原沢久喜

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獲得メダル

原沢久喜
日本の旗 日本
男子 柔道
オリンピック
2016 リオデジャネイロ 100kg超級
世界団体
2017 ブダペスト 90kg超級
ワールドマスターズ
2016 グアダラハラ 100kg超級
グランドスラム
2015 チュメニ 100kg超級
2015 パリ 100kg超級
2015 東京 100kg超級
2016 パリ 100kg超級
2013 東京 100kg超級
2014 チュメニ 100kg超級
ユニバーシアード
2015 光州 100kg超級

原沢 久喜(はらさわ ひさよし、1992年7月3日 - )は、山口県下関市出身の日本柔道選手。階級は100kg超級。身長191cm。体重122kg。組み手は右組み。血液型はA型。段位は参段。得意技は内股大外刈。現在はJRA所属[1]。弟は俳優の原沢侑高[2]

経歴[編集]

高校まで[編集]

柔道は6歳の時に大西道場で始めた[1]日新中学から早鞆高校へ進学した当初は66kg級の選手で、身長も177cmほどだった。しかしその後成長を続けると、3年の時には身長190cmを超えて、階級も100kg超級まで上がった。なお、体重も90kgくらいまでは自然に増えたが、そこから先はウェイトトレーニングプロテインを大量に摂取して増やしていった[3]。中国大会に優勝してインターハイの100kg超級に出場すると、準決勝で東海大相模高校王子谷剛志上四方固で敗れたものの3位となった。続く全日本ジュニアでは決勝まで進むも、王子谷に開始早々の大外落で敗れて2位だった[1]。当初柔道は高校を卒業したら辞めるつもりだったが、成績を残し始めたことで楽しく感じるようになり、続けることに決めた[3]

大学時代[編集]

2011年には日本大学に進学した[4]。2年の時には学生優勝大会の決勝で東海大学と対戦すると、先鋒で出場して一本勝ちするなど、チームは3-0で大きくリードしながらも、その後3連敗して内容で並ばれて代表戦になり自ら出場するが、王子谷に内股返で有効を取られて敗れ、チームも2位にとどまった[5]。9月の学生体重別では王子谷が出場していなかったものの優勝を飾った[6]。11月の講道館杯では決勝で旭化成百瀬優を2-1の微妙な判定ながら破って初優勝を飾った[7]。 2013年3月の全日本選手権東京予選で優勝を飾ると、4月29日の全日本選手権では準々決勝で警視庁棟田康幸を指導3、準決勝で旭化成の垣田恭平を内股で破るも、決勝では天理大学職員の穴井隆将に指導2を取られ、指導1つ差で敗れて初出場初優勝はならなかった[8][9]。5月の体重別初戦で王子谷の大外刈を防ごうとした際に右肘の関節を脱臼して棄権負けとなった[10]。6月の学生優勝大会でも昨年に続いて2位に終わった。11月の講道館杯では準々決勝で新日鐵住金高橋和彦横四方固で敗れてたが、その後の3位決定戦では今まで一度も勝てなかった同期のライバルである王子谷を指導1で破って3位になった[1]グランドスラム・東京では準々決勝で世界2位であるブラジルのラファエル・シルバに指導2で敗れたが、3位決定戦では九州電力七戸龍を反則勝ちで破って3位となった[1]。 2014年4月の全日本選手権では、準々決勝で王子谷に大外刈で敗れて5位にとどまった[11]。11月の講道館杯では初戦で筑波大学3年の橋高海人に有効で敗れたものの、グランプリ・青島ではオール一本勝ちしてIJFワールド柔道ツアー初優勝を飾った[12]。2015年2月のヨーロッパオープン・ローマでは優勝を果たした[13]。3月の東京都選手権では決勝で高橋を内股で破って2年ぶり2度目の優勝を飾った[14]

社会人時代[編集]

4月からはJRAの労務厚生課所属となった。体重別では準決勝で王子谷に有効で敗れたが、続く全日本選手権では準決勝で苦手にしていた原沢と同期のライバルである王子谷を指導3で破ると、決勝では七戸を有効で破り、今大会初優勝を飾ることになった。しかしながら今大会で優勝してなおかつ国際大会でも一定の結果を残しながら、世界選手権代表には選出されなかった。なお、全日本代表の井上康生監督から体重別と全日本選手権の両方を制しておかないと代表にはなれないとあらかじめ言われていたという[3][15][16]。 6月には世界チャンピオンであるフランスのテディ・リネールが来日して乱取りを行ったが、うまく捌かれてほとんどいい組み手になることができなかったものの、今後の研究次第では全く太刀打ちできない相手でもないとの感触は得た[3]。7月のユニバーシアードでは他競技の選手や外国選手と一緒に過ごすオリンピックの予行演習の一環として出場すると、順当に優勝を飾った[17][18]。続くグランドスラム・チュメニ では、決勝で地元ロシアの選手に内股で一本勝ちするなどして優勝を飾った[19]。 10月のグランドスラム・パリでは準々決勝で王子谷を指導2で破るなどして決勝まで進むと、ブラジルのダビド・モウラを内股で破って優勝を果たした[20][21]。12月のグランドスラム・東京では準決勝で京葉ガス上川大樹を指導3で破ると、決勝では七戸と対戦してお互い指導3が与えられたものの、GSに入ってから反則勝ちを収めて今年3度目のグランドスラム大会優勝を成し遂げ、これで国際大会6連勝となった。原沢の大学時代に指導していた日大の金野潤監督はこの一戦に関して、「勇気を持って近い間合いに飛び込んだ原沢に対し、その距離を嫌がる七戸が下がったことが、最後の「指導」に結びついた」と分析した。試合後のインタビューで原沢は、「今大会で七戸選手に勝って優勝したことで、オリンピックの代表争いの土俵に上がれたのではないかと思っています。」と述べると、七戸との差は「今は1馬身ぐらいですね。冬にまた勝てば追いつけます」と語った。一方で井上監督は、「直接対決で勝って並んだ。ここから彼らの戦いが始まる」との認識を示した[22][23][24][25][26]

2016年2月のグランドスラム・パリでは決勝でイスラエルのオル・サッソンを指導3で破って今大会2連覇、国際大会7連勝を成し遂げた[27]。4月の選抜体重別では準決勝で上川を隅落で破ると、決勝ではオリンピック代表争いのライバルとなる七戸を内股の有効で破って今大会初優勝を飾って原沢のリオデジャネイロオリンピック代表が有力となった[28][29]。続く全日本選手権では準決勝で上川に0-3の判定で敗れて3位にとどまり2連覇はならなかった。また、昨年の今大会から続いていた原沢の公式戦での連勝記録も37でストップした[30]。しかし、国際大会で7連勝していたことやライバルの七戸に4戦全勝していたことなどが評価されて、リオデジャネイロオリンピック代表に選出された[31][32]。この際に日本代表の井上監督は、原沢の最大のライバルとなるリネールを攻略するためには「普通のことをやっていては勝てない。どうやって異常なことをやっていくか」との見方を示した[33]。5月にはウェイトトレーニングスクワットをしていた際に、半年に一回の割合で起こるという持病のぎっくり腰が再発して、一週間ほど安静にしていた[34]。それから間もなくして世界ランク上位選手が集まるワールドマスターズに出場するも、準々決勝でルーマニアのダニエル・ナテアから内股を返されて技ありを取られた後に裏投げで一本負けを喫するなどして3位に終わった。これにより、国際大会での連続優勝記録が7、対外国選手の連勝記録も31連勝で途切れた[35][36]。6月には実業団体に出場して2勝1分でチームの優勝に貢献した。団体で日本一になるのは今回が初めてのこととなった[37]。7月には日大主催の壮行会において、「日本柔道の再建を託されている。必ず金メダルを取って帰ってきたいと思います」とオリンピックへ向けた決意を語った[38]

8月のリオデジャネイロオリンピックでは初戦でジョージアのアダム・オクルアシビリを指導3で破ると、2回戦でアゼルバイジャンのウシャンギ・コカウリを大内刈で一本勝ち、3回戦ではキューバのアレックス・ガルシア・メンドーサを反則勝ちで破った。準決勝ではアブドゥロ・タングリエフから大内刈で有効を取った後も攻め続けると反則勝ちを収めた。決勝ではオリンピック2連覇を狙っていたリネールとの対戦になるが、開始僅か8秒で首抜きの指導を受けると、1分過ぎには極端な防御姿勢を取ったとして指導2まで与えられた。その後原沢は組みに行こうとするものの、リネールにまともに組ませてもらえず時間が推移していった。それでも終盤になって消極的なリネールに指導が与えられるも、その直後に原沢にも指導3が与えられた。この不可解な指導3はすぐに取り消されたが、相手の指導2に追いつくことができず試合終了となり銀メダルにとどまった。 指導でリードして以降守りを固めて積極的に攻めて来ず、組み手争いに徹するリネールに観客からはブーイングが吹き荒れたものの、結局そのリネールを最後まで切り崩すことはできなかった。原沢は決勝について次のように振り返った。「後半で勝負をしようと思っていた。何回か組んで(技に)入れるかなというチャンスがあったし、組み際に狙おうかと思ったが、組み手も厳しかった。もつれ際に(相手の技を)返すとか、自分が帯を持って大内刈りとか、奇襲というか組み際の技を狙っていたけれど、うまくさばかれた」[39][40][41]。なお、今大会で審判を務めた大迫明伸によれば、事前の審判ミーティングにおいて今回は特別な大会であるオリンピックなので、選手に柔道をやる時間を今まで以上に与えるようにとの指示があったという。そのため、全体的には指導をいつもより遅く取るなどそれが守られていた。しかしながら、この決勝に限っては原沢に指導を与えるのが早すぎて、リネールが柔道で勝負しなくても良い状況を審判が作ってしまった。結論的に言えば、この試合は審判によるコントロールミスであったとの見解を示した。ジュリーも指導を取り消す権限があったのに敢えてそれを行使することはなかったことに疑問を覚えたともいう[42]。12月にはグランドスラム・東京に出場予定だったが、左腓腹筋内側頭筋損傷により出場を取りやめた[43]

オリンピック以来半年振りの試合となった2017年2月のグランプリ・デュッセルドルフでは準決勝まですべて一本勝ちするも、決勝では東海大学3年の影浦心に開始早々の大内刈を返されて技ありを取られると、その後ポイントを取り返せず2位に終わった[44][45]。4月の体重別では準決勝で影浦に技あり2つを取られて3位に終わった[46]。全日本選手権では3回戦で百瀬に開始30秒過ぎの送襟絞で敗れた。大会後、「試合で落とされた(意識を失った)のは初めて。(五輪後、負けが続いて)落ちるところまで落ちたので、来年、必ず強くなって帰ってきたい」とコメントした[47]。過去の実績により今大会で優勝した王子谷とともに世界選手権代表には選出された[48][49]。5月29日付けの世界ランキングではこの階級の日本選手として初めてとなる1位になった[50]。6月の実業団体では決勝で旭化成と対戦すると、代表戦で王子谷を大外返で破ってチームの優勝に貢献した[51]。9月の世界選手権では初戦で世界ランキング53位の伏兵であるオーストリアのステファン・エギにGSに入ってから指導2を取られて敗れた[52]世界団体では初戦のみの出場だったが勝利すると、その後チームも優勝を飾った[53]。なお、11月の世界選手権(無差別)に出場予定だったが、心身が慢性疲労となる「オーバートレーニング症候群」に陥った可能性があることから、出場を辞退した[54][55]

世界ランキング[編集]

IJF世界ランキングは1700ポイント獲得で15位(17/10/30現在)[56]

  • 世界ランキングの年度別変遷
2013年 2014年 2015年 2016年
順位 50 21 4 2

(出典[1]JudoInside.com)。

戦績[編集]

(出典[1]JudoInside.com)。

有力選手との対戦成績[編集]

(2017年12月現在)

国籍 選手名 内容
日本の旗 七戸龍 4勝
日本の旗 王子谷剛志 3勝6敗2分
日本の旗 上川大樹 2勝2敗
ウズベキスタンの旗 アブドゥロ・タングリエフ 1勝
フランスの旗 テディ・リネール 1敗
ブラジルの旗 ラファエル・シルバ 3敗
ブラジルの旗 ダビド・モウラ 2勝
ルーマニアの旗 ダニエル・ナテア 1勝1敗
チュニジアの旗 ファイサル・ジャバラ 2勝1敗
イスラエルの旗 オル・サッソン 1勝
オランダの旗 ロイ・メイヤー 1勝
ジョージア (国)の旗 アダム・オクルアシビリ 1勝
ジョージア (国)の旗 レヴァニ・マチアシビリ 2勝

(参考資料:ベースボールマガジン社発行の近代柔道バックナンバー、JudoInside.com等)。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 「柔道全日本強化選手名鑑 2017」近代柔道 ベースボールマガジン社、2017年4月号
  2. ^ リオ柔道「銀」原沢の弟・原沢侑高、188センチ“大型新人”が俳優活動開始 スポーツ報知
  3. ^ a b c d 「スペシャルインタビュー 原沢久喜」近代柔道 ベースボールマガジン社、2015年8月号
  4. ^ 学生紹介|原沢 久喜選手情報|日本大学柔道部
  5. ^ 東海大が史上初の5連覇 全日本学生優勝大会 MSN産経ニュース 2012年6月24日
  6. ^ 新星原沢初V!知らぬ間に「強く」/柔道 日刊スポーツ 2012年9月30日
  7. ^ 伸び盛りの20歳が頂点=講道館杯柔道 時事通信 2012年11月11日
  8. ^ 初出場初優勝目前で敗れる 原沢 MSN産経ニュース 2013年4月29日
  9. ^ 原沢、初出場で健闘=全日本柔道 時事通信 2013年4月29日
  10. ^ 原沢が右肘脱臼=全日本選抜体重別柔道 時事通信 2013年5月12日
  11. ^ 21歳の王子谷が初優勝 決勝で上川に一本勝ち MSN産経ニュース 2014年4月6日
  12. ^ 原沢が優勝=柔道グランプリ 時事通信 2014年11月21日
  13. ^ 男子日本勢、4階級で優勝=柔道 時事通信 2015年2月16日
  14. ^ 原沢が2年ぶりV!決勝“得意技”で一本 柔道東京都選手権 スポーツニッポン 2015年3月9日
  15. ^ 原沢が初優勝=決勝で七戸に快勝-全日本柔道 時事通信 2015年4月29日
  16. ^ 原沢“馬力”発揮で初V!リオ五輪代表レースに名乗り スポーツニッポン 2015年4月30日
  17. ^ 柔道の原沢、朝比奈が金 ユニバーシアード 日刊スポーツ 2015年7月4日
  18. ^ リオ五輪へつなげる金=原沢、冷静な判断奏功-ユニバーシアード・柔道 時事通信 2015年7月4日
  19. ^ 原沢、田知本遥ら優勝/柔道 サンケイスポーツ 2015年7月20日
  20. ^ 原沢、田知本遥が優勝=柔道グランドスラム 時事通信 2015年10月19日
  21. ^ Paris Grand Slam 2015, France - DAY 2
  22. ^ 原沢、七戸龍破り初V…男子100キロ超級 読売新聞 2015年12月6日
  23. ^ 原沢久喜「目標はリオ」上川、七戸を破り優勝 日刊スポーツ 2015年12月6日
  24. ^ 原沢 ライバル七戸に3戦全勝で代表争い「並んだ」 スポーツニッポン 2015年12月7日
  25. ^ 【金野潤氏分析】飛び込んだ原沢「間合い」が勝負分けた] スポーツニッポン、2015年12月7日
  26. ^ 優勝選手インタビュー 男子100kg超級 原沢久喜
  27. ^ 原沢、西山、田知本愛がV 柔道GSパリ大会最終日 産経新聞 2016年2月8日
  28. ^ 原沢久喜が七戸を撃破100キロ超級で初優勝 柔道 日刊スポーツ 2016年4月2日
  29. ^ 力、技、戦略で圧倒=リオへ視界良好の原沢-選抜体重別柔道 時事通信 2016年4月2日
  30. ^ 王子谷が2年ぶり優勝=原沢、七戸は準決勝敗退-全日本柔道 時事通信 2016年4月29日
  31. ^ 柔道男子100キロ超、原沢久喜が初の代表に 読売新聞 2016年4月29日
  32. ^ 柔道・男子100キロ超級 五輪代表は原沢 NHK 2016年4月29日
  33. ^ 日本柔道、最重量級の復権はあるか強豪が待つリオへ、原沢には変化が必要 2016年4月30日
  34. ^ 柔道・原沢 持病のぎっくり腰で調整に不安 東京スポーツ 2016年5月24日
  35. ^ 【柔道】原沢、国際大会連続優勝“7”で止まった スポーツ報知 2016年5月31日
  36. ^ World Judo Masters 2016 - Guadalajara, Mexico
  37. ^ 柔道・原沢リオへ復調団体V デイリースポーツ
  38. ^ 原沢「柔道の再建を託された、必ず金メダル」 読売新聞 2016年7月18日
  39. ^ 五輪柔道 異様な大ブーイング、銀メダル原沢久喜の妹「ちょっとうれしくて共感」 産経新聞 2016年8月13日
  40. ^ ニッポン柔道重量級、復活の狼煙  原沢・銀も絶対王者への挑戦は続く 2016年8月13日
  41. ^ 実況アナウンサーも感情的になった「技なき柔道」 2016年8月28日
  42. ^ 「審判員から見たリオ五輪」近代柔道 ベースボールマガジン社、2016年11月号 40項-41項
  43. ^ リオメダリストの大野、原沢らが負傷欠場/柔道 サンケイスポーツ 2016年11月29日
  44. ^ 男子100キロ超級、影浦が原沢破りV 柔道GP大会 日本経済新聞 2017年2月27日
  45. ^ 柔道国際大会 男子100キロ超 影浦が日本勢対決制し優勝 NHK 2017年2月27日
  46. ^ 平成29年全日本選抜柔道体重別選手権大会
  47. ^ 王子谷、世界選手権初切符!桂治以来12年ぶり流血連覇/柔道 サンケイスポーツ 2017年4月30日
  48. ^ 平成29年全日本柔道選手権大会[リンク切れ]
  49. ^ 王子谷ら代表選出=柔道世界選手権 時事通信 2017年4月29日
  50. ^ World ranking list: 29 May 2017
  51. ^ リオ五輪銀の原沢が全日本優勝の王子谷に一本勝ち
  52. ^ リオ銀の原沢が初戦敗退「情けない。本当に何をやっているんだ、という感じ」/柔道 サンケイスポーツ 2017年9月2日
  53. ^ 日本が男女混合団体で金メダル 決勝でブラジルを圧倒 産経新聞
  54. ^ 日本代表に王子谷剛志、朝比奈沙羅らを選出 柔道 日刊スポーツ 2017年10月11日
  55. ^ 【柔道】原沢久喜は心身の慢性疲労、井上康生監督「オーバートレーニング症候群の一種」 サンケイスポーツ 2017年10月17日
  56. ^ World ranking list

外部リンク[編集]