工藤三郎

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くどう さぶろう
工藤 三郎
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 大分県
生年月日 (1953-06-01) 1953年6月1日(65歳)
最終学歴 慶應義塾大学法学部
勤務局 NHK放送センター
部署 東京アナウンス室
職歴 旭川名古屋大阪、東京アナウンス室など
活動期間 1976年
ジャンル スポーツ
出演番組・活動
現在 本文参照
過去 本文参照

工藤 三郎(くどう さぶろう、1953年6月1日 - )は、フリーアナウンサーNHKの元エグゼクティブアナウンサー。元嘱託職。

人物[編集]

大分県立大分舞鶴高等学校を経て慶應義塾大学法学部卒業後、1976年入局。

スポーツアナウンサーとしてのキャリアが長く、プロ野球を中心に様々な競技の実況を行ってきた。

トロンボーン演奏の特技を持つ。大学時代にはジャズサークル「慶應義塾大学ライトミュージックソサエティ」に所属しており、元NHKアナウンサーの明石勇はサークルの先輩でもある。2018年6月30日付けで嘱託職からも退きNHKを退社した。

オリンピック中継エピソード[編集]

1994年リレハンメルオリンピックスキージャンプ団体戦で、原田雅彦の二回目が「世紀の大失敗ジャンプ」に終わり、日本チームはドイツに逆転され金メダルを逃してしまう。この試合を実況していた工藤アナは、試技直後に座り込んで頭を抱える原田の姿を目の当たりにすることとなる。

その4年後に開催された長野オリンピックでは、個人ラージヒルの実況をジャパンコンソーシアムの一員として担当。この試合、一回目を終えて6位の原田が逆転でメダルを獲得するためには、飛距離・飛形点(空中姿勢と着地姿勢の美しさ)ともに高いレベルで実現する必要があった。放送席の工藤は、原田が二回目の助走を始めた時、「さぁ原田、因縁の二回目」と語り、そのジャンプの着地前後には「立て、立て、立てぇ、立ってくれ~!!………立った~!!」と叫ぶ。原田の二回目は、それ以上飛ぶと安全・安定した着地が困難とされるK点(当時120m)をはるかに超え、自動計測可能な135mをも超える大ジャンプだった。そして正式な飛距離は、残りの5選手が試技を終えるまで確定しない程のものであり[1]、審判団による測定が出るまで10分近くかかったこの「大ジャンプ」により原田は逆転で銅メダルを獲得している。

2008年北京オリンピックでは、アーチェリー女子個人準決勝・張娟娟(中国)vs尹玉姫(韓国)を実況した際、中国の応援団が、韓国選手が矢を放とうとしているにもかかわらず笛を吹くなどして静かにしなかった。この状況に実況中の工藤は「静かに」との言葉を発していた。また、女子ソフトボールの決勝戦の実況も担当し、日本初優勝の瞬間に立ち会うこととなった。

NHKの後輩アナウンサー刈屋富士雄(現在は解説委員)は、目標とする人に工藤三郎を挙げている。特にバルセロナオリンピック陸上競技400メートル競走で、メダルも期待された高野進が8位に終わったとき、「メダルを逃しました」などと言わず「高野は世界の8位」と短いフレーズで高野の力走の価値を表現したことや、前述の原田雅彦に対する「立ってくれ」の実況における、原田が空中に跳び出した瞬間に着地が困難になるほどの大ジャンプになることを先見し、発した言葉を名フレーズとし、その発声のタイミングも絶妙だとしている。[2]

オリンピックでは開会式と閉会式の実況も多く、開会式ではアルベールビル1992年冬季)、バルセロナ(1992年夏季)、シドニー2000年夏季)、ソルトレイクシティ2002年冬季)で、閉会式ではカルガリー1988年冬季)、バルセロナ、シドニー、ソルトレイクシティでそれぞれ実況した。なお、トリノ2006年冬季)の実況には携わらなかったが、東京でのスタジオキャスターを担当した。

2010年バンクーバーオリンピックは現地には赴かず、東京の放送センターでのスタジオ解説(ベストセレクション担当。タレントのベッキー鈴木奈穂子との共同出演)を務めた。

2012年ロンドンオリンピックでは現地のロンドンに赴くが実況には携わらず、山岸舞彩とともに中継番組現地キャスターとして出演した。

2014年ソチオリンピックでは、現地に赴くが実況には携わらず、杉浦友紀とともに中継番組現地キャスターとして出演。

現在の担当番組[編集]

アンカーコーナー「2020に託すもの」(第2日曜深夜開始分の月曜4時)の企画・取材
※特にプロ野球セントラルリーグ・読売ジャイアンツ主催のナイトゲームを総合テレビで放送するときにはほぼ毎回実況を担当している。ただし、2006年度に限っては帯の報道番組(スポーツ&ニュース)担当も兼ねていたため、実況担当の曜日が限られていた。現在は再び実況メインとなっている。2016年夏の第98回高校野球全国大会の実況も担当した。

過去の担当番組[編集]

大阪局時代
東京アナウンス室異動後
※1995年11月に1度だけスポーツコーナーを担当したが、これはNHK労組のストライキによるキャスター代行。
※過去に1回のみナレーションを担当し、内容は中国の自然に関するもの。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ この時点では、船木和喜が暫定1位であったために工藤は「日本が勝ったのは間違いない」とも実況していた。
  2. ^ スポーツ報知2008年7月31日 『刈屋アナが語る五輪実況の極意』

外部リンク[編集]