ウルフ・アロン

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獲得メダル
日本の旗 日本
男子 柔道
世界柔道選手権
2017 ブダペスト 100kg級
グランドスラム
2016 パリ 100kg級
2016 バクー 100kg級
世界ジュニア
2014 フォートローダーデール 100kg級

ウルフ・アロン(Aaron Phillip Wolf、1996年2月25日 - )は、東京都葛飾区新小岩出身の日本柔道選手。階級は100kg級。身長181cm。組み手は左組み。段位は四段。得意技は大内刈[1][2]。2018年からは了徳寺学園の所属となった[3]。父親はアメリカ出身で駒澤大学講師を務めている[4][5]。マネジメント先はトラロックエンターテインメント[6]

経歴[編集]

柔道は6歳の時に講道館にある春日柔道クラブで始めた。最初の練習に行った時に指導者の向井幹博に面白かったかと聞かれると、実際は面白くなかったのに気を使って面白いと言ってしまったために柔道を続けることになってしまった[7]。クラブでは1学年上にベイカー茉秋、1学年下に朝比奈沙羅がいた[1]。小学校3年の時に都大会で負けたことがきっかけで、向井の指示によりそれまでの右組みから左組みに変わった。全国少年柔道大会の団体戦では小学校5年の時に2位、6年の時に3位となった[1]。しかし、文京区立第一中学1年までは柔道をあまり楽しいとも思わず、一時期は勉強の方に力を入れて学年で3番になったこともあったという。高校では柔道をやめてアメリカンフットボールに取り組む予定だった。ところが、中学2年の時に1年後輩の村田大祐に練習で何度も投げられるうちに悔しさがこみ上げてきて、それをきっかけに柔道に力を入れるようになった[7][8]

東海大浦安高校に進むと、1年の高校選手権では個人戦無差別で國學院大栃木高校の横山尭世の払巻込で敗れて2位に終わり、団体戦では1学年先輩のベイカーらとともに活躍して優勝した[1]。 2年の時には全日本カデ90kg超級で優勝すると、金鷲旗でも優勝を飾った[1]インターハイの個人戦100kg級では3位だったが、団体戦では優勝して高校3冠(全国高校選手権、金鷲旗、インターハイ)を達成することになった[1]国体少年男子の部でも千葉県の優勝に貢献した[1]。高校選手権無差別では準決勝で佐藤和哉大内返で敗れて3位だったが、団体戦ではチームの優勝に貢献した[1]。3年の金鷲旗でも優勝を飾った[1]。インターハイ100kg超級では準々決勝で佐藤をGSに入ってから有効で下すなどして優勝したものの、団体戦では準々決勝で修徳高校に敗れて、2年連続の高校3冠はならなかった[1]全日本ジュニアでは3位だったが、国体少年男子の部では2連覇を果たした[1]。その後階級を100kg級に変更して講道館杯に出場するが初戦で敗れた。2014年3月には全日本選手権関東予選で優勝を果たした[1]

4月からは東海大学へ進学した[1][9]。全日本選手権では初戦で元チャンピオンである新日鉄住金高橋和彦に技ありで敗れた。優勝大会ではチームの7連覇に1年生ながら貢献し、全日本ジュニアでは優勝を果たした[1]。しかし世界ジュニアでは準々決勝でロシアのラマザン・マルスイゲノフの合技で敗れるも、敗者復活戦を勝ち上がって3位になった[10]。続く講道館杯では大学の先輩となる旭化成羽賀龍之介送襟絞で敗れるも3位となった[1]

2年の時には、4月の選抜体重別初戦でウルフの大学の13年先輩にあたる増渕樹の内股で敗れた。6月の優勝大会決勝で筑波大学と対戦すると、大将戦で81kg級の永瀬貴規に指導2で敗れて大会8連覇を逃すことになった[11]。その直後に出場したグランプリ・ウランバートルIJFワールド柔道ツアー初優勝を飾った[12]グランプリ・タシュケントでも優勝を飾った[13]。体重別団体でも優勝した[14]。11月の講道館杯では決勝で京葉ガス下和田翔平と対戦すると、先に有効2つを取られるも終盤に内股で逆転勝ちした。この際にウルフは、「顔はハーフで(男前じゃなくて)失敗しましたけど、柔道は失敗したくないですね」と発言して場内の笑いを誘った[5][15]。12月のグランドスラム・東京では初戦でアゼルバイジャンのエルマール・ガシモフに敗れた[16]

3年の時には4月の選抜体重別の決勝で下和田を指導2で破って今大会初優勝を飾った[17]。5月にはグランドスラム・バクーの準決勝でベカ・グビニアシビリ大内返で敗れるも、3位決定戦でカール=リヒャルト・フライ内股で破って3位になった[18]。6月の優勝大会では全試合に一本勝ちしてチームの2年ぶりの優勝に貢献した[19]。10月の学生体重別では決勝で慶応義塾大学後藤隆太郎を指導2で破って優勝した[20]。体重別団体では決勝の国士舘大学戦で一本勝ちするも、チームは敗れて2位に終わった[21]。11月の講道館杯では決勝で国士舘高校3年の飯田健太郎を内股の技ありで破って2連覇を果たした[22]。12月のグランドスラム・東京では2回戦でスウェーデンの選手に腕挫十字固で敗れた[23]。2017年2月のグランプリ・デュッセルドルフでは決勝でベルギーのトマ・ニキフォロフに開始早々の片手絞で敗れて2位に終わった[24]

4年の時には4月の体重別準決勝で飯田を内股の技ありで破ると、決勝では羽賀と対戦してGSを含めて総計12分以上に及ぶ試合の末に指導2を取って今大会2連覇を飾り、世界選手権代表に選出された[25][26]。全日本選手権では準々決勝で京葉ガス上川大樹にGSに入ってから反則勝ちすると、準決勝では千葉県警加藤博剛巴投で有効を先取されるも終了15秒前に逆転の反則勝ちを収めるが、決勝では大学の3年先輩である旭化成王子谷剛志にGSに入ってから指導2で敗れて2位だった[27]。6月の優勝大会では決勝の明治大学戦で田中源大を大内刈の技ありで破るなど全勝してチームの2連覇に貢献した[28][29]。9月の世界選手権では準々決勝でリオデジャネイロオリンピック銀メダリストのガシモフ、準決勝でも世界ランキング1位であるオランダのミハエル・コレルをそれぞれ技ありで破った。決勝ではリオデジャネイロオリンピックの90kg級銀メダリストであるジョージアのヴァルラーム・リパルテリアニと対戦すると、指導2を先取されるもGSに入ってから大内刈で技ありを取って優勝を飾った。試合後のインタビューでは、「しぶとさで負ける気はなかった。終盤になれば絶対に自分のペースになる」「このまま突っ走って、東京五輪も必ず優勝する」と語った[8][30]。10月の体重別団体では準決勝まで全て一本勝ちすると、決勝の国士舘大学戦でも飯田から技あり2つを取ってチームの優勝を決めた。この際に、「主将としての仕事ができた。起承転結の結という感じ」とコメントした[31]。12月にはグランドスラム・東京に出場予定だったが、右胸鎖関節挫傷で出場を回避した[32]。2018年1月には左膝半月板を損傷して3か月の加療が必要になったため、2月に出場予定だったグランドスラム・パリをキャンセルした[33]

2018年4月からは了徳寺学園の職員となった[1]。体重別はケガの影響で出場しなかったが、世界選手権代表に選出された。ウルフを選出した理由を男子代表監督の井上康生は、「一番は世界王者であること。羽賀と飯田が対抗馬だったが、年間の国内外大会の結果を踏まえて決めた」と説明した[34]。6月にはケガからの復帰戦となった実業団体3部でオール一本勝ちして、チームの優勝に貢献した[35]。8月のグランプリ・ブダペストでは決勝でドイツのカール=リヒャルト・フライ大内返で破って優勝した[36][37]。9月の世界選手権では準々決勝でロシアのニヤス・イリアソフ小外掛で敗れて連覇はならなかった。その後の3位決定戦でもモンゴルのルハグバスレン・オトゴンバータル隅落で敗れて5位に終わった。試合後には、「(選考大会に一つも出ず代表に選ばれて)自分の実力でつかんだ代表ではないので優勝したかった。申し訳ない」とコメントした[38]

IJF世界ランキングは2245ポイント獲得で15位(18/10/29現在)[39]

戦績[編集]

100kg超級での戦績

  • 2012年 - 高校選手権 個人戦無差別 2位 団体戦 優勝
  • 2012年 - 全日本カデ 優勝(90kg超級)
  • 2012年 - ポーランドカデ国際 優勝(90kg超級)
  • 2012年 - 金鷲旗 優勝
  • 2012年 - インターハイ 個人戦100kg級 3位 団体戦 優勝
  • 2012年 - 国体 少年男子の部 優勝
  • 2013年 - 高校選手権 個人戦無差別 3位 団体戦 優勝
  • 2013年 - 金鷲旗 優勝
  • 2013年 - インターハイ 個人戦 優勝 団体戦 5位
  • 2013年 - 全日本ジュニア 3位
  • 2013年 - 国体 少年男子の部 優勝
  • 2013年 - エクサンプロヴァンスジュニア国際 優勝
  • 2014年 - 優勝大会 優勝

100kg級での戦績

(出典[1]JudoInside.com)。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 「柔道全日本強化選手名鑑 2018」近代柔道 ベースボールマガジン社、2018年4月号
  2. ^ 新井千鶴選手 ウルフ・アロン選手が特別昇段”. 講道館. 2017年12月28日閲覧。
  3. ^ ウルフ、東海大卒業後に了徳寺学園へ/柔道 サンケイスポーツ 2017年6月27日
  4. ^ ケタ外れのパワー!日本柔道重量級の救世主か東京スポーツ。2014年10月26日
  5. ^ a b ウルフ逆転初V「顔は失敗したけど、柔道は失敗したくない」 スポーツニッポン 2015年11月8日
  6. ^ トラロックエンターテインメント
  7. ^ a b 「巻頭インタビュー ウルフ・アロン」近代柔道 ベースボールマガジン社、2017年3月号 28-31頁
  8. ^ a b 【世界柔道】ウルフ、6戦中4試合の延長を制し頂点「しぶとさでは負ける気はなかった」 スポーツ報知
  9. ^ 東海大学体育会柔道部 | 男子部員紹介。2014年10月26日閲覧
  10. ^ Junior World Championships。2014年10月26日閲覧。
  11. ^ 筑波大、国公立勢初の優勝=東海大の8連覇阻止-全日本学生柔道男子 時事通信 2015年6月28日
  12. ^ 西潟ら優勝=柔道グランプリ 時事通信 2015年7月5日
  13. ^ Tashkent Grand Prix 2015, Uzbekistan - DAY THREE
  14. ^ 東海大が2連覇 女子は帝京大が3年ぶりV 全日本学生体重別団体 時事通信 2015年10月25日
  15. ^ 柔道、100キロ級はウルフがV デイリースポーツ 2015年11月8日
  16. ^ グランドスラム東京2015
  17. ^ 平成28年全日本選抜柔道体重別選手権大会
  18. ^ Baku Grand Slam 2016 - Azerbaijan
  19. ^ 東海大が2年ぶり21度目V!全日本学生優勝大会/柔道 サンケイスポーツ 2016年6月26日
  20. ^ 柔道:全日本学生体重別選手権 ウルフ初優勝 男子100キロ級 毎日新聞 2016年10月2日
  21. ^ 全日本学生柔道体重別団体優勝大会
  22. ^ ウルフが男子100キロ級連覇=石川は宇高破る-柔道講道館杯 時事通信 2016年11月13日
  23. ^ 講道館杯2連覇のウルフ、左肘を負傷「ブチブチと音が鳴った」/柔道 サンケイスポーツ 2016年12月4日
  24. ^ 男子100キロ超級、影浦が原沢破りV 柔道GP大会 日本経済新聞 2017年2月27日
  25. ^ 打ち破った厚い壁=ウルフ、強敵倒し世界へ-選抜体重別柔道 時事通信 2017年4月2日
  26. ^ 柔道世界選手権代表 19歳の阿部が初出場へ NHK 2017年4月2日
  27. ^ 平成29年全日本柔道選手権大会
  28. ^ 平成29年度全日本学生柔道優勝大会
  29. ^ 柔道 ウルフアロンが東海大2連覇に貢献 NHK 2017年6月25日
  30. ^ ウルフ、初出場で金=世界柔道男子100キロ級 時事通信 2017年9月3日
  31. ^ ウルフ、4戦で三つの一本勝ち含む全勝「起承転結の結という感じ」/柔道 サンケイスポーツ 2017年10月29日
  32. ^ ウルフ・アロンは右胸挫傷 GS東京大会を欠場/柔道 サンケイスポーツ 2017年11月29日
  33. ^ ウルフがGSパリ欠場=柔道 時事通信 2018年1月19日
  34. ^ ウルフ・アロン、体重別欠場も世界選手権代表に選出 - 柔道 日刊スポーツ 2018年4月8日
  35. ^ 「復活の兆しは見えた」ウルフが昨秋以来の実戦/柔道 サンケイスポーツ 2018年6月9日
  36. ^ 【柔道】梅木真美、ウルフ・アロン、影浦心がV グランプリ大会 産経新聞 2018年8月13日
  37. ^ Budapest Grand Prix 2018, Hungary – Day three
  38. ^ ウルフ 男子100キロ級3決敗退、メダル逃し「申し訳ない」 スポーツニッポン 2018年9月26日
  39. ^ World ranking list

外部リンク[編集]