ランナーの有無や位置・ボールカウントをすべて含む。
  10. ^ 予備知識と緻密に集めた情報を基に、試合の流れを読み取りながら、先のプレーを予測する実況テクニック。
  11. ^ 直近のプレー・選手の属性・解説者の発言などから「つながり(累積)」を掘り起こしたうえで、『目の前のプレーがどのような「つながり」の中で起きているのか』という視点でプレーを伝える実況テクニック。
  12. ^ 『眠れないほど面白い野球の見方』第1章「『知って見る』のと『知らずに見る』のとでは、面白さが段違い!­­ 『予測実況』と『累積実況』」を参照
  13. ^ 前掲書pp23- 25:「実況次第で見方はこう変わる 『予測実況』の実際」を参照
  14. ^ 下手なアナウンサー程講釈たれる - 思聞のひとりごと、2015年11月14日。
  15. ^ 前掲書pp.32「実況次第で見方はこう変わる­ こんな実況はご勘弁」を参照
  16. ^ 『野球と実況中継』第二章「高校野球とわたし(1)尾藤公(和歌山県立箕島高校)との交流」pp.25 - 28
  17. ^ 月刊ラジオパラダイス 1987年10月号「ラジオクイズ50問」、1987年12月号「ラジオクイズ解答編」
  18. ^ 前掲書pp.51-52「ヒーローインタビューの『本音』を読むと」を参照
  19. ^ 『野球と実況中継』著者略歴(楠淳生)
  20. ^ 後輩アナウンサーの三代澤康司が、インフルエンザへの感染で休演したため、パーソナリティ代理として出演。
  21. ^ 『赤江珠緒 たまむすび』へのスタジオ生出演を控えていた関係で、14時台に電話を通じて出演。
  22. ^ 赤江がフリーアナウンサーとしてパーソナリティを務めている縁で、いずれも15時台のゲストコーナー「おもしろい大人」に出演(2016年4月14日(木)赤江珠緒×ピエール瀧 TBSラジオ)。
  23. ^ 「野球と実況中継」の紹介を兼ねて、「バリシャキ スポーツニュース」に電話で出演。

外部リンク[編集]