藤井貴彦

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ふじい たかひこ
藤井 貴彦
プロフィール
愛称 ターボ、キャプテン
出身地 日本の旗 日本 神奈川県綾瀬市
生年月日 (1971-12-03) 1971年12月3日(45歳)
血液型 B型
最終学歴 慶應義塾大学環境情報学部卒業
勤務局 日本テレビ放送網
部署 編成局アナウンスセンターアナウンス部
活動期間 1994年 -
ジャンル 報道・スポーツ番組
配偶者 あり
公式サイト 日テレ:アナウンスルーム
出演番組・活動
現在 news every.』など
過去 ズームイン!!サタデー』など

藤井 貴彦(ふじい たかひこ、1971年12月3日 - )は神奈川県綾瀬市出身の日本テレビアナウンサー1994年入社。左利き。血液型B型。既婚。身長181cm。

略歴[編集]

  • 神奈川県立厚木高等学校慶應義塾大学環境情報学部卒業。1994年に日本テレビ入社。同期には後にフリーアナウンサーに転身した羽鳥慎一がいる。同じ日本テレビアナウンサーである藤井恒久とは同姓ではあるが、両者に血縁関係はない。
  • これまでスポーツ中継からバラエティ番組まで幅広いジャンルの番組で活躍。
  • バラエティ番組などでは、『投稿!特ホウ王国』のレポーターや『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』等に出演。両番組とも、お笑いコンビウッチャンナンチャンがメインだった。ウンナンとは共演した例が多い。
    • 1999年8月31日、『ウリナリ』内のコーナーだったドーバー海峡横断部ではリレーメンバーとして参加(合宿の際には、当初予定していた一時間×3の遠泳終了後に進んで居残り練習を提案するなど熱心に活動していた)、成功しチャネルスイマーとなる。その際、日本テレビのアナウンス部から激励の寄せ書きを見ていたが、現在でも大切に保管しているという[1]。成功記念にリレーメンバーの堀部圭亮製作のシルバーリング(リレーメンバー全員お揃いのもの)を貰い受け、『NNNニュースプラス1』でも付けていたが後で注意を受け本番中は外す様になる。
  • 『ズームイン!!サタデー』番組内での愛称は「ターボ藤井」。公募により「トーテム」「リベロ」「セニョール」など様々な候補があったが、巨人原監督に意見を聞いた所、「タワー藤井」(1994年入社の藤井と羽鳥はともに身長が180cm台で「日テレツインタワー」と呼ばれていた。なお羽鳥が平日の『ズームイン!!SUPER』を担当していた為、日本テレビの朝は「日テレツインタワー」が担当していた。)に決定した矢先、おたがい子供のころのあだ名が「ターボ」だったことが分かり、これに決定した。
  • 「ズームイン!!サタデー」公式ホームページ内日記「ターボ藤井のアクセル全開!」はほぼ毎週日曜日頃に更新されていた。このタイトルは番組内での愛称(ターボ)と同じく公募で決定された。司会を担当してからタイトルが正式に決まるまで3カ月位は「タカのダイアリー(仮)」という仮タイトルであった。
  • 2006年度から年末年始首都圏で行われている全国高校サッカー中継決勝の実況を務め盛岡商流経大柏広島皆実の初優勝を伝えた。
  • 2007年2月10日放送分の「ターボ藤井のアクセル全開!」にて花粉症になったことを告白。
  • 2008年第42回スーパーボウルの実況を担当。
  • 『ズームイン!!サタデー』のマスコットキャラクター『サタボー』の顔立ちと利き腕は藤井がモデルである。
  • 2010年3月29日スタートの『news every.』のメインキャスターに就任。『NNNニュースプラス1』以来5年ぶりに夕方の報道番組を担当。
  • 前述の『news every.』のキャスターブログには、結婚していることを公にしている[2]
  • 『news every.』において他のキャスターから(私的には)「キャプテン」と呼ばれる[3][4]
  • 2013年6月2日に、北日本放送が主催した『日医工presents いっちゃん!リレーマラソン』にゲストランナーとして参加した。その模様が『ゼロいち』や『KNBニュース』で放送された。

人物・エピソード[編集]

  • 同期の羽鳥から「自分がフリーになる時は1番最初に藤井に伝える」と述べられていたが、結果的にこの約束は破られてしまい、藤井はこのことに傷ついていると話している[5]
  • 後輩の桝太一は新人時代、かなりとがっており、「この研修は意味ないと思うんで嫌です」と先輩に対してもふてぶてしい態度をとっていた。見かねた藤井が注意したが、「僕は僕で考えがあったんですよ」と桝が反発。温厚な藤井が「もう、お前には何も言わない」と突き放すと、桝は自身の取った行動を猛省し、翌日謝罪。藤井は怒るどころか「お前が素直に謝ってくれたのが嬉しい」と慰め、桝は涙したという[6]

現在の担当番組[編集]

過去の担当番組[編集]

司会進行[編集]

映画[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 内村光良によると、実際は当時の『ウリナリ』番組スタッフが一人で作った寄せ書きだという。
  2. ^ [1]
  3. ^ キャスターブログ |キャプテンの帰還!
  4. ^ NEWS小山 インフルから番組復帰! 謝罪&全快アピール
  5. ^ [2],goo
  6. ^ 桝太一アナ、恐れていた先輩アナに平謝り とがっていた新人時代語る,Sponichi Aneex,2016年11月6日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]