上泉雄一

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うわいずみ ゆういち
上泉 雄一
プロフィール
愛称 うわちゃん
出身地 日本の旗 兵庫県宝塚市
生年月日 (1969-02-09) 1969年2月9日(49歳)
最終学歴 早稲田大学教育学部
勤務局 毎日放送(MBS)
部署 アナウンサー室
活動期間 1992年 - 現在
ジャンル 情報バラエティ番組
配偶者 あり
公式サイト MBS公式
出演番組・活動
現在上泉雄一のええなぁ!
過去あん!
っちゅ〜ねん!
ちちんぷいぷい
せやねん!
プリプリ
上泉雄一の発信!UWAらじお
上泉雄一のFANFANレディオ
~オトナ度ちょい増しTV~おとな会』ほか
備考
地デジキャプテン(MBSラジオ担当、2010年7月-2011年7月)

上泉 雄一(うわいずみ ゆういち、1969年2月9日 - )は、毎日放送(MBS)アナウンスセンター所属のアナウンサー。アナウンスセンターでは、アナウンス部副部長 → アナウンス部次長[1] を経て、2017年7月からアナウンサー室企画部長[2] を務める。

愛称は、苗字の上泉(うわいずみ)にちなんで『うわちゃん』。2008年度には、JNNJRN系列局の優秀なアナウンサーに贈られるアノンシスト賞のグランダ・プレミオ(大賞)を受賞している。

来歴[編集]

兵庫県の出身で、兵庫県立宝塚西高等学校から早稲田大学教育学部へ進学。卒業後の1992年に、アナウンサーとしてMBSへ入社した。同期入社の社員には、武川智美(アナウンサー)、新堂裕彦(後述、テレビ・ラジオ番組のプロデューサー)、井口岳洋(編成部長、元東京支社制作副部長・テレビ番組のプロデューサー)、市村雅道(テレビ番組のプロデューサー、入社後に武川と結婚)、大沼耕平(ラジオ番組のプロデューサー・ディレクター)などがいる。ちなみに、5歳から(東京都内での大学生活をはさんで)毎日放送入社後の25歳頃までは、宝塚市で暮らしていた[3]

毎日放送への入社後は、『あどりぶランド』『おかえりワイド』『ちちんぷいぷい』『せやねん!』など、テレビ・ラジオを問わず多数の番組に司会やリポーターで出演している。2006年10月以降は、『ちちんぷいぷい』『せやねん!』などに出演しながら、ラジオでナイターオフ期間限定の生放送番組『上泉雄一の発信!UWAらじお』でパーソナリティを担当。2009年の春まで、3期にわたって、ナイターオフの平日夜間に冠番組を続けた(後述)。

『ちちんぷいぷい』では、主に金曜中継のリポーターとして出演(後述)。2004年4月からMBSテレビで放送を開始した『あん!』(平日早朝・関西ローカルの情報番組)で、単独では初めてレギュラー番組の司会(メインパーソナリティ)を担当した。番組編成上の事情[4] で『あん!』が終了した2005年4月以降は、平日14時台に始まった『っちゅ〜ねん!』で総合司会を務めた。

2009年の4月改編からは、前述の『せやねん!』に加えて、ラジオの帯番組『上泉雄一のええなぁ!』でメインパーソナリティを担当。この改編から2016年3月までは、週に6日のペースで、生放送番組にレギュラーで出演していた。[5] 2012年10月1日から2013年3月15日までは、『プリプリ』(MBSテレビで平日の10時台に生放送中の帯番組)に「けさのニュース 知っときまSHOW」(同年11月から「朝刊!記事からぼたもち」に改称)のナビゲーターとして出演してから、『上泉雄一のええなぁ!』の生放送へ臨んでいた。

2010年7月には、MBSの「地デジキャプテン」に任命。同社の番組やラジオCMを通じて、視聴者に地上デジタル放送切り替えへの準備を呼び掛けていた。また、同年8月31日~9月1日にラジオで放送された開局60周年記念番組『31.5時間(サイコー)ラジオ MBS史上最大のラジオ祭り』では、総合司会として31時間30分にのぼる生放送を取り仕切った。2011年にも、9月2日~3日に生放送の開局60周年記念番組『31.5時間ラジオ ラジオの力(ちから)!~対話が日本を元気にする!~』で総合司会を務めている。

2014年には、アナウンサーやラジオパーソナリティとしての活動を続けるかたわら、MBSテレビの教養バラエティ番組『~オトナ度ちょい増しTV~おとな会』に企画の段階から参画。同年10月22日の放送開始から2018年3月28日の最終回まで、「おとな会主宰」という肩書で進行役も務めつつ、番組のPRにも携わってきた[6]。2016年4月からは、過去の放送内容に基づく直筆のコラム「儲かりまっか?の経済学」を、隔週に1本のペースで『日経ビジネスONLINE』に連載している。2017年5月26日には、この連載をベースに、自身初の著書「儲かりまっか?の経営道 客をガッチリ喜ばせる23の人気沸騰術」を日経BP社から刊行した。その一方で、同期入社の武川や同僚アナウンサーの田丸一男松本麻衣子と共に収録した日本盛のラジオCM(2017年3月に『日本盛プレゼンツ 居酒屋阿希子』内で放送)で、2017年度アノンシスト賞告知CM部門の優秀賞を受賞した[7]

スポーツ取材

入社から数年間は、スポーツ中継の実況やリポートも担当。テレビ・ラジオを通じて、プロ野球阪神タイガース大阪近鉄バファローズオリックス・ブルーウェーブの公式戦)、選抜高等学校野球大会全国高等学校ラグビーフットボール大会アメリカン・フットボールプロボクシングなどの中継に出演していた。その縁で、スポーツ中継の担当から離れた後も、2016年3月26日まで出演していた『せやねん!』でスポーツ関連の取材・中継リポートを担当することがあった。

2006年6月には、2006 FIFAワールドカップサッカー日本代表の観戦取材でドイツに滞在[8]。日本代表の全試合(グループ Fの3試合)を観戦するとともに、FOMAを使って、『ちちんぷいぷい』向けに連日中継リポートを送っていた(後述)。

2007年には、4月から半年間、MBSラジオで『上泉雄一の日曜スポーツ宣言!』のパーソナリティを担当していた。さらに、8月下旬から9月上旬にかけて、当時MBSの野球解説者だった八木裕(元・阪神外野手)とアメリカ合衆国の野球事情を幅広く取材。日本の元プロ野球選手(元・近鉄投手岡本晃矢野英司など)が在籍していた独立リーグナシュア・プライドを訪れたほか、当時内野手としてコロラド・ロッキーズに所属していた松井稼頭央(現在は埼玉西武ライオンズ外野手兼任コーチ)への単独インタビュー[9] などを敢行した。帰国後の同年10月14日(日曜日)には、MBSテレビが、一連の取材の模様を『せやねん!』の特別番組として関西ローカルで放送している[10]

2008年の北京オリンピックでは、取材・中継リポーターとして、開会式前日(8月7日)から閉会式(同月25日)まで現地に滞在[11]。男子・女子両マラソンでは、全国向けのラジオ実況中継において、中間地点のリポーターを務めた。マラソン実況での中継リポーターは、NHK・在京民放各局からジャパンコンソーシアム(JC)に参加していたスポーツアナウンサーが、他競技の中継との兼ね合いで不足したことによる起用であった[12]

その一方で、阪神がセントラル・リーグで優勝した2003年に『あさトラ!』で独占インタビューを敢行したことをきっかけに、当時一軍監督だった星野仙一と公私にわたって親しく交流。星野が監督退任後にレギュラーで出演していた『星野仙一の熱血・仙一夜』シリーズ(MBSラジオ)で2010年12月からパートナーを務めたほか、星野の野球殿堂入りが決まった2017年には、12月1日にリーガロイヤルホテル(大阪市北区)で開かれた殿堂入り記念のパーティーで司会を任された。このような関係から、星野の逝去(2018年1月4日)を受けて同月28日にMBSラジオで放送された追悼特別番組『ありがとう星野仙一さん 一夜限りの熱血・仙一夜!』でも進行役を務めている。

全国ネット番組への出演

全国ネット番組への出演機会は少ないが、2002年と2004年には、『おばちゃん1000万円!!』(司会:やしきたかじん上沼恵美子)で進行役を担当。2007年放送の『家事場の女王様』(いずれもMBSテレビ制作・TBS系列全国ネットで放送された特別番組)では、スタジオからの実況を務めた。

『ちちんぷいぷい』にレギュラーで出演していた2003年には、同番組の企画で、他の主なレギュラー陣とともに『水戸黄門1000回記念スペシャル』(同年12月15日にTBS系列で放送)へ出演。2010年5月24日に同系列で放送の『月曜ゴールデン』「遺品整理人・谷崎藍子〜死者が遺したメッセージ〜」(MBS制作、高畑淳子主演)では、ドラマ内で流れるワイドショーのキャスター役として、後輩アナウンサーの河田直也前田阿希子とともに出演した[13]

2007年8月23日にTBS系列で放送の音楽番組『うたばん』では、ゲストとして初めて出演したaikoに対するコメントで、角淳一とともにVTR出演した(上泉とaikoの関係については後述)。

2012年8月9日の「スパモク!!」で放送されたMBS・TBS共同制作の特別番組『王様のチョイス! 〜使える芸能人は誰だ!?〜』では、スタジオで実況を担当。同番組をベースに同年10月から毎週木曜日に放送されている『使える芸能人は誰だ!?プレッシャーバトル!!』(MBS単独制作・TBS系列全国ネットのレギュラー番組)についても、特別番組として放送される場合に、実況やナレーターを務めた時期があった。

「ちちんぷいぷい」での活動[編集]

1999年から2004年3月まで、金曜中継のリポーターを担当。2006年4月10日の放送で同番組へ復帰してから[14]、1年間金曜日のパーソナリティ(総合司会)などを務めた[15]。さらに、2008年の4月から半年間、隔週出演の形で金曜中継のリポーターに復帰した。同年10月以降も、出演番組や「MBSラジオ スペシャルウィーク」(聴取率調査週間に設定されるリスナー感謝週間)のPRを兼ねて、ゲストやリポーターとして不定期で出演している。

同番組の金曜中継では、2000年頃から、近畿地方各地の滝を目指して山登りに挑戦。「山登り中継」シリーズとして番組の名物になる[16]

山登り中継は2004年以降、対象を近畿地方以外にも拡大。上泉が同番組にレギュラーで出演しなかった時期にも、オーサカキングなどと連動したシリーズや、上泉が担当する新番組の成功祈願企画などの形で続けられた。この中継でのリポートを評価された上泉は、2001年度のアノンシスト賞でテレビ「フリートーク」部門の優秀賞を受賞。2004年度には、禅林寺 (京都市)からの生中継(2003年11月7日放送分)で最優秀賞を授与された。 レギュラーではなかった2007年には、オーサカキング期間中に放送された『ちちんぷいぷい夏休み 西から南からアツアツオーサカキングSP』で、西日本各地からの名瀑中継を担当。8月1日放送の犬飼の滝(鹿児島県霧島市)からの生中継が評価されて、2008年度のアノンシスト賞でグランダ・プレミオ(大賞)を受賞した。[17]

MBSテレビ発で2009年4月から1年間放送された全国ネット番組『バンバンバン』では、この中継のノウハウを継承。開始当初は、上泉が過去に訪れた滝を中継地に選んでいた。ただし上泉は、同番組の放送1時間半前まで『上泉雄一のええなぁ!』の生放送を担当しているため、事前番組『祝!バンバンバン来週開幕 こんな中継してきましたスペシャル』(2009年3月27日、MBSテレビ発TBS系列11社ネット、14:00~14:55に生放送)以外出演していない。

上泉は、山登り中継がシリーズとして放送され始めた頃から、中継に備えてスポーツジムで体力の増強に励んできた[18]。『上泉雄一のええなぁ!』の開始を機に、『ちちんぷいぷい』の中継担当を退いたものの、現在でも毎日放送のテレビ・ラジオ番組で実況を披露することがある。

毎日放送本社屋(M館)の北隣に完成した新館(B館)が本格的に運用を開始した2014年4月4日には、『ちちんぷいぷい』がベースの特別番組『茶屋町 春の4まつり』で、ヘリコプターからの空撮による生中継の実況を担当した。『ちちんぷいぷい』の中継担当を退いてから、テレビの生放送番組で実況を披露したのは、この番組が初めてである。

大阪マラソンへの参加[編集]

2011年からは、毎年10月(または11月)の最終日曜日に開催される大阪マラソンへ毎日放送代表で参加。フルマラソンを走りながら、テレビ・ラジオ・インターネット中継に向けて沿道の模様を実況している。その一方で、大会翌日の月曜日には、レギュラーの生放送番組へ通常どおり出演している。

人生初のフルマラソンであった第1回大会(2011年10月30日開催)では、『日曜出勤生ラジオ』(MBSラジオ)向けに随時実況しながら、4時間30分13秒で完走した。

2012年第2回大会(同年11月25日開催)では、「上泉雄一の42.195kmつぶやきマラソン」という企画で、フルマラソンを走りながら35km地点付近まで実況。MBSラジオでは、公式サイト内の特設ページを通じてその音声をリアルタイムで配信したほか、『日曜出勤生ラジオ』でも一部を放送した。さらに、上記の中継を終えてからも、MBSテレビで放送の特別番組『eo光スポーツスペシャル 大阪マラソン2012』でトミーズ雅に密着しながら実況を継続。4時間56分01秒というタイムで2年連続の完走を果たす[19] とともに、日本国内の放送局に正社員として勤務するアナウンサーでは初めて、「フルマラソンの全コースを実況しながら完走する」という快挙を成し遂げた。

2013年の第3回大会には、『せやねん!』のレギュラー出演者から唯一参加。フルマラソン中に『日曜出勤生ラジオ』向けの実況や、小型カメラによるUstream向けの動画中継を実施した関係で、放送・配信用機材の入ったリュックサックを背負いながら5時間6分35秒で3年連続の完走を果たした[20]

2014年の第4回大会以降は、MBSテレビの制作で午前中に放送される生中継番組で「ランニングリポーター」として、「同時インタビューRUN」(並走する著名人・市民ランナーへ随時マイクを向けながら自身も完走を目指す企画)を成功させている[21]

ラジオパーソナリティとしての活動[編集]

1997年10月~99年9月に放送された深夜番組『ヤンタン MUSIC MAX』で、aikoとともに火曜日のパーソナリティを務めた[22]。aikoは、同番組の放送終了後も、アルバムの発売時などに上泉の出演番組へメッセージを寄せている。2009年3月8日の『MBSサンデースペシャル』で放送された特別番組『MUSIC EDGE aikoスペシャル』では、久々に上泉とのスタジオ共演を果たした。『31.5時間ラジオ ラジオの力(ちから)!~対話が日本を元気にする!~』(前述)でも、一部のパートにおいて、『ヤンタン MUSIC MAX』終了以来12年振りに生放送でaikoと対談。2016年10月3日(日曜日)には、『ヤンタン MUSIC MAX』の終了以来17年振りに2人だけで出演した事前収録の特別番組『帰ってきました!!aikoです!皆さんお変わりないですか?』が、『MBSサンデースペシャル』枠(20:00 - 21:00)で放送された。

2006年のナイターオフシーズンには、テレビ・ラジオを通じて、入社以来初めての冠番組『上泉雄一の発信!UWAらじお』を担当した。2007年のナイターオフシーズンは、『MBSどっと!アナ』の火・金曜日として、『上泉雄一のUWAらじお シーズン2』を担当。当番組までは、『ヤンタン MUSIC MAX』にも参加していたバーバラよねが、ディレクターや金曜日のコーナー進行などを務めた。2008年のナイターオフシーズンは、『上泉雄一のFANFANレディオ』で、ワンマンDJスタイルによる生放送に初めて挑戦。同番組では、同期入社の新堂がプロデューサーを務めた。

2009年4月からは、『上泉雄一のFANFANレディオ』を引き継ぐ格好で、新堂とともに『上泉雄一のええなぁ!』を担当。入社してから初めて、平日午前の帯番組でメインパーソナリティを務めている。ちなみに、『上泉雄一のええなぁ!』は、放送1年目の2009年度に第47回ギャラクシー賞のラジオ部門で優秀賞を受けている[23]。2009年度のナイターオフシーズンには、『上泉雄一のええなぁ!』と並行して、金曜日のみ『FANFANレディオ』の後番組『MBSたびぐみ とっておき旅ラジオ』(以下『たびぐみ』)でも後輩アナウンサー・金山泉とともにパーソナリティを担当していた。2010年度にも、同様のパターンで、『MBS開局60周年アワー 音楽の時間ですょ 目指せ1179曲てアンタ!?』(火曜日のみ放送)のパーソナリティを担当。5シーズン連続で、平日夜間のナイターオフ限定番組へのレギュラー出演を果たした。2011年度にも、月に1回のペースで、『たびぐみ』土曜日に出演している。

2012年7月27日(金曜日)には、『子守康範 朝からてんコモリ!』(平日早朝の3時間生ワイド番組)のメインパーソナリティ・子守康範(元MBSアナウンサー、上泉の若手時代の上司)が体調不良で同番組を休んだため、急遽全編に出演。さらに、同番組の終了2時間半後からは、本来の担当番組『上泉雄一のええなぁ!』へ出演。午前中だけで、両番組合わせて5時間の生放送を取り仕切った。

2009年8月から2010年9月までは、AMラジオ災害問題協議会の統一防災キャンペーンに、MBS代表で参加(野村啓司の後任)。関西のAMラジオ全局(NHK第1放送を含む)で放送されるキャンペーンCMや、NHK第1放送制作の特別番組(後述)に登場していた。また、唐渡吉則がレギュラー番組を休む場合に、代役でパーソナリティや進行役を務めることが多い。

2014年4月4日には、『茶屋町 春の4まつり』でのヘリコプター実況(前述)を担当する前に、『MBSグランドオープンスペシャル 上泉雄一のええなぁ!公開生放送』で毎日放送「B館」グランドオープン(午前11時7分9秒)の瞬間を伝えた。

2016年には、6月5日に阪神甲子園球場で催された阪神対埼玉西武ライオンズデーゲームでは、MBSラジオのパーソナリティを代表して試合前の「ファーストピッチセレモニー」(始球式)に投手役で登場。捕手役の近藤光史(『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』メインパーソナリティ)に向けたノーバウンド投球で、打者役の桜井一枝(『河田直也&桜井一枝のうきうき土曜リクエスト』パーソナリティ)から空振りを奪った[24]。また、「Thank you!Happy today!~MBSラジオのうた~」(毎日放送のラジオ本放送開始65周年を記念してつんく♂が書き下ろしたステーションソング)を収録した際には、後輩アナウンサーの松井愛(『松井愛のすこ〜し愛して♥』メインパーソナリティ)と共にリードボーカルを任されている[25]

2017年1月10日には、MBSラジオの番組出演者代表として、今宮戎神社大阪市浪速区)の宝恵駕籠(ほえかご)行列で宝恵駕籠への搭乗を初めて経験した。自身がこの年の誕生日で「年男(48歳)」になることや、『上泉雄一のええなぁ!』の放送2,000回(同月16日)を控えていたことによる[26]

人物[編集]

アナウンサーを志したのは、小学校5年生の頃から。道上洋三朝日放送常勤顧問・エグゼクティブアナウンサー)に憧れていた[27][28]

早稲田大学時代には、スポーツアナウンサーを志しながら、学内のアナウンス研究会で活動[28]。一時は、アルバイト文化放送のスポーツ部に勤めていた[29]。アナウンス研究会での直々の後輩に、スポーツアナウンサーの松島茂飯塚治(いずれも文化放送)・山内宏明ニッポン放送)・土井敏之初田啓介(いずれもTBSテレビ)などがいる。毎日放送入社後の2017年7月10日月曜日)には、「儲かりまっか?の経営道」のPRを目的に、『くにまるジャパン 極』のゲストとして文化放送の番組へ初めて出演[30]。アルバイト時代に同局のアナウンサーとして面識のあったメインパーソナリティの野村邦丸(フリーアナウンサー)と、27年振りの対面も果たした[31]

『ちちんぷいぷい秋のフェスティバル』(前述)で、同番組の山登り中継で訪れた滝のスチール写真が展示された[32]

大の読書家で、戦国時代を中心に、日本の歴史に関する知識・物語・小説を出演番組で披露。[33]2011年7月11日深夜(12日未明)にMBSテレビで放送された『MUSIC EDGE + Osaka Style』には、読書好きであるゲストのJUJUをMARUZEN&ジュンク堂書店梅田店(毎日放送の本社に隣接)に案内すべく、同店の店員役で特別に出演していた。また、ギターの演奏も趣味で、MBSラジオでレギュラー番組を持つ押尾コータローを「心の師匠」と称している。

近年では、新作映画の試写会で司会を務めたり、映画へ出演したりすることが多い。2005年には、アニメ映画あらしのよるに」(MBSが製作出資)に、声優として1シーンのみ出演。2006年には、MBSが製作出資した「日本沈没」(2006年版)で、初めて実写映画に出演した。2009年には、安土城の築城をテーマにした時代劇映画「火天の城」(東映配給)にも出演。1シーンだけの登場ながら、西田敏行笹野高史との共演を果たした。また、その関係で、期間限定[34] ながら滋賀県安土町(現在の近江八幡市)から安土城観光大使に任命された。

2011年3月18日(金曜日)には、毎日放送でラジオのレギュラー番組『上泉雄一のええなぁ!』『MBSたびぐみ とっておき旅ラジオ』に出演後、自身の名を冠した生放送の特別番組『上泉雄一プレゼンツ 映画音楽2時間特集』(東北地方太平洋沖地震の発生に伴う『笑い飯の金曜お楽しみアワー』の代替番組)でもパーソナリティを務めた。その一方で、同年には、香港映画1911」の日本語版で軍人・新聞記者役の声の吹き替えを担当した。

先輩アナウンサーの来栖正之とは、自宅が近所で仲も良い。また、森武史読売テレビ)や三代澤康司(朝日放送テレビ)など、在阪民放他局に勤務する同年代のアナウンサーとも盛んに交流。森は、『上泉雄一のええなぁ!』でゲストや上泉のパートナーとして出演したことがある。フリーアナウンサー山本浩之も、関西テレビのアナウンサー時代から、上泉がパーソナリティを務めるラジオ番組(『上泉雄一のええなぁ!』など)にスペシャルゲストとして不定期で登場している。

2012年12月26日(水曜日)の『上泉雄一のええなぁ!』放送終了後には、なんばグランド花月での舞台公演「吉本百年物語 日本全国テレビで遊ぼ!」に出演。1シーンへのゲスト出演ながら、舞台公演デビューを果たした[35]

2014年10月11日放送の『メレンゲの気持ち』(日本テレビ制作。近畿広域圏では読売テレビにて制作局と同時ネットしていた時期があるも、打ち切り済み)では、毎日放送から提供された上泉出演の映像を放送。ゲストで出演していた元・TBSアナウンサーの吉川美代子(早大の先輩。定年退職後はフリーアナウンサー)が、「(自身が)『一番』と認めるアナウンサー」として上泉の名を挙げた[36]。また、毎日放送の系列局・CBCテレビアナウンサーの石井亮次(大阪府出身)からは、「(JNNの加盟局に所属するアナウンサーの中では)東の安住・西の上泉(と呼べるほど話術に長けている)」という賛辞を送られている[37]

現在の出演番組[編集]

テレビ[編集]

  • 痛快!明石家電視台
    • 2014年から年に1~2回放送される「MBSアナウンサー大集合スペシャル」に、アナウンサーの1人として出演。他の企画でも、進行役を任されることがある。
  • コトノハ図鑑(不定期)
  • MBS NEWS(不定期、近年は緊急時を除いてほとんど担当していない)[38]

ラジオ[編集]

  • 上泉雄一のええなぁ!(メインパーソナリティ)
    • 2010年1月1日には、特別番組『上泉雄一のええなぁ!お正月スペシャル 元旦からええ話を聞きタイガー!!』(10:30 - 22:00)で、11時間半に及ぶ生放送を取り仕切った。
    • 2009年4月6日の開始から平日の10:30 - 12:30で放送されてきたが、2015年3月30日(月曜日)放送分から放送枠を平日の夕方へ移動。この改編を機に、月曜日以外の放送では、後枠番組の前座コーナー(2015年度以降のナイターイン編成では『まだまだええなぁ もうすぐベースボールパーク』、2016年度までナイターオフ編成では『いっしょにええなぁ みんなでホームイン』の前座コーナー)にも出演する。
    • 2017年度以降のナイターオフ期間中には、火 - 金曜日の本編終了後に、『上泉雄一 今日のウワ言』(17:45 - 18:00)のパーソナリティも兼務。
  • 上泉雄一の週末もええなぁ! → 上泉雄一の日夜もええなぁ!(メインパーソナリティ)
  • MBSベースボールパーク(レギュラーゲスト)
    • 『毎日放送ダイナミックナイター』というタイトルで放送された時期に、スポーツアナウンサーとして、オリックスブルーウェーブの主催試合中継を中心に実況・ベンチリポートを担当。『MBSタイガースライブ』と改題した2011年から2013年までは、「MBSラジオ スペシャルウィーク」期間中のゲストとして、スポーツアナウンサー時代に実況できなかった阪神甲子園球場での阪神タイガース主催試合中継へ年1回のペースで登場していた。
    • 前述の『まだまだええなぁ!』の放送を開始した2015年度以降の阪神戦中継では、月曜日が祝日に当たる場合の主催試合や、土曜日の主催デーゲームを中心にゲストで随時出演。月曜日の中継へ出演する場合には、『上泉雄一のええなぁ!』月曜パートナーで(2016年度以降)毎日放送の野球解説者の金村義明(ラジオのみ)が解説を務める関係で、中継先(主に甲子園球場)の放送席から金村と共に同番組を進行する。
  • 毎日カルチャースペシャル ラジオウォーク
    • 『上泉雄一のええなぁ!』との連動企画で、第29回(2010年)の放送に"写真特派員"として出演。第30回(2011年)には、入社後初めて、ゲストウォーカー扱いで本編に登場した。第31回(2012年)以降は、毎日放送のラジオのパーソナリティ代表として、主にステージ企画へ出演。
  • あどりぶラヂオ(2018年4月 - )
    • 毎週水 - 金曜日の2 - 4時台に編成される日替わりワンマンDJスタイルの生放送番組で、第1回(2018年4月4日=水曜日)への出演を皮切りに、毎月最初の放送でパーソナリティを担当。自身の担当回には、学生時代だった1980年代の話題とヒット曲の紹介に特化している。
  • MBSニュース(不定期)
    • 『上泉雄一のええなぁ!』が始まってからは、緊急時を除いて、定時ニュースを担当していない。ただし、同番組の放送中にニュース速報を伝えることがある。

過去の出演番組・作品[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

映画[編集]

舞台公演[編集]

連載[編集]

著書[編集]

  • 「儲かりまっか?の経営道 客をガッチリ喜ばせる23の人気沸騰術」(日経BP社、2017年5月26日初版刊行、ISBN 978-4-8222-3599-4
  • 「上泉雄一のええなあBOOK〜人生100年時代の受験と勉強〜」(西日本出版社2018年6月18日初版刊行、ISBN 978-4908443275
    • 『上泉雄一のええなぁ!』の放送10周年を記念して初めて刊行された番組本。上泉と火曜パートナー・坪田信貴(坪田塾の塾長で『ビリギャル』の著者)による対談企画や、リスナーからの投稿企画を盛り込んでいる関係で、著者を「上泉雄一・坪田信貴・毎日放送ラジオリスナー」と表記している。

関連人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ gooTV『〜オトナ度ちょい増しTV〜おとな会』2015年4月9日放送回「おとな会 向上委員会」
  2. ^ 就任時点での専属部員は上泉のみで、松井愛など若干名のアナウンサーが、アナウンスセンター内の他の部との兼務扱いで部員になっている。
  3. ^ 宝塚市制60周年カウントダウンページ 上泉雄一さん”. 宝塚市 (2014年3月28日). 2015年7月2日閲覧。
  4. ^ 「平日ワイド大改編・朝の変」による
  5. ^ 『あさやん!』『あさトラ!』『あん!』でパーソナリティを務めた時期には、コーナー担当の『せやねん!』を含めて、週に6日テレビの生放送に出演したことがあった。
  6. ^ 【MBS】上泉雄一アナウンサー 2014年10月
  7. ^ 松本麻衣子オフィシャルブログ2018年3月26日付記事「CM」 を参照。
  8. ^ 【MBS】上泉雄一アナウンサー 2006年6月
  9. ^ 当時の松井の公式ブログ『Kazuo's Voice』2007年8月24日付記事「取材」
  10. ^ 『Kazuo's Voice』2007年10月10日付記事「ON AIR」
  11. ^ 【MBS】上泉雄一アナウンサー 2008年8月
  12. ^ 【MBS】上泉雄一アナウンサー 2008年8月18日
  13. ^ 遺品整理人 谷崎藍子(1)〜死者が遺したメッセージ”. テレビドラマデータベース. 2015年7月2日閲覧。
  14. ^ 復帰への経緯は同番組の項を参照
  15. ^ 他の曜日でも、『っちゅ〜ねん!』が放送されていた14時台に、芸能・スポーツ情報コーナーの進行役としてレギュラーで出演していた(当初は月~木曜、2006年8月頃からは月曜日のみ)。角が大型クラブのママに対し上泉はチーママ扱い。
  16. ^ 2002年に山と渓谷社から刊行された番組本「ちちんぷいぷいの山登りブック」では、刊行直前まで上泉が中継で踏破した23コースを紹介。上泉自身も登場している。
  17. ^ 2008年10月に大阪市北区の阪急百貨店阪急うめだ本店で開催された『ちちんぷいぷい秋のフェスティバル』会場での紹介映像より。ちなみに上泉は、8月3日徳島県雨乞の滝で上記の中継を終えると、翌4日にテレビ『せやねん!』、5日にラジオ『上泉雄一の日曜スポーツ宣言!』へそれぞれ出演。さらに、6日~9日放送のラジオ『ノムラでノムラだ♪』では、夏季休暇中の野村啓司に代わってパーソナリティを務めた。同中継の初日(7月30日)から、テレビ・ラジオを通じて、11日連続で生放送番組へ出演したことになる。
  18. ^ 『上泉雄一のUWAらじお シーズン2』では、ゴールドジムに通い詰めたことが縁で、上泉と懇意のインストラクター(通称「井上師匠」)が隔週火曜日に出演していた。
  19. ^ トミーズ雅&上泉アナ 走りながら大阪マラソン実況生中継(『スポーツニッポン』2012年11月26日付記事)。
  20. ^ 毎日放送アナ3人とも完走(『スポーツニッポン』2013年10月28日付記事)
  21. ^ MBS山中真アナ、大阪マラソン3時間切り完走──長男から手作り「優勝メダル」も『THE PAGE』2014年10月27日付動画記事)。2015年の第5回大会からは、山中も「ランニングリポーター」に加わっている。
  22. ^ 番組開始当初のaikoは、FM大阪の『COUNTDOWN KANSAI TOP40』にもレギュラーで出演するなど、関西のインディーズシーンで活躍。当番組放送中の1998年7月17日に、「あした」でメジャーデビューを果たした。
  23. ^ 【MBS】上泉雄一アナウンサー 2010年6月
  24. ^ MBS上泉雄一アナ、始球式で桜井一枝から空振り(『日刊スポーツ2016年6月4日付記事)
  25. ^ MBS公式サイトアナウンサーページ内の松井の公式ブログ『愛のあるLOVE日記』2015年8月31日付記事「Thank you!Happy today!」 を参照
  26. ^ 【写真特集】大阪で宝恵駕行列・桂文枝、三倉茉奈、福娘、上泉雄一ら登場(『THE PAGE』2017年1月10日付記事)
  27. ^ 「マイクもたずにあどりぶランド」(シンコーミュージック)での自己紹介を参照
  28. ^ a b c 「アナウンサーになってよかった」MBS毎日放送、上泉雄一アナの生き方(『THE PAGE』2014年10月17日付動画記事)
  29. ^ MBS入社直前の1992年正月、箱根駅伝のラジオ中継で文化放送に来ていた赤木誠が上司の井上光央に「赤木、彼は今度ウチに入るカミイズミ君だ」と、姓の読みを間違えて紹介された(2016年の『いっしょにええなぁ みんなでホームイン』より、同日の『みんなでホームイン!』本編で臨時にメインパーソナリティを務めた赤木談)。
  30. ^ MBSラジオは、文化放送およびニッポン放送がキー局である全国ラジオネットワーク(NRN)加盟局であるが(ジャパン・ラジオ・ネットワーク=JRNとのクロスネット)、上泉の出演時点で文化放送からのネット受け番組はない(年度下半期のみ日曜19時台のNRNネット番組…2017年度までは『キニナル』をネット)。
  31. ^ 『くにまるジャパン 極』2017年7月10日放送分「本屋さんへ行こう アナウンサーの上泉雄一さんが登場!」
  32. ^ MBS公式サイト内にある自身のブログで、中継先などで撮影したデジタルカメラの画像を公開。2009年11月には、『上泉雄一のええなぁ!』の企画の一環で、NTTドコモ主催の「ケータイフォトコンテスト」へ参加した([1])
  33. ^ 『上泉雄一の発信!UWAらじお』『UWAらじおシーズン2』『上泉雄一のFANFANレディオ』では、上泉お勧めの新刊書を紹介するコーナーを定期的に放送していた。2010年1月からは、『上泉雄一のええなぁ!』シリーズで、同様の企画を再開している。
  34. ^ 任期は、2009年7月27日から、「火天の城」の劇場公開が終了した10月16日まで。
  35. ^ 『吉本百年物語』のゲストコーナーに毎日放送 上泉雄一アナウンサーと近藤夏子さんが出演!よしもとニュースセンター2012年12月26日付記事)を参照。当日の『上泉雄一のええなぁ!』では、放送終了後にリスナー参加の同公演観劇ツアーを実施していた。
  36. ^ 2014年10月11日放送 メレンゲの気持ち”. ワイヤーアクション (2014年10月11日). 2015年7月2日閲覧。
  37. ^ 『上泉雄一のええなぁ!』twitter公式アカウント2015年8月24日(月曜日)付ツイート を参照。石井司会の『ゴゴスマ -GO GO!Smile!-』(CBCテレビ制作・TBSほか一部同系列局で放送の平日午後の情報番組、同じ時間帯で『ちちんぷいぷい』を編成する毎日放送では放送なし)にコメンテーターとして出演している坪田信貴(教育者・坪田塾塾長)が同年4月から『上泉雄一のええなぁ!』の火曜パートナーに起用されたことをきっかけに、この賛辞が坪田を通じて上泉や同番組のリスナーにも知られるようになった。ちなみに、上泉の夏季休暇に伴う休演で坪田がパーソナリティ代理を務めた翌25日の放送(『坪田信貴のええなぁ!』)では、この賛辞を交えた石井からのコメント(事前収録)が流れた。
  38. ^ 2007~2008年のプロ野球シーズン中には、泊まり勤務で水曜深夜~木曜早朝のニュース(『みのもんたの朝ズバッ!』内ローカルニュースなど)を担当することが多かった。
  39. ^ 阪神タイガースが18年振りにセントラル・リーグで優勝するまで、『ウォッチ!』の一部パート(『あさやん!』と同じ時間帯)を差し替えた期間限定の生放送番組。
  40. ^ 2001年4月の番組開始から、「今週の気になるお金」コーナーの進行役として出演。2004年4月からの半年間は、『あん!』との掛け持ちで、当番組を含めて週に6日生放送へ出演していた。2004年9月末をもって、いったん番組を卒業。2007年4月から、大月勇に代わって、「せやねん!スポーツ」コーナー担当として復帰している。2009年の中盤からは、「今週の気になるお金」にもパネリストとして復帰するなど、2016年3月まで午前パートの全編に出演。スポーツ関連の取材・中継リポートや、「午後の特集!」の進行を務めることもあった。
  41. ^ 2009年12月20日に開催された同番組の企画「第1回よゐこ部カッコブラス選手権」では、会場の御堂会館で司会を務めた(テレビでは2010年1月12日・19日に放送)。
  42. ^ 2009年11月6日から不定期で放送。第1回は、「熱血授業、竹中直人VS未来の映画人180人!」とのサブタイトルで、竹中が監督・主演した映画『僕らのワンダフルデイズ』の公開と連動させていた。[2]
  43. ^ 後輩アナウンサーの河田も、中森が出演していた架空のワイドショー番組の司会者役で出演。
  44. ^ 「Thank you! Happy today!~MBSラジオのうた~」と、後枠番組の『おとな会』のPRを目的にゲスト出演。
  45. ^ 『あさやん!』に続いて、月・火曜日に原田とスタジオで共演した。
  46. ^ 同期の武川とともに、ばんばひろふみのパートナーを務めた。
  47. ^ 【MBS】上泉雄一アナウンサー 2008年8月14日
  48. ^ MBSラジオ平日帯ワイド番組のメインパーソナリティの1人として、近藤、松井、子守康範(『子守康範 朝からてんコモリ!』メインパーソナリティ)、浜村淳(『ありがとう浜村淳です』メインパーソナリティ)と共演。上泉・松井・子守・浜村・近藤がスタジオに集結したラジオ番組の生放送は、この番組が初めてであった。

外部リンク[編集]