豊原謙二郎

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とよはら けんじろう
豊原 謙二郎
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 神奈川県藤沢市
勤務局 NHK放送センター
部署 東京アナウンス室
職歴 佐賀京都大阪東京アナウンス室仙台、大阪など[1]
活動期間 1996年 -
ジャンル 主にスポーツ
出演番組・活動
出演中 本文参照
出演経歴 本文参照

豊原 謙二郎(とよはら けんじろう)は、NHKアナウンサー[2]

人物[編集]

神奈川県藤沢市出身[2]。中学2年の時、雪の中で行われた関東大学ラグビー対抗戦グループ早稲田大学明治大学(俗に言う「雪の早明戦」)をテレビで見たことをきっかけに神奈川県立湘南高等学校進学後にラグビーに打ち込む[3][1]。ポジションはフォワードだったという[4]早稲田大学商学部卒業後[要出典]1996年にNHK入局[1]。2箇所目の赴任地である京都局で本格的にスポーツアナウンサーを目指すべく自主練に取り組み[4]、以後、数多くのスポーツ実況を担当している。

仕事に関する挿話[編集]

  • 初任地の佐賀局では、豊原自身がモータースポーツ好きだったこともあり、ロードレース世界選手権 (MotoGP) に参戦していた佐賀出身の眞子智実の長期取材を続け、最終的に一本の番組になったことがその後の自信につながった[4]。一方で、高校野球の地方大会(秋季大会)で初めてラジオ実況を担当した際には、マウンドでピッチャーが屈伸をしたとき、「屈伸」という言葉が出て来ずに「ピッチャーが懸垂しました!」と言ってしまうなど失敗も数多くあったという[1]
  • 2011年から4年10ヶ月在籍した仙台局では地元の東北楽天ゴールデンイーグルス戦の実況を多く担当。楽天が日本一になった2013年の日本シリーズでは第2戦(BS1)・第6戦(ラジオ第1)で実況を担当した。後述のラグビーワールドカップ2015への現地派遣も、ペナントレース終盤戦にさしかかっていたため、同年の楽天の成績如何では派遣が見送られていたかもしれないと述懐している[3]
  • 2015年のラグビーワールドカップ・イングランド大会では1次リーググループBの日本代表戦のうち、ブライトンコミュニティー・スタジアムで行われた南アフリカ代表戦(現地解説は薫田真広)と、ミルトン・キーンズスタジアム:mkで行われたサモア代表戦(現地解説は砂村光信)の2試合の実況を担当。後に「世紀の番狂わせ」と称される南アフリカとの試合について、豊原は芝の状態と南アフリカのメンバーリストを見て試合前の時点で善戦を予想[3]。試合終了直前には、日本のカーン・ヘスケスが逆転トライを決めた場面で「行けー! 行けー! トラーイ! ニッポン、ニッポン! 逆転!」と絶叫した後、35秒間無言を貫き、歓声と歓喜の映像に身を任せきった[5]。トライ後に沈黙を選択したのは、「何かを喋ったら堪えていたものが決壊するな」という実感に加えて、スポーツアナウンサーの先輩である山本浩の「テレビは映像のメディア。映像にパワーがあるときは、どんなコメントもそのパワーには勝てない」という言葉を思い出したからだという[3]。なお、このときの「絶叫」と「沈黙」は、ラグビーワールドカップ2019のNHKナビゲーターを担当する五郎丸歩に「あの南アフリカ戦の最後のトライで2分黙っておられましたが…(自分は)もうちょっと長い時間黙っておこうかなと」といじられるなど、語り草になっている[6]
  • 2016年リオデジャネイロオリンピックではジャパンコンソーシアムの一員として派遣され、柔道などを担当。男子柔道100キロ超級決勝・テディ・リネールフランス)対原沢久喜(日本)の試合では、指導の差を守って逃げ切りを図るべく組み合わない柔道を続けるリネールに対し「組んで投げる。そのルール改正の集大成の試合になります」「技による攻防が見たい!」と叫び、そのまま試合が終了してリネールの勝利が決まると「原沢、柔道をさせてもらえませんでした」「救われた思いがするのは、ブラジルのファンが原沢の健闘をたたえてくれたことです」と観戦者の気持ちを代弁するかのような感情的なコメントを発した[4][7]

現在の担当番組[編集]

  • ワイルドライフ ナレーション
    • シリーズDYNASTIES担当・地方局へ異動したアナウンサーのナレーション再放送回の予告担当の一人

過去の担当番組[編集]

大阪放送局時代(1度目)
東京アナウンス室時代(1度目)
仙台放送局時代
  • NHKスペシャル(ナレーション)
    • 「証言ドキュメント 永田町 権力の漂流」(2011年12月25日)
  • ろーかる直送便 東北Z (ナレーション)
    • 「死者たちの声〜福島・震災関連自殺〜」(2015年3月4日)
  • NEXT 未来のために 「アメリカ発 新産業革命の衝撃 岐路に立つ日本の製造業」(ナレーション・2015年6月3日)
  • 明日へ -支えあおう- 生命に何が起きているのか 〜阿武隈山地・科学者たちの挑戦〜(ナレーション・2015年6月7日)
大阪放送局時代(2度目)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 豊原謙二郎 (2015年7月9日). “「興奮」と「感動」だけではない、実況を 前編”. NHK 高校野球100年のものがたり. 2015年7月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月15日閲覧。
  2. ^ a b 豊原謙二郎”. NHK アナウンスルーム. 日本放送協会. 2019年8月12日閲覧。
  3. ^ a b c d 放送席から叫んだ歴史的大勝利 ~2015年南ア戦実況アナウンサーに聞く~”. NHKラグビーワールドカップ2019特設サイト (2018年12月3日). 2019年8月12日閲覧。
  4. ^ a b c d アナウンサー仕事の流儀 豊原謙二郎”. NHKアナウンスルーム. 2019年8月12日閲覧。
  5. ^ 両角敏明 (2015年12月10日). “<ラグビーワールドカップ「南アフリカ戦」実況の違い>見事だったJSPORTS、さすがのNHK、オソマツすぎた日本テレビ”. BLOGOS. 2018年11月16日閲覧。
  6. ^ “五郎丸 NHKラグビーW杯ナビゲーター就任 中継では「黙っているかも…」”. スポーツニッポン. (2019年4月4日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2019/04/04/kiji/20190404s00041000276000c.html 2019年8月12日閲覧。 
  7. ^ 両角敏明 (2016年8月27日). “<リオ五輪>実況アナウンサーも感情的になった「技なき柔道」”. BLOGOS. 2019年8月12日閲覧。

外部リンク[編集]