日本テレビのアナウンサー一覧

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日本テレビ放送網 > 日本テレビのアナウンサー一覧

日本テレビのアナウンサー一覧(にほんテレビのアナウンサーいちらん)は、日本テレビ放送網編成局アナウンスセンターアナウンス部に所属するアナウンサーを一覧にしたものである。

現職アナウンサー[編集]

入社年順に表記

男性[編集]

女性[編集]

元アナウンサー[編集]

入社年順に表記、※はアナウンス部長経験者。

他部署へ異動[編集]

丸かっこ内の数字は編成局アナウンス部在籍期間。

男性
女性
  • 木村優子※(1983年 - 1992年・2010年 - 2014年、日テレイベンツ常務取締役、グループ戦略室出向局次長現職出向)
  • 加藤明美(1984年 - 1996年、人事局厚生労務部担当部次長)
  • 鷹西美佳※(1985年 - 2010年、コンプライアンス推進室番組審議会事務局長)
  • 笛吹雅子(1991年 - 2001年、報道局社会部専門副部長)
  • 山王丸和恵(1993年 - 2004年、コンテンツ事業局通販事業部プロデューサー)
  • 角田久美子(1993年 - 2003年、スポーツ局プロデューサー)
  • 古市幸子(1996年 - 2012年、営業局首都圏営業部)
  • 河本香織(1997年 - 2005年、営業局スポット営業部)
  • 佐藤良子(2002年 - 2018年、編成局)
  • 葉山エレーヌ(一時期姓が石田の時期あり)(2006年 - 2018年、インターネット事業局、2016年6月から2018年5月まではアナウンサーとの兼任)

退社・退職者[編集]

丸かっこ内の数字は日本テレビ在籍期間。特記事項の無い人物は主にフリーアナウンサーニュースキャスター司会者タレントとして活動している。

男性[編集]

女性[編集]

局契約[編集]

アナウンサー番組[編集]

ラジオ日本

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2015年6月から2017年5月まではスカパー!のアナウンサー・運営スタッフとして出向していた。[1]
  2. ^ 2016年以前は報道系番組等で本名の「鈴木崇司」で出演していたが、2017年から名義を統一した。
  3. ^ 2004年6月28日 - 2012年5月は報道局解説委員・キャスター担当部長。
  4. ^ 1951年入局[2]
  5. ^ 1940年二次入局[3]
  6. ^ 1950年入局[2]
  7. ^ 1947年後期入局[6]
  8. ^ 後に報道局へ異動し、記者を経てキャスター兼コメンテーター。
  9. ^ 国際局長を経て日本テレビアナウンスカレッジ(現・日テレ学院アナウンススクール)の創設に参画。
  10. ^ 2000年に定年退職し、その後契約社員として勤務。
  11. ^ 1960年入社[8]
  12. ^ 報道局へ異動後、政治部長などを歴任。
  13. ^ 福島テレビはフジテレビ系列局なので誤り[11]
  14. ^ 報道局記者として入社。
  15. ^ 後に報道局へ異動
  16. ^ 1996年に事業局へ異動。定年前にアナウンス部教育担当部長を務める。
  17. ^ 2003年にラジオ日本へ出向。エグゼクティブアナウンサー、取締役編成局長、同営業局長を歴任。
  18. ^ 2003年にコンテンツ事業局へ異動。
  19. ^ 2000年にコンテンツ事業局へ異動。現在、公益財団法人日本テレビ小鳩文化事業団の業務に従事。
  20. ^ 1990年代前半にアナウンサーを退き、人事局勤務を経て関連会社役員を歴任。
  21. ^ 1970年入社
  22. ^ 1981年入社
  23. ^ 1992年に事業局へ異動し、定年まで勤務。
  24. ^ 1986年に報道局へ異動し、その後事業局、広報局に勤務。定年を迎えた後も約9年間嘱託でドラマやバラエティの広報を担当。
  25. ^ 2001年より関連会社役員を務める。
  26. ^ 1994年に編成局・ネットワーク局・営業局等異動し、定年まで勤務。
  27. ^ 1993年に報道局へ異動。

出典[編集]

  1. ^ 小林健志2015年9月12日のツイート
  2. ^ a b NHKアナウンサー史編集委員会「NHKアナウンサー一覧」『アナウンサーたちの70年』講談社、1992年12月21日、16頁。ISBN 4-06-203232-5
  3. ^ NHKアナウンサー史編集委員会「NHKアナウンサー一覧」『アナウンサーたちの70年』講談社、1992年12月21日、13頁。ISBN 4-06-203232-5
  4. ^ ⾦原 ⼆郎』 - コトバンク
  5. ^ 事務局から」 (pdf) 『日本記者クラブ会報』第577号、日本記者クラブ、2018年3月10日、 25頁、2019年4月17日閲覧。
  6. ^ NHKアナウンサー史編集委員会「NHKアナウンサー一覧」『アナウンサーたちの70年』講談社、1992年12月21日、15頁。ISBN 4-06-203232-5
  7. ^ 相撲を伝えて70年、名横綱との交流と思い出を語る - みんなで語ろう民放史 No.125 (PDF, 日本民放クラブ 2017年11月22日閲覧)
  8. ^ a b 『テレビ・タレント人名事典』日外アソシエーツ、日外アソシエーツ、2004年6月25日、第6版、463-464頁。ISBN 4-8169-1852-3
  9. ^ 1997年にアナウンス部を離れ、CS日本代表取締役社長、日本テレビ取締役副社長など重役を歴任。
  10. ^ 郡山異業種交流会(MBA21) 平成15年4月例会”. メディアハウス. 2018年9月21日閲覧。
  11. ^ 群馬県立沼田高等学校 同窓会行事 平成29年度”. 群馬県立沼田高等学校. 2018年9月19日閲覧。
  12. ^ a b 中村こずえ (2014年1月3日). “箱根駅伝 & 新幹線”. 中村こずえのひとりごと. はまぞう. 2019年4月17日閲覧。
  13. ^ リレーエッセイ64 (PDF) 」 『社団法人日本映像ソフト協会会報』NO.121、日本映像ソフト協会、2007年4月10日、 13頁、2017年9月9日閲覧。
  14. ^ “田原総一朗さんの妻の田原節子さん死去”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2004年8月13日). オリジナルの2004年8月13日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20040813084311/http://www.asahi.com/obituaries/update/0813/002.html 2019年4月17日閲覧。 
  15. ^ 「DJ訪問 江川範子」『週刊朝日』、朝日新聞出版、1978年5月12日、 50頁。
  16. ^ “元・日テレアナウンサー荻原弘子さんが死去”. スポーツニッポン (スポーツニッポン新聞社). (2009年4月23日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2009/04/23/kiji/K20090423Z00001530.html 2019年4月17日閲覧。 
  17. ^ “日本テレビの大杉君枝アナ自殺”. スポーツニッポン (スポーツニッポン新聞社). (2007年2月3日). オリジナルの2016年5月31日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20160531093314/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/special/2007sainan/KFullNormal20070203084.html 2019年4月17日閲覧。 
  18. ^ “元日本テレビアナ 米森麻美さん急死”. スポーツニッポン (スポーツニッポン新聞社). (2001年9月19日). オリジナルの2001年12月18日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20011218004517/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/kiji/2001/09/19/01.html 2019年4月17日閲覧。 
  19. ^ “日テレ山本真純アナ自殺か飛び降り遺書も”. 日刊スポーツ新聞社 (日刊スポーツ新聞社). (2010年7月28日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20100728-658877.html 2019年4月17日閲覧。 

参考文献[編集]

  • NHKアナウンサー史編集委員会『アナウンサーたちの70年』講談社、1992年12月21日。ISBN 4-06-203232-5
  • 『テレビ夢50年 日本テレビ50年史』、日本テレビ50年史編集室、日本テレビ放送網、2004年3月。(データ編、アナウンサー名鑑の項を出典)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]